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15.駆け込んだ先

 


 場面は戻って、外廊下である。

 美しく微笑み、完璧な淑女の礼をとったエレオノーラは、周囲とウルドが彼女に見惚れている内にさっさと中廊下を退場して行った。

「って今のなんですか!?女神降臨!?」

 ウルドは騒ぐシャーロットを見て、既にエレオノーラのいない中廊下を見て、もう一度シャーロットを見る。

「ん?…………隊長……ひょっとして、奥様に何か誤解をされたのでは……」

 苦々しい顔のウルドに、シャーロットも自分の格好と自分の手にある手紙を見てサァ、と青褪めた。

「そのようだな……」

「落ち着いてる場合じゃないですよ!追いかけましょう!奥様、まだ騎士服着てませんがあなたの騎士のシャーロットですよ!!」

「お前が誤解を解きたいのか!馬鹿者!」


 外廊下を走り、中廊下と繋がる通路を越えて、エレオノーラが向かったであろう方向へ急ぐが、彼女と侍女の姿はない。

「え、奥様足早い!?令嬢ってなんか赤ちゃんみたいに足遅い人多いのに!」

「いや……おそらくオルガの仕業だろう」

「オルガ?奥様にいつも付き従ってるあの暗殺者みたいな侍女ですか?」

「ああ……」

 辺りを確認していたウルドは、外に面した回廊の欄干から下を覗く。この程度ならば、降りることは可能だろう。

 何せオルガは冷血宰相と呼ばれる侯爵が自ら選出し、愛娘を任せることを決めた逸材だ。当時傭兵だった彼女を騎士団の方でも狙っていたのに、パワーバランスを無視してさっさと派閥の傘下の子爵家に養子入りさせ、侍女にする為の準備も抜かりなかった。

 暴走癖のある末娘を心配した過保護な父の行動だったが、周囲にはいらぬ誤解を与えた人事である。


「……と、いうことは既に城を出た可能性があるな」

「えー侍女すごー……て、落ち着いてちゃダメですね!行き先に心当たりは?」

 意気込んでシャーロットが尋ねると、ウルドは深々と溜息をついて片手で顔を覆った。

「ある。というか、そこしか考えつかん」




 クラウスの屋敷に到着したエレオノーラは、こちらも顔パスで門と玄関と執事をクリアして彼の執務室に向かう。

「クラウス!」

「エリィ、先触れなしは久しぶりだな。礼儀をどこに忘れてきた?」

 執務机で膨大な書類と格闘していたクラウスはいい気分転換が来たとばかりに、口では悪態をつきつつも彼女とオルガを部屋に入れる。

 その際執事にこっそり一言申しつけ、それから茶を淹れるように命じた。

「どうしよう、クラウス。私……まだ住む家も決まってないのに……!」

 駆け寄ってきたエレオノーラを抱き留めて、クラウスは顔を顰める。新婚の女が口にすると不穏なセリフだ。

「……家出か?実家に帰ればいいだろう」

「ダメよ、お父様とお母様に心配かけちゃう!」

「今更お前の親がその程度で動じるとは思えんがなぁ……まず何があって家出するのかを説明しろ」

「う、うん」


 ぎゅっ!と拳を握っていたエレオノーラはソファに促されてぎくしゃくと座る。興奮しているのか、落ち着きなく視線を彷徨わせ、頬は紅潮していた。

「……あー、オルガ。こいつ明日熱だすぞ」

「心得ております」

「オルガとの二人暮らし初日から熱を出したら迷惑だよね……!」

 なんか言ってる。

 なんとか気持ちを落ち着けようと努めているエレオノーラをぬるい視線で見て、クラウスはオルガに視線を移した。それに気づいたオルガは、ドヤ顔でサムズアップしてきたのでなんか知らんが満更ではないらしい。

「で?なんで婚家から出ようとしてるんだ」

「来るべき時が来たってだけよ……!」

「意味がわからん。事態を最初から、私情を交えず、なるべく正確かつ詳細に話せ」

 クラウスに私情を交えず、の箇所を強調して言われたのに、エレオノーラは最初ってどこからだろう?と首を傾げつつ話を整理した。



 ウルドは元々エレオノーラに関心がなく、戦勝の褒美として彼女を娶ったが、その内好いた相手が現れるに違いないこと。

 そうなった場合、エレオノーラは邪魔にならないように王都の別の場所に住居を構え、そこで自活していくつもりだったこと。

 その前段階として社会人経験を積む為、代筆屋で短期で働きだしたこと。

 それがキッカケで、手紙の話をウルドに振ったら彼は手紙のことが嫌いだったらしく、とても怒らせてしまったこと。

 だというのに、今日、城で女性に手紙を渡していたこと!

 これは、最初に言った好いた相手に該当する可能性が高く、その相手が現れた以上、エレオノーラは早急に屋敷を出て行く必要があるということ!!


「つまり決行は今日ということなの!」

「三文喜劇の脚本か!却下だ」

 クラウスはツッコミを耐えて聞いていたが、エレオノーラの締めくくりを聞いて堪えかねて怒鳴った。


「どうして怒るの、クラウス。事実は小説より奇なり、なのよ?」

「上手いこと言った顔をするな、阿呆。私情を入れるなとは言ったが、もはや方向性がエリィの舵取りの所為で最初っから座礁しているぞ」

「え、どの辺が?最初って?」

 大真面目に話したつもりのエレオノーラは、クラウスの指摘に驚く。けれどこの口が悪いが冷静な幼馴染の意見が間違っていたことはなかったので、彼に助けを求めるように見つめた。クラウスはその視線を受けてため息をつく。

「なんでユベール伯がお前に興味がないと思うんだよ」

「えっと……だって旦那様は優しいけど全然私の方を見て話してくれないし、何かあるとすぐ目を細めて不機嫌そうになさるから……」

 それを聞いて、クラウスは眉を顰める。

「腰抜けが……」

「え?」

「あとは」

「えー…………と」

 頬を赤く染めたエレオノーラに、ピンときたクラウスは心底嫌そうに益々顔を険しくさせた。

「いや、喋るな。幼馴染のそういう話は聞きたくない」

「はい……」

 エレオノーラもさすがに夫婦の情事について、クラウスであっても言うのは恥ずかしかったのでほっとする。


「……まぁ、ようは好いて添ったわけではないので、その内ユベール伯に好いた相手が現れるだろう、と。それはなくはないかもしれんが、何故お前は家を出た後自活することになるんだ。お前名義の資産がいくつかあるだろう」

 クラウスはこの際、ウルドと愛人の邪魔になるだろうから家を出る、の部分には触れないことにした。エレオノーラの性格からして自分が屋敷を出れば、愛人が気兼ねなく屋敷で暮らせるだろう、という安易な思考に走ることは想像に難くない。問題だらけなのだが、彼女はこの点は意見を変えないだろう。

「でもあれは、元侯爵令嬢で現伯爵夫人のエレオノーラに与えられたもので、私個人のものじゃないもの……」

「馬鹿真面目か。お前の想定では嘘でも必要のある時は伯爵夫人としての責務を果たすわけだから、構わんと思うがな……」

「いいえ。ほとんど役目を果たさない私が私利私欲の為に財産を食いつぶすのは、貴族の義務に反するわ」


 エレオノーラはそこは譲れない、と言う。

 意志の強い紺碧の瞳を眺めて、クラウスは溜息をついて折れた。

「……まぁ、エリィは頑固だからな。お前がそういうなら、そこは好きにすればいいさ。それで?ここが一番驚いたが、お前働いてたのか。しかも代筆屋?」

「そう!すごいでしょう!クラウス。私、少しだけど自分でお金を稼いだのよ」

 ぱっ、と笑顔になったエレオノーラは、身を乗り出す。本当に嬉しそうな様子に、クラウスも肩を竦めて苦笑を浮かべた。

 彼女の嬉しそうな姿を見るのは、なんであれクラウスにとっても喜びなのだ。

「まさか本当にお前が働くとはな。楽しかったか?」

「とても!」

「そうか。……よかったな」

「うん!」


 満面の笑みのエレオノーラだが、彼はここで話を穏やかに終わらせるつもりはない。



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