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14.逃亡

 

 ところで、このシーンを遠くから見ていた者がいた。

 エレオノーラだ。


 彼女の今日の外出は以前と同様に王太后にお茶の時間に呼ばれたからであり、今はその帰りだった。

 なんとなく気まずくてウルドには登城することは知らせておらず、見かけても前回のように挨拶をしたりはせず隠れてやり過ごそう、と思っていた。

 案の定、中廊下に差し掛かった頃に速足で外廊下を横切るウルドを見つけ、慌てて柱の陰に隠れたまでは想定内。しかしそこにシンプルなドレス姿の女性が現れ、彼と親し気に話し、更には手紙を渡しているところを目撃してしまったのだ。


 手紙!!


 そう、手紙だ。好きではない、と言った手紙。

 どういうことだろう?昨日の今日で意見が変わったのだろうか?それとも手紙を好きではない、というのは嘘?

 もしくは、好きではないが必要があって手紙を書かざるをえなかった、とか?

 エレオノーラは柱に隠れたままぐるぐると考える。よくない方向に、それはもう一直線に。

「だって手紙お好きじゃないのに書く場合ってどんな場合?しかも女性に?お顔がこちらからは見えないけど、女性よね?女性にお手紙って……そういうのって普通、ふつう、こ、こ、こいぶみ……!ていうんじゃない……?」

「お嬢様、お気を確かに」

 オルガに手を握られて、エレオノーラは涙目でひしっと彼女の手を握り返した。

「ああ、オルガどうしましょう。事態は私が思うよりもずっと進んでいたのだわ……!」

「落ち着いてください、お嬢様。旦那様にお確かめになられては?その……お嬢様の勘違い、ということもあるかと」

 十中八九勘違い、とオルガは思っているが控えめに進言する。さすがに面白がっていては可哀相だろう。

「ダメよ、そんな……優しい旦那様を、私がこれ以上煩わせてしまってはいけないわ」

 そういうところだけは決然とエレオノーラは判断し、キッ、と顔を上げた。


 すると。

 外廊下にいるウルドとばっちりと目が合った。


 エレオノーラは、本人に自覚はないがひどく目立つ。

 しかも有名人だ。

 そんな彼女が侍女とこそこそ話しつつ涙目になどなっていれば、中廊下を歩く貴族達の衆目を集め、更に外廊下の方からも何に注目が集まっているのか皆の視線がそちらに向く。当然、ウルドとシャーロットの視線も。

「エレオノーラ?」

 そこに愛しい妻の姿を認めて、ウルドは驚きの声を上げた。その声は聞こえなかったが、びくん!と震えてエレオノーラは慌てる。

「どうしましょう、オルガ!」

「勿論、ここは逃げの一手ですわお嬢様」

「採用します!」

 主の心情を慮ったオルガの落ち着いた言葉に、エレオノーラは即決した。

 こほん、と小さく咳払いをしてから彼女はふわりと半回転し、周囲に向けて満遍なく微笑み掛けると丁寧に礼をとった。

 国王に謁見する時もかくや、という程の完璧な礼だ。

 それから、皆がそれに見惚れている間におかしくない程度の速度で中廊下を通り過ぎる。

 角を曲がって皆の視線がなくなると、エレオノーラは自分に出来る一番の速さで廊下を歩き出した。その後をオルガがなんなく追従する。

「……やりますね、お嬢様!」

「何故か知らないけど、丁寧にお辞儀すると皆ちょっと止まるの!もしもの時の奥の手。オルガも使っていいよ!」

「お嬢様にしか出来ないライフハックだと思いますわ」

 オルガはもはや恒例となった笑顔を浮かべ、更にもう一度角を曲がって人気のない回廊に出るとエレオノーラを横抱きに抱えた。


「ではお嬢様、近道いたします」

「わぁ、これ久しぶりね!結婚してから私太っちゃったから、大変じゃない?大丈夫?オルガ」

 オルガの首に腕を回したエレオノーラが心配そうに彼女に訪ねる。が、オルガは不敵に微笑んでみせた。

「ちょろいですわ」

 言って、回廊の欄干を蹴る。

 二人がいたのは二階だったが、なんなく一階の芝生の上に着地したオルガは、エレオノーラを抱えたまま走り出した。エレオノーラの最大速度とは違い、ぐんぐん景色が変わっていく。

 使用人達もあまり通らない道を使い、馬車を停めている広場まできたオルガは素早く彼女達が乗ってきた馬車を見つけてその前に立った。

 そして石畳みの地面にゆっくりと足がつくように、恭しく主を降ろす。

「ありがとう、オルガ。相変わらず、オルガはすごいわ!」

 手放しで称賛されて、悪い気はしない。ちょっと気取った礼をしてオルガはエレオノーラを馬車の中に導いた。


 そうしておいて、馭者に予定が変わったことを告げ馬車を出発させる。ぱかぱかと呑気に進んだ馬車は城の門で少し止められたが、ユベール伯爵家の紋章付きの馬車に搭乗者がエレオノーラだったものだからほぼ顔パスで通過した。

 幼い頃から侯爵令嬢として、また王太后のお気に入りとしてしょっしゅう登城していたエレオノーラは門番たちにもよく知られているのだ。何せ予定していなくとも王族の急なお召しで登城することもしょっちゅうだったので。

「お嬢様、行き先は?」

「仕方がないわ……クラウスに助けを求めましょう……」


 申し訳なさそうにそう言ったエレオノーラに、オルガは頷き馭者に行き先を告げた。



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