13.手紙の行方
一方。
王城に出仕したウルドは、朝から盛大に苛ついていた。
昨夜泣きながら眠ってしまったエレオノーラは、今朝彼が出掛ける時間になっても起きてこなかった。一応出掛ける前にもう一度寝室まで確認に行ったが、美しい顔にちょっとだけ眉間に皺を寄せて眠っていたので、起こすことなく出て来たのだ。
貴族の朝は遅く、今までだって妻が寝ている間に出仕することの方が多かったのに今朝はひどく気に障った。
もしも、ウルドが出仕している間にエレオノーラがどこかに行ってしまったらどうしよう?というのが彼の目下の悩みだ。
エレオノーラは美しい。
ウルドのような男には勿体ないほどに心も美しく優しい娘だが、その容貌は際立って人目を惹く。彼女がちょっとそこまで、などと言って出掛けた先で、通りすがりの者がエレオノーラに一目惚れをして誘拐しようとしてもおかしくない程美しいのだ。
ウルドは昨夜エレオノーラをまた泣かせてしまったことにより精神的なダメージを受けていて、普段よりもちょっと思考がおかしくなっていることに自覚がない。
「……やはり帰ろう」
隊長室のデスクについていたウルドは、思いたって立ち上がった。今日は午後に重要な案件もないし、通常訓練は副官の二人に任せておけば恙無くこなすだろう。
結婚の際に少し有給休暇を取ったので、その後はしばらく取らずにいたのでまた休暇は溜まっている。今日使おう。
そう決めて顔を上げると、ふと個人用の文箱に代筆屋に頼む手紙を置いておいたのが見えて、彼はそれを手にとった。
エレオノーラの代筆屋に代筆を依頼している、愛妻家の騎士、は当然ウルドのことだ。
ロビンとシャーロットに勧められて最初こそ戸惑いつつ手紙を書いたが、一度書きだすと気兼ねなく心情を吐露出来るし後で冷静になって読み直して推敲出来る点もよく、失言しないことが特によかった。
そうなると溜まっていた愛情はどんどん言葉となって泉のように湧いてきて、ここ数週間で代筆屋のお得意様になってしまった程だ。
けれど、現実には相変わらずエレオノーラを笑顔にすることも出来ず、寛ぐ筈の晩餐の席でさえどこか無理をさせてしまっているように感じていた。
そんな負い目もあって、昨夜彼女から手紙の話をされた時にひどく動揺してしまったのだ。
思わずゴブレットはつるっと滑って落としそうになり、慌ててテーブルに置きなおすことが出来たがその後隠しごとをしている気まずさから、手紙は好きではない、と言って逃げてしまった。
あれはよくなかった。
確か、エレオノーラは手紙が大好きなのだ。外国に嫁いだ姉や、親しい令嬢、もしくは幼馴染のクラウスに、特別な時でなくともよく手紙を送っている。
ウルドも短い婚約期間に、お礼状として何度か彼女の書いたものをもらったことはあるが、美しい筆致だった。
屋敷に招く外商にも、いつも便箋や封筒、インクなどをたくさん見せてくれるように頼んでいるのを何度も見かけた。
「……手紙が嫌いなどと言う男は、嫌だろうか……」
ウルドは溜息をついて、手紙を手に帰る準備をして部屋を出る。
外廊下を城の出入り口に向かって歩いていると、向こうから副官の片割れであるシャーロットが一人で歩いてくるのが見えた。
彼女は騎士服ではなく簡素な普段着のようなドレスを着ていて、先程出仕してきたのだろうと知れる。
「ヨードレル」
「隊長!お疲れ様です」
「お前、遅刻か?」
「違いますよ~今朝は家の事情で遅れますってロビンに連絡してありましたよ!」
「……本当か?コーネリウスからは報告が上がってきていないが?」
「それはロビンの怠慢ですね!後で私が注意しておきます」
かなり怪しいが、そこまで堂々と言われるとロビンがこの場にいない以上検証することは出来ない。
「……まぁいい。俺は今日は用事が出来たので先に帰る。あとはお前とコーネリウスで通常訓練を指揮しろ」
「了解です。……あ、隊長、それいつものラブレターですか?私この後警邏で街の方行くんで、代筆屋に寄ってきますよ」
もはや敬礼すらしない部下を叱るのも今は億劫で、ウルドは手紙をシャーロットに渡す。
「ああ……いつも悪いな」
先の戦で英雄となった、有名人の彼自身が代筆屋に行くのは憚られて手紙の原本はいつも、シャーロットかロビンが街に行く用事がある時に持って行ってもらうように頼んでいたのだ。
「ふふーん、お任せください!でも隊長ほんと筆マメですよね、結構な数になってません?どうです、女神のような奥様の反応は!ラブラブになりました?お返事とか来たりします??」
シャーロットがわくわくとした様子で微笑んで尋ねると、ウルドはさっと視線をそらす。
「……いや」
「え?隊長、ちゃんと愛の言葉とか書いてますよね?業務日誌みたいにしてたらダメですよ」
「……それは、ちゃんと書けている、と思うが……」
「えー?じゃあなんで……」
「………………渡して、いないからな……」
「はぁ!?」
気まずげにボソリと言ったウルドの言葉を聞いて、シャーロットは驚いて大きな声を出した。