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12.目覚めた後

 


 翌朝。

 随分陽も高くなってから目覚めたエレオノーラは、しばらくベッドの中でじっとしていた。


 もう終わりかもしれない。


 思考の方向性の間違った彼女は、ただ茫然とそう考える。

 結婚して数カ月。大好きな人の奥さんになれたというだけで毎日とても幸せだった。

 幸い、代筆屋として少しだけ収入を得ることも出来たし、働く、ということに関して実績が出来た。

 当然贅沢な暮らしは出来なくなるが、当面は持っている宝石などを売って住むところを用意して、あとは貴族令嬢としてのスキルが役立つ仕事を探して貧しくともつつましく暮らしていけばなんとか…………

 などと、誰が聞いてもエレオノーラには無理だ、と思えるようなことを真剣に考え、これからの算段をたてる。

 王命である結婚に背くのだから、当然実家である侯爵家には帰れないだろう、とエレオノーラは考えていて、親戚にもクラウスにも頼らず生きていけるように、とかねてより計画していたのだ。

 穴だらけなのだが。


「……教会と孤児院には、これから支援出来なくなってしまうわね……大丈夫かしら……ああ、確かに旦那様も仰る通り、過ぎる慈善は彼らを弱らせてしまった……?私の所為だわ」

 我慢出来なくなって、エレオノーラは起き上がる。その拍子にぽろりと氷嚢が落ちたが、彼女は気付かなかった。

「えっと……おじい様がくれた私名義の領地……あれから得られる収入を教会と孤児院に回るようにしておけば、当分は支援を続けられるかしら?……でも管理する人が必要よね……やっぱりクラウスにお願いするしかないかしら……」

 ぶつぶつと呟いて、彼女は上掛けを持ち上げたり、伸ばしたり、と世話しなく手を動かす。

 ベッドの上で身を起こした姿勢だというのに、落ち着きなくそわそわとしていると扉がノックされた。

「奥様?お目覚めですか」

「……うん、オルガ」

 応えると、扉を開いて今日も隙なく侍女の制服を着こなしたオルガが、お茶の乗った盆を持って入ってきた。


「おはようございます、お嬢様」

「おはよう、オルガ」

 二人きりの時、オルガはいつもエレオノーラのことを結婚前と同じようにお嬢様、と呼ぶ。

 使用人達に奥様、と呼ばれるたびに嬉しかったエレオノーラだが、今はお嬢様と呼んでくれるオルガの声が嬉しい。

 奥様、ではなくなってもエレオノーラには何かが残るような気持ちにさせてくれるから。

「……そうだ、オルガとも離れなくちゃいけないのね」

 悲しくなって思わず小さな声で呟くと、オルガは首を傾げる。

「万が一お嬢様が無一文になられても、このオルガはご一緒しますよ?」

「…………心が読めるの!?オルガ」

 驚いてエレオノーラはオルガを見遣る。計画を見抜かれたことにも驚いてはいるが、それ以上に魔法でも使えるの?という期待の成分が多い。きらきらとした紺碧の瞳に無邪気に見つめられて、オルガはフッ…と微笑んだ。


「いえ、先程ベッドでぶつぶつ言っておられたのが結構な声量だったので、扉前に待機していた私には聞こえていただけです」

「大声で秘密の計画を喋ってたの、私……!!」

 ガーン!とショックを受けるエレオノーラの可愛らしいことったらない。

 これだからお嬢様の侍女はやめられない、とオルガは内心で呟く。ちなみに彼女は元傭兵だけあって身体能力が常人よりはるかに高く、聴力もかなりいいので聞こえただけなのだが、面白いので黙っておく。

 この国で、上から数えて十指に入る高貴な女性であるエレオノーラは誰もが傅き、そして守られるべき存在だとオルガは思っている。

 中身がこれほど可愛らしかったのは予想外だったが、結果的にオルガには生涯守り仕えたい主を見つけられて僥倖だった。


「それよりお嬢様、お加減はいかがです?目元もやはり少し腫れてしまいましたね……」

 盆をサイドボードに置き、オルガはカーペットに膝をついてエレオノーラの様子を確かめる。

 華奢でたおやかなエレオノーラは、健康ではあるものの非力でありそれに見合った体力しかない。その為昨日のように感情を乱し大泣きするようなことがあれば、体調を崩してもおかしくはないのだ。

「……たぶん平気。あの、朝ご飯は、昨日残したお料理を食べるね」

「まぁ、あれは昨夜のうちに家畜の餌になりましたし、今朝の朝食はもう料理長が作っていますわ。せっかく作った朝食が無駄になったら、料理長は悲しむでしょうね……」

「え、え、じゃ、じゃあ、今日作ってもらったのを食べます!……ん?この屋敷に家畜がいたかしら……?」

 エレオノーラは馬鹿ではないのだ。ちょっと方向性がおかしいだけで。

「ええ、近所の屋敷の家畜にあげたんです。ええ、詳しくは私も存じませんけれど」

「……そう、なの……」

 わざとらしいまでに笑顔を浮かべたオルガにティーカップを持たされ、エレオノーラはこくこくとお茶を飲む。昨日たくさん泣いたので水分はありがたい。

「ハーブティだわ。イーサン農園のものね」

「さすがですわ、お嬢様。今朝は刺激の少ないものの方がよいかと思いまして」

「うん……ありがとう、オルガ」

 ほぅ、と息をついて、エレオノーラはオルガに向けて微笑んだ。

 お腹に温かいものが入ると、少し落ち着くし元気も湧いてくる。オルガはこの後も一緒にいてくれるようなので、ここはお言葉に甘えることにして頭の中の計画を修正する。

 実は一人暮らしはしたことがなかったのでほんの少しだけ不安だったのだ。

「たぶん眠る部屋は一緒になっちゃうと思うけど、それでもいい?オルガ」

「…………勿論構いませんわ」

 オルガはエレオノーラに仕えるようになってから、意図せずして腹筋が鍛えられたのだった。



 今朝の朝食も文句なしに美味で、昨夜料理を残してしまったことを料理長に詫びると、彼は何でもないことのように笑って許してくれた。

 焼きたてのあたたかいパンはバターがたっぷり入っていて、香ばしく柔らかい。エレオノーラは、自分の焼いたパンもまずまずだとは思っているが、やはり料理長のパンは最高だ、と改めて思った。

 もうすぐこのパンも食べることが出来なくなるのかと思うと悲しくて、今朝は少し多めに食べてしまったほどだ。


 朝食後、今日は外出の予定があるので朝食の際に着ていたものから外出用のドレスに着替え、身支度を整えたエレオノーラはアクセサリーケースの縁を指でなぞった。

 最近代筆屋に出勤する時はいつもウルドに贈られた真珠の耳飾りをつけていたのだが、彼女には今もこれをつける権利があるのだろうか?と迷う。

「……でも、まだ旦那様の妻は私だし……お気に入りだし……返せ、と言われたらその時返せば大丈夫よね。いや、でも一度あげたものを返せ、なんて意地悪、旦那様は優しいから仰らないかしら……私が空気を読んで先んじてお返しすべき?…………無理!だってこれ気に入ってるんだもの!」

 耳飾りを潰さないようにそっと両手で持って、エレオノーラは唇を噛む。

「いっそ買い取らせていただくとか……!いいえ、そんなお金の余裕はこれからなくなるのよ!ダメだわ……ええと、じゃあ……あと短い間だけど、つけさせてね」


 そっと耳にその耳飾りをつけると、エレオノーラが鏡に映る、しおれた様子の自分を見て苦く笑った。



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