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9.騎士の恋文

 

 噂の代筆屋とは、勿論、エレオノーラが働く代筆屋のことである。


 翌日の昼下がり、店主が彼女が仕事をする小部屋に持ってきたのは騎士の恋文だった。

 プライバシー保護の関係上、エレオノーラは客に会わない。店主もざっと内容は確認するが、差出人が誰で、受取人が誰なのかまでは聞かないようにしていた。


「便箋の指定はありません、文字も飾り文字ではなくていいそうです」

「はい、わかりました」

 仕様に関するメモと、手紙の原本を受け取ったエレオノーラは店主が部屋を出て行ってから改めて手紙を見た。

 字は斜め上に上がり気味の強い癖があり、続きに悩んだのかあちこちにインク溜まりがあった。書き出しは「愛する妻へ」となっていて、なんだかその一文に彼女は赤面してしまう。

 癖の強い文字も、どこか見覚えがあるような気がして、エレオノーラは好感を抱いた。

「いいな……とても愛されているのね、奥様」

 と、顔をあげて、彼女は誰にともなく言い訳をする。

「あ、あら、私だって、旦那様に愛されているのよ?昨日も旦那様は私の焼いたパンをちゃんと食べてくださったもの!……味の感想は、なかった、けど……でもお皿に載せた分は全部食べてくれたし……不味かったら完食しない、わよね?でも勿体ないからお腹を壊さない程度の味だったら食べきるかしら……旦那様は優しいから、感想を仰らなかったのはそういう、ことなのかしら……」

 ずぶずぶと落ち込んで床にでもめり込んでいきそうなエレオノーラは、慌てて自分を奮い立たせてデスクを睨む。今は仕事中なのだ!

 仕事に私情を挟むなんて、エレオノーラの目指す職業婦人にあるまじき行いである。


 手紙に意識を戻すと、男性らしい文字で少し堅い言い回しだが、妻が嫁いできてくれてどれほど嬉しかったか、彼女を幸せにしてあげたいのに自分は騎士という職業柄か不器用であまり上手く出来ていないことを詫びるくだりに、これからも精一杯頑張るのでどうか見限らずに傍にいて欲しい、と文章は続いていく。


 情熱的な、恋の手紙だった。


「なんて素敵なお手紙!きっと奥様も、こんなに素敵な言葉をくれる旦那様のことが大好きなのでしょうね!」

 ほぅ、と溜息をついて手紙の原本をデスクに置くと、エレオノーラは便箋を選ぶ。指定がない場合は料金別に何種類か用意された便箋から彼女が選んでいいことになっていた。

 まさに天職である。

「ああ、でもお仕事だから私は頑張るけれど、これのお手紙はそのまま奥様にお渡しした方がいいんじゃないかしら……こんなにも愛情が詰まっているのに直接お見せ出来ないなんて歯がゆいわ……」

 頬を紅潮させて身悶えするエレオノーラに、壁際に控えているオルガが遠慮がちに声を掛ける。

「お嬢様」

「……分かってる!分かってるわ!お仕事ですもの……」

 エレオノーラはシンプルだが、縁に一定の間隔で小さな透かしの入った便箋をデスクに広げて、うん!と気合を入れた。今日も彼女の白い耳を飾るのは小さな真珠だ。

 そして手を組んで瞼を閉じる。

「ああ、神様、私に少しでもこの素敵なお手紙の思いが伝えられますようにお力をお貸しください……!」

 お祈りをしてから、エレオノーラは既に使い慣れたペンを手に取った。



 そんなことがあってから数日。

 何日かに一度の割合でその愛妻家の騎士からの恋文の依頼が舞い込み、エレオノーラはまるで恋愛小説の連載でも読んでいるかのような気分だった。

 書けば書くほど気持ちが募るのか、件の騎士の文章は雄弁だった。

 奥方がどれほど愛らしいか、どこを愛しているか、など赤面せずにはいられないような情熱的な言葉が並んでいるのだ。しかも有名な恋の詩を引用してあったりと、恋する乙女ならば一度はもらってみたいような洒落た手法も随所に使われている。

「なかなかの手練れ……さては結構モテてきましたね?お客さん!」

 びし!と名探偵よろしく手紙に指をつきつけて宣言し、気の済んだエレオノーラは着席する。

 主の奇行に慣れたオルガは今日も壁際で静かに見守ってくれていた。


「うーん!それにしてもこんなに熱烈なお手紙をしょっちゅういただいているのなら、奥様も旦那様に夢中よね?代筆でお手紙を書くのではなくそろそろ直接お話になっておられる筈なのに……」

 ううん、と彼女は唸る。

 でも、人には様々な事情があるだろうし直接話せない状況なのかもしれない。もしくは奥様の方もお手紙を書かれていて、家庭内で文通なさってたり?

「それってすごく素敵だわ!」

 エレオノーラはきゃあ!と小声で歓声をあげる。


 幼い頃、彼女は文字を覚えたばかりでとても嬉しかったので、同じ屋敷に住んでいるというのに家族にたくさん手紙を書いた。

 今見ると赤面必至の拙い文字と文面、下手くそな猫の絵などが書かれているのだが、優しい家族は皆お返しの手紙をくれた。冷血宰相と呼ばれる父でさえ、何通かに一度は返事をくれたのだ。

 今でもエレオノーラの私室の、宝物を入れる箱の中にきちんを納まっている、思い出の品々だ。

「私も旦那様と文通してみたいわ……旦那様にお手紙もらったことないもの……花束についてたメモみたいな、走り書きとか…………んん?」


 何か今大事なことに触れた気がして、エレオノーラは首を傾げる。


「どうかなさいましたか?お嬢様」

「ううん……なんでもないわ、オルガ」

 傾げていた首を元の位置に戻して、気を取り直したエレオノーラは今日の便箋を選ぶ。毎回同じなのも一途なカンジがしていいと思うが、せっかくお金を払って代筆屋に依頼してくれているのだ、様々な便箋で届けば読む方も楽しいだろう。

「今日は雨なので、水玉模様の箔押し!インクは藍色にしましょう。あ、でも奥様、今日読んでくださるかしら……?んんーでも手触りもいいし、きっと晴れた日でも気持ちよく読んでいただけるわよね」

 紙面にそっと触れて、エレオノーラはにっこりと微笑む。


「今日も心を込めて代筆させていただきますね!」



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