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英語が嫌なら消してしまえばいいじゃない

作者: 新島 伊万里

 世界の共通言語といえば何だろうか?


 まあ大半の人間は英語と答えるだろう。かく言う俺もその1人なんだけど。英語が使われない国もあるんだぞとかそういう重箱の隅をつついたりするのは今はいらない。とにかく英語はよく使われる、そう考えてくれ。


 何を当たり前の事を言ってるんだと思うだろう。英語の授業は必修だし、グローバル化がどうのとか言いながら英語の資格が必要だとか叫ばれる時代なんだし。まあ当然だよな。


 ここからが本題だ。


 英語はどこでも使われる。だからとにかく学べ! ってこの風潮、理不尽だとは思わないか? 英語でのコミュニケーションがどうのと言っておきながら課すのはひたすらにペーパーテスト。


 どうせなら日本語でのコミュ力もセンター試験で決めてくれと思うね。それなら俺だって一躍コミュ強の仲間入りができるってのにな。


 とにかくだ。俺は英語ができない。テストも散々だし、外国人に話しかけられようものなら知らんぷりを平気で決め込む人間だ。グローバル化グローバル化とやかましく叫ばれるこの世界で生きていけるのか焦りが隠せない。


 ――だからこう思うんだ。


「……そんな世界はひっくり返してやらないとな」



 *



「それじゃあ今日のテストは終了だー。各自、復習も忘れんなよー」


 そんな気のない教師の返事を受けて席を立つ。学生の本文は勉強。勉強に勉強に勉強だ。そんな校風の学校に何で入ってしまったのか、今さら嘆いても意味がない。


「やっと解放される……」


 勉強そのものは別に嫌いという訳でもない。成績だって平均よりも上の方を維持してる。ちなみに英語があるせいでそんな微妙な順位に落ち着いてるとも言える。英語以外はそれなりに自信があったりはする。


 とはいえ、そのせいで英語ができなくて周囲にネタにされるのは複雑ではあるが。


「ま、そんな風にネタにされるのも今日までなんだけどな」


 自分の家から少し離れたところにあるガレージで足を止める。わざわざ金まで払ってこの場所を借りたのも全てこのためだ。


「……英語の才能が無くても俺にはこんな才能があるんだよなあ」


 ガレージ内へと進み、奥に位置した巨大な物体、そこにかかった布を勢いよくめくり上げる。


「誰も思わないだろ。一介の高校生がタイムマシンを作り上げてるなんて」


 球体状の物体を撫でながらそう漏らす。理系の才能があったとか、運が良かったとか、時間がたくさんあったとか様々な要因に恵まれて俺は秘密裏にタイムマシンを作る事に成功していたのだ。


 もちろんテストもとっくに終わらせてある。完璧だ。


「これを世間に公表すれば天才高校生だとか言われて人生が変わるかもしれないな……」


 タイムマシンなんて多くの科学者、いや一般人ですらも興味を惹かれる代物だ。国内外の様々な機関から研究者として声がかけられるかもしれない、いやきっとかけられるに違いない。


 そんな名誉を受けてしまえば英語が話せないとかそんな欠点は一笑に付せるだろう。くだらないネタにされる以上のリターンが返ってくるんだ。ならば一刻も早くお披露目すべきだ。


 ――普通の人間ならそう考えるだろう。だが俺は違う。そんな名誉よりも優先させるべき事がある。


「そうだ……。俺はこれから、英語を滅ぼしてやるんだ……!」


 手法としては極めて単純。タイムマシンで過去に行く。そして世界を征服して、世界全ての人間の使用言語を日本語に矯正する。


 そして現代に帰ればどうだ。日本語しか存在しない素晴らしい世界の誕生だ! これで英語が苦手で肩身の狭い思いをしている同志を救済できる! タイムマシンの公表なんてその後でもいくらでもできるしな。


 英語があるから肩身の狭い思いをするんだ。だったら英語が存在しなければいい、単純すぎる理屈だ。タイムマシンも言ってしまえばその布石に過ぎない。


「そら行くぞタイムスリップ! これで文字通り世界を変えてやる――!」



 *



「――ははは! いくぞお前ら!!」


「「「仰せの通りに!!」」」


 時は室町時代。別に室町時代じゃないとダメだったわけではない。それなりに武闘派がいるならどこでも良かった。この辺は気分だな。


 俺の掛け声に同調する兵士らは全て現代語をマスターしている。タイムマシンに積んでおいた言語の広まり方についてとか、帝王学だのの本を実践するだけでここまでの纏まりが発揮できた。


 本は素晴らしい。文明のショートカットだって新たな帝国を興す事だってなんだってできてしまう。無人島に1冊持っていくなら何がいい? なんて質問があるが、あれはナンセンスだな。何冊も持って行ってこそ本の実力が発揮できる。


「「うおおおおお!!!!」」


 さてそんな俺の考えた最強の帝国だが、既に彼らは巨大な船に乗り込みアジア大陸に強襲。さらにはライフルを手に、恐るべき戦果を挙げてくれている。


 持ってきた大量の本に膨大な時間。タイムマシンを作った時と同じだ。これさえあれば大体の事は実現できてしまうのだ。


「ハハハ! 完璧! 最高! 全部思い通りだ!」


 ――その後も俺の帝国は快進撃を続けた。


「16世紀に飛行機が使える時点で俺は最強だな!」


 産業革命のさの字が出るよりも早く航空部隊を編成してイギリス、アメリカと将来の大国を次々陥落させていく。コロンブスがどうとか奴隷売買とか知るかそんな歴史。事のついでに全部上書きしてやるよ!


 その辺りで一気に歴史を改変している気がしなくもないが、まあ上手く収まるんじゃないだろうかと楽観している。


「各国に日本語教師も送り込んだし、これで完璧じゃないか?」


 教科書で一度は目にする国、大国みたいなところには一通り使者は送った。こうしておけば周辺の小国もその国に合わせようと日本語を習得していくだろう。


 ローカルな言語は多少残るかもしれないがこれでいい。世界中の言語を根絶やしになんて骨の折れる作業には興味がない。本質は日本語が、現在の英語の地位を獲得する事だからな。


 好き勝手する帝国に逆らおうと反対勢力が出てくるのはRPGの世界だけだ。そもそも圧制を敷いたわけでもないしな。


 そう、これを以て俺の英語撲滅作戦は完遂と相成った――。



 *



「何年かぶりの現代だな……」


 英語を消すために世界征服して、それだけ長い時間タイムスリップしていたんだ。久々のこの街並みは凄く懐かしくどこか安心感に包み込まれるようだ。


「じゃあ早速、実験の成果を確かめに行きますか」


 タイムマシンから降りて、人気のないガレージから学校へと舞い戻る。言葉の多様性の消えた世界がどんなものなのか、今から見るのが楽しみだ。



 *



「明日なる何か試験ありしや?」


「国語ならむ」


「余裕かな」


 そんな会話をしながら帰路につく学生とすれ違った。


「――は?」


 何か妙だ。はっきりと聞こえたわけじゃないが、何かがおかしい。違和感がある。その一抹の違和感を確固たるものにしたのはグラウンドから聞こえてくるコーチの大声だった。


「なんぢら! 後1セットなるぞ!」


「ま、まさか……言語感覚が狂ってる?」


 外来語そのものは日本語を教え直す時に利用した。だからそれが生き残るのは分かる。しかし、だがしかし、()()()()()()()()()()()()()()()()? 俺は古語までは教えていないはずだぞ。


「あのー……すいません?」


 何とも言えない焦燥に駆られながら近くを通りすがった女子に声をかける。原因を考えるにしてもまずは情報だ。狂ってしまった現代の情報は話さないと得られない。


 こちらの声に反応した女子生徒ははにかみながらこちらへ近づきこう言った。


「さても言ひき?」


「ひっ……」


 向こうは全く害意がない。それは分かる。それでも慣れない言語、未知の文化で押されると恐怖感を覚えてしまうのは仕方のない事だと思う。そもそもこれが嫌だったというのも英語を消した理由の1つだったのに。


「くっ……!」


「待ちたまへ!」


「言われて待てるか……!」


 俺の言葉の正確な意味も多分通じないんだろうなと思いながらそのまま走って学校を後にする。どこに行けばいいか、どうすればいいかなんて何も分からない。ただとにかく走る、それだけだ。言語が通じなくなった世界で自分ができるのはそれくらいしかなかった。



 *



「はあ……はあ……くそ! なんでこんな訳の分かんねえ事になってんだ!」


 その言葉は誰も拾ってくれなくて、ただただ虚空へ浮かんで消えていく。


「おや、その若さでその言語を知っているのか?」


 そう思われた俺の言葉だが、信じられない事に観測者がいたらしい。この時代に戻って来てからたった数時間、聞かなかっただけのその日本語だが、いざ他人の口から発せられると驚愕を覚えてしまう。


「な……爺さんも日本語が使えるのかよ!?」


 声をかけてきたのは白髪と黒い眼鏡が特徴的な高齢者と言って差し支え無さそうな男性。教師、いや研究者か? いずれにせよ、頭を使う仕事をやっていそうという印象を俺に与える。その老人は首をかしげながらも言った。


「日本語? ふうむ。日本語と言えば日本語じゃが、正確には古語と呼ばれておるじゃろう。それだけ精通してるそなたなら聞くまでもない事ではないか?」


「あ、そ、そうですね。はは……」


 言われてついそちらに合わせてしまう。こういうシナリオも何もない雑談ではこんな風に流してしまうのが俺の悪い癖だと思う。


「じゃが、そんな曖昧な返事まで知っておるとはその年の割に相当勉強したと見える。古語検定1級も持っておるんじゃないか?」


「い、いえ。僕にはそれだけの実力もないですよ。昔のテレビ番組を見て、なんとなく覚えただけですよ。……古語から今の言葉に変わっていった歴史なんかも知らないですし、ただ日常会話を覚えただけなんですよ」


「なんと、そうじゃったか。……儂も昔の人間の考える事はよう分からん。しかしどこかのタイミングで、今の言葉の方が便利じゃないかと感じる一派が折ったんじゃないかという説が有力じゃな」


「……世界で共通語とされていたのにさらに変化を遂げた、と?」


「そうじゃ。力ある地域が新たな用法を取り入れれば自ずと他の地域にも伝播するじゃろう。知っておるか? それよりももっと昔には様々な言語があったそうじゃが、それらは駆逐されて古語に統一されたらしい。そのような事が起きるのならばなんら不思議な事でもないじゃろう」


「な、なるほど……」


 使用言語を無理矢理変える。ゲームじゃあるまいし、と鼻で笑ってしまうような事を俺はやってみせた。それはこうも考えられるわけか。俺にできるなら他の人間だってそれができる。


 きっと、過去に行って言語を変えた勢力を潰しても同じような連中が現れるだろう。つまり待っているのはいたちごっこ。口では老人の話に納得した風を装ってはいるが、頭は乱れてしまった計画をどう元通りにするかでいっぱいだ。


 こうなった以上、学会でタイムマシンの発表なんてできる訳がない。専門の科学者なら論文や設計図等は分かってもらえるかもしれないが、それも共通言語あっての話だ。くそ、英語じゃ説明ができないからわざわざ日本語で支配したのになんてザマだ。


「うーむ。その若さで古語に精通した若者は貴重じゃな……。君さえよければ儂の研究室で働く気はないか? 実を言うと、古語の研究を行っていると言っても話せない人間が大半でのう……。花石相手がいると非常に嬉しいんじゃが……」


 そんな申し出を聞き流しながらも俺にできる事は何一つ存在しない事を実感してしまう。英語は消したのに。英語は消したのに。英語は消したのに。この喪失感と無力感はなんなんだよ。


「もしかしたら……母語を奪われた奴らもこんな事を考えてたのかもな……」


 俺は圧倒的な科学力で打ちのめして日本語を強制的に広めていった。俺の唯一の圧制とも呼べる部分だ。ここで、イギリスやアメリカ、俺から見た外国人はどんな思いを抱えて受け入れたのだろうか。


 俺にとっての現代語が滅び、俺にとっての古語が広まる世界になってしまったのも彼らの怨念のせい、だったりするのだろうか。自分達と同じ苦痛を俺も味わえと、そういう事なのだろうか。


「……分かったよ」


「何か言ったかね?」


「ええ。お言葉に甘えて貴方にお世話になろうと思います。よろしくお願い……申し上げる?」


「ほほ、そうかそうか! そうしてくれると実にありがたい! それと、よろしく願ひ奉る、じゃよ。現代語の方は小学生レベルじゃな。まずは国語の勉強が必要かのう? とにかくついてきなさい」


「はい」


 多分これでいい。俺のせいで多くの人間が通った道だ。責任を取るってわけじゃないが、俺も受け入れるしかないだろう。


 おっと、そうは言ってもこの世界に完全に馴染んで終了ってつもりはないぜ? 古語をマスターし、そのうえでタイムマシンを発表してやる。そして富と名声を手に入れる。そしてその権力を使ってある事をするんだ。


 それは何かって? 決まっているだろう。






 ――世界から古語を消し去るんだよ。今度は俺の鶴の一声で。


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