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木阿弥

作者: あまね

 テレビの画面には、見慣れた情景がある。


 ベテラン、中堅、若手がワイワイとガヤガヤと混じりながら、昔ながらの古典的な劇場的なお笑いをやっている。


 皆が楽しそうにやっている。


 真っ裸に近いような格好をして、笑いをとり。


 過剰とも思えるほど、叩かれ、痛みを笑いに変えていた。


 食べ物を使ったり、生き物を使ったりで、

 眉を寄せ嫌な顔をする人もいたけれど、笑ってくれる人もいる。



 それだから、いいじゃないかと区切ろう。


 踏ん切りをつけないから、お前のギャグは笑えないし、行き詰まる。


 先輩にも後輩にも言われた。



 笑わせられないよりマシ。

 売れたくないなら、この業界やめちまえ。

 今はネットもあるし、そういう所にいればいいんじゃないですか。


 おかしな話だと思う。


 才覚を自覚するならやめちまえという。

 いい子でいたいならやめちまえという。


 わりきれない。

 やりきれない。


 突っ走ることが、天才だという。

 周りをふりますことが、天才だという。


 才覚を自覚するなら、やめちまえと。


 舞台裏でそんな風に天才達に叩かれた。

 原石達に馬鹿にされた。


 何より病床の師匠にも言われた。


「木阿弥、あのな笑いは高尚なものじゃない、低俗であれば有るほど、受け入れやすく、非難されやすく、目に留まりやく、つまりは売れやすいんだ、それを理解しろ。」


 朦朧としているのか、耄碌しているのか、同じことを繰り返す。


 同じことを繰り返しているから次の台詞もわかっている。



「どんどんと衰退する華々しい業界で、俺のことは皆が覚えて、もてはやす、死んでも名を残す。」


 そうだろ、師匠が面会を断らなければ、業界の大御所の死に目に、会いたい人達が患者数より多くなることだろうは想像にかたくない。


「それに引き換え、木阿弥お前の事を覚えるやつなんてお前の後輩より少ない。

 世間に名を残すどころか、最近では新聞のテレビ欄にだって載りやしない。」


「テレビ欄に出たのは、数年前の話ですし、ついでに師匠に3回目の破門をされたのその頃ですね、懐かしいですね」


「テレビ欄に載らないだけならまだしも、劇場の数分だって、お客に見られてない。前座より前座らしいとかなんでまだ芸人をやっているのかと正気を疑う、俺に破門されたら辞めるだろ普通」



 実際、師匠が弟子にした数名はそれでやめた。

 懇願して破門されなかったものもいた。


 破門されて、業界に居残り、一門にいれてもらい、破門され、業界に居残り、破門されを繰り返したのは木阿弥だけだと、師匠がテレビで言ってた事を思い出す。




「師匠、政治家と芸人は自分の進退は自分で決めれる稀有な職業ですから」


「つまんねぇな、俺の芸人人生で、木阿弥、お前を弟子にしたのは、失敗だよ、粋とかノリとかで、弟子にしなおしたのは間違いだよ」


 大きなため息をつくが、これだって何度も見た光景だ。


 そのあとに来るのはいつだって、無茶ぶりだ。



「暇だなぁ 木阿弥、冥土の土産に面白いことしろや」


 ポケットから財布をだして、小銭をじゃらじゃらと師匠に渡す。


「三途の川の渡し賃ってやつです」


「縁起でもねぇな、つまらんし、どうせなら一円とか一万円にしとけよ、シニア割引とか効くんですかねとか気の聞いた冗談ぐらい添えろよ」


「急には無理ですよ」


「急にだって無理だろが、あぁ、なんで最後の見届け人をお前なんぞにしたかな、木阿弥のくせに経の一つ読めないときた」


「芸人ですからね」


 いつもなら、人を笑わせれねぇ奴が芸人を騙るななどおかしいと罵声の一つや二つ飛んできそうなものだが、想定外の言葉だった。


「なぁ、経の代わりに冥土の土産話くれよ、それ聞いたらくたばるからよ」


「フリですか?」


「フリならもっと上手くやるわ、木阿弥お前に二、三聞きたいんだわ」


「はい」


「お前芸人を辞めないのか?」


「辞めませんよ」


「なんでさ」


「逆に辞める理由がないんですよね」


「そうかい、売れない、面白くない、才覚もないの三拍子揃ってよくいうなぁ」


「言うだけならただですから」


「実際俺だったらやめてるかもなぁ、あぁ本当にイヤになる、売れてなけりゃ、面白くなけりやぁ、才覚がなければ、こうだったんだぞと見せつけられいると思った、俺だったらやめてると思ったら、芸人として負けた気分になる、お笑いの求道者として負けた気分になる、なぁ俺がお前だったらやめてると思うか?」



「進退は自分で決めれるのは、政治家とお笑い芸人だけです」


「あぁ、そうかい」


「まぁ、師匠は覚えていないかもしれませんが、名付けの時にそんな話もしましたよ」



 何か思い出すかのように、師匠は考え込んで、色々呟いて、色々話して、息を引き取った。



 その後、親族に連絡をして、涙の一つもながさずに病院を出た。


 数日は師匠の人となりやら、エピソードを涙ながらに語る大御所や人気芸人が涙ぐみテレビに出ていた。


 最後の数日から死ぬまで見届けた弟子として取材もテレビ出演のオファーもあった。


 名を残すだけじゃあ、芸人として面白くないから、木阿弥お前に仕事を残すという師匠の言葉はそれなりに感心された。


 数日だけの役割だ。







「元の木阿弥からとって木阿弥 いい名だろ、木阿弥 売れたとしても、落ちぶれたとしても、元が凡人だと思えば、また夢を見ることができるお前は今日から木阿弥だ」


 その言葉とはちょっと違うけれど、それでもその言葉のおかげで、売れなかろうが、面白くなかろうが、才覚がなかろうが、芸人として生きて行こうと思った。


 もっとも売れるような気はしない。

 元の木阿弥ではなく、ただの木阿弥なまま芸人として生きている。


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