104)救いの神様が現れました
案内された部屋はこの人の執務室だろうか。
私はソファーに座るように勧められて部屋を見渡した。
大きな机と書棚、ソファーとローテーブル。
机の上には大量の本や書類が積み上げられていた。
その人は一度部屋を出ると香りの良い紅茶とパウンドケーキ、クッキーを持ってきて出してくれた。
泣きすぎて痛かった喉が温かい紅茶で潤った。
「美味しい……」
「それは良かったです。大したおもてなしは出来ませんが、どうぞゆっくりしていって下さい」
「…ありがとうございます」
その人はとても優しい目で微笑んでいた。
纏っている空気がとても温かい。
開いた窓から雀が飛んできたので、私はパウンドケーキを千切って与えた。雀は美味しそうに食べて私の肩にちょこんと留まった。
「あなたは精霊の加護が与えられているのですね」
「!…あなたには見えるんですか?」
「神殿に務める人間は誰でも精霊を感じることが出来ますよ」
「そうなんですね。…あなたも神官さんなんですか?」
「はい、そうです。そう言えば自己紹介も未だでしたね。私はこの神殿に仕えるフルールと申します」
「私は…プリナ・リンカと言います。あの…声を掛けて下さってありがとうございます」
「いいえ。お客様は大歓迎です」
フルール様はイタズラっぽく笑った。
とても安心出来る優しい笑顔だ。
同じ神官でもケルルート様とは違うな…。
ケルルート様を思い出してまた気持ちが沈む。
ノックの音が響いた。
「フルール様に言伝を預かっております。ケルルート殿が今から精霊の御遣いの巫女と薬草園に向かい訓練を始めるとのことです」
「分かりました。下がって良いですよ」
「はい、失礼いたします」
「………」
ケルルート様の名前が私にも聞こえてきて思わず胸を掴んだ。
「あなたはケルルート殿をご存知なのですか?」
「!…………はい」
「精霊の御遣いの巫女も………」
「……………………はい」
フルール様は何となく事情を察した様子だった。
私は聞いてみたい事がいっぱいあったけれど、何を言ったら良いか分からなくて、黙ってお茶を飲んだ。
「プリナさんは王立学園で起きた事件に巻き込まれた方でしょうか?」
「!ご存知だったんですか…?」
「もちろんです。神殿にて巫女を預かる決定を下したのは私ですから」
「!?フルール様は偉い方なんですか!?」
「私はこの神殿の神官長を務めております。…プリナ・リンカさん」
「はい」
フルール様は姿勢を正すと深々と頭を下げた。
「!?」
「…この度は一神官の判断によりあなたには大変なご迷惑とご苦労をおかけしてしまいました。心よりお詫び申し上げます」
「!そんな!ケルルート様は私もミサキも修業になると言ってました!謝って頂く事はないです!!」
フルール様は頭を下げたままだ。
「いいえ。…どんな理由があろうともあなたを危険に晒すことは間違いでした。結果的に巫女は精霊の怒りを買い、あなたは大怪我を負いました。…違いますか?」
「……………」
違わない、けれど。
「私はこうして無事ですし、ミサキも幸せそう…でした。もう終わったことです」
終わったこと。
自分の言葉にまた傷付いてしまった。
「プリナさんには癒しの聖樹の加護を感じますね」
「はい、森で聖樹様達が私を助けてくれました」
「聖樹様…?」
フルール様は曇りの無い瞳で私を見詰めていた。
この人には全てを打ち明けても、全部受け止めてくれる気がした。
私は森で起こった事を全て話した。
ミサキの心証が悪くなるかも…とちょっと躊躇ったけれどフルール様には嘘や誤魔化しなんてしたくなかった。
フルール様は静かに私の話を聞いてくれた。
フルール様は私にお代わりのお茶を淹れてくれて、1人で話し続けて喉が乾いた私はゴクゴク飲んだ。
「プリナさんは…精霊の御遣いの巫女が憎いですか?」
「!!………………はい」
「今日は巫女に会いに来たのですか?」
「…いいえ。……………ケルルート様に…一目で良いから会いたいと思いました」
「………そうでしたか」
枯れたはずの涙がまた溢れる。
「こんな醜い人間が精霊に助けてもらうなんて許されません!私はドロドロした気持ちでいっぱいの汚い人間なんです!皆に会わせる顔がないんです!!」
「プリナさん………」
「そうです!!私はミサキが憎かった!悔しかった!何でケルルート様の隣にいるのが私じゃないの!?何でケルルート様はミサキを選んだの!?何で…!!何で……私じゃないの………」
「……………」
「私はミサキと同じなんです!!人への憎悪でいっぱいで…聖樹様達や森のみんなに助けてもらったのに…!!私は醜い心の人間なんです!!みんなに助けてもらえる資格なんて無いんです!!」
私は嗚咽した。
全部晒してしまった。
フルール様は静かに私の隣に移動してずっと私の背中を撫でてくれた。その手がとても優しくて涙が止まらなかった。
「人間は綺麗な感情だけではありません。プリナさんだけではないですよ。人間なら当たり前の感情です」
「……………」
「あなたは憎いミサキに精霊の力を借りて復讐したいと思いますか?」
私はブンブン首を振った。
「みんなはとても優しいんです…。私を空から投げ捨てた時も風の精霊達は迷っていました。こんなに優しい精霊達の力を悪意で利用したくなんかありません…!!」
「……そうですか」
フルール様はとても優しく私をふんわりと抱き締めてくれた。
「そんなあなただから精霊達も力を貸すのですよ。羨望や嫉妬、その他のたくさんの感情を含めてプリナさんはプリナさんなのです。決して醜い心の人間なんかではありませんよ」
「…………」
「聖樹はプリナさんに伝えたのでしょう?あなたはあなたのままで、それで良いと」
「……………はい」
「そのプリナさんの言う醜い感情も受け入れて、それでもあなたらしく居ればそれで良いのです」
「……………はい」
「大丈夫、あなたはとても心の優しい人間だと思いますよ」
「………………そんなことありません…………」
「私の言葉が信じられないなら、周りの精霊達の心を信じてみてはいかがでしょうか」
「私には精霊は見えません……」
「見えなくても感じることが出来るでしょう?…ほら、見てみて下さい」
「………?」
フルール様に促されて顔を上げて窓の外を見てみる。
そこには心配そうに私を見詰める雀やカルガモ、ハリネズミ、もぐら達がいた。
「みんな、あなたが大好きで心配してますよ」
「…!!」
「ここにいる精霊達もプリナさんの心を癒してあげたいと伝えています」
「フルール様………」
「心の痛みを知らない人間が、他者の心の痛みに気付ける訳がありません。その胸の痛みを大事にして下さい」
「…………はい」
みんなの温かい心がフルール様の体から伝わって流れて来るようだ。
「フルール様は…聖樹様と同じですね」
「…同じ…ですか?」
「はい。とても温かくて優しくて…幸せな気持ちになります」
「ふふ…それはとても光栄ですね」
私はやっと笑うことが出来た。
「ケルルート殿の言葉ではありませんが…あなたはとても興味深い人ですね」
「じゃあ…今度はフルール様が私の修業をしてくれますか?」
「プリナさんに修業は必要ありませんよ。あなたはあなたのままで、聖樹がそう伝えた通りです」
「…………そうですか……………」
もうフルール様には会えないのかな…。
「もしもまた何か辛いことや苦しいこと、悲しいこと、プリナさんが胸が痛くなった時にはいつでもいらして下さい」
私は俯いて首を横に振った。
「ここに来るのは…もう……………」
フルール様のお陰で多分胸の痛みは治まったけれど、それでも未だケルルート様とミサキを平常心で見ることは出来そうに無かった。
フルール様は首から掛けていたネックレスを外すと私に掛けてくれた。前世のロザリオみたいなものだろうか。
「これを身に着けていれば、あなたが呼んだら私は直ぐに会いにいきますよ」
「本当ですか!?」
「はい。…私は精霊と共にいつでもあなたの側にいます」
「はい!…ありがとうございます…!!」
迷える子羊は神官様に救われ、待っている人達の元へ帰った。




