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魔神の使徒  作者: 人生万事塞翁が馬
一幕 初戦
6/49

魔王ルシファード

 暗闇の中に慣れれば、薄暗くても十分明るく見える。

 クテルピウスによって改めて異世界に降りたった時、そこは中世の王城のような巨大で壮観な広間であり、俺の前に2人の少なくとも人間ではない者が跪いていた。



「お待ちしておりました、魔神クテルピウスが使徒殿」



 少なくとも人ではない者。

 そう判断したのは、2人の背中に見られる翼である。


 先に出迎えの口上を述べて顔を上げた男は、一見人間と遜色ない姿をしている。

 だが、その背中に生えている黒一色の巨大な双翼が、その秀麗ながらもどこか幻想的な美しさを持つ顔立ちと相成り、まるで元の世界の伝承に見られる天使……いや、堕天使と呼ぶにふさわしい姿をしている。


 そして、もう1人は見るからに異形の姿だった。

 蝿と人間が混同された生物。そのように称するのがしっくりくる、二足歩行で腕も二つのはずなのに、トンボのような目と蝿のような背中の巨大な羽、体の部位も基本的な骨格などは人間よりなはずの姿勢なのに、手足も顔も昆虫のものだった。

 向けられたその表情の変化は読み取れない。


 だが、根拠のない直感だが、不思議とこの2人が魔族という種族でくくられている存在というのは理解できた。


 魔神クテルピウスによれば、詳しいことは魔王に聞くように、すでに魔王には話を通していると言っていたはずである。

 俺に対する呼称がやけに大仰な気もするが、鎧を着ているとはいえ少なくともこの2人に比べれば明らかに人間らしい外見である俺のことを『魔神クテルピウスの使徒』と呼んだ。後ろの蝿男も反論する様子はない。

 ならば、状況的に考えてこのどちらかが魔王になるだろう。



「貴方が魔王か?」



 2人の位置関係は、真正面に黒い翼の堕天使男が、その右側の斜め後ろに蝿男が膝をついており、なおかつ同時ではなく堕天使男が先に顔を上げたことと声をかけてきたことから、堕天使男の方が魔王だという推測を立てて声をかけた。


 それに、堕天使男は膝をついたまま首肯した。



「はっ! 御察しの通り、私はクテルピウス様より魔族の王の座を授かりし預言者、ルシファードと申します!」



「私は魔族軍三元帥筆頭、国務大臣の地位を与えられております、ベルゼビュートと申します」



 魔王ルシファードに続く形で、後ろの蝿男も名乗る。

 その外見に似合わず、着ぐるみでしたと言われた方が納得できそうな流暢で聞き取りやすい声だった。


 しかし、ルシファードとベルゼビュート。

 なるほど、いかにも魔王とNo.2を名乗るにふさわしい名前だろう。

 外見まで俺の知る伝承のルシファー並びにベルゼブブに似合う姿である。



「クテルピウスから話は聞いているのか?」



 確認のつもりで問うと、ルシファードは頷いた。



「はっ! 魔神クテルピウス様より、異世界より加護を与えた使徒を女神が召喚した勇者に対抗する力として呼び出すとのお達しを。我等一同、こころよりお待ちしておりました」



「……そうか」



 大仰な口調で出迎えの言葉を言われても、現状を把握する材料が足りない。

 魔族軍は劣勢に立たされていると聞いているが、現在の戦況から確認しなければ魔王を守り勇者をどう迎撃するのかの作戦も立てられない。


 向こうはこちらを疑っている様子はないし、自己紹介は簡潔に済ませるとして、すぐに戦況の把握と異世界人の情報について聞いていくことにする。


 方針は定まった。

 兜をかぶったままで申し訳ないが、場合によってはすぐに出ることになるかもしれないので、早めに確認するべき現状の把握に移ることにする。



「鎧のままで失礼。俺の名は赤城(あかぎ) 拓篤(たくま)。クテルピウスとの取引により、魔王ルシファード、貴方の護衛をすることになる」



 互いに名前を交換する。

 自分たちの種族が崇めている神が送った相手だからか、俺の外見は関係ないと判断しているらしく兜を取らない件について2人は何も疑問視しなかった。


 それは別に構わないし余計な時間を割かなくてすむからいいが、警戒心がなさすぎるのではという疑問もある。


 それを言うなら、この広間も閑散としすぎている。戦況が不利になっているとクテルピウスも言っていたし、女神側が召喚した異世界人は1〜2人どころではなさそうな口調だった。

 それについての確認もしたいので、この警戒していないように見受けられる広間については後回しにしよう。



「前置きはこれでいいか。クテルピウスからは魔族側の戦況が芳しくないと聞いている。現在の戦況と、異世界人の勇者たちについての詳細を聞きたい」



「畏まりました。地図をこちらに」



 返事をしたのはベルゼビュートの方だった。

 立ち上がったルシファードが一歩斜め左側に下がり、ベルゼビュートが代わりに俺の前に立つ。

 そしてその人とはかけ離れた虫の腕を出して、何らかの文言を唱えると、次の瞬間大理石らしき石が敷き詰められていた床の隙間から砂の粒子のようなものが風もないのに浮かび集まってきて、そこに立体的な地図が作り出された。


 見たこともない地形を示したものだが、それがこの世界のおそらく魔族の領土を示しているものだというのは推測できる。

 俺から見て立体地図の右側に峻険な山が見える。

 尺度はわからないが、結構な大きさの山のようだ。


 その山の比較的なだらかな傾斜がある側の中腹に城が建っているのが見える。

 それをベルゼビュートが虫の手で示した。



「こちらが我らの本拠地であり、我らとアカギ殿がいる現在地点であるシェオゴラス城です。戦況の方は勇者の召喚以来芳しくなく、魔族軍は連戦連敗を重ねており、戦線は後退の一途を辿っております」



 ベルゼビュートの口調から、かなり追い込まれている様子である。

 そしてシェオゴラス城の反対側、立体地図の中央部の荒野や森らしき様相の地形が広がる山脈に比べて穏やかそうな場所に多数の街らしきものが新たに浮かんだ。

 それを指してベルゼビュートが言う。



「現在は民をシェオゴラス城の建つフラウロス山脈の奥の魔族領に退避させており、シェオゴラス城を中心としたフラウロス山脈全体に最後の防衛線を展開しております」



「最前線が本拠地まで後退している、ということか」



「左様にございます」



 ベルゼビュートが頷く。

 召喚された時点で本拠の城が建つ山脈を最終防衛線としているとは、俺の予想を超えてかなり魔族軍は追い詰められているらしい。

 地図の写す場所が左にずれ、右側にあったフラウロス山脈が俺から見て左側に移り、新たにフアウロス山脈の前に広がる地形が出てきた。

 グランドキャニオンを彷彿とさせる、かなり険しい地形の荒野が広がっている。

 そしてそこに多数の魔族側と人間側の軍勢を現しているらしい表示が荒野に配置されている。


 所属を示すらしい旗印などを見ると、明らかにフラウロス山脈とシェオゴラス城をかばうように配置されている魔族軍の方が少なかった。

 人間側の軍勢は魔族側の3倍はいそうなくらいに地図を埋め尽くしている。


 戦線を見ると半円型に山脈を守るように配置されていたと思われる形の魔族軍の前線は、中央部が大きく凹んでおりそこに人間の軍勢がかなりの戦力を集中させてシェオゴラス城を目指しているようになっていた。


 その人間側が明らかに圧倒しているだろう飛び抜けて前線を押している箇所を示して、ベルゼビュートが言う。



「ここに、勇者率いる異世界人と人間軍の主力部隊がいます。先日、三元帥次席であるアポロア殿が勇者率いる主力の軍勢と激突し、大敗を喫しました。シェオゴラス城とフラウロス山脈の守備隊を除いた戦力の大半をかき集めて前線を支えていますが、おそらく今日明日にはシェオゴラス城に勇者は辿り着くでしょう」



「……戦況は了解した」



 敗北寸前の状態ということか。

 三元帥と言っていたが、おそらく魔王に次ぐ魔族の幹部クラスなのだろう。筆頭を名乗るベルゼビュートが残っているが、次席は戦死したとのこと。ベルゼビュートの様子を見るに、もう1人もおそらくその前に討ち取られているとみていいだろう。

 この広間が閑散としている現状も、必要最低限の守備隊しか残っていないとのことであり、勇者の迎撃に全力を注いでいるからのようである。


 それにしても主力はかなり深く入り込んでいる様子だ。人間軍には兵力において圧倒的に劣っているのだから挟撃する暇もないのだろうし、勇者個人の戦闘能力も相当高いみたいな話を聞く。

 この圧倒的不利な戦況を見て、俺は勇者を迎撃するための作戦を考えた。



「……ベルゼビュート殿。一つ良いか?」



「はっ、何でしょうか」



「戦局を覆し、勇者を潰すことができる作戦がある」



 そう前置きして、俺はルシファードとベルゼビュートにその作戦を説明した。


 賭けの要素が強い作戦だが、勇者が倒れたという報が走れば人間軍の士気は崩壊する可能性が高いという。

 ルシファードもベルゼビュートもクテルピウスの送った異世界人である俺を全面的に信頼しており、異議を唱えることはなかった。

 飾りでも総司令官を討ち取るために、俺はシェオゴラス城に勇者一行を招く算段を立てた。

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