廃都の戦い
魔神の使徒サイドです
ラプトマを包囲した亜人の軍勢。
明日の戦闘に備えて野営をしていた彼らだが、そんな彼らに夜に潜む怪物達は開戦の火蓋を待たずして先制攻撃を仕掛けてきた。
ラプトマの東を囲む衛士達の部隊にいた俺は、その優れた聴覚で真っ先に北の部隊が襲撃を受けた音を拾った。
「……夜襲か」
気づいた時にはもう遅い。
夜陰に隠れていた海魔達は、油断していた北を包囲する亜人達の部隊へ奇襲を仕掛けていた。
しかし、夜陰の帳と統率性に欠ける集団が催す戦場の油断しきった宴会を繰り広げており、喧騒より遠い場所は気づいていない。
その上、海魔達の夜襲は遠距離からの一撃必殺の触手攻撃である。あの街道の関所で見せた強化魔法さえ扱える亜人の正規兵を一方的に殺戮する海魔に、夜襲を受ければ抵抗どころか他所が気づく騒ぎを起こす前に一角を殲滅することさえ可能だろう。
海魔の戦力は不明だが、リュインゴスの存在を考慮すれば明らかにこちらが不利である。
討伐軍はエルダースライムがフレイキュストの襲撃にいたことを知らない。邪神同士も敵対関係にあるという認識をしている亜人達にとって、エルダースライムは大きな存在となる。
海魔だけに留まらず邪神リュインゴスがでてくることになれば、討伐軍は確実に敗北するだろう。海魔の戦力も不明である中で夜襲を受けた。戦況といい、彼我の戦力差も考えると明らかに討伐軍が劣っている。
そして俺は、この敗北するだろう討伐軍を見捨てるつもりだ。
彼らにとっての大事な商品である奴隷を強奪することになれば、亜人達とはそれで手切れとなる。確実に敵となる相手を助ける義理はない。
俺は混乱の中でグラヴノトプスの救出を行い、そのまま亜人と邪神族の追撃を振り切り離脱を果たせればそれで良い。
リュインゴスが俺を狙う可能性も高いが、奴に対抗する作戦はある。
魔神の宝物が効かないという点は厄介だが、難点と言える要素はほぼそれだけだ。邪神だろうが、あいつには致命的と言える弱点が確認できている。逃げに徹すれば、グラヴノトプスを抱えた状態でも振り切る自信はある。
問題は、包囲された事を察知して今回の夜襲を仕掛けてきた存在、指揮官となる存在がいることだろう。
海魔の邪神族は新種であり、情報はリュインゴスに比べてかなり少ない。統括しているはずの邪神さえ判明していない相手だ。
あの傲慢なエルダースライムを出し抜くことはできるが、海魔の側の邪神がいる場合は別だ。
最も警戒すべき相手は、海魔達である。
「…………」
……立場を持った者は、取捨選択を迫られる。その時、敵対者から恨みを買うのは、立場を持った者の義務だ。
そして、今の俺の立場は魔神の使徒であり、亜人の傭兵では無い。
フレイキュストの民間人ならばともかく、タボラス商会に雇われている討伐軍の彼らはその多くが敵だ。
夜襲は一度きりなどということはない。
北の部隊を壊滅させたらしく静かになると、海魔たちが大挙してこちらに移動してくる音が聞こえてきた。
グラヴノトプスを救出できたならば、俺には海魔と戦う理由はなくなる。
海魔たちはかなり大規模な戦力をラプトマから出撃させ、夜襲に当てている様子。
ならば、多少はあの廃都の中の守りが薄いだろう。
同じ乱戦となる戦場でも、忍んで動くならば夜の方がやりやすい。そのためには、ただでさえ戦力が劣り夜襲を受けている討伐軍が早々に敗退する事態は都合が悪い。
それは成せば起こるだろう殺し合いを想像すれば、吐き気を催す外道の所業だ。
だが、やる。もっとうまく立ち回れば惨劇を回避できるかもしれなかったが、ここまで来てしまった以上立ち止まるわけには行かない。
……いずれ、報いを受ける日が来る。それまではせめて、これらの行いで助けられる味方が1人でもいることを支えにして進むしかない。
感情は止めろと訴える中、それを胸の中に押し殺して俺はフレイキュストの衛士達の代表であるショナンの元へと向かった。
やることは単純だ。
討伐軍に海魔の襲撃があることを伝え、それを残る外の包囲する討伐軍の各隊に伝えること。
それにより討伐軍と海魔達の間に夜戦を発生させる。
そして夜襲を仕掛ける海魔の邪神族たちと、それを迎撃する討伐軍とが戦闘を繰り広げている混乱の隙をついてラプトマに侵入し、グラヴノトプスを捜索したのち救出して離脱する。
言葉を交わしたおかげで、討伐軍の一部には情がわいてしまっている。
これ以上余計な心情を作る前に、彼らを囮として切り捨てなければならない。
……俺が守るべきは、魔族なのだから。
だが、事態は予想外の方向に動く。
「うわああああ!?」
ショナンのいる天幕に到着した時、近くより悲鳴が聞こえてきた。
東を包囲するここから、ラプトマの南や北を包囲する部隊の喧騒まで聞こえる耳が、なんの全長も拾わなかったにもかかわらず突然この東の部隊の陣内に海魔の出現と襲撃を聞き取ったのである。
「!?」
背後からくる殺気に反応して、反射的に取り出した薙刀を使い身を守る。
直後、薙刀から腕に重い衝撃が伝わってきた。
襲撃して来たものの正体は、やはりというべきか海魔の触手である。
夜陰に乗じた完全な奇襲攻撃。
それがこの東の部隊にも襲いかかり、陣内は大混乱に陥っていた。
「くっ……!」
海魔の触手を力ずくで弾きとばし、薙刀で切り落とす。
触手の根元の方は断面から体液を撒き散らしながら本体の方へと戻っていき、切り落とした先端部分はその場に落ちて少しの間蠢いてから動かなくなった。
襲ってきたのは一体や二体では収まらない様子である。
鎧もろとも貫いてしまう早さで伸ばされる無数の海魔たちの触手による攻撃で、討伐隊は甚大な被害が出ていた。
これでは戦闘どころではない。
望み通りの混乱が起きたとはいえ、それは討伐隊の方である。一方的に蹂躙されては、早々に決着がつくこととなるだろう。
それでは混乱に乗じてラプトマの内部に乗り込もうにも、グラヴノトプスの捜索をする時間さえ確保できない。
戦況の均衡を保つためにも、ある程度は亜人たちに協力して海魔の撃退に努める必要があるだろう。
そう判断し、最初に襲撃して来た手近なところにいる海魔を討つべく動こうとした時だった。
「見つけたぞ、猿公!」
先ほどまでショナンがいたはずの天幕が一瞬にして破壊されて、土けむりに覆われる。
そして、そこから特定の形を持たずにうごめく半透明な粘体質の塊が現れ、聞き覚えのある声でこちらに話しかけてきた。
よりにもよって、このタイミングで邪神と接敵することになるとは。
「……リュインゴス」
「テメエ……誰の許可を得てこの俺様の名を口にしていやがる!クテルピウスの駒風情が!」
現れたのは、エルダースライムの邪神、リュインゴスであった。




