海魔を追って
魔神の使徒サイドです
ただし、繋ぎの話です
タボラス商会フレイキュスト商館の保有していた奴隷全てが消えた。
檻には特別な結界を張ってあり、奴隷たちは魔法の類を使うことができないので自力で脱出することはできない。
調査の結果、商館内に備えてあった錬金魔法の産物で録画機能を持つ奴隷たちを監視するために配置していたこの世界の監視カメラに、海魔たちが檻を破壊して商会の私兵を殺し奴隷を強奪して逃走した証拠映像が残っていた。
タボラス商会の保有していた奴隷たちを窃盗したのは海魔であったことが判明。
意識の戻ったフレイキュストの衛士長であるオルソンとウスデン・タボラスは、それぞれ市民の安全を確保するため、奪われた商品を奪還するためという目的のもと、奴隷に埋め込まれている逃走防止用の発信器を頼りに海魔の追討軍を共同で結成し追撃することを決定した。
証拠映像を俺も見せてもらったが、奴隷たちの中にいた鬼の魔族というのは間違えなく彼女だった。
オルソンの推薦もあり、当然俺もこの海魔の討伐に参加する。
海魔たちが何の目的で奴隷を誘拐したのかは不明だが、一転して危うい状況となった。
考え方によっては海魔との戦いのどさくさに紛れてグラヴノトプスを奪還する好機かもしれないが、商品としての価値を求めるために生命身体の保証はしてくれる奴隷商人と違い、今彼女を手元に置いているのは邪神族である。
いつ殺されるか、殺されなくてもどんな目にあわされるかわからない相手の手元に移ってしまったのは、非常によろしくない状況といえる。
海魔にフレイキュストを襲撃され混乱を招きその中でグラヴノトプスを誘拐されてしまったのは、俺の行動が慎重だったために遅くなったからだ。早々に商会と直接交渉して買い取るか力ずくで強奪していれば、このような事態を招かなくてよかったはずだ。
責任の一端は間違えなく俺にある。
これでグラヴノトプスの身に何かあれば、ベルゼビュートたちに申し訳が立たない。
兜とその中の無表情の下に焦りを隠しつつ、総勢300人を超える大所帯となった海魔討伐軍の集合場所であるフレイキュストの正門前の広場に到着する。
そこにはすでに多くの衛士や傭兵、タボラス商会の私兵たちが集結していた。
衛士たちの指揮官はショナン・タコーズ。商会で会った衛士の部隊長の1人である。
タボラス商会からは会長であるウスデン・タボラス自らが参加する。商会の私兵の中でも第一の戦力であるウスデン自身の護衛の私兵たちまで投入するというらしい。商館を襲撃され、客にも被害を出し、さらにはオークションに出品予定だった目玉商品の奴隷を奪われたと、海魔たちに面目を丸つぶれにされたことで、表面上は取り繕っているようだが内心はらわたが煮え繰り返っているとではと周囲の傭兵たちが口々に噂をしていた。
そして傭兵団からはタボラス商会と衛士、それぞれから雇われた者たちが参加する。俺は今回、推薦をくれた衛士長オルソンに雇われる形で参加することとなった。
海魔が何の目的でタボラス商会の奴隷を持ち去ったのかは不明だが、そのおかげで海魔たちの向かった先は判明している。
司法機関と商人との癒着が当たり前にある連邦において、財力を有する商会は絶大な権力を有している。
その意向も反映しているのだろう。
タボラス商会の面目を潰してくれた海魔たちには、襲撃を受け復興を早く進めないといけないにもかかわらず、討伐軍は大規模なものとなった。
今回の指揮官は衛士の代表であるショナンが務めるのが妥当なのだろうが、実質的にはタボラス商会の私兵たちの司令官であるサーメット・ギルスコフが取ることとなったらしい。
現に集合している海魔の討伐軍に対して概要を説明しているのはサーメットだ。
海魔たちと奴隷の向かった先は、フレイキュストから南東に進んだ先にある人口の無い廃都、ラプトマである。
傭兵たちの噂では、奴隷商人に違法なルートで奴隷たちを供給する犯罪者、攫い手どもの根城になっている街だという。
今回の海魔の討伐にはあまり関係無いと思うが、一応その情報も頭に入れておく。
道程はおよそ3日。
普通の足なら1週間近くかかる道程となるが、強化魔法を備えた亜人の足ならば人間や魔族の移動速度を大きく上回る速さで移動が可能である。
異世界人の力を持つ俺も当然、この行軍についていくことは可能だ。
ラプトマは人間、魔族、亜人と各種族の領域の境界が重なる最前線に近い。
アラニュート要塞はそこからさらに南へ人の足で3日の道のりを進んだ先にある。
海魔たちがこの場所に向かった理由は不明だが。国境近くで不用意に軍を動かせない場所にある廃都というのが都合が良かったのだろうか。
しかしタボラス商会が人間側にも事情を説明して海魔討伐のためにラプトマへ進軍する許可も貰ったことで、討伐軍は妨害されることなく海魔の追討のためにラプトマへと出発することができた。
3つの勢力の混成する300人という大所帯のため移動するだけで大変かと思われたが、行軍は順調に進んだ。
強化魔法を駆使する亜人の体力は人間や魔族を大きく上回る。
強行軍ではあったが、海魔の追討軍は道中大きな妨害などに会うこともなく予定通り3日目の夜に目的地である廃都ラプトマへと到着した。
その間、奴隷たちの所在はラプトマから動いていない。
タボラス商会の関係者の話によれば、死んだ場合にもその状態がわかるように魔法がかけられているという。それを検証するに、奴隷たちはまだ誰も死んでいないという。
安堵する知らせであるとともに、餌でも無いとすれば海魔たちの目的が分からなくなってきた。
廃都ラプトマは明かりの灯らない建物が城壁の中に並び、異様な静けさに包まれている。
海魔達の姿もまだ確認できていない。
新たな戦場となるこの幽霊都市は、戦いの舞台となる前とは思えない不気味な静寂と闇に包まれていた。
しかし海魔の殲滅は予定通り行われることになった。
それぞれ衛士や商会の私兵たち、傭兵達は部隊を組み、ラプトマを包囲する。
作戦は単純だ。
日の出とともに総攻撃を決行し、奴隷の奪還部隊以外は廃都の中を捜索し海魔達を残らず殲滅する。
救出部隊はタボラス商会の私兵をサーメットが指揮した部隊が行い、その他はすべて殲滅戦を担当することになる。
城壁は高いが、所詮は廃都。壁はともかく門は腐っており、破壊は容易とみられている。
海魔達に守城戦をするような知能は無いとサーメット達は考えており、攻城は簡単にいくだろうと高をくくっている様子である。
救出部隊に俺も参加したかったが、そこはタボラス商会が務めるからと門前払いを受けた。
商会は奴隷の奪還に関してよその介入を避けたいらしく、ラプトマのどこに奴隷達がいるかなどの情報は一切他の部隊に教えなかった。
衛士達らも自分たちの仕事とはあまり関係無いし、ショナンはタボラス商会に突っかかるのを怖がっているらしく、誰もそれには文句を言わなかった。
あまり駄々をこねてもむしろ目立ち、味方である商会に警戒される恐れもある。
そうなればグラヴノトプスの救出も難しくなると判断し、その場は引き下がった。
海魔は一体一体が強い。
それがこの廃都の中にはどれほどいるかわからない。
奴隷がいるのは確かだが、海魔達が全てラプトマの中にいるかどうかも不明瞭である。
危険な要素が多くある戦場だが、俺は作戦に何も言わなかった。
フレイキュストの惨劇を見て後悔したのは事実だ。彼らに罪は無いし、可能ならばその被害を少しでも抑えられるように最善を尽くしたいという気もある。
だが、俺は魔神の使徒。魔族を守る存在であり、グラヴノトプスの救出を果たすためには特にタボラス商会は障害となりかねない。
これ以上好機を逃して後回しにすればするほど、不足している魔族の将の中で重要な存在のグラヴノトプスの復帰は遅れ、人間との戦争にも影響を及ぼすだろう。
魔族にはあの鬼の魔族が必要である。
この戦いのどさくさに紛れてグラヴノトプスを救出する。これを逃せばチャンスはもう無いかもしれない。
だから、たとえ言葉を交わし親しくなったものもいる罪も無い亜人達が相手でも、グラヴノトプスの救出のチャンスを作るための贄とするなら容赦なく見殺しにする。
この一戦が激戦となりでなくていい被害が出ることになろうが、俺は他を顧みずただ誘拐された魔族の救出を果たすことを目的として不気味な廃都の夜の城壁を見上げるのだった。




