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魔神の使徒  作者: 人生万事塞翁が馬
三幕 連邦
47/49

邪神族

魔神の使徒サイドです

 邪神族。

 フレイキュストの衛士長、虎の亜人オルソンがその呼称を用いていたはずである。

 その時は海魔の別名のようなものだと思ったが、半分正解といったところだったらしい。

 その時は海魔の襲撃を迎撃するさなかであり、一々細かいことを聞き返すような余裕などなかったが。


 広義的には女神の勇者たちと同じ異世界から来た存在。ただし、女神の召喚する勇者と違い侵略を目的とし自らの力でこの世界に降り立った存在である。

 ティアレの説明は、邪神族というものに対して無知な俺でもその存在を認識できる的を射たものだった。



「……別世界からの侵略者、ということか?」



「はい。正確には、別世界から来る侵略者を邪神、その邪神の配下である眷属たちを含めた存在を邪神族と呼称しています」



 邪神族はこの世界を侵略する目的で侵入してきた外敵であり、それを率いる存在が邪神。

 ただし邪神族はその侵略者たちを総称しているものであり、魔族や人間のような種族としてのくくりではなく、同じ邪神族でも邪神ごとにその種は多様であるという。

 そして、邪神は邪神族を率いてこの世界に侵略を目的として来襲した存在。

 この世界の種族は外敵である邪神族を相手にするときは侵略者を撃退するために結束するが、複数存在する邪神たちはこの世界という侵略対象を狙うライバル同士の関係にあるため共闘することがない。

 邪神族は多様な種が存在するため、その生態や性質も様々であり、海魔も邪神族の1つである。

 彼女の説明を要約すると、このようになる。


 クテルピウスからは邪神族の存在は一切聞いていなかった。

 現状は亜人の連邦だけで対応が賄えているから、人間たちとの戦争の方がより差し迫った脅威であると認識し、伝える必要性を感じなかったからかもしれない。


 魔族と人間はかつて邪神エルダースライム【リュインゴス】の侵略に対抗するために、当時は魔王のいなかった魔族に出現した魔神の使徒と女神の召喚した勇者を旗頭として連合軍を結成して立ち向かったという。

 魔王の出現前の魔族と人間の勢力はほぼ互角だったこと、邪神リュインゴスが圧倒的な強さを誇っていたことが今では実現不可能だった魔族と人間の共闘を可能にしたと言われているらしい。


 邪神リュインゴスは、エルダースライムを名乗る傲慢な邪神だったと伝わっているという。

 記録によればリュインゴスは封印されたとのことなので、おそらく俺が退治したのはリュインゴスに連なる邪神族か封印の解けたリュインゴス本体なのだろうと推測している。

 当時の戦いを記した記録によれば、俺と同じくクテルピウスの宝物を貸し与えられた魔神の使徒だがその宝物はリュインゴスに傷1つ付けることができなかったと伝わっているからだ。

 ならばどうして勝てたのかというと、勇者の駆使する属性魔法と当代の魔神の使徒が得意とした錬金魔法による連携に敗れ去ったと伝わっている。リュインゴスはアルフレードや魔神の宝物で傷をつけることはできなかったが、本来は癒しの力を宿すという聖の属性魔法が毒となりその身を腐らせ、莫大な魔力を有した魔神の使徒が行使した錬金魔法がその身を削り取り瀕死まで追い込んだと言われている。

 魔神の宝物が効かなかったというのが、あのエルダースライムの特徴に合致していた。


 エルダースライムが伝説における邪神リュインゴスだとすれば、一度負けた相手にあれほど傲慢になれる理由は分からない。

 リュインゴスは己の力に余程の自信があったということなのだろうか。魔神の宝物では傷1つ与えられなければ、錬金魔法を深緑の甲冑の補助なしでは行使できない俺が相手ならば先代の魔神の使徒に比べてリュインゴスとしては与しやすかったのだと思う。

 しかし、それでは俺がリュインゴスの末端に対して行使した錬金魔法を受けて混乱したのは不自然だ。

 伝承と照らし合わせてみれば、先代の魔神の使徒が行使した錬金魔法は俺の用いた手段と同じだった可能性が高いはずなのだが。


 とはいえ、遥か昔の記録とはいえヒントは得られた。

 今代の女神の勇者と魔神の使徒は敵対関係にあるので共闘はできないだろうが、過去の伝説が有効性を示してくれている。次にエルダースライムと対峙した際に勝てる算段は立てられそうだ。

 警戒するべきはあのときは行使を妨害できた魔法らしき力だろう。妨害し中止させたのでその効果の詳細は不明だが、世界の侵略者である邪神は何らかの形でこの世界を侵食し己の領域とする正体不明の魔法を行使したという。

 リュインゴスは周囲一帯のすべての物質を取り込み己の中で自身の世界のものへと変換する力を行使できたと言われている。

 仮にあの時の魔法陣らしきものが発動していれば、どのような被害をもたらすかは未知数である。


 リュインゴスとの会敵に関しては、誰にも伝えていない。

 海魔の襲来も俺がフレイキュストに来なければ、または来てすぐに衛士たちなどに伝えていれば、もっと被害が少なくて済んだのかもしれない。


 だが、俺は魔神の使徒。魔王と魔族の国を守るための存在である。

 グラヴノトプスを誘拐した亜人たちを守る義理も義務もない。


 それでもフレイキュストの惨劇に遭った被害者の亜人たちに罪があったわけではない。

 俺も大概傲慢だろうが、この惨劇に責任を感じずにはいられなかった。


 惨劇は起きてしまったが、救えた命はある。

 感傷に浸るよりも、理不尽な死を与えられた者たちへの手向けは涙ではなく、1人でも後を追う同胞を少なくすることが良策だろう。


 グラヴノトプスは助けなければならない。その為に亜人が立ちふさがるなら、容赦なく蹴ちらすのが俺の役目だ。

 亜人は味方でも庇護するべき対象でもない。魔神の使徒という立場を得た俺は、目の前の事象に対して優先するべき順位を主観で決めなければならない。


 それでも、決意は削がれた。

 こんな惨状となった街中で、誘拐犯が相手でも力ずくで奪うことは許されることではないのではないか。

 そう思ってしまっては、もはや力ずくでグラヴノトプスを奪還する選択は取れなくなった。攫い手を切ろうとしても、おそらく俺は躊躇するだろう。


 甘い、のだろう。

 ならばせめて、この国の法律に則る合法的な手段である奴隷の買取という形で取り返す。

 幸い、金属に関する見識と無限に近い魔力を持つおかげで深緑の甲冑の補助を使った錬金魔法があれば金貨の製造はいくらでも可能だ。

 褒められた手段ではないが、穏便に事を片付けられるならそれでいい。


 邪神族についてもう少し詳しく聞きたい。

 エルダースライム【リュインゴス】は、己の中に異世界を作る存在であり眷属を有さないと伝えられている。それに海魔の邪神族は明らかにリュインゴスの仲間ではなかった。

 だが、フレイキュスト襲撃に際してこの邪神族たちは明らかに共闘関係を築いていた。

 邪神同士はこの世界を奪い合うライバル関係にあるはず。海魔の邪神族とリュインゴスが手を組んだことが不明瞭である。

 それがわからなければ、眷属しか姿を見せていない海魔の邪神に対する対応がおろそかになり、再度の対峙の際には足元をすくわれる危険があった。


 俺よりも奴らに詳しいティアレに、たとえライバル関係にあっても同じ世界を侵略する者同士、障害の排除の為にはと邪神族同士が手を組むことがあるのかを尋ねる。



「複数の邪神が手を組んでこの世界の種族を排斥しようとしたりした歴史はあるか?」



 ティアレは、首を横に振った。



「いいえ。邪神族襲来の記録は多々ありますが、邪神同士が手を組んで攻めてきたという話はどこにもありません。邪神にも様々な者がいるので、可能性は否定できませんが」



「……そうか」



 伝承にないというだけ、彼女の知る限りではないというだけで探ればあるかもしれない。

 だが、通常は邪神同士が手を組んで侵略するというのは起こりにくいことだろう。


 だが、海魔とエルダースライムが手を結んでいたことは十中八九間違えない。

 あれがエルダースライムの隠していたか新たに得た眷属ならば対応できるが、仮に海魔たちに親玉の邪神がおりそれが何らかの意図でリュインゴスと手を組んでいるとすれば対応しきれない可能性が高くなる。

 リュインゴスは傲慢な性格の邪神だ。多少おだてれば操ることは難しくないように見える。

 そうなれば、それを裏から手を組み介入してくるだろう邪神の方がよほど厄介な存在と言える。


 海魔の邪神族は魔王、つまりルシファードの出現の時期から新たに確認されるようになった新種だという。

 単なる憶測の域を出ないが状況などを考慮するに、新たな邪神がエルダースライムの封印を解き、本来手を組むことがない邪神を操って亜人の連邦に対して何かを仕掛けてきていると思われる。


 その目的をおそらくリュインゴスは知らない。

 何かを企む敵となると、単純な慢心スライムよりもはるかに脅威と言える存在だ。

 亜人の連邦が盾の役目を果たす限り邪神族の脅威だけでなくそれの対応に走る連邦からの介入にも気をとられることなく、魔族は人間との戦争に集中できる。

 亜人の連邦を邪神の脅威から守ることは、ひいては魔族の防衛にもつながるだろう。


 リュインゴスと海魔の邪神は、後顧の憂を断つために排除しておきたい。



「情報提供に感謝する」



「いえ、それほどのことでは……」



 まずはグラヴノトプスの救出からだ。

 ウスデンとの交渉に望むため、邪神の情報をくれたティアレに一礼してから商館の奥の方に行こうと振り向いた時。



「あ、ちょっと––––––」



「どういうことだ!?」



 俺を呼び止めようとしたティアレの声を遮り、商館の奥の方から商会の関係者らしきウスデンの側にいた亜人の怒鳴り声が聞こえてきた。


 何かがあったのだろうか。

 呼ばれてもいないのに興味を持って聞き耳をたてるなど野次馬だが、鬼の魔族の奴隷の購入交渉をしようという時にウスデンの商館にて騒ぎが起きれば気がかりとなる。

 騒ぎのあった方へ行くと、商人や衛士や傭兵たちがウスデンを中心に集まっており、彼らは一様に鍵を壊され扉は開かれ中はもぬけの殻となっている鉄格子に覆われた複数の巨大な檻へと向けられていた。



「……何かあったのか?」



 近くにいた傭兵に声をかける。

 犬の亜人の傭兵は案外口が軽い性分だったようで、俺とその後ろをついてきたティアレに空の檻の並ぶ場所を顎で示して言った。



「奴隷が消えたんだよ。目玉商品の魔族の奴隷含め、出品予定だった品物全部がこの騒ぎに乗じてな。話によると、海魔に連れ去られたらしい」



「海魔に、連れ去られた?」



 監視役の私兵たち共々、奴隷が連れ去られたとのこと。


 慎重に行動しようとしたのが裏目に出てしまったらしい。

 昨夜の時点で商館を攻撃し取り戻しておけばこうはならなかったかもしれない。


 だが、後悔先に立たず。

 後手に回った結果、グラヴノトプスの救出はさらに遠のいてしまった。

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