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魔神の使徒  作者: 人生万事塞翁が馬
三幕 連邦
43/49

商館にて

魔神の使徒サイドです

 タボラス商館に入る前に考えていた、鬼の魔族の奴隷に関する商会との交渉から始める方針を早速変えることになった。

 グラヴノトプスの救出のみを優先するにしても、ウスデンとの交渉が上手くいかなければ意味がない。

 フレイキュストの惨状を考えれば、多忙な商会に対して衛士長がまだ気絶している段階で交渉に挑むのはこちらの焦りをさらすことにもなる。

 ウスデンは商人だ。交渉ごとのプロを相手に、兜によるポーカーフェイスしか持っていない俺では失敗する可能性が高い。


 少なくとも、フレイキュストの衛士長が意識を取り戻すまでは待つ方がいいだろう。

 亜人の連邦において財力のある商人は司法機関とも強いつながりがある。グラヴノトプスの所在も明確にはわかっていない現状でそれらを敵に回して立ち回りをすれば、連邦における活動は著しく制限され救出どころではなくなる。

 これほどの事件があり、緊急事態のために商館にも不特定多数の亜人たちが出入りしている。経 警備もおそらく厳重なものになっている。今の混乱はむしろ、潜入には向かない可能性もある。


 しかし、何もせずに待つだけというのも考えものだ。

 そのため衛士長が起きるまでの時間を使い、グラヴノトプスの救出に比べれば幾分か優先順位は低いが、エルダースライムや海魔に関する事柄を調べることにした。


 エルダースライムに関しては目をつけられた。こちらに戦う理由がなくとも、再戦の可能性は十分にある。

 しかし情報が不足している現状、あの慢心の隙を突くとしてもエルダースライムを打倒する手段がない。

 情報の収集は重要だ。

 衛士長やウスデン、ウサギの傭兵団の受付嬢など、亜人たちは海魔に関して何かを知っている様子だった。突然の戦闘だったので情報収集を怠っていたが、聞けば相手の正体や場合によっては弱点を知ることもできるかもしれない。


 そもそも俺は奴らがどういう存在かも知らない。

 エルダースライムや海魔と再び対峙することになった時に対抗できる手段は欲しい。


 そこで、まずは海魔に関して何かを知っている様子が見受けられたフレイキュストの傭兵団の受付を担当しており俺について来たせいでこの事件に鉢合わせることになってしまった兎人の受付嬢から話を聞いてみることにした。


 彼女は比較的早く見つかった。

 仮説病院となっている商館のロビーにて、見覚えのある獅子人の亜人の姉弟と共にいた。


 蘇生薬が功を奏したらしい。みたところ重傷を負った姉も回復し、勇敢な獅子の亜人の姉弟はともに無事な様子である。

 受付嬢は姉弟に付き添ってくれていたらしい。3人でなにやら楽しそうに談笑している。


 俺がそちらの方へ近づくと、真っ先に弟の獅子人が気づいて手を振ってきてくれた。



「鎧のおじちゃん! きてくれたんだ!」



 姉の恩人だからか、見知らぬ怪しげな男に対して非常に友好的である。

 兎人の受付嬢も海魔襲撃に際する此方の活動を見ていた証人の一人だったからだろう。今朝まで向けられていた警戒する目は無く、こちらに気づき向けてきた視線は穏やかなものとなっている。表情にも安堵に満ちた微笑みが浮かんでおり、受付嬢をしているだけあり随分と可愛らしい。


 ただし、1人だけ俺のことを知らない人物は弟の向ける友好的な態度とその対象が全身鎧姿の謎の人物であることから、警戒心を隠そうともしない睨みつけるような視線を向けてきた。


 ……当然の反応だろう。むしろあの程度の功績で素顔も晒さない輩を信用する2人の方がこちらとしては心配になってしまう。



「ねえねえ……ヘンリク、誰?」



 警戒心むき出しでこちらを睨みつけている姉が笑顔でこちらに手を振る弟に小声で尋ねている。

 聞くべきセリフではないのだが、生憎異世界人の身体能力による恩恵は聴覚にも作用しているため、彼女の言葉を拾ってしまった。


 意図せずして弟の獅子人の名前を聞くことができた。

 しかし名乗ってもいないのに名前が知られているのは不自然だろうから、その点はごまかすとしよう。むしろ、彼の方が自ら名乗りそうだ。



「あのおじちゃんだよ! お姉ちゃんを助けてくれた人だよ!」



「あの奇怪な鎧男が!?」

「そうでしたか」



 こちらを指差して、ヘンリク少年が興奮気味にこの喧騒でも周囲に聞こえるほど大きな声で言った。

 蘇生薬で治療したことは受付嬢にも話していたらしい。こちらを警戒する姉と兎人の受付嬢が同じタイミングでそれぞれの反応をする。

 しかし、姉弟の声は大きい分目だったらしく、周囲の目線が彼らに集まり、そしてそれに近づく俺へと集まり、奇怪な鎧男として認識されて納得された。


 異論はない。そういう目で見られる自覚はある。

 しかし群青の甲冑で変装でもしなければ、魔神の宝物に服の類はないため全身鎧姿を解くことはできない。口元ならば開くものもあるが、召喚による着脱を前提としているため魔神の宝物の甲冑は兜だけ取ることもできない。

 鎧を脱げば、素顔どころか半裸をさらすことになるのでたちまち痴漢だ。海ならばともかく、街中でインナー姿になる趣味はない。

 さすがにそれよりは、全身鎧姿の方がまだ違和感はないだろう。


 姉の言は大きい声だったが、聞かなかったことにすることが穏便な対応だろう。

 ただでさえ不審者としてみられているのだ。余計な諍いの火種になる問題を落としたくはない。

 それに、彼女の立場を考えれば俺を警戒するのは当然だ。彼女を救ったのは勇敢なヘンリク少年であり、奇怪な鎧男ではない。ヘンリク少年から向けられる無邪気な感謝があれば、こちらとしてはそれで十二分な報酬である。



「おじちゃん!」



「待ちなさい、ヘンリク!」



 ヘンリク少年が駆け寄ってくる。

 再会を喜んでくれているヘンリク少年は、純粋で輝かしい年相応の笑顔を浮かべながら俺の腰に抱きついてきた。

 心の底から再会を喜んでくれている。その愛らしい姿に、兜の下で自然と笑みがこぼれる。


 ヘンリク少年の頭を右手でなでようとすると、その後を慌ててついて来た姉にその手を弾かれた。



「触るな無礼者!」



 弟が奇怪な鎧男にこうも懐いているのが、よほど気に入らないのだろう。

 警戒心に嫉妬が加わっているのが非常にわかりやすい表情をした姉に睨みつけられた。


 確かに、不躾だった。

 不審者が愛しい弟の頭に手を伸ばしたのだ。警戒しないはずがないだろうし、怒らないはずがない。俺が彼女の立場でも、同じことをしたかもしれない。



「すまなかった」



 両手を上げて姉に謝罪する。

 しかし姉の敵意が消えることは無く、むしろより一層視線に力を込めている。

 その姿が一瞬、怒った時の幼なじみを連想させた。


 日向だったら熱が冷めるまで待ってから再度謝罪するのが良策なのだが、彼女は似ていると俺が勝手に見ただけで別人だ。日向と同じやり方が通用する根拠はない。


 此方は別に警戒されるのも突っかかられるのも構わないのだが、こういう場合の対応はどうするべきか。

 ヘンリク少年に、彼女との諍いを見せたくはない。


 対応に困ったが、それはすぐに解決した。


 ヘンリク少年が俺の手を姉が弾いたことに気づき、奇怪な鎧男ではなく自身の姉の方に怒った顔を向けた。

 その表情も可愛らしい。

 だが、予想外の反応を向けられた姉は困惑した。



「へ、ヘンリク? どうし–––––––」



「お姉ちゃんの恩知らず! おじちゃんはお姉ちゃんの命の恩人なんだよ! ひどいよ!」



「……え?」



 ヘンリク少年が、俺をかばってくれたのである。

 予想外の弟の言動に、姉は困惑している。

 ……そして俺も困惑している。懐いてくれるのは分かっていたが、姉からもかばってくれるほどとは思っていなかった。

 落ち着いているのは姉弟のやり取りを微笑ましく見守っている兎人の受付嬢と周囲の観衆くらいか。



「へ、ヘンリク……? それは–––––––」



「お姉ちゃんのバカ! おじちゃんのこといじめる奴は嫌い!」



「ぐはっ!?」



 そして弟を守ろうとしていたはずの姉は、ヘンリク少年から無垢ゆえに時に残酷ともいえる直球の言葉を叩きつけられた。



「…………」



 今の一言は同情する。

 しかし、当事者ではあるが今は口を挟める状況ではないだろう。

 姉に向けて俺から慰めの言葉をかければ、追い打ちになる。


 体の傷が治った姉は、しかしそれを助けてくれた弟によって心に一層深い傷を受けた。


 ……こういう時にどうすればいいか、誰か教えてもらえないだろうか。

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