突破口
魔神の使徒サイドです
息が持たない。
その苦しみは焦りを募らせ、思考を乱し、命の危機に冷静さを失わせる。
「…………!!」
とにかく酸素を求める苦しみから脱しようと、手当たり次第に魔神の宝物庫を開いて次々に武器をスライムの体の中に打ち出した。
剣、槍、銃、斧、弓、槌、杭、錨、果ては鎧に至るまで、まさにどれか1つでも効けば良いと言わんばかりのめちゃくちゃな暴れ方である。
中には電撃を放つ金剛杵や、毒を発する鎌、呪いを付与する鎖などもあり、単純な物理攻撃だけでは無いような宝物もある。
「無駄無駄無駄ァ! クテルピウスの玩具で俺様を傷つけることなんぞ不可能だって言ってんだろうが! ギャハハハハハ!」
だが、何を打ってもスライムには通用しなかった。
斬撃も刺突も電撃も毒も効かない。
物理攻撃だけでは無いだろう。このスライム、何をしても効いている様子が見られない。
魔神の宝物の最初の投擲は交わしていたようだが、単純に不意打ちを見抜かれて反撃を受けたことにひるんだだけなのだろうか。
攻略の糸口を探ろうにも、状況は一刻と悪くなる一方である。
凍結させればあるいは、という考えだけは実行に移さない。なぜなら凍らせればスライムに勝てるかもしれないが、その時は此方もその氷結の棺の中に閉じ込められてしまう。それ以前に効く見込みがないのでリスクが高すぎる。
とにかく何か突破口が無いかと、やみくもに選んだ宝物で攻撃を続けるが、やはりまるで効いている様子はなかった。
「ゴポッ……!」
タイムリミットが来る。
息が持たず、意識が遠のいていく。もはや脳への酸素供給にも影響が出ているらしい。
なんとか脱出しようとするが、朦朧としていく意識では有効な打開策を見出せるほどの思考は回らず、視界が暗くなっていく。
……ここで死ぬのか?
そんな考えがよぎる。
諦めの感情。
魔神の宝物が効かない。異世界人の超人的な身体能力も意味をなさない。そして捕まり呼吸も身動きも封じられ窒息するのを待つだけの状況。
諦めるには十分な理由が揃う圧倒的劣勢な状況である。
……諦める、だと?
……日向も、ルシファードも、グラヴノトプスも、フレイキュストの亜人たちも、まだ助けられていないこの状況で、諦めるだと?
……否。
覚悟を決めたと豪語しておきながら、このような無様を晒して、何も成さずにくたばるなど、許されるものか!
諦めるという考えが浮かんだとき、ふとそれを断固として拒否する感情も湧いてきた。
生存本能というのもあるが、それ以上に諦めるというのが性に合わなかった。
……夜刀の影響だろう。
あいつはこういうとき、絶対に諦めない。転ぼうとも、落ちようとも、立ち止まることだけは決してしない。
好きな相手が諦めないで立ち向かう姿を幾度となく見てきた。せめてその隣に立ちたいと願う者として、あいつより先には諦めるわけにはいかないと思うようになっていた。
ここまで来て諦めたく無いとほざくとは、融通が利かないと言われるだろう。俺も大概頑固な性格だったらしい。
まるで窒息で苦しむ肉体が俺のその諦めたく無いという感情に応えるかのように、暗くなりかけていた視界が広がり視野が戻る。
呼吸できない苦しみは消えたわけでは無いが、朦朧となっていた意識は覚めていた。
生存の道の最適解を見出すために思考が働く。
……魔神の宝物では傷つけることはできない。
そう、傷つけることは。
現状を再認識すれば、目下の最大の問題は俺が窒息死寸前であることだ。これをどうにかしなければ何も始まらないし、これをどうにかしなければ諦めないと叫ぼうとも問答無用で死を迎えて終わる。
では、そのためにエルダースライムを傷つける必要があるのか?
その答えは否、である。
要するに、呼吸できる環境を確保できればいい。必要なのは空気と酸素だ。この全身が浸かっているスライムでは無い。
では何をすればいいか。
酸素の確保。空気の確保。呼吸の確保。それを妨害しているのはスライムである。
ならばスライムを除去する必要がある。
手持ちの手段でスライムの除去をする方法を考える。
まず、魔神の宝物ではスライムを傷つけられない。すでに周囲のスライムは大きく膨れ上がっており、多少切り裂いたりすることはできるが吹き飛ばすような真似はできず、すべての攻撃手段を封じられている。
では何か有効な手はあるのか?
スライムは慢心している。付け入る隙はあるだろう。
相手の意表をつく方法でスライムを除去し、空気を確保する。それを軸として方策を考えるわけだが、ではどのような手段があるか。
スライムを溶かす。毒が無い。
スライムを押しのける。道具が無い。
……ただし、俺には錬金魔法を扱えるようになる甲冑がある。
深緑の甲冑だが、甲冑に錬金魔法を行使するための補助の機能が備えられており、物を知らない身でも魔力さえあれば行使できるというものだ。
錬金魔法は創造の魔法。生成や加工といった、工学面に近い性質を持つ存在だ。
その加工に関する錬金魔法の技法の基礎の1つとして、融解や沸騰といった状態変化を扱うものがある。
これは簡単だ。錬金魔法の補助機能を持つ甲冑を使って魔法の行使を補助させれば、状態変化の基本である分子の運動と熱に関する知識と理解を持っているので、状態変化を魔法で起こすことは可能だ。
幸い、異世界人の特性なのか魔力は底なしと言っていい物を持っている。
倒せずとも、スライムの状態を液体……いや気体にするくらいはできるだろう。凍らせることとは逆の発想である。
方針は決まった。
甲冑を変更する。
深緑の甲冑を装備した俺を見て、その機能を承知しているだろうエルダースライムは小馬鹿にするような嘲笑を発した。
「バカが! 錬金魔法で何を作ろうが俺様は–––––」
しかし、呼吸の止まっている身としては急ぎたい。
話している途中ではあるが、際限など細かく決める余裕もなかったので魔力を大量に使用して錬金魔法を行使する。
状態変化。スライムを構成する分子の動きを強制的に加速させて、状態を液体から気体へと変える。
魔力を込めすぎたためか、セリフを遮られスライムは爆発した。
直後に、求めていた新鮮な空気が入ってきた。
「プハッ! ゼェ……ゼェ……ゴホッゴホッ!」
まずは肺が求めていた空気を吸い込む。
咳き込みながらではあるが。
とはいえいつまでも空気を味わっている暇など無い。
すぐに立て直す。
宝物庫より薙刀を取り出す。
爆発したボンバー……もといエルダースライムはといえば、三分の一ほどの大きさにまで縮んでしまいながら固まっていた。
「……は? お、おい……何しやがった……?」
硬直していたスライムから、声が出てくる。
何が起きたのか理解できていないようである。
だが、声の調子から負傷していると呼べる様子では無いらしい。
……所詮は末端、残念ながら効果は望めないようだが。
意表をついたというならば、その反応だけでも及第点といったところだろう。
とはいえ、状況は振り出しに戻っただけである。
相変わらず実質無傷のエルダースライムに対し、俺は脱出の手段は手に入れたが未だに有効な攻撃方法が見いだせない。
衛士長という枷をなくしたことで戦いやすくはなったが、小さく無い消耗も背負ってしまった。
しかも、エルダースライムが慢心を捨てることもあり得る。底知れない強さを見せる難敵、慢心を少しでも捨てられれば此方はかなり不利になる。
第二局面と言えば聞こえはいいが、不利な戦況であることに変わりは無い。
薙刀を構える俺に対し、エルダースライムはしばしその様子を––––目が無いのでおそらくだが––––睨みつけながら、混乱が収まらないのかその場を動かずにいる。
しかしながら、薙刀で傷つけられる相手でも無いので俺の方からわざわざ斬りかかることはしない。
動けば隙ができるもの。たとえその隙が小さくとも、相手がそれを狙うつもりなど最初から無いにしても、自ら不利な状況を推すつもりはない。
……この辺りでお互い手打ちの取引を持ちかけてみようか。今なら、エルダースライムの方も混乱しておりリスクを避けようとしてくれるかもしれない。
俺はエルダースライムに殺されかけたが殺したいとは思っていないし、穏便に収められるならばそれに越したことはないと考える信条だ。
そう判断し、未だに混乱収まらず動かないでいるエルダースライムに声をかける。
「この場は痛み分けにしないか? 無用な殺し合いは好まない主義だ、貴様らがここでおとなしく撤退するならば、この場は矛を収めよう」
スライムの立場は知らないが、グラヴノトプスを助けることが目的である此方としては街を襲わないというならば殺し合いをする理由が無い。
死体は何もできないのだから敵ならば殺して仕舞えという方が手っ取り早いのだろうが、当事者の亜人たちならばともかく、俺にその資格があるとは思わない。そこまでやると正当防衛の域を逸脱しているだろう。
フレイキュストは大規模に奴隷を扱う奴隷商が多くいる街だ。スライムの言動がどうあれ、亜人における奴隷というのは、他種族も誘拐して売りさばきそれを司法機関が黙認しているような実態を持つ。魔法もある世界だ、得体の知れない悪魔と取引する手段と、その類に魂を売り渡す人在り、その恨みを不気味な魔法で暴発させることがあったとしても不思議では無い。
くどいようだが、俺は魔神の使徒でありこの問題にはほぼ部外者だ。何も知らない中で主観に頼り力に任せて介入していい幼稚な正義感で物事を推し進められるような立場では無い。
凶行に走るような事態があるとすれば、それだけの理由がある場合がほとんどである。
それを把握せずにただ悪者を倒して万事解決など、それは正義とは言いがたいだろう。
両者には言い分がある。誰も幸せにならない暴走する凶行を止めることはするが、正当防衛の枠はそこまで、反撃して殺していい理由にはならない。
それに、俺にはスライムを殺す手段が無いので殺そうにもできない。
スライムの立場はともかく、俺には本当にスライムを殺すだけの動機が無いのである。手段も無いので実行することが不可能であるが。
この間にも街で惨劇が繰り広げられるだろうから、早々にスライムを片付けて鎮圧を進めるべきであるという見方もあるだろう。
だがスライムを倒せない立場としては撤退してもらうしかなく、力に訴えても届かない以上そのために最も早い手段は説得だと考えている。
それに、衛士たちも動いている。フレイキュストの民間人の生命を守るのは彼らの役目であり、部外者の役目では無い。彼らが動いた今、立場は魔族の一員である俺の過度な干渉はむしろ邪魔だろう。
そんな思惑からスライムに痛み分けという形での撤退を推したのだが、しかしそれはスライムのプライドを傷つけたらしく逆に激怒した。
「魔神の使徒が……痛み分けだと? さっきは何したか知らねえが、テメエみたいな雑魚の懇願を俺様が受けるわけねえだろうが! ふざけんなよ……消してやる!」
スライムの体に変化が起きる。
その形状は頻繁に変わるのだが、今回は違う。
スライムの体の内部に、何やら魔法陣のような幾何学的な模様が浮かび上がった。
何かをするつもりなのだろう。
ただし、それは今までの直接的な攻撃手段ではない。
慢心は捨てていない様子なので、おそらくプライドを傷つけられたと誤解している怒りからなんらかの魔法を行使しようとしているのだろう。
それが何かはわからないが、スライムの強さと言動を鑑みるに碌なものではないだろう。
止めるほうが賢明だと判断し、薙刀を手にスライムに肉薄する。
その薙刀には勇者の属性魔法も破壊する魔神の加護が与えられている。スライムの魔法が属性魔法である確証はないが、物は試しだ。魔法陣を切り裂いて、行使を妨害するくらいはできるだろう。
できない場合は、スライムの残りの肉体も錬金魔法で気体にする。
それで倒れてくれればいいのだが……




