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魔神の使徒  作者: 人生万事塞翁が馬
二幕 外敵
34/49

惨劇

魔神の使徒サイドです

 金剛杵、またはヴァジラと呼ばれるこれは仏教にて使われる法具の一種だが、元はインド神話に登場する武器の一種である。

 魔神の宝物の1つなので、厳密には法具とは言い難いが、馴染みとしては金剛杵の方があるのでここではあえて金剛杵と呼ばせてもらう。


 ……さて。

 謎の生物が出現した瞬間を俺は見ていない。

 空間の魔法か、何らかの魔道具か、それともこの生物特有と移動方法で襲来したのか。

 どういう経緯でこの謎の生物が白昼の街中に出現したのかは不明だが、分かっているのはこの生物がフレイキュストの昼の通りに惨劇をもたらしているという事である。


 この生物が生きる糧を得るためにこういった行為に走っているというならば、所詮は異世界人という余所者である俺は惨劇を止める選択を迷ったかもしれない。亜人を助けるために呼ばれたわけでは無い俺には、彼らの生きるための行為を非難する権利は無いからだ。


 だが、謎の生物は捕食でも吸血でもなく、ただ目につく亜人を殺している。

 生きるために食らうのではなく、殺すために殺している。

 娯楽にせよ復讐にせよ殺戮本能にせよ、生きる糧を得るためではなく殺人そのものを目的としているならば話は別だ。

 シェオゴラス城の戦いで出来上がった戦場の跡を見て、あんな地獄はいくつも作っていものでは無いと強く感じた。主観的な意見で単なる俺の我儘であっても、命を無為に浪費し大義のためと言えば聞こえはいいがそんなもののために人生を犠牲にする者たちで溢れかえる地獄が作られる事がまかり通る世界は否定したかった。


 これは俺の独善的な感情に駆られたものである。

 だが、止めたかった。罵られようが呪われようが嫌われようが、悲しみにくれる死体しか残せない惨劇は止めたかった。


 金剛杵には雷の力が宿っている。

 これを使えば、謎の生物といえど制圧できるだろう。


 殺しはしない。俺はこの生物に対して何も知らない。傷つけた事で、殺したことで未知の疫病を発生させたりする可能性が十分にあるからだ。

 それに、生物にも事情があるかもしれない。たとえ罪と言われようとも、断罪され死の運命に変わりが無いとしても、惨劇を止めたいというわがままを押し通す俺が異形で害獣だからと彼らを殺して仕舞えば、それは目の前で繰り広げられる惨劇と何ら変わり無いだろう。非難する資格がどこにあるというのか。


 助けると決めたからには、止めると決めたからには、その結果が結局惨劇に繋がらないように考えを尽くす。それが、力ある身として介入する者の持つべき責任である。

 おそらく、動物保護の概念が無いと理解できない考えだろうが。

 利益を考えるにしても、どんな害獣にも殺し尽くした結果ろくな事にならない例はあるのだ。


 それが責任というものだろう。

 救ったからには、最後まで面倒を受け入れるもの。独善的で感情に振り回された選択をしても、むしろそういう選択をするからにはこそ、八方にとって利益がある結末を作れるように力を尽くすのが、事態を振り回せる力を持つものの責任であると俺は考えている。


 金剛杵を構える。

 対峙する謎の生物は、形状、大きさ、色彩などを考慮するに関所で遭遇したヒトデ擬きと同一種と思われる。


 生物の数は10体。確認できているのはこの通りだけだが、もしかしたらフレイキュストに多数この生物が発生している可能性もある。



「待ってください!それは、そいつらは人間の手に負える物ではありません!」



 忠告のつもりか。

 この生物を知っているのか、兎人の亜人が叫ぶ。

 こちらを気遣っての言葉だろう。それは忠告として受け取っておくが、引けと言われて引くわけにはいかない。


 眼前の生物の殺意が膨れ上がり、俺を標的として触手が突き出されてきた。

 それを金剛杵を用いていなし、俺と背後に座り込んでいる兎人を狙った軌道を上へとずらす。

 商館のフロアは二階まで抜けている。天井を壊すような事は無い。



「嘘––––!?」



 兎人の亜人が驚愕するのをよそに、金剛杵の雷撃を触手を介して生物の方へと叩き込んだ。


 雷撃は粘液に覆われた生物の体へと突き刺さる。

 汗などによって表面が濡れている場合、電流に対する抵抗は著しく低下する。

 それはあの粘液も同じだったらしい。


 雷撃をまともに食らった生物は体を硬直させて、金剛杵が離れるとともに崩れ落ちた。



「い、一撃で……!?」



 商館からその様子を見ていた亜人たちは、かなり驚いている様子である。


 落ちてきた触手を片手で受け止めて、持ち主の生物の方に投げ返す。反応は無い。

 生死は不明だが、少なくとも破裂して体液を撒き散らされるような事にはならずに済んだ。雷撃が有効である事が証明されたので、金剛杵で対応する。


 兎人の受付嬢がこの生物について何かを知っている様子であったが、今は問答をしている間も惜しい。

 情報収集は大切だが、それで救える命を取りこぼすのは間違っている。

 少なくとも傷つけ体液を巻きますようなことは防止して制圧できる事は証明できた。ならば、優先してやるべきは惨劇を起こす謎の生物たちを鎮圧する事。

 あわよくば商館への被害を抑えた事を笠に着て、鬼の魔族の奴隷を融通するよう要求できるかもしれないという打算もあるが。

 その打算については、事態を収集してからだ。



「た、助けて……!」



 倒した生物を飛び越え、通りに出る。

 そして近場にて亜人の市民を殺そうと触手をあげていた生物へ向け、金剛杵を投げつけた。


 直撃した金剛杵から放たれた電撃が生物を焼き、その動きを止める。

 腰を抜かす亜人を殺そうとしていた触手は力を失い、その場に崩れ落ちた。



「あ、あれ……? 生きてる、のか……?」



 腰を抜かしながら自分が生きている事に困惑している亜人を無視し、金剛杵を一度収納してから再び手元に宝物庫より再召喚して携える。

 そして即座に別の亜人を襲っていた生物の背中へと投げつけた。


 彼らに前後の概念があるのかは不明だが、ここではあると仮定しよう。

 背中に金剛杵を受けそこから電撃を食らった生物は、倒した2体同様に体を硬直させてその場に崩れ落ちた。


 残るは7体。

 そのうち3体は亜人の衛士たちが応戦しており、2体は群衆を襲撃している。

 衛士たちは奮戦しており、押され気味ではあるが生物たちを何とか押さえ込んでいるようだ。

 1体は俺の背後に殺気をぶつけながら迫っている。

 残る1体は見失ってしまった。


 ……ダメだ。生物が暴れパニックとなっている群衆の方とは少し距離がある。

 その前に背後に迫る1体を片付けなければ、怪我や恐怖で腰を抜かすなどして逃げ遅れた人が多く残るタボラス商会の商館前の通り一帯が危険だ。


 金剛杵を同じ要領で宝物庫を経由し再召喚するとともに、背中に向けて突き出されてきた触手に対し金剛杵を振り抜きながら体を反転させ、触手の攻撃に金剛杵を合わせる。

 攻撃をいなすとともに電撃をたたき込み、その1体を黙らせた。


 ……商館前の通りは、酷い現場となっていた。

 容赦なく殺され心臓を関所の衛士たちのように貫かれた死体や、胸は避けたが別の場所を穿たれ腹や首に大きな損傷を受けたり腕が切れていたりしてその出血により事切れた死体、そして生物ではなく仲間であるはずの亜人たちに踏みつぶされたと思われる死体。

 荷物なども散乱し、まだ息のある者のうめき声や、子供の助けを求める鳴き声などが響いており、一瞬にして平和な日常を破壊された者たちの悲しみが流す涙のように多量の血が地面を濡らしていた。


 まるで戦場だが、戦場とは違い被害を受けているのは武器も持たない一般人である。

 そして、そんな民間人に向けて殺意を撒き散らし群衆の中を暴れ未だに容赦なく襲う謎の生物。


 この現場はもう取り消せない。

 ここにも助けを請う者たちがいるが、あの生物を何とかしなければ群衆にさらなる被害が拡大していく一方である。

 生物を駆逐して被害の増加を防ぐには、この場は放置せざるおえない。


 兜の下で歯がゆい思いを噛みしめながら、金剛杵を握り群衆を襲っている生物たちの暴れている方へと向く。

 流石に群衆に当てるわけにはいかない。金剛杵の投擲は止めるべきだろう。

 ならば肉薄して電撃を叩き込む。

 金剛杵を手に生物に襲われる群衆の方に向かおうとする。



「待って、おじちゃん!」



 だが、駆け出そうとしたところ背中に子供の亜人がしがみついてきた。



「おじちゃん、お姉ちゃん助けて!」



 振り向くと、大人でも腰を抜かすような惨状にありながら自分の足で立ち、なおかつ俺に助けを求めてきた薄茶色の毛に覆われた猫耳が頭にあるハーフと思われるライオン、獅子の亜人の小学生くらいの子供が泣き顔でしがみついてきていた。

 その頬と俺の甲冑にしがみついている手には、赤い血が付着している。


 少年に目立った外傷は無い。おそらく、他人の血だろう。

 そして、この少年の助けを請う言葉から連想するに、少年の姉のものと思われる。



「どこだ?」



 この惨状で身内まで傷つけられたというのに、年端もいかない身で自分の足で立ち、自分のためではなく身内のために助けを求めてきた。

 その少年を放っておく事はできなかった。

 この場のけが人たちを切り捨てるに等しい選択をして駆け出そうとした足は止まり、少年に声をかけていた。



「お姉ちゃんが!」



 少年が俺の腕に縋りながら、指をさす。

 その少年が示す先には、左の肩を大きくえぐり取られ腕を失い血を流している、少年と同じ獅子の亜人の少女が虫の息で倒れていた。


 少女の方に駆け寄る。

 血は止まらず、虚ろになっている目はおそらくもう見えていないのだろう。

 もはや呼吸が止まるのを待つだけの深刻な状態だった。



「お姉ちゃん……!」



「……これしか無いか」



 この状態では、助けられる手段は1つしか無い。

 宝物庫から2つ目となる蘇生薬を取り出し、瀕死の少女にかける。


 錬金魔法の極致、神の宝物の効果は2度目となるが、かような瀕死の者さえもその命を蘇らせるまさに蘇生の薬と言えるだろう。

 それまでの瀕死の状態が嘘のように、蘇生薬をかけられた少女の体は光を帯び、失っていた方から先の腕が再び形を形成し、まるで何事もなかったかのように左腕心の傷を癒して血の気を戻してみせた。



「うぅ……こ、ここは……?」



「お……お姉ちゃん!」



 少女の虚ろになっていた目が光を取り戻す。

 意識も戻ってきた。


 不安でいっぱいだっだのだろう。

 少年は感極まって、少女に飛びついた。



「う……うあああぁぁぁん!」



 ……無事のようだな。

 姉弟の様子にもう姉は大丈夫だと判断した俺は、立ち上がり襲われている群衆の方に駆け出す。


 この状況にありながら勇気を見せたあの少年は、シェオゴラス城の戦いの跡を見て取り乱した、そしてこの場で死にかけた者を放置する選択をしようとしていた俺などよりもよほど強い心を持っている。


 彼の行動は賞賛に値するだろう。

 ならば俺は一刻も早く生物を駆逐し事態を鎮める事を優先する。

 この唐突な襲撃で理不尽に身内と今生の別れを強いられる事になる悲しき結末を1つでも多く防ぐために、介入を決意した者としての責任を果たす。


 助かった少女の方が俺の方に目を向けたようだが、仮に命を救われた恩義を感じるならばそれはこの敵役の冷血漢ではなく勇気を見せた弟に向けるべきだろう。


 異世界人の身体能力を駆使して群衆の元へと一息に駆けつけ、暴れる生物の1体に向けて電撃を起こす金剛杵を突き出した。

ストックが無くなったので、以降は不定期更新となります。

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