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魔神の使徒  作者: 人生万事塞翁が馬
二幕 外敵
33/49

喧騒

魔神の使徒サイドです

 兎人の亜人の受付嬢から聞いた、鬼の魔族の奴隷。

 それがグラヴノトプスであるという絶対的な証拠は無い。鬼の魔族は数こそ少ないとはいえ、決して彼女1人しかいないわけでは無い。

 だが、その奴隷がグラヴノトプスである可能性は十分に高かった。少なくとも、確認する必要はあるだろう。


 鬼の魔族の奴隷を保有するのいうタボラス商会というのは、フレイキュストの複数存在する商会の中でも特に奴隷商を専門としている商会であり、この都市では最大手の商会だという。

 資金力も相当なものとみられ、なるほど値段の嵩張るような愛玩目的で使われる事の多い珍しい奴隷も多く扱う商会というだけあり、魔族を誘拐する攫い手たちが最も売りつけそうな取引先である。


 日が昇り傭兵団の職員や傭兵らが建物に姿を見せるようになり、フレイキュストも昼の喧騒を見せはじめた頃、傭兵団を出て早速タボラス商会を調べに向かうことにした。

 召喚の商品棚よりもオークションに出品されるだろうが、それでも開催まで保有しているのはタボラス商会である。せめて確認だけでも済ませておきたい。


 商館は日中門を開いており、客ならば基本的に受け入れている。

 さすがに表の商品棚にオークションに出品する品を並べているとは思わないが、手を講じて建物の中を索敵しグラヴノトプスが居るかどうかだけでも確かめたい。


 商館にいたとすれば、奪還に動くだけだ。

 そも、彼女の救出のために連邦に入り傭兵の身分を手に入れたのだ。その場で商会より強奪し、魔族の国に戻る。

 商会の喧伝している目玉商品を奪うのだ。追手も差し向けられるだろうし、最悪連邦の正規兵が出てくるかもしれない。


 中立の神を信仰する彼ら亜人は強化魔法だけでなく、錬金魔法や属性魔法にも適性がある。魔神の加護は属性魔法を無効化する事はできるが、物理的な攻撃は通す。そして、鎧には物理的な攻撃を弾く事はできても魔法を弾く魔神の加護が無いものが多い。

 属性魔法を主体に戦う勇者たちとは手合いの違う相手だ。場合によっては手加減する余裕も無いかもしれない。

 目的は救出であって報復では無い。

 だが、私兵が相手となればおそらく殺し合いに発展する。商人との癒着が多いという正規兵も場合によっては司法を介さず殺そうとしてくるかもしれない。攫い手のような犯罪者相手ならばともかく、いかほど腐っていようが犯罪者では無い追手の亜人に対する無用な殺生は避けたい。

 それでも、もしもの場合は覚悟しておくべきだろう。


 タボラス商会に向かって、昨夜とは打って変わり通りの多くが喧騒で賑わう街中を歩く。

 全身甲冑姿はやはり人目を引いてしまうらしく、すれ違う亜人たちの多くに振り向かれ注目を集めている。


 そしてその半数から敵意を向けられ、残り半数は俺のすぐ後ろに目を向けている。

 その理由は、俺の出で立ちだけでは無い。先ほどから後ろをついてきている、より注目を集めている要因となっている覚えの無い同行者がいるためだ。


 タボラス商会の商館まで残り100メートルほどに差し掛かったところで、俺は一旦道の端に寄って足を止め、傭兵団より付いてきている覚えの無い同行者の方へと振り向いた。


 素通りするならばともかく、彼女は俺が足を止めると自分も足を止めて明後日の方向を向き誤魔化そうとしていた。

 目的地が同じというよりも、目的が俺にあるものと思われる。

 無駄かもしれないが、この場で済ませられる用件なら先に済まそうと声をかけた。



「……何か用が?」



「!? ……さ、昨夜ぶりですね」



 傭兵団を出てから、ずっと三歩後ろという近距離を尾行してきているのは、昨夜世話になったフレイキュストの傭兵団の受付嬢だった。

 尾行中は隠れている様子もなかったので何か用があって付いてきているのでは無いかと思い声をかけたが、兎の亜人は接客用の笑みを浮かべて誤魔化そうとした。



「…………」



「……お、お構いなく〜」



 無言で彼女の顔を見つめるが、あくまで偶然を装うつもりらしい。

 商館にいた場合には奪還のために強行手段も辞さないつもりでいる身としては、犯罪者となる己の近くに他人がいるのは居心地が悪いものなのだが。


 ……とはいえ、彼女は俺の事情など知る由も無いだろう。

 追い払う事は簡単だが、俺には彼女の行動をとやかく言う権利は無い。

 再び前を向き、タボラス商会の商館へと向かう。


 最大手というだけあり、タボラス商会の商館はかなりの大きさである。

 傭兵団よりも大きいのでは無いだろうか。

 入り口が2つあり、一般客用と出迎えのある賓客用とに分かれている。

 内部もこの2つの入り口に応じて違うようだ。


 さすがにいきなり強行手段とはいかない。まだグラヴノトプスがこの商館にいることさえ確認していない中で、商会に対する攻撃を行えば言い逃れの余地が無い犯罪者である。

 どれほど疑念が向けられようと、情況証拠や不確かな証言などに踊らされて己の行為を顧みずに偽善を振りかざす愚かな真似をするつもりは無い。

 力ある者ならば、事実を見極める必要がある。この力を振るうのに伴う責任と向き合う義務がある。

 郷に入っては郷に従え。優先されるのは主観的な価値観や正義感ではなく、その国が制定し施行している法の方である。


 一般客用の入り口に向かう。

 まずは商館の中を探し回って、商会が保有しているという鬼の魔族がグラヴノトプスであるかを確認してからだ。


 兎人も付いてきている。

 彼女の目的が分からないが、妨害されるのは避けたい。不確定要素はできる限り少なくしたいので、今回は商館の確認だけを行うことにする。

 グラヴノトプスがいた場合はオークション開催日までに救出の作戦を立てるとしよう。客はともかく、商人が商品を棚にいれている間に殺傷する可能性は低いと思うので。

 他の出入りする客に紛れ、扉をくぐる。



「キャアアアアァァァ!!」



 だが、俺が館内に足を踏み入れようとしたまさにその時、後方の先ほどまで歩いていた通りにて突如として悲鳴が上がった。


 それに反応して振り向く。

 そこには、先ほどまで影も形もなかったはずの、関所の殺人事件の現場に集結していたものたちと同じ謎の生物がいつの間にか複数、通りに立っていた。


 そして、そのうちの一体が同じく悲鳴に反応して振り向いていた兎人に向けて強烈な殺気を突きつけ触手を振り上げていた。



「–––––––ッ!」



 正直、俺にも何が起きたのか理解できていない。

 だが、少なくともその振り上げられた触手が1人の命を捕食では無い明確な殺人を目的とした殺意を向けて凶器として振り下ろされそうになっていた事は理解できた。

 そして、それは看過できないとほとんど条件反射で体が動いた。


 兎人の亜人の上着を強引に掴んで引き寄せて、突き出された触手に対して宝物庫より取り出した大剣をその巨大な刀身を盾として立ててその攻撃を妨害した。



「……ッ!」

「ヒャウン!?」



 大剣を支える腕と肩に、大剣の反対側より強い衝撃が伝わってくる。

 それを耐え抜き、衝撃が殺された瞬間に大剣を押し上げて逆に触手の方をかちあげた。


 謎の生物に取っても予期せぬ反発だったらしい。

 触手の攻撃を防がれただけでなく、隙をつかれて弾かれた謎の生物は、数歩分後ろに後退する。


 そこで周りを気にする余裕が生まれたのか。

 通りで繰り広げられる悲鳴と謎の生物が暴れる喧騒が音となって耳から頭に届いた。



「く、くるなぁ!」

「ヒイィ!?」

「た、たすけてくれぇ!!」

「ギャアアァ!?」


「衛士だ、道を開けろ!」

「な、なんなんだあいつらは!?」

「くそっ!一体どこから湧いてでた!?」

「街中で何が起きている!?」



 突然の謎の生物の襲来に、通りは大混乱となっている。

 我先にと逃げ惑う市民と、混乱を聞きつけて駆けつけたがその波に押される衛士たちと、白昼の往来で暴れる謎の生物。

 つい先ほどまで賑やかながら平和だった通りは、一転惨劇の舞台と化していた。


 何が起きているのか、俺にもまるで理解できない。

 だが、少なくとも突如として出現した謎の生物たちがまるでそれこそ本能だと言わんばかりに手当たり次第に亜人たちを襲い殺害しているのは目の前で現実として起きている。


 彼ら亜人を助ける義務も理由も、俺には無い。

 むしろ、この混乱を利用すれば商館の中に入り込みグラヴノトプスの有無を確認できるかもしれない。魔神の使徒としては、守る義務も無い亜人よりも助ける義務のある魔族の将軍を探すのが正しい行為だろう。


 だが、シェオゴラス城の戦いで見てきた惨状に、あのような舞台がまた作られていいのかという思いもこみあがる。


 亜人は他種族で救う義務も無いから、謎の生物が殺戮しようが関係無い。

 確かにそうなのだろうが、他種族だからといって目の前の惨劇を止められる力があるのに見捨てるのは正義と言えるのだろうか。

 ……あいつが聞いたら、絶対に違うと。そんなのは正義じゃ無いというだろう。


 謎の生物は捕食目的では無い。今もただ死体を作るだけで食い散らかす様子も無いので、謎の生物の行為が糧を得るための行為ではなく単なる殺人である事は分かる。


 俺は余所者だ。都市を、市民を守る立場の正規兵たち衛士がいるのに出しゃばる資格は本来は無い。

 仮に謎の生物たちが捕食などを目的とするならば、それもまた俺に止める資格はなかっただろう。糧を得るために命を奪う事、それに全力で抵抗する事、それは生物として避けては通れない道である。あらゆる生命に生存のための行為を行使する権利があるならば、それを妨害する事は異世界から来たよそ者に過ぎない俺には止める資格が無いだろう。


 だが、まるで戦場のように。

 殺す事を目的として生み出される地獄の惨劇を作るために日々の平和を生きる者たちを虐げるというならば、それには止める道理があると思う。


 相手はどんな生物かも分からない。関所の時と違い、市民が行き交う都市でどんな毒物をかかえているかも不明な謎の生物を切り刻む愚行を犯すつもりは無い。

 介入をすると決意したからには、被害を抑える事を優先するべきだ。


 街中で振り回すには不向きな大剣を宝物庫に戻し、代わりに制圧に有効な手段になる金剛杵(こんごうしょ)を取り出す。

 本来は法具の一種であるこれもまた魔神の宝物の一種で、曰く雷の力を纏っているという。

 要するに、触れた相手に電撃を流せるスタンガンのような武器であり、こういった生物を相手取る際に出来るだけ安全に捕獲するためには有効な代物である。


 もちろん、電撃の出力は制御可能である。

 生物であるならば、電撃をうまく駆使すれば神経に損傷を与え体液を撒き散らすような事態を避けつつ制圧することが可能なはずである。

 小ぶりなので、大剣と違いこういった場で扱いやすい。


 推測に推測を重ねたなんとも俺らしからぬ判断だが、何も知らない謎の生物が相手だ。仕方がないだろう。

 亜人たちを守るため、そしてこの世界の生態系への不用意な干渉もなるべく避けるため。

 殺戮を犯している謎の生物も、基本的に殺さずに制圧を仕掛ける。


 事態が俺の想定を外れ大きく超えてめまぐるしく動いているが、今やるべき事は謎の生物を制圧し惨劇を止めることだ。

 金剛杵を手に、手始めに兎人の受付を襲おうとした謎の生物へと肉薄した。

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