来訪者
兎の亜人の受付サイドです
傭兵団への依頼は、突然発生し緊急を要するものなどもある。
そのため、傭兵団は深夜でも人を配置しあらゆる依頼への対応ができるようにしておくのが基本である。
それはここフレイキュストの傭兵団も同様である。
その夜は、他の領邦では奴隷でもなければほぼ見かけられない本来排他的で引きこもりがちな部族である兎人の受付嬢、ティアレがカウンターの担当の番をする日だった。
フレイキュストは夜間でも巡回の衛士が多数いるなどにより、街中では暗くなっても女性1人で出歩くことさえできるほどに治安が良い都市である。
それに、傭兵団には緊急性の高い依頼が舞い込んだ際にすぐに傭兵たちを招集できる魔法の呼び鈴がある。
多くの亜人たちは承知している常識でもあるので、深夜でも女性1人でカウンターに立っていようと無体を働く愚か者はそうはいない。
フレイキュストの傭兵団の職員の席は、結構な当たりくじと言える場所である。
その日も何度か経験してきたこともありティアレは昼の喧騒とは真逆の静かな夜のカウンターを担当していた。
夜に舞い込む依頼など滅多にない。傭兵たちも夜に移動する無理はしないため、依頼の報告にしろ大半は日中である。この時間のカウンターには基本的に個人で抱えている雑務以外の仕事は無い。
しかし、その日は珍しく深夜の来客があった。
来訪者を告げる鈴に反応して顔を上げると、入り口に立っていたのは夜の闇と同じ黒色の甲冑に全身を覆った顔も見えない人物だった。
いくら治安が良くても、絶対ということは無い。
顔色ひとつ窺い知れぬ謎の来訪者に、ティアレは緊張する。
もし、襲われたらどうすれば……
そんな不安に苛まれながらも、しかし来訪者とあれば傭兵団の受付としては対応しないわけにはいかない。
怯えを何とか隠し、顔の表面にいつもの受付嬢としての営業スマイルを貼り付けて要件を尋ねた。
すると、カウンターに近づいてきたその全身甲冑姿の謎の人物は、傭兵証を見せてきた。
どうやら、傭兵のようである。
どの傭兵団にせよ、犯罪者の類は入団することができない。傭兵試験には偽装防止のマジックアイテムが使用されるため偽名は使用できない。そして指名手配犯との照合を行い該当の有無を確認してからようやく試験への参加資格を得られる。
傭兵団は犯罪者を試験の前段階で必ず弾いているので、傭兵証は信頼のある身分証となる。
傭兵ならば、荒事に従事することも多く人前に晒せないような外見になる場合も多い。
傭兵は顔を売るのも1つの仕事のようなものだが、怪我や魔法を受けて顔を隠すことを選択する傭兵もいる。
ティアレはこの甲冑姿の人物もそういう事情を持つ者なのだろうと判断した。
甲冑姿の人物が傭兵であることを確認したティアレは、自然と緊張をほぐす。
フレイキュストの傭兵団の受付嬢として働いているのだ。外見が多少不気味に映る相手でも、傭兵ならばその対応は手馴れたものがある。
一方、全身甲冑姿の傭兵の要件は、夜が明けるまで屋根の下で休ませてほしいというものだった。
一般的な宿の部屋は満室だったか、所持金が足りなかったのか、何らかの理由で宿が取れなかったのかもしれない。
そう思い、伝手のある傭兵たちが多く利用する宿を紹介しようとしたが、全身甲冑の傭兵は日の出まで居させてくれればそれでいいと首を横に振った。
しかし、ここには硬い椅子はあるが横になれるような場所は無い。
職員用の仮眠室などはあるが、基本的に傭兵がカウンターの中に入るのは試験など相応の理由がなければできない。そのため、仮眠室に入れることもできなかった。
だが甲冑姿の傭兵は本当に一息つけるだけで十分だったらしく、硬い椅子に座ると何かを考え込むように腕を組みそのまま動かなくなった。
肩が上下しているので息をしていることはわかるが、一見するともはや鎧の置物にしか見えない。
硬い椅子の上で眠れるとは変わった人だな……
そんな感想を抱きながら、ティアレは雑務の処理に戻った。
それから、自分の手元で紙をめくる音とそれらの内容にため息をこぼす音、そしてペンを走らせる音だけが聞こえる静かな時間が経過していく。
時折生きているのか疑わしくなり甲冑姿の傭兵に目を向けると、そこには肩が動いているので息はしているのだろうが、中身が無いかのように同じ姿勢を保ち続ける甲冑の姿があった。
眠ったのだろうか……?
兜で隠されていると、素顔が気になってしまう。
隠したい理由があるから隠しているのだろうし、隠すからには美形であるよりも不細工だったり醜い傷があったりする場合がはるかに多い。
覗き見るのはさすがに失礼だろうと自制しながら雑務をこなし続けるティアレだったが、静寂の中に金属音がなったことで書類から視線を上げた。
来訪者を告げる扉の鈴は鳴っていない。
そして、この金属音は傭兵では珍しい革鎧ではなく金属甲冑を使用する者の発する音である。
眠っていたと思っていた甲冑姿の傭兵が椅子から立ち上がり、カウンターの方にに近づいてきたのである。
傭兵であることは認知していたので、乱暴狼藉が目的では無いだろう。
ティアレは最初の時に抱いていた怯えを抱えることはなく、今度は通常通りの対応ができた。
一度は断った宿の手配を頼むなどといった要件だろうと思ったティアレだが、甲冑の傭兵はカウンターに着くと彼女の予想とは違う事を尋ねた。
「申し訳ないが、少し尋ねたいことがある。魔族の奴隷が最近入ったというような話は聞いたことがないか?」
「魔族の奴隷、ですか?」
ティアレは質問される内容がそうていたと違っていたことと、傭兵団の職員になってから魔族の奴隷に関する事など初めて受けた質問だったため、つい訊き返してしまった。
犯罪者では無いとはいえ、荒事を生業としている傭兵は荒くれ者が多い。些細な事に激怒する感情的な人物も多く、そういった者に今回と似たような反応をした事で怒鳴られた事もあった。
しかし甲冑の傭兵はティアレの対応に目くじらをたてるよりも質問の答えが欲しかったらしく、特に睨み返したりする事もなく首肯した。
顔は見えない。声にも感情と呼べるものがおよそ感じられない。
良家の生まれなのか所作には礼節が感じられる分、荒くれ者の多い傭兵を相手にしてきた彼女にはその立ち振る舞いは珍しいものとして映る。だが、荒くれ者でも人情味ある者たちに比べ、甲冑の傭兵からは無機質なとても冷たい印象を受ける。
受付嬢としてフレイキュストの傭兵団に勤め多くの傭兵の相手をしてきたティアレでも、このような手合いの相手は初めてだった。
それに、傭兵証だとこの甲冑の傭兵の種族は人間である。
傭兵が荷物持ちや家の管理、子供の世話係など使う為に奴隷を購入することは珍しいわけでは無いが、人間が魔族の奴隷の話を持ち出すことは滅多に無い。秩序と自然を尊び女神アンドロメダを信仰する人間と、創造と開拓を重視し魔神クテルピウスを進行する魔族は、文化や習慣といった在り方そのものが相容れない者同士のため種族的に非常に仲が悪いからだ。
何の事情かは知らないが、深い理由があるのかもしれない。
ティアレはそういえば最近フレイキュストの奴隷商でも最大手のタボラス商会が珍しい魔族の奴隷を仕入れたという話を聞いた事を思い出した。
この傭兵もどこからかその話を拾ってきたのかもしれない。
金属製の甲冑を纏うくらいだから、結構な蓄財をしているのだろう。
特に隠すような話では無いし、むしろオークションの客を募りたいのか商会は喧伝している風もあったので、甲冑の傭兵の目的とは違うかもしれないが話してみる事にした。
「そういえば、鬼の魔族の奴隷が2日後のオークションの目玉商品になると、タボラス商会の会長が仰っていました」
鬼の魔族の奴隷を仕入れた。
フレイキュスト最大手の奴隷商、タボラス商会の会長の自慢話。
特に深く気にする事なく教えたところ、甲冑の傭兵の様子が一変した。
「鬼の、魔族……だと……!?」
それは、長年探していた大事なものがようやく見つかりそうになった事に対する喜びのような感情の乗った声だった。
冷たくて無機質な印象を受けていた甲冑の傭兵が初めて感情の乗った声を出した事に、ティアレも若干驚く。
そして、今更になって教えてはいけない事を口にしてしまった。そんな後悔に囚われてしまった。
根拠は無いが、傭兵団の受付をそれなりの年月経験していると何らかの事件がある時の前兆というものがカウンター越しにいる他人の仕草や表情などより察する事ができるようになってくる。
そして、ティアレの勘はこの甲冑の傭兵が何か大きな事件を引き起こすか呼び寄せる、そんな警鐘のようなものを鳴らしていた。
支部長にはこの傭兵の事を報告しておくべきかもしれない。
傭兵が犯罪に手を染める事は滅多に無いが、警戒しておく必要があるという自身の勘に従いティアレはフレイキュストの傭兵団の支部長に報告する事にした。
甲冑の傭兵はすぐにまた無機質で無感情な雰囲気を纏い繕うと、再び椅子に戻っていった。
……この傭兵は、夜が明ければここを出て行くと言っていた。夜勤担当は昼の職員と入れ替わると、その日の職務を終える事になり時間ができる。
ティアレは念のため、その動向を調べる事にした。




