亜人の連邦
魔神の使徒サイドです
亜人の国は、多数の部族たちそれぞれの領域である「領邦」が集合して形成している小国の集まりのような国である。
魔族や人間と違い特定の君主はなく、基本的には部族の領邦ごとに法律も決まっておりそれぞれは小さな国として成り立っている。連邦全体の意思決定機関は、部族たちの族長が集まる「連邦議会」と呼ばれる場所であり、ここにて部族長たちの会議を行い国策を運営している。
部族ごとは法律も違えば思想も文化も異なる者同士。当然ながら部族たちは小さく無い差異があり、領邦ごとにそのあり方は様々だ。この多様性があるからか、創造と自由を司る魔神クテルピウス、自然と秩序を司る女神アンドロメダに対し、亜人たちの信仰する龍神ケツァルコアトルは中立と生命を司る存在とされている。
多様な文明性はあらゆる信仰や文化を受け入れる余地のあるとともに、特定の何かの文化の色に染まることが無い。
そのためあらゆる思想や文化が流入し、人間や魔族の移民が入ることも多く、それらのハーフも多数暮らしている多民族国家となっている。
中立国であり、ルシファードは自身が討たれ魔族の国が滅ぶことがあったとすれば民をこちらに避難させるつもりだったという。
仮に人間の国が滅ぶことがあった場合も、多くの国を無くした難民たちが亜人の国に逃げただろうとも。
亜人の国は魔神を信奉しようと、女神を信奉しようと、龍神を信奉しようと、領邦ごとには厳格に決められている場所もあるが大概それらは自由となっている。
この世界における信奉は扱う魔法に大きく影響を与える存在のため、宗教的観念は文化に密接に結びついている。信教の自由が認められている日本人の俺には想像し難いが。
異世界のものたちは信じる神によって文明にも違いがあり、生活の中にも自然を尊び変わらぬ秩序ある日常を重んじる人間と、開拓を恐れず常に革新を続ける魔族というように、思想の在り方にも大きく影響しているのである。
人間と魔族はこういった在り方に関しても相容れない存在同士だが、亜人は基本的に中立である。
どちらの文明もどちらの信仰もどちらの考え方も許容し受け入れているからこそ、今回の戦争においてどちらに肩入れするも対立するも、その理由を持たないため中立だった。
今回の問題となっているのは、亜人の国において存在する奴隷制度だ。
奴隷、つまり売買される人間という名の「物」であり、その奴隷にされる為にグラヴノトプスが亜人たちに誘拐された。
俺が連邦に来た目的は、魔族においてなくてはならない存在となっているグラヴノトプスを救出することである。
亜人の国に存在する奴隷制度は犯罪者や戦争の捕虜を始末するため、その制度を国内においては認めていない魔族及び人間にもその需要がある。一方で、龍神の加護を持たないため強化魔法を使えない為に亜人にとっては攫いやすい魔族や人間の非武装員などを狙う攫い手が国を超えて誘拐を行うことも多く、非常に大きな悩みの種となる問題だった。
攫い手は連邦の国民の地位がある。
連邦の外では犯罪者だが、連邦内に逃げ込めば手が出せない。連邦でも奴隷を認めているとはいえさすがに誘拐は犯罪。だが、連邦の司法・行政機関の高官たちは奴隷商人との癒着が多く、攫い手による誘拐行為を黙認されるどころか、奪還しようとした側を暴行や窃盗といった犯罪者にされることも多々あるという。
この世界において奴隷の扱いは主に3つ。
鉱山開発など、従事者の命の危険の伴う作業をさせるため。
単純な労働力として。
そして、グラヴノトプスの容姿から最も可能性が高いとみられる、所謂性奴隷として。
攫い手たちは誘拐した相手を連邦に持ち込むと、直接客に買わせることもあるが大半は奴隷商人に売る。
そこで奴隷商人が奴隷としての細工を施し、買い手もしくは商人に逆らえないようにする。調教と呼ばれる段階らしいが、俺には碌でもないものしか想像できない。
奴隷商人が客との取引を行うのは、商館かオークション会場となる。安価な奴隷は商館で取引されるのが一般的だが、高価な奴隷はオークション会場で取引されることがほとんどだ。そこで購入された奴隷は主人に引き渡されることになる。
オークション会場は開催している場合でなければ基本的に主催者側以外は立ち入り禁止。出品する商人も、参加するバイヤーたちも手続きは基本的に開催日以外は会場の外で行う。そのためオークション会場への潜入は難しい。
そもそも奴隷も開催日までは商人側が管理することになるので、会場の商品棚という名の牢獄は当日以外は空だ。
攫い手を狙うべきだが、攫い手たちは誘拐した奴隷はすぐに商人と取引をする。商館の方が確実だろう。
グラヴノトプスが見つかればなんとか取り戻したいが、商館で見られるのは大半が労働力としての安価な奴隷。亜人の国では珍しい異種族のそれも女の奴隷となると、オークションの方に出品される可能性が高い。
手当たり次第に奴隷商を潰して回るのも手だが、攫い手はともかく奴隷商人はこの国において犯罪に手を染めてはいない。連邦が認めている手を行使して商いをしている一般人だ。攫い手たちの犯罪行為を黙認するどころか司法機関と癒着してむしろ増長させている連中だが、それでも彼らに罪はない。
光聖ならば遠慮なく暴れるかもしれないが。
しかし私刑など暴力で他人を服従させるその奴隷商人たちの中でも特にタチの悪い連中と同列、下手をすればそれ以下の輩だ。中には真っ当な商人もいるだろう。
それは公正公平からは程遠い行い。犯罪の正当化である。
グラヴノトプスは大事だが、亜人たちにも一人一人の人生がある。
犯罪者など言い訳の余地なし、損害を被ろうが自業自得。そう考える者もいるだろう。むしろ大半はそう思うかもしれない。
だが、それは偏った正義だ。
どれほど正当性があるように見えても、一方の言い分のみに物事を判断して行動するのは独善である。
事象に関係あるものすべてには、事情が、立場がある。言い分がある。
偏った正義に基づいて持つ力を振りかざすのは、権力にせよ単純な暴力にせよ、それは暴君の所業だ。
判断は公正公平に。
力を持つものは、それを振るう責任を持たなければならない。
その責任は偏った意見に基づく行いではなく、いかに不当であろうとも冷静に事象を受け止め、私情を排し合理的かつ客観的な視点を持ってあらゆる観点から集めた情報を精査し、公正公平に冷静に判断するということだ。
義も、理も、人それぞれにある。
責任とは力を振るう「者」ではない。者は感情を持ち主観的な視点を持つからだ。
責任とは、人ではなく力を振るえる「立場」に持たせるものである。
それが、法治国家における権力を振るう者の責任。
表層や一面で物事を判断しない為に。
……とはいえ、今の俺は魔神の使徒である。
立場において魔族を守る義務がある以上、グラヴノトプスは力ずくで奪還させてもらう。そのせいで奴隷商人に被害が出た場合は、人権保護に基づきその損害の請求は棄却させてもらう。グラヴノトプスは魔族内において犯罪を犯したわけではなく、立場ある国民でありながら誘拐という違法行為によって不当にその権利を侵害されているので。
魔神の使徒としては、グラヴノトプスの身命保護を最優先として行動するべきだろう。
しかし、奴隷の奪還を穏便に済ませられるとは思えない。
グラヴノトプスの奪還及び、2次被害防止のための誘拐犯である攫い手に対する処断。
今回の主な目的はこの2つである。奴隷商人及び顧客に関しては、攫い手から商品と称されたグラヴノトプスを受け取ったにすぎないであろう為、奪還に対する文句がなければこちらとしては殺す理由がない。
あくまで殺傷させる相手は攫い手以外に関しては、当方の自衛の為のみ。
いかな悪党といえど、殺してしまっては取り返しがつかなくなる。
ただし、グラヴノトプスを誘拐した攫い手に関しては、犯罪者である為2次被害防止の意味も込め確実に殺すつもりだ。個人的な理由もあるが。
天野 光聖を切ったとはいえ、奴はまだ生きているという情報が入っている。戦場に立つ者として、魔神の使徒としてクテルピウスに日向を返してもらう約定を果たす為にも、流石に殺人には慣れないといけない。もう中途半端な甘さは捨てる為にも、攫い手たちにはその贄となってもらう。
正当化するつもりはない。
元より、シェオゴラス城の戦いの惨状を生み出させたのは俺だ。今後も殺戮を撒き散らす存在となるだろう。ならばこの手だけが直接汚れないで済むようになどという甘い考えは捨て、殺人者としての罪を誰も知らずとも己にだけは刻まなければならない。
それが、俺自身の果たすべき責任となる。
命を奪う覚悟も捨てる覚悟もできている。
亜人の国である連邦領。
その中で魔族との境に位置し、シェオゴラス城に最も近い立地に領邦を持つ部族「鳥人」たちの住まう領地へと足を踏み入れた。
鳥人たちは、領邦の立地により魔族との交流が最も深い。
ルシファードが亡国後に逃がす民の受け入れ先の主要な領邦として話をつけていた1つでもある。
そして、鳥人たちの領邦においては奴隷制度が禁止されている。
その為奴隷のオークションや奴隷商人の商館も当然無く、それらを商売相手とする攫い手たちに取ってもビジネスを行うには不向きな場所だ。
ここに来た目的は、グラヴノトプスの情報を集める為というよりも亜人の連邦内を自由に行動できる身分を手に入れる為である。
正規の手続きを経ない不法入国で入り込み嗅ぎ回っても、怪しまれて有益な情報を得られない可能性が高い。
それならば多少手間でも亜人の国における身分を手に入れ、それを持って調査する方がより情報が集まりやすく、結果的に確実かつ早い段階の救出が叶うのではないかという判断に基づいての入国だ。
入り口の関所にて入国税を払う。
亜人の国では人間の国で出回っている貝殻や鉱石を持ちいた貨幣でも、魔族の国で流通している金属を加工した硬貨でも、特に問題無く使用できる。
入国の名目は友人に会いに行く為とし、隠密能力を必要とする任務に向いている群青の鎧を使ってその変化能力を行使しいつかの人間軍の伝令に化けて、人間として手続きを果たした。
連邦においては、基本的に魔族もしくは人間の国から入るには入国審査と呼ばれる入国税の納税及び入国目的の開示、そして犯罪歴の検証の3つの項目を必要とし、それらを経て認可が下りる。
一度入国手続きを済ませれば、その最後に行領符と呼ばれる魔法の込められた札を渡される。
この札があれば、他の領邦へ一部の例外を除き自由に行き来が可能となるため、連邦内における移動が格段に容易になる。
この行領符は正規の手続きで入国していることを示す身分証にもなるため、目的の領邦における商人などを相手にした情報収集もやりやすくなるらしい。
これで連邦内における行動の制限はかなり緩和されたが、情報収集にも金が必要となるだろうし、これ以外にも確かな身分証明を可能とするものがあればより信用を得やすくなるだろう。オークション会場に関しては表の裏からにせよ影からにせよ、入るだけでも金が入用となる。
「なら、傭兵なんかどうだい?」
手っ取り早く身分と金銭を得られる手段がないかを尋ねると、衛士である犬耳の亜人は「傭兵」という職業を紹介してくれた。
……犬耳。一見するとコスプレにも見えるが、ひょこひょこと動く様は本当の耳であると物語っている。
彼は、いわゆるハーフなのだろう。
この世界における亜人は、本来二足歩行で基本的なからだの構造が人間に近いという以外は、表現は悪いがほぼ喋る獣というのがふさわしい者たちである。
一方で人間とのハーフになると耳や尻尾、手足などに一部親から受け継いだ獣の特徴を得てほぼ人間の外見を持つようになる。
触ってみたいという衝動が湧き上がるが、そのようなことにうつつを抜かしている暇はないと理性で抑える。危機に陥っている友の弟子がいるのだ。なるべく早く動き、グラヴノトプスを救出しなければならない。
……モフるのはその後にしよう。
ただし、絶対にモフるとしよう。
魔神の使徒としての責務を果たす覚悟とともに、個人的には重要だが客観的には割とどうでもいい決意をするのだった。




