殺意暴発
魔神の使徒サイドです
三元帥筆頭、国務大臣の地位にあり、魔王ルシファードの最も信頼する宰相、ベルゼビュート。
三元帥次席、軍務大臣の地位にあり、すべての魔族の戦士たちを育てた月輪の戦将、アポロア。
三元帥参席、法務大臣の地位にあり、人間界への占領と統治政策と法を作った司の番人、ガルガンチュア。
かつて魔族を魔王ルシファードとともに率いた魔族の最高幹部、三元帥の名である。
……しかし、このうちガルガンチュアとアポロアは勇者に討たれ、その席は二つが空白となっていた。
魔族達にとって、方向はそれぞれながら彼らは尊敬に値する偉大な元帥たちだった。
ベルゼビュートに彼らの墓に会わせてほしいと頼み案内された場所。
家族を、故郷を守るために戦い散っていった魔族たちが眠るこの地の一番上等な場所に、アポロアとガルガンチュアが眠る墓はあった。
彼らとは会ったことがない。
だが、アポロアの遺臣達から向けられる憎悪と、シェオゴラス城の戦いを生き抜いた疲れを抱えながら、怪我を押して領域を取り戻していった奮戦振り。
その結果ガルガンチュアの遺体を奪還でき、この墓地に埋葬された。
それを見て彼らがいかに尊敬している相手だったかを改めて知り、彼らに変わりこれから魔族を守ることになる新参の身としてせめて献花をしたくなった。
「使徒殿が来てくれたのです。2人とも、心置きなく安らかに眠ることでしょう」
「…………」
ベルゼビュートとともに二つの墓に花束を献じて、黙祷を捧げる。
せめて、死後は心安らかに安寧を過ごせるようにと。
献花を終え、無理を聞いて付き合ってくれたベルゼビュートに頭を下げた。
「付き合わせて悪かった。礼を言う」
「お構いなく。私も、ちょうど2人に会いたかったので……戻りましょうか」
多くの言葉を墓前に残す必要はない。
ベルゼビュートとともに墓地を後にしてシェオゴラス城へと戻った。
ベルゼビュートは現在唯一残っている三元帥であり、宰相としての地位もある。
多忙を極める彼を引き止めることはできないので、城に着くなり公務に戻るベルゼビュートとは別れた。
1人となり、城であてがわれている部屋……ではなく現状ほとんどの将兵が前線に出ているので現在は使われている様子がない城の練兵場の広場へと赴くことにした。
広大な敷地には藁人形などが並べられているが、使うものがいないので相変わらず閑散としている。
まともに戦える戦力のほとんどはアラニュート地方の前線に駆り出されており、特に戦場から遠いこの城には最低限の衛兵と未だに怪我が治らない兵士達くらいしか残っていない。
早い時刻なので、使っている魔族はいなかった。
利用者がほぼいないため広く使える。
もともとは日課となっている稽古をするために利用していたのだが、今はいずれ来る勇者達との再戦に備え魔神の宝物を使いこなせるようになるための練習に利用していた。
俺の外見は人間そのもの。まして勇者と同じ故郷の異世界人だ。その真実を知られた暁には、魔族達の中で特に恨みを抱く一派がどう暴発するかわかったものではない。
そのため、シェオゴラス城で過ごす時はあてがわれた寝室を利用する時を除きほぼ全身を甲冑で覆っている。
魔神の使徒である俺の待遇は、ベルゼビュートら三元帥とほぼ同格として扱われている。
だが、前述の通り俺の正体が知られるのは非常にまずいため、本来ならばあてがわれた広い部屋に加えて身の回りの世話をする係の者あてがわれるのだが、リスクを削るためにそういった小間使いのような存在はいない。
とはいえ自分のことは自分でどうにかするのは当たり前の庶民だった俺にとっては、この広すぎる一室だけでも十二分な待遇である。
別段、不満は無い。
甲冑で日常生活を送るわけだが、これらの鎧は非常に高性能であり、魔法により中の温湿度の調節ができ、元どおりになるよう念じて魔力を込めれば鎧がひとりでに修復されるだけでなく、身体の汚れも同時に落としてくれる優れた機能があるので、日常生活でも困ることはなかった。
兜も口元のみを出して他を覆う形をとったり、変形する機能がある鎧もある。シェオゴラス城でもルシファードやグラヴノトプスといった人間に近い容姿をした魔族もいるため、口元だけ見えても異世界人だと怪しまれることはなくて済むので食事時もさほど不便では無い。
一方で、その甲冑にせよ魔神の宝物庫はかなりの種類の代物がある。
それらの機能を把握し、適切に使えるように、また宝物を武器として利用し状況に応じて使いこなせるように、練兵場を使って試行錯誤を繰り返していた。
シェオゴラス城の戦いで使用した対峙する相手に威圧を与える「漆黒の甲冑」。
魔力を用いた障壁を表面に展開し一種の擬似的な別次元の空間を鎧の表面に纏うことで物理攻撃をほぼ無効化できる「真紅の甲冑」。
練金魔法に必要な魔法行使を補助しいろはも知らない俺でも容易に練金魔法を使えるようになる「深緑の甲冑」。
別の形状に幻影を重ねることで変装の要素を持ち重ねて認識阻害の効果により隠密や虚飾といった機能も有するシェオゴラス城の戦いで伝令に化けた時にも使った「群青の甲冑」。
亜人が得意とする気力と魔力を組み合わせた強化魔法を付与されており使用者の魔力に応じてそれを強化することで力をあげたり防御声をあげたりすることができる「灰色の甲冑」など。
同時に武器も多く有する。
魔神の加護を与えられた薙刀や、魔力を込めて何かに触れれば爆発を発生させる戦鎚、投擲すれば敵を追尾し必ず当たる槍、絶対に破壊できず絶対に刃こぼれせず絶対に切れ味が落ちず絶対に劣化せず絶対に相手を切ることができる刀など。
……甲冑、武器ともに例に挙げたのはほんの一部で、道具や消耗品も含めればその他無数にある。
酔狂なもので、銃などの武器や車輌の類も多数ある。
そしてそれらの宝物は一点一点が優れた機能と計り知れない価値を持ちながら、自在に無限に取り出した収納を使い手である俺の思うがままに行うことが可能だった。
要するに武器を直接相手に向かって発射することもできるということである。
まるでどこぞの英雄王のようだが、そのような機能を使うにしても使う俺自身が扱いに慣れなければ宝の持ち腐れである。文字どおり。
そのため武器や甲冑、道具の一つ一つを扱いながらその機能などを試行錯誤して、使いこなすための訓練をしているというわけである。
薙刀、槍、弓、刀、銃、戦鎚、刺突剣……
様々な武器を手にしては振ってみて、機能とともに使い勝手を確認していく。
そして多少手になじむ感覚がある武器があれば、それを使いこなせるように練兵場で振り回し、藁人形などを相手に実践してみる。
それを延々と繰り返し続ける。
剣の才覚は夜刀に劣るものの、たいていの武器は使いこなせる器用さがあり、薙刀に関しては相応に扱えている実感がある。
気づけば朝早くから来たというのに日が傾く刻限まで行っていた。
地面にばらまかれた宝物を回収し、鍛錬を切り上げる。
そして練兵場を後にしようとした時、後方から並々ならぬ敵意を感じて振り向いた。
そこには、1人の魔族が立っていた。
外見は一見人間の女性のように見えるが、その額には人にはない器官として二つのツノが伸びている。
肩まで届く長さの髪は鮮やかな緋色。肌は雪のように白く滑らかで、その端正な顔立ちには異形を差し置いても人間の異性を魅了する魅力がある。
その顔には見覚えがあった。
普段は甲冑で全身を覆い性別も隠しているが、今は軍服姿の軽装で帽子はかぶっているもののその素顔をはじめ、服越しでもわかる性別を示す凹凸等を隠していない。
その魔族の名はグラヴノトプス。
今は亡き三元帥次席アポロアの双剣と言われた2人の副将の1人であり、ベルゼビュートに練金魔法を教わった弟子の1人でもある鬼の魔族だ。
彼女はアポロアが死んだことに関して、尊敬する主を失った翌日に現れた魔神の使徒である俺がその召喚が遅かったせいで死んだと考えている、前述の暴発するだろう魔族の一派のリーダー格のような立場にある魔族である。
召喚に関してはアポロアが助からない日に俺をこの異世界に下ろしたクテルピウスを恨むのが筋だろうが、魔神クテルピウスは魔族の崇める混沌を司るこの世界の神の一柱である。
宗教観については詳しくないが、彼らにしてみれば崇める神を恨むことはできないのだろう。
そうなれば行き場のない怒りの矛先が俺に向かうのは、たとえ筋違いであっても仕方のないことなのだろう。
ルシファードやベルゼビュートらと言葉を交わして、彼らが外見以外人間とほとんど大差ない知性と理性、そして同義と感情を持っていることがわかった。
上には敬意をもって接し、下には責任をもって接する。
同族と異種族という壁はあるが、魔族は仲間を見捨てることなく、時に穏やかな姿を、時に勇敢な姿を見せる。
アポロアという魔族は、配下の窮地を己の命を使って救った。
その配下たちは失った上官を心の底から尊敬しており、その死に報いようとシェオゴラス城の戦いで奮戦し、疲れた体に鞭を打って占領地の奪還も行った。
仲間を思い、国を思い、部下を思う。
その本質は人となんら変わりのない、異形であっても決して悪なるものではなかった。
だから、尊敬する上司を失った者は、その怒りの矛先を向ける相手が必要だった。
人間でも、己の崇める神の使徒でも。
不敬でも、八つ当たりでも、恨むことをしなければ悲しみに暮れて立ち止まってしまうだろうから。
一応あの戦場で倒れていたところをベルゼビュートとともに助けたのだが、俺が助けたことを彼女は知らずベルゼビュートのおかげであると思っている。
訂正しようにも話を聞いてくれないと思うので、この誤解は正していない。
躊躇ない敵意を向けるのがそれを物語っている。
そういった事情から俺と出会うたびに並々ならぬ殺意を向けていたが、師であるベルゼビュートの手前その暴発は水面下で抑えられていた。
たまたま通りかかったのだろうか。
声をかけても彼女は敵意を増すだけで友好的な反応は決して返そうとしないので、穏便に済ませるために兜越しに目を合わせ軽く会釈だけして去ろうとした。
だが、その間じっと俺を黙って睨みつけていたグラヴノトプスが、すれ違って背中を見せた瞬間にその殺気を爆発させて襲いかかってきた。
「アポロア様の仇だ!」
俺を壁際に叩きつけて、隠し持っていただろう小剣を振り下ろした。
肉を切り裂く音ではなく、金属音が鳴り響く。
甲冑に阻まれその小剣は刃が根元から折れてしまった。
「チィッ! クソが!」
いまいましげに舌打ちしたグラヴノトプスが、小剣を捨てて兜に殴りかかってくる。
しかし当たれば逆に彼女が怪我をしかねないので、その拳を当たる寸前で受け止めた。
「何事だ!?」
誰かの声が聞こえる。
さすがに見つかれば面倒ごとになると思ったのか、グラヴノトプスは俺を殺気のこもった目で睨み続けながらも引き下がった。
「絶対に許さねえからな……!」
そう言い残し、グラヴノトプスは足早に立ち去っていった。
グラヴノトプスがその場からいなくなるのに少し遅れて衛兵が駆けつける。
「使徒殿!? い、いったい何が……」
俺がいることが予想外だったのか、駆けつけた衛兵は混乱しているようだった。
「……いや。仕事に戻ってくれ、面倒をかけた」
駆けつけてくれた衛兵にそう言い残し、俺の方もその場を立ち去ることにした。




