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魔神の使徒  作者: 人生万事塞翁が馬
二幕 外敵
22/49

旗頭

魔神の使徒サイドです。

 –––––––シェオゴラス城の戦いは、魔族軍の大勝利で幕を下ろした。


 この戦いで受けた被害は両軍ともに大きく、それ以上の継戦が困難となったことで、人間軍は占領地の多くを放棄しアラニュート地方まで撤退。

 魔族軍も早い段階で撤退を進める人間軍に追撃を仕掛けるも補給線が伸びきり、勇者を旗頭とした人間に初期に占領され前線基地として要塞化されたアラニュート地方に築かれた防衛線を前に攻勢限界に達した。


 最前線となったアラニュート地方では、右翼の戦場で活躍を見せたゴエティアという将が率いる魔族軍が人間軍と国境にて砦を築きにらみ合いとなっている。

 しかし両軍共再建に時間がかかるため、しばらくの間は本格的な衝突をせず国力の回復に努める休戦の時期が続くことになる。

 ルシファードとベルゼビュートはそう見ているとのことだった。



「この勝利は、偏に使徒殿の尽力賜るものであると心得ております。国を救っていただき、本当に……本当にありがとうございました!」



「かの戦術を生む智謀、我らの仇敵たる聖剣の勇者を倒した武勇、そして我が弟子を救っていただいた深きご慈悲……そのすべてに感謝を。深く、感謝を申し上げます」



 シェオゴラス城の戦いから半月の月日が経過したこの日。

 ようやく内情が落ち着いてきたことで、ルシファードとベルゼビュートは多忙のために後回しとなったがどうしても言いたかったことがあると、俺を晩餐の席に招いていた。

 予想はついていたが、こちらが萎縮してしまうほどに感謝をされた。


 現在、この場には俺とルシファードとベルゼビュートのみ。普段の魔王の晩餐には必ずいる給仕さえも席を外している。

 魔神の使徒とはいえ、人間だ。さすがに事情を知らない魔族達にこの顔を晒すことはできなかったので、ルシファードに無理を言って給仕もいない3人だけの席にしてもらったからである。


 シェオゴラス城の戦いに勝利したとはいえ、勇者達によって敗戦を重ねてきた魔族が受けた傷は深いもので、一連の敗戦の責任を魔王に問おうとする動きが魔族内で起きていた。

 特にその動きが目立っていたのが主君を失ったアポロアの軍団の遺臣達であり、シェオゴラス城の戦いで特に活躍した彼らに賛同する者も多く、その不満は大規模な内戦が起きかねない状態になりかけたほどである。


 その旗頭となりかねない存在が、アポロアの双剣と言われた今は亡き三元帥次席の副将を務めていた2人の魔族である。

 ゴエティアとグラヴノトプス。

 ゴエティアはアポロアに長く使える山羊の魔族で、グラヴノトプスはベルゼビュートの弟子であった鬼の魔族である。


 ゴエティアはアラニュート地方に出征しており、グラヴノトプスはベルゼビュートがいるから抑えることはできるので、現状暴発はなんとか抑えられているという状態だった。


 ……そのため、魔神の使徒が実は人間でありしかも勇者の同郷である異世界人であるという爆弾まで投下するわけにはいかなかったのである。


 俺はクテルピウスが召喚した魔神の使徒であり、勝利を決定づけることとなった聖剣の勇者コウセイに深手を与えた者としてルシファードが大々的に魔族に公表したことで、存在は周知されている。

 ルシファードも右翼の戦場を舞台に奮戦したこと、魔神クテルピウスから使徒を遣わしてもらった功績もあり、魔王への求心力は回復。再び魔族はまとまるようになり、ようやく内情が落ち着いていたという段階だった。


 ゴエティア、グラヴノトプスに代わる旗頭に俺を立てようとする動きが出るかもしれない懸念はあったが、それは別の意味の旗頭に俺が立ったことで解消されている。

 この件はルシファードたちにも言っていないが。アポロアが戦死したのが俺が召喚された前日だったことから、特にグラヴノトプスを中心にアポロアの遺臣達が召喚が1日早ければアポロアは死なずに済んだのにと俺を目の敵にしてくれたおかげでルシファードに対する不満の矛先が逸れ内情が早めに落ち着いてくれたのである。


 代わりに俺に対する魔族内の敵愾心が募っているが、これに関してはいずれこの世界を去ることになるのでルシファードではなく此方を恨むというのであれば筋違いであってもそれが最善である。俺としては不満はなかった。


 シェオゴラス城の戦いの勝利は使徒を遣わされた魔神クテルピウスと、魔王であるルシファードの功績。

 そして勇者によりアポロアが殺されたのは召喚の遅れた魔神の使徒、つまり俺の所為。

 魔族達の認識はこのようになっている。


 だが、ルシファードはともかくベルゼビュートはこの空気に感づいていたらしく、多忙の合間を縫い自身の配下やグラヴノトプスの配下を中心に擁護派の勢力を作ってくれていたようだった。

 グラヴノトプス自身は俺を恨んでおりすれ違った時に殺気をぶつけられたことは何度かあったが、彼女の配下達は蘇生薬を使ってその命を助けた光景を見ている。それが功を奏したのか、アポロアの遺臣達の中でも俺に対する擁護派が存在するので表立って俺を非難する声までは上がらなかった。


 とはいえ、敵役としての旗頭となっているのは変わりない。

 勇者達にとっても、人間にとっても、そして魔族にとっても敵役。心地の良いものとは言えないが、主観的な立場を持たないようにしている者にはお似合いかもしれない。人は自身の主観があるから己の正義を語れるのだから。

 ……この世界に別の立場で召喚されている正義を愛する幼馴染が見たらなんと言われるだろうか。


 それに、礼を言いたいのはこちらも同じだ。

 ルシファードは勇者と同じである俺を魔神の使徒だからと受け入れ、こうして人間である素顔を晒しても嫌悪感も敵対心も持たずに全幅の信頼を寄せてくれている。

 ベルゼビュートは多忙の合間を縫いながら俺に対する憎悪が生まれている状況も察して、この水面下で暴発を防ぐように立ち回ってくれている。

 彼らがいなければ、俺は魔神の使徒としての立場を持てず、魔神との契約を遂行できなかっただろう。それはひいては日向を元の世界に帰すという目的も果たせなかった。



「魔族を守り勇者と戦うこと、それが契約だからこなしているまでだ。感謝される謂れはない。むしろなんの隔てもなく受け入れてくれた2人に俺が感謝を向けるべきだろう」



「ご謙遜を。我らが神が使徒とした方ならば我ら魔族が崇敬の念を持って接するのは当たり前のことです」



「国務大臣としても、そして弟子を救っていただいた1人の魔族としても、私は多くの御恩をいただいている身です。その貴方に感謝し、受け入れることは魔族として当然のことです」



 冷徹に受け取られやすい俺の言葉にも、2人の魔族は快く対応してくれる。

 こうして話してみると、やはり姿形が違うだけでその心情は人となんら大差ない理性と良心を持つ存在であると認識させられる。


 魔族の食文化だが、錬金魔法を得意とする彼らは創作意欲も豊富であり、舌が肥えている日本人である俺から見ても十二分に美味しいものである。

 異なる世界の食物を異なる文化の発展させた料理は未知の美味しさも持っている。

 2人も俺が晩餐の品々を気に入ったことは察したらしく、誇らしそうであった。



「お気に召しましたか?」

「ああ」



「こちらのソースをかけてみてください。風味が変わります」

「感謝する」



「異世界にも通じる品ならば我らも誇らしい」

「そうだな」



「給仕がなく申し訳ない」

「構わない」



「……使徒殿は、口数が少ない方かと思っていましたが」



 ルシファードとの会話を見ていたベルゼビュートが、そんなことをつぶやいた。

 ……その言い方では、俺が意外にも饒舌であると感じていると捉えられる。

 自分で先ほどの会話を思い返しても、そんなことはないと思うのだが。



「意外か?」



「いえ、想像通り口数の少ない方であると。ほとんど表情も変えませんので」



 ベルゼビュートの言い回しを正しく理解できなかったようだ。

 想定通り、実際に口数が少ない人間だと。否定はしない。

 こういうとき期待を裏切ることが面白みのある人間だと、たまに夜刀に言われていたことを思い出す。



「期待を裏切る面白みのないつまらない人間だと、よく盟友に言われる」



 日向は付き合いの長い幼馴染で、互いの性格をよく知っているから、意外性を探られるような事はない。

 一方で夜刀には出会った当初からよくちょっかいをかけられてきた。

 意外な一面とかあれば面白そうだと言っていた。



「……その方は、婚約者殿ですか?」



「……いや、あいつとは違う」



 ベルゼビュートはおそらく日向を指した言葉だったと思いそう尋ねたのだろう。

 ……その誤解を解かずとも別段困ることがあるわけではないと思うが、信用してくれている彼らを前に誤解を解かないままというのは隠し事をしているような感じとなり、申し訳ないという感情が浮かぶ。

 魔神の使徒としての役目を全うするためには、彼らには俺と日向が婚約者という誤解をしたままでいることも、日本でのことを語ることも必要性はない。

 だが、せっかくの機会に彼らとの親睦を深めたいという気もある。



「……2人とも、少し長話に付き合ってもらえないだろうか?」



「もちろんですとも」

「今宵はそうない機会ですので」



「……感謝する」



 少し、時間を必要とする話題だが。

 ベルゼビュートの誤解も解く必要はないと思っていたが、この際誤解を解く件も含め、彼らとの親睦を深めるために本来語る必要性はない話だが、せめてこの席の余興になれば良いと思い語ることにした。

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