敗戦後の勇者たち
光聖達サイドです
シェオゴラス城の戦いから3日。
魔王の城を眼前に控えた最後の決戦と言える戦いで、人間軍は大敗した。
勇者たちが参加してからというもの、それまで劣勢が続いていた人間軍の戦況はひっくり返り、勇者たちを先頭に破竹の進撃を続けてきた。特に聖剣アルフレードの使い手である天野 光聖が参加した戦は負け無しを誇っていた。
魔族軍の最高幹部である三元帥もベルゼビュートを除いた2人を討ち取り、魔王も打倒できると信じていた一戦。
それは大敗し、頼みの綱であった天野 光聖はルシファードでもなくベルゼビュートでもない謎の魔族に敗れ瀕死の重傷を負った。
他にも光聖ほどの重傷ではなかったが、輪島、樋浦、夜刀、橘の4人も負傷しており、それぞれ対峙した敵に打ち勝つことができなかった。
人間軍だけでなく、彼らの希望である勇者が明確にこの戦いで初めて魔族軍に負けたのである。
その大敗から3日。
生死の境をさまようこととなった光聖はこの三日間一度も目をさますことなく、治癒の属性魔法である聖属性の魔法を扱える日向を始め人間の治癒士たちが不眠不休で彼の治療をしていた。
そして3日を過ぎたその日の夕刻、光聖はようやく意識を取り戻した。
シェオゴラス城の戦いで初めて圧倒的強者として戦ってきた立場が崩れ、戦場について当たり前だった命の危機があるということを明確に認識させられた勇者たちは、女神の願いに応じて参加してきたこの戦いに対する認識を改めていた。
「もう止めよう、光聖」
目を覚ましたばかりの光聖に、橘は異世界の戦争から身を引くべきだと言った。
正義感と義侠心の塊である光聖なら自分の命が危険にさらされたくらいなら関係ないと、すぐに反論するところだったが。
「うっ……」
己だけでなく、橘や樋浦が負傷したこと、自分を助けるために3日も休まずにつきっきりで治癒をし続けて光聖の目覚めを確認してからお礼を言わせる暇もなく倒れた日向のことがあり、強くは反論できなかった。
「貴方が切られた時は、心臓がストップするかと思いましたわ」
「少なくともあんたは回復するまで戦うの禁止よ。これだけは絶対だから。分かった!?」
「光聖くんがあんな目にあうの、私はもう見たくない」
目の前で光聖が謎の魔族に切られる光景を見せつけられたエイラや玖内、自分も一歩間違えれば光聖のようになっていたかもしれない恐怖を味わった市原も、光聖が戦いにまた参加することに反対している。
「け、けどよ」
「少しは反省しなさい!」
「どんだけ心配させたかわかってんの!?」
「す、すみませんした!」
「…………」
将来、伴侶がエイラか玖内になったら絶対に尻に敷かれるだろうなと、蚊帳の外に置かれつつある樋浦はどうでもいいことを思いながら眺めている。
起きて真面目な話をしていたのに目の前でイチャコラしているようにしか見えない光景を無自覚で作り上げる。先ほどまで生死の境を彷徨っていたとは思えないその所業を見ていると、自分が倒れるほど頑張ってくれた日向に対し、光聖が会長の生徒会の1人として申し訳ない気分となった。
「咲耶さん……貴女の従弟ぶっ飛ばしていいですか?」
「病み上がりだから今日だけは勘弁してくれ、綾音」
日向の方には羽風がついてくれている。
本当は彼女の親友である夜刀について貰いたいのだが、彼女は魔族の攻撃に晒されている前線を支えるために今も戦場に立ってくれている。
しかし、光聖が傷つくのにショックを受け戦いから遠ざかりたいと思うようになったとしても、勇者達は戦いを避けては通れない事情がある。
「……でも、魔王倒さなきゃ帰れないじゃん?」
イチャコラが落ち着いてきたところを見計らい、それまで黙っていた輪島が口を開いた。
ちなみにその膝の上では、光聖が起きるまで彼が負けた時そばにいてやれなかった後悔と生死を彷徨っている状態を心配してから、満足に休むこともせず光聖が意識を取り戻してから日向同様に疲労の反動から眠ってしまった時津の頭を乗せている。妹分どころかペット扱いだが、いつものことなので誰も突っ込まない。
時津はともかく。
輪島の言う通りである。
そもそも、勇者たちは女神アンドロメダにこの世界に地震で死ぬかもしれなかったところを召喚という形で救われた命である。
だが、女神は召喚はできても送還、安全に元の世界に戻す力がなかった。
送還の魔法を扱えるのは魔族が信奉する魔神であり、その魔法について詳しく知ると思われるのが魔王なのである。
人間との交渉をする気がないという魔王。その魔王を打倒しなければ送還魔法の手段が得られないから、人間の平和ともとの世界への帰還という二つの目的を為すために人間達と協力して勇者達は魔族と戦ってきたのである。
日本へ帰してもらうためには、魔王を倒さなければならないのだ。
それに、身分を捨ててこの世界で平穏に過ごそうにも人間達と共に暮らす以上魔族の脅威は常にあるため戦いはやはり避けられないのだ。
「……やっぱり、戦うの? どうしても戦わなきゃいけないかもしれない。それでも光聖くんが傷つくのは……!」
「美冬、なんと言われても俺は戦う。この中で一番強いのは俺だし、女の子が戦っているのに俺だけ待っているなんてそれこそ耐えられないから、さ」
「光聖、くん……」
どうあれ魔王と戦うしかない以上、命の危機があっても戦うことを選ぶ。
光聖は死ぬかもしれなくても、戦いから降りるつもりはないと言う。その決意の固さに、ならば一緒に戦うと早々に同調した玖内とエイラに対し、粘っていた美冬も最終的には折れた。
「…………」
しかし、橘は弟同然の家族である光聖がまた死の淵に立たされるかもしれないことを考えると反対だった。
「……いや、魔王討伐は私がやる。だから光聖、お前はもう戦わないでくれ」
「なっ!? そ、そんなの反対に決まってるだろ!」
橘としては光聖にこれ以上傷ついてほしくない。それでも戦うしかないというなら、自分から見れば子供、学生である彼らには戦ってほしくない。
だから自分だけがその負担を受け持つと言った。
だが、それこそ光聖にとっては猛反対である。理由は橘と全く同じで、ベルゼビュートに殺されかけたことは聞いているので傷ついてほしくないからと、どうしても戦うというなら男である自分が受け持つべきだという感情からである。
「ダメだ。光聖、お前はまだ高校生、学生なんだ。傷つくのは大人の役目、お前も含めて子供には戦ってほしくない」
「そんなこと言うなら姉貴だってまだ成人してないだろ! それに、姉貴が傷つくのを黙って待つなんて俺は耐えられない! 傷つくのは男の役目なんだよ!」
しばらく言い争いを続けていた両者だが、やはりお互いに姉弟を失うかもしれないという中で黙って待つのは嫌だが、姉弟には傷ついてほしくないという感情は同じであり、話は平行線のままだった。
「なら、2人とも怪我しないように残ればいいし。うちが魔王やるから」
「それこそダメ!」
「澪だって怪我したでしょうが!」
そこに輪島がなら2人とも残ればいいと言ったことで、さらに議論を白熱させる羽目になった。
それに主戦派となったエイラと玖内がさらなる油を注いで余計に言い争いを激化させ、美冬は喧嘩に近い言い争いをなだめるのには向かずあたふたするばかりとなる。
唯一、彼らの諌め役として働く樋浦が、この幼馴染たちの喧嘩にさらなる苦労を抱えたのは言うまでもない。
勇者が主戦派と反戦派で言い争いを続けても、人間軍はシェオゴラス城の戦いで受けた損害が大きすぎるためにすぐに戦争を起こすことは困難となり、同様に魔族軍も立て直しを図る時間が必要となっている。
すぐに大規模な戦いが勃発することは無くなり、この戦争はしばらくの休戦期間に入っていくことになる。
……ひと段落した頃。
勇者達はシェオゴラス城の戦いに突如として現れた、光聖に重傷を与えた謎の魔族についての話題に移っていた。
光聖に傷を負わせた相手というだけあり、特に玖内とエイラがその魔族に抱く恨みは大きい。
だが、同時に4人の勇者をたった1人で相手取り、なおかつ底を見せない強さで圧倒したその魔族には恐怖心も抱いていた。
「……少なくとも、ベルゼビュートより強いってこと?」
「ああ。アルフレードの炎まで消したからな」
「なら属性魔法は全て効かないと見ていいな。かなり厄介だぞ」
「それに、薙刀を使っていたけど強すぎるだろ!ってくらいに強かった。素人目線だけど、夜刀さん並よ」
「まあな……俺の剣は全く通用しなかったから」
謎の魔族についてわかっている主なことは、光聖・エイラ・玖内・市原と4人の勇者たちを同時に相手にできる尋常じゃない身体能力と薙刀の使い手であること、市原の土の属性魔法だけでなくベルゼビュートの耐性さえも突破可能な光聖の蒼炎の属性魔法も無効化にできるほどの高い属性魔法に対する耐性があること、黒甲冑に全身を包んでいるためどんな魔族かもわからず変身能力があるのか人間に偽装できるということである。
一方で素顔も名前もわからない。
今までの戦いではそんな魔族は出てくるようなそぶりは全くなく、まるで唐突に出現したかのようだった。
「わかっていることが少ないけど、化け物だってことはわかる」
「少なくとも属性魔法は効かないと見ていいわね」
「しかし無敵ではないですわ。私のフルーレで傷をつけることはできました。武器の攻撃は効きますわ」
ただ、エイラが言うように謎の魔族は属性魔法は一切効かないが、剣などの武器による直接的な攻撃で傷をつけられることは判明している。
とはいえ、その負傷した右肩で光聖の攻撃をいなし重傷を負わせた相手だ。恐ろしくタフであることも判明する件ではあったが。
「でも達人並みの技量でしょ? それに当たってもあんまり効いていなかったみたいだし」
「……聞けば聞くほど勝てるとは思えない相手だな。本当に無名なのか?」
人間軍にも聞いてみたが、そんな魔族は知らないし聞いたこともないという。
魔王でも三元帥でもなく、無名なのに最強の存在。情報も皆無であり、対抗策を考えようにもまるで有効な手段が浮かばない。
「ミステリアスな上にめちゃくちゃ強い……いかにも最強の敵って感じで、カッコいいぜ!」
「「「「「…………」」」」」
そして、切られたというのに相変わらずのバカな思考回路を展開する勇者が一名。
樋浦もそれには流石に怒り、その光聖が全員から鉄拳制裁を食らったのは言うまでもない。




