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魔神の使徒  作者: 人生万事塞翁が馬
二幕 外敵
20/49

師弟

引き続き魔神の使徒サイドです

 右翼の戦地跡は、勇者と魔王と人間軍と魔族軍、互いが互いの最大の戦力を集結させてぶつかり合った、シェオゴラス城の戦いにおいて最大規模の激戦を繰り広げた場所である。

 1人で歩けるほどに回復したベルゼビュートと別れた俺は、その戦場跡の光景を見ていた。


 その戦場跡には両軍ともに無数の屍を晒し、その激戦を物語っている。


 これが、戦争……


 本物の戦場の跡地。

 それをこうして改めて見て、感じたのは何度見ても見慣れないだろうという感覚だった。


 通じて悲惨であり、地獄絵図である。

 だが、1つ1つの戦場に倒れる骸は、破壊の跡はその様相が異なる。

 彼ら一人一人に生活があり、信念があり、戦いに挑んだ理由があり、そして遺したものがある。

 無数に転がる死体の1つ1つには、ひとつの人生の結末が綴られているのだ。死体が無数に広がる場所、という認識ではいられない。

 一つとして同じものはない。

 悲しみを残した者、怒りを残した者、無念を残した者、未練を残した者、苦しみを残した者……客観的に見るまでもない。全てが違う。

 ……そして、違うのに共通しているのは戦場が悲惨な場所であることを物語っていること。



「……いくつも作っていい光景ではない」



 未だに甘さを拭えていないような感想だが、この目の前の光景が、類似する地獄が嬉々として量産されるような世界だけは否定したかった。

 そういう世界を否定するのは主観的な主張、言って仕舞えばわがままでしかない。

 だが、さすがにこの凄惨な光景を見れば知識のみを頭に入れ本物の戦場とは無縁の国を故郷としてこれまでの人生を生きてきた身としては、どうしても否定する主張を捨てられなかった。



勇者たち(貴様ら)は、これを望んでいるというのか……?」



 口からこぼれた言葉。

 勇者と人間が魔王を討とうとする限り、この戦争は止まらない。


 ……いや、違う。

 人間と魔族は崇める神が、思想が、種族が違う。魔神クテルピウスの話によれば、発端は神と神の争いに行き着く。崇める神の代理戦争が彼らの対立構造を作り、憎悪が重なって終点の見えない戦争に発展しているのだろう。

 勇者は参加した者であり、戦争を引き起こしたわけじゃない。勇者がいなくても人間と魔族の戦争は続いていたはずだ。

 この戦争は、魔王と勇者のものではなく……


 ……首を横に振る。

 それ以上は感傷的だ。俺は異世界の、この世界の歴史も知らなければ、住まう者たちの事情も知らない。

 何も知らない中で知ったかぶり顔をとって感情に任せ偽善を振るのは、余計な混乱を招くだけ。

 戦場が悲惨であることなど当然の話だ。だからと言って、そのあり方にまで施策を巡らせる資格がよそ者の俺にあるとは思えない。

 少なくとも、俺はろくに歴史を知らない身だ。


 今はやるべきことがある。

 骸の並ぶ跡地にショックを受けるのは後でもできる。

 ベルゼビュートの弟子の捜索に集中するため、一度戦場に並ぶ骸の見せる表情から目をそらし、彼から聞いた赤い甲冑の鬼の魔族を探すために動き始めた。


 それから数分と経たずして、ベルゼビュートの声が聞こえた。



「グーラ!」



 彼らしくない切迫した声。

 何かを見つけたらしい。俺もその方向へと走った。


 ベルゼビュートがいたのは、魔族軍の兵士が多数ほぼ外傷はないのに口や鼻などから血を噴いて倒れ伏している異様な光景が広がる場所だった。

 その腕には、上半身に多数欠損がありその容姿をほぼ晒している壊れた赤い甲冑をまとった、鮮やかな緋色の髪と額に伸びる二つのツノが特徴のほぼ人間と大差ない容姿の1人の魔族が抱えられていた。



「……ッ」



 駆け寄ると、その魔族はまだ息があったが、胸と脇腹に何かに刺されたような穴が穿たれており、そこからまるで根が張るように毒々しい紫色のあざのようなものが伸びていた。

 表情が苦しげに歪んでおり、顔色はひどく悪い。

 何より、傷からの出血がひどい。

 人間ならば明らかに死んでいるような怪我だが、強靭な魔族の肉体がその命をかろうじてつなぎとめているという様子だった。



「使徒殿……」



 ベルゼビュートがこちらに気づき、顔を上げる。

 その表情は蠅なので人間のようには読み取れないが、打つ手がないと言わんばかりの悲壮なものに見えた。

 傍らには空ビンが置かれている。薬を使ったが効果がないということだろうか。


 彼の抱える魔族が件の弟子かどうかは分からないが、普段の落ち着きがない様子を見るに彼にとって大切な相手であることは間違えないだろう。


 俺には救命の知識などほとんどない。

 だが、魔神から借り受けた宝物庫、彼らの崇める神の有する宝物がある。


 その中には、確か希少な蘇生薬があったはず。

 錬金魔法で作る薬の極致と言える存在で、使えばたちどころにあらゆる怪我と疾病を直しその命を蘇らせられるという、異世界の神の宝物庫の中身にふさわしい逸品である。

 科学文明の世界ではどれほど医療が進歩しても作れるとは思えない、魔法のある世界に限った代物なのだろう。


 消耗品であり、魔神の宝物庫にも3本しか存在しない貴重なものだが、命には代えられない。

 宝物庫から蘇生薬を取り出す。



「使徒殿……それは……?」



「悪いがこれが効かなければ俺にはもう打つ手がない」



 蓋を開きつつベルゼビュートに答え、中身を鬼の魔族の傷口にかけた。


 蘇生薬をかけられた箇所が青緑色の綺麗な光を帯び、まるで幻だったかのように全身の傷と胸の傷から広がっていたあざのようなものが消えていった。

 顔色も回復したのかよくなり、呼吸も落ち着いてきた。

 神の宝物というだけあり、驚くほどの即効性と回復力である。



「グーラ……?」



「……スゥ……スゥ」



「……どうやら、効いたようだ」



 意識はまだ戻らない様子だが、寝顔を見る限り状態は安定したようである。

 助かったことに安堵したのか、ベルゼビュートは力が抜けたようで鬼の魔族を自身の膝の上におろして体勢を崩し地面に腰を下ろした。



「よ、良かった……もう、ダメかと」



 心の底から安堵している様子である。

 俺もまた、この戦場の跡地の中で貴重な薬を使っても一つの命を救えたことに安堵を感じていた。



「彼女が、件の弟子か?」



「はい。かつては、ですが。この子はすでに私の教えから独り立ちを果たしています」



 俺の問いに、ベルゼビュートは肯定しつつも首を横に振った。

 しかし、すでに弟子ではなくとも教え子に対する愛情を持っているのだろう。死にかけていた時には取り乱し、助けられた時には安堵している様を見れば、その程度はわかる。


 落ち着いたのか、ベルゼビュートは俺の開けた瓶を指して中身を尋ねた。



「なんとお礼を申し上げれば……つかぬ事を伺いますが、今のは?」



「蘇生薬だ」



「蘇生薬でしたか。ならばこの効能もうなずけます」



 俺の答えに、ベルゼビュートもその存在を知っていたらしく納得した。



「希少な薬を使わせてしまい、申し訳ありません」



「命には代えられない」



 そも、蘇生薬はクテルピウスの宝物庫からの借り物である。

 弟子を救われたベルゼビュートに感謝されるべきはそれを持っていた魔神クテルピウスであり、命を救われた鬼の魔族が感謝を向けるべきは彼女を見つけた師であるベルゼビュートだ。


 日向と戦わせることになったためにベルゼビュートは負傷したし、右翼の戦場を激戦の中に置いたために鬼の魔族は重傷を負い危うく死ぬところだった。


 一帯の魔族の兵士たちの死も、2人の負傷も、戦場をこうなるように承知もせずに誘導してしまった俺に責任がある。

 感謝される資格はなく、恨まれるべき責任があった。


 しかし、おそらくベルゼビュートは恨んでいないだろう。

 これだけの被害を出すことになったが、戦いそのものは勝利した。

 その功績と譽れは戦場を舞台に戦った魔族たちのものだが、作戦を提示したのは俺だ。感謝される資格などないが、おそらくルシファードもベルゼビュートも勝利の立役者に魔神の使徒という士気向上の旗頭として絶好の存在でもある俺を出すだろう。


 それが最善の手段であるというならば、俺には拒否する理由がない。

 分不相応ではあるが、利用価値はあるので存分に利用してくれればいい。


 だが、それで全てが上手くいくとは思えない。

 理由は、先ほどから俺に対して向けられている魔族の兵士たちの視線にある。


 シェオゴラス城の戦いに召喚された俺は、紹介の間もなかったので広く周知されていない。

 見知らぬ全身黒甲冑姿の謎の男が突然魔族においてNo.2の地位にある三元帥筆頭のベルゼビュートの隣に現れ、あまつさえ目上のものとして扱われている姿を見れば、奇異と困惑の視線を受ける。



「何者だ……?」

「ベルゼビュート様のゴーレムではないのか?」

「だが、会話をしている」

「見たことがないぞ」

「蘇生薬を使ってまで……!」

「凄腕の錬金魔法の使い手では?」

「ではベルゼビュート様の弟子なのか?」

「いや、信用ならん。いつでも始末できるように……」



 周囲から感じられる視線。

 そして異世界人としての恩恵か優れた聴力が拾う会話の内容。

 それらを聞き分けると、好奇もあれば敵視もあり、鬼の魔族を救うために蘇生薬を使用したことが功を奏したのか感謝を向ける目などもあった。


 また、中には俺ではなく鬼の魔族に向けられる目もあった。



「どういうことだ……!?」

「まさか、グラヴノトプス様が女だと……!?」

「いや、あの黒甲冑の将こそグラヴノトプス様だろう」

「だがツノがないぞ。グラヴノトプス様は鬼だったはず」



「…………」



 鬼の魔族のことを見て、兵たちが困惑している様子がある。

 俺はともかく、ベルゼビュートの弟子である彼女が将であることは周知されているのではないだろうか?


 ベルゼビュートは何らかの事情がありそれを知っているのか、苦い表情を浮かべているらしく口を閉ざしている。


 やがて視線にいたたまれなくなったのか、ベルゼビュートはグラヴノトプスを抱え上げて立ち上がった。



「申し訳ありません。彼女を城に運びますので、私はこれにて失礼させていただきます」



 何か、複雑な事情があるのだろう。

 追求するべきではないと判断し、一緒に城に戻るという選択も避けたほうがいいと、俺は頷いた。



「承知した。俺はル–––––陛下を探すので」



「……感謝します」



 ベルゼビュートは一枚かけている羽を広げ、飛行して戻っていった。

 全速とはいかないが、飛行するだけに関しては一枚羽がなくても問題ないようである。


 魔族の兵士たちの前でルシファードを呼び捨てにするのはやめたほうがよさそうである。

 俺の方もルシファードを探すため、その場から移動した。

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