シェオゴラス城門前
光聖たち視点
橘の叱咤を受け、光聖が本隊を率いて右翼の救援に向かうことを決断した(結論だけ見ると一周回って右翼の味方と合流するべきという近衛の案に戻った)後、彼らは左翼の救援に向かった橘と樋浦の2人と別れ右翼に向かうべく進軍を開始したのだが、魔王ルシファードが右翼の戦場に現れたという情報が本隊に届けられる前に、後方の人間軍の司令部からの命令を届けに来たという1人の伝令が来た。
……その伝令が持ってきた人間軍の司令部の命令というのは、後から考えれば矛盾が幾つかあった。
だが、この時の光聖はその命令の内容を疑わず、シェオゴラス城に勇者だけで向かう決断を下す。
司令部からの伝令を名乗る人間軍の兵士から命令を受け取った光聖。
内容はこうである。
『右翼に出現した敵の増援は魔王の身辺とシェオゴラス城を守る最後の戦力であることが判明した。現在、フラウロス山脈並びにシェオゴラス城に障害となる魔族はなく、また後方の人間軍の増援と勇者の活躍により劣勢になりつつある戦況を立て直しつつある。魔王の身辺を守る敵の姿はなく、魔王ルシファードを討つまたとない好機である。早期の決着を目指すため、本隊の人間軍を右翼の救援に向かわせ、勇者殿らは魔王を討つべくフラウロス山脈を進みシェオゴラス城に向かわれたし。幸運を』
命令書を閉じた光聖は、内容を仲間たちに伝える。
ここに近衛がいれば冷静沈着な彼女は不審な点に気付いたかもしれないが、近衛は橘に言われた言葉がよほどショックだったらしくあの場にへたり込んでしまい、最終的に彼女を落ち着かせるためにと光聖が後方の予備戦力のいる陣まで下がるように言っていた。
……運の悪いことに、この場には日向、樋浦、橘、近衛と、光聖の勢い任せに進む直情熱血バカの暴走を諌めるもの、ブレーキが1人もいなくなってしまっていたのである。
こんな状況でこんな伝令が来れば、疑うことを知らない光聖はアクセルをフルスロットルにして止まらなくなるのは明白である。残る面々もアクセル役がほとんど、ブレーキがなければ暴走車両は止まれない。
左翼に向かった橘たちや、右翼で戦っている時津たちの安否が気になって仕方がない光聖は、魔族の王を討ち取り短期決着に持ち込むべく、この命令を受け取った。
「俺たちだけじゃない。この世界各地で戦う人類みんなのためにも、魔王ルシファードは一刻も早く倒すべきだ! 俺たちだけ、全速でシェオゴラス城に向かい、魔王を討つ!」
「私もそれが最善であると考えますわ!」
「魔王の方も余裕がない証拠よ。今なら確実に倒せるはず!」
「もちろん私も光聖君についていく。みんなで魔王をたおそ!」
光聖のアクセルをさらに踏み込ませる者はいるが、ブレーキをかける者はいない。
光聖のカリスマ性に心酔している人間軍の面々も、伝令と命令書だけならばおかしな点に気付いたかもしれないが、光聖がいくと言い放って仕舞えば誰も止める者はいなかった。
「では、我々はこのまま右翼に向かいまする! ご武運を、勇者どの!」
「我らの足に合わせる必要はもうありません。存分に戦ってきてくだされ!」
「みなさまの勝利とご帰還を右翼の戦場にてお待ちしております!」
こうして方針を決定した本隊は、光聖たち勇者のみが全速力で魔王などいない空っぽのシェオゴラス城に向かい、人間軍は予定通りに右翼の戦場に向かった。
その途中に同じく右翼の戦場に向かうベルゼビュート配下の魔族軍との遭遇戦に発展したことで、彼らは右翼の戦場に向かうことができなくなる。
この中央の本隊が駆けつけていれば右翼の戦場で時津と輪島の活躍により痛手を受けていた魔族軍はさらなる増援に耐えられなくなり撤退していたが、この偶然が右翼の戦場を互角の戦況に持ち込むことになった。
そして、光聖たちは全速力でフラウロス山脈を駆け上がっていく。
この山脈にもシェオゴラス城にも守備の兵力は残っていない。魔族軍はすでにベルゼビュートらを除く大半の戦力を右翼の戦場に投入していた。
この妨害がないことに城も空であるという情報を完全に信じ込んだ光聖たちは、超人的な速さを生かしてシェオゴラス城にたどり着いた。
……そして、シェオゴラス城の正門の前にたった1人で立っているここにいるはずのない人間軍の兵士と遭遇した。
「あれって……さっきの伝令?」
この世界の人間で、彼らと同じ東洋系の人種は珍しい。大半が元の世界に当てはめるとしたらヨーロッパにいる人たち、いわゆる白人に該当する人々ばかりだった。
全くいないということはないが、黄色人種の人間は珍しい。そのため、兜で顔の上半分は見えなかったものの見るからに東洋系の顔立ちをしていたその伝令のことは印象に残っていた。
シェオゴラス城の城門の前に道を塞ぐように立っていたのは、間違えなく先ほど別れたはずの伝令だったのである。
「なんで、あの人がいるのかな?」
「それ以前に、私たちよりも早くここにたどり着いている方が驚きですわ」
「なんか、怪しくない……?」
光聖以外の3人の勇者は、ここに来て不自然な目の前の人物の存在に不信感を抱く。
ようやく誘い込まれたということに気付きつつある彼らだが、1人だけ見当違いのことを考えているバカがいた。
「あの人……さすが伝令! 俺たち並みに足が速い人、この世界だと初めてじゃね!?」
「「「…………」」」
その底抜けの馬鹿さ加減に、3人は思わず白けた視線を光聖に向ける。
成績は優秀なのだが、変なところで天然というか、馬鹿な一面が目立つイケメン。
3人の冷めた視線に気づいていない光聖は、ピッタリのタイミングで3人分のゲンコツを後頭部に食らうこととなった。
「いってえ!? え?え? いや、何するのさ!?」
「うるさい、底なしのバカちん!」
「婚約者として恥ずかしいからですわ!」
「少しくらいおかしいと思わないの、お馬鹿!」
その様子を冷めた目で見ている明らかにラスボスが偽装してここまでおびき寄せました感を醸し出している伝令。
3人の鉄拳制裁が光聖を襲い、各々文句を言われて目を丸くしてまた罵倒される。
そこまできてから、伝令に変化が起こった。
「いつもいつも……ちょっと待って。何、あれ?」
最初に気づいたのは、玖内である。
その彼女の様子に気づいた光聖が振り向き、エイラと市原も伝令の様子がおかしいことに気づく。
腕組みをして仁王立ちしている伝令の足元に、まるで夜刀が扱う闇魔法のような暗い穴が開き、そこから暴風が巻き起こって一瞬4人の視界を塞ぐ。
そして、その風がおさまった時、そこに立っていたのは先ほどまでの人間軍の伝令……ではなく、禍々しい漆黒の全身鎧に身を包み、背中にはまるで生きているかのような赤黒く輝く脈打つ線が多数走るこれまた禍々しい外見をした薙刀を一振り背負っている、昨日彼らが戦った三元帥次席であるアポロアさえもまるで子供騙しだったように思えてくる、この距離ですら向き合うだけで気圧されてしまう強大な存在感を放つ1人の魔族が立っていた。
「あいつが、魔王……なの……?」
市原が言葉を漏らす。
もともと気が弱い彼女は魔族の平兵士ならともかく、アポロアと対峙した時でさえ気圧されて腰を抜かしていた。
それ以上の存在感を放っている黒甲冑の魔族が相手では、もう戦う前から戦意がくじけてしまっていた。
一方で、光聖たちはそれぞれ武器を構える。
「下がってろ、美冬」
「ノブリスオブリージュ。民を守るは貴族の務めというものです」
「適材適所。戦いは私たちに任せて、美冬はサポートして」
「み、みんな……ごめん……」
市原を守るように、3人は黒甲冑の魔族と対峙する。
その背中に勇気をもらった市原も、再び立ち上がった。
まだ恐怖心は拭いきれていないようだが、立ち上がってくれたなら共に戦う仲間。サポートしてくれると、3人は確信している。
光聖は腰に下げた女神に与えられた聖剣アルフレードを鞘から抜いて、その切っ先を黒甲冑の魔族に向けた。
「変装とは小癪な手を使うな、魔族! お前たちの悪行もここまでだ。この女神アンドロメダに聖剣を授かった勇者、天野 光聖が自ら討ち取って–––––––」
「長い。先手必勝、これでもくらえ!」
だが、格好つけた口上は玖内に遮られた。
空間の属性魔法を操る彼女が、不可視の刃を魔族に飛ばす。
「ちょっと!?」
光聖が突っ込むのも虚しく、御構い無しに放たれた刃は魔族にあたり……
幻のように消え去った。
「さすがはラスボス。ミス・サーラの魔法程度歯牙にも掛けない様子ですわね」
「エイラあんた喧嘩売ってんの?」
「わわわ! 喧嘩はやめてよ〜!」
緊張感に欠ける節もあるが、これが勇者たちの平常運転。
一方で、その様子を兜で表情の伺いしれない魔族はしばらく眺めていたが。
その間、天野 光聖が警戒をしており、容易に攻めかかってはこられない様子だった。




