最強最後の三元帥
ベルゼビュート視点
右翼の戦場で勇者たちがそれぞれの敵将と激突していた頃、左翼の戦場でもまた女神アンドロメダに召喚された勇者と魔族軍の将が対峙していた。
死屍累々。
左翼の戦場は、そう表現するのがふさわしい惨状が広がっている。
中央の戦場から若干の距離があり、さらにはフラウロス山脈の中でも特に登りにくくシェオゴラス城への距離も遠いため、戦況に影響を与えにくいからと、ここには魔族と人間も多くの戦力は割いていなかった。
だが、今日になって突然、前触れもなく増援としてシェオゴラス城からきた魔族が、膠着状態に近い戦況となっていたこの戦場をひっくり返した。
「……雑兵ならば所詮はこの程度、ですかな」
人の形を模した巨大な蝿。
そう評するのが相応しい外見を持つ、異形の姿をした魔族。
三元帥筆頭ベルゼビュート。
個人の戦闘能力ならば魔王ルシファードをも上回るという、魔族軍の最高幹部である三元帥筆頭、ルシファードが信頼する最強の魔族である。
ベルゼビュートは左翼の戦場に降り立つと、突然の最強の魔族の襲来に混乱しながらも立ち向かってきた人間軍を圧倒し、ベルゼビュートに唯一勝てる見込みがある勇者たちのいる中央の本隊に救援を求めるために離脱した1人の伝令を除き、わずかな時間で左翼の人間軍を全員地に倒れさせた。
息切れの一つも起こしていないベルゼビュートの周囲には、大量の人間軍の兵士が倒れている。
息があるものも少数ながらにいるが、その大半は骸と化していた。
左翼の戦場を単騎で平らげたベルゼビュートは、勇者がこの戦場にあらかじめいる可能性も考慮し念のために連れてきていた増援の魔族も含め、この戦場の魔族の兵を全てフラウロス山脈を経由し反対側の戦場に向かわせた。
シェオゴラス城の守備軍と魔王ルシファードも含め、魔族の最強戦力であるベルゼビュートを除いた全軍が、人間軍の右翼の戦場に集結している。
全軍を見れば当初こそ人間軍が魔族軍の3倍に匹敵する数の差があったが、この魔族軍の展開により右翼の戦場では人間軍を数において魔族軍が上回る戦況が完成したのである。
その上左翼の戦場はベルゼビュートが平らげ、人間軍は壊滅している。
中央の本隊と後方の予備戦力は勇者を含めて無傷ではあるが、ゴエティアを退けたとはいえ右翼の戦況は魔族側に完全に傾いており、救援に中央の本隊と後方の予備軍を向かわせている人間軍は、駆けつけた順にどちらの軍勢相手にも数で勝っている魔族軍にそれぞれ各個撃破されてしまうだろう。
勇者は左翼の戦場を見捨てることもできないし、ベルゼビュートを倒すために勇者たちが必ず左翼の戦場にも送られる。それにより女神の戦力は次々に分断されていく。
中央軍の迎撃を無視しあえて本隊の前には戦力を配置せず、シェオゴラス城を空にしてまでも戦力をかき集めて展開した魔族軍による両翼の各個撃破戦術。
赤城の提示したこの作戦は、それまで戦線の後退を続けてきた魔族軍の戦況をひっくり返して見せた。
ベルゼビュートの役目は左翼軍の撃破と勇者の陽動、そしてここに救援に来るその勇者の足止めとなっている。
さらに赤城は戦況をひっくり返し、人間側の最強戦力である勇者たちのリーダー、天野 光聖を仕留めるためにさらなる手を用意し既に打っていた。
「……来ましたね」
ベルゼビュートがこの戦場に急接近する気配を感じ取る。
ここに真っ先に駆けつけるであろう異世界人は、彼らの中で最速の移動手段を持つ光の属性魔法を操る勇者。
空から降り立った閃光は、内より光り輝く金色の鎧に身を纏う1人の少女。
「……やはり、あなたが最初に来ましたか。勇者ナツキ」
「もう、1人もあなたに殺させません。ここで必ず倒して見せます、ベルゼビュート!」
魔神の送りし異世界人の赤城から決して殺してはならないという協力に際する絶対条件の対象となっている勇者である。
光の属性魔法に加え、本来は女神の加護を受けた異世界人でも例外なく授かる属性魔法は一つに限るという常識を覆し聖の属性魔法をも駆使するこの勇者は、決して弱くない。
むしろ属性魔法がほぼ効かないベルゼビュートでなければ、魔王ルシファードでさえも一対一となると負けかねないほどの強者である。
だが、魔王軍最強最後の三元帥は違う。
「私の名をご存知とは–––––––」
「問答無用!」
日向の手に集約された光の玉から、巨大な光線が放たれてベルゼビュートに直撃する。
回避も防御も取れない、見えた時は既に直撃している光魔法の攻撃。
だが、もとより交わす必要さえないベルゼビュートは、無傷でその場に立っていた。
「……なかなかの威力、ですね」
「そんな……!?」
「私の属性魔法に対する耐性は、この世界においては最も強い部類のものだと自負しています。いくら勇者といえど、私に女神アンドロメダの授ける魔法が効くとは考えない方がよろしいでしょう」
「まだです!」
ベルゼビュートは動こうとしない。
もとよりこの光の属性魔法を駆使する勇者は、速さにおいて他の追随を許さない。
光の属性魔法はその速さを最大の武器としている。
日向は光を今度は剣の形に集め、その光の剣に宿る熱と速さを持ってベルゼビュートを切り裂かんと肉薄する。
だが、光の刃は反撃も回避もせずその場に立ったままのベルゼビュートの体に触れた瞬間、瞬く間に消えてしまった。
「はあっ!」
だが、それでも日向は立ち向かう。
光が消されても、まだこの異世界人としての超人的な身体能力と光魔法によるスピードという武器がある。
拳を握りしめて、ベルゼビュートの頭に殴りかかる。
だが、それさえもベルゼビュートはかわすこともせずに受け、そして無傷で容易に止めて見せた。
「うそ……!?」
光属性の魔法もまとわせ、光の速さで殴ったのである。
拳そのものが与えられた速度により強大なエネルギーを持つはずなのに、それが全く効いていない。
自身よりも圧倒的に巨大で重いミノタウロスの魔族の時は木っ端微塵にして吹き飛ばした攻撃を、細身で貧弱そうな蝿の姿をしたベルゼビュートには全く効いていないことに驚き、日向の動きが止まる。
そして、その一瞬の隙にベルゼビュートは日向の手首を掴んだ。
「捕まえました」
「しまっ–––––––」
すぐに抜けようとしたが、ベルゼビュートの力のせいか、属性魔法が使えない。
ベルゼビュートはもう片方の手を日向の口に伸ばし、口と鼻を塞ぐ。
「…………!」
抵抗しようとするが、日向の力でもベルゼビュートのでは全く解けない。
その上、ベルゼビュートの手からは、何かとても甘い香りが漂ってくる。
それは日向の塞がれている口と鼻から入っていき、彼女の意識を奪っていく。
(ま、まずい、意識が……!)
抵抗虚しく、日向はやがて意識を失い、抵抗をやめた体から力が抜けて腕が垂れ下がった。
それを確認したベルゼビュートは、傷つけないように丁寧に日向を抱える。
「さて、私もルシファードの方に向かうとしますか……む?」
あとは彼女をシェオゴラス城にいる赤城のもとに届けて、そのままルシファードたちと合流する。
動こうとしたベルゼビュートだが、しかしさらなる増援が到来したことに気づき、視線を上げる。
それは巨大な木の根であった。
それが中央の戦場から人の足をはるかに上回る速さで伸びてきた。
そして、その巨大な木の根から2つの人影が飛び降りてくる。
「夏希ちゃん!」
「夏希さん!」
降り立った2人の新手の勇者は、ベルゼビュートが日向を連れ去る場面に間に合い、ベルゼビュートが日向を連れ去ろうとしている姿を見るなりすかさずこちらに向かってきた。
「この蝿ヤロウ、その子を放せ!」
橘を名乗る勇者たちの中で最高齢(19歳)の勇者が、自身の扱う木の属性魔法の産物である移動手段に使われていた根をベルゼビュートに伸ばす。
普段ならばベルゼビュートは遠慮なくその手に抱える勇者を盾にするところだが、日向に関しては赤城から決して死なせないようにという協力に際する条件に該当する対象である。彼女を死なせるようなことがあれば協力はできないことについては、彼と契約を交わした魔神クテルピウスからもあらかじめ聞いている。属性魔法を扱う勇者相手には、聖剣アルフレードを授かる光聖以外ならば相性の面において優れており確実に無力化による勝利が叶うベルゼビュートがこの左翼の戦場に立ったのも、彼女1人を誘い出し早い段階で捕えるのが目的の1つであった。
そのため、今回は彼女をかばうように属性魔法を受け付けぬ己の体を盾にしてその木の根の攻撃を防ぐ。
木の根はベルゼビュートの身体に触れた瞬間、幻のように触れた箇所からその体を貫くことなく消えていった。
「先輩、夏希さんにも当たっちゃいますよ!」
「ッ!」
問答無用で攻撃した橘を慌てて樋浦が止める。
橘は舌打ちをし、その先端部が大きく消し飛ばされた根を下げた。
「ふむ……」
ベルゼビュートは日向を抱えたまま、予想以上の釣果に思案を巡らせる。
魔神クテルピウスの信頼を受けてこの世界にたった使徒殿である赤城ならば、おそらく勇者を率いる光聖たちに勝てるだろう。
ベルゼビュートの役目は日向を戦場から遠ざけて確保し、この地に来る勇者たちを可能な限り足止めすることである。
問答無用でいきなり攻撃してきた橘を相手とする場合はできれば日向をシェオゴラス城へ先に届け安全を確保したいが、もう1人の勇者である樋浦は橘を慌てて止めたりと日向の安全を考えているようである。
日向を人質にすれば、ここで勇者2人を釘付けにし女神の戦力をさらに分断できるだろう。
「それが最善策ですね」
方針を定めたベルゼビュートは、2人の新手の勇者と対峙した。




