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巡りの始まり 1

 窓の外から日が差し込んでくる。朝なのに随分と強い日差しだ。


 あまりにも眩しいそれから自分の頭を遮るように布団を手繰り寄せて頭からかぶった。まだ眠い。今日は二度寝の気分なので今から二度寝を堪能しよう。そうしよう。


 ドンドンドンドン!!


「エリス!!お前いつまで寝てる気だ!!」


 五月蝿いその音に完全に目が覚めた。せっかくの気分が台無しだ。自分の眉と目が近付いていくのが分かる。

 返事を返さないでいたらまたドアが叩かれる予感がした。


「ふぁい、起きましたよ〜」

「ん、よし。じゃあ下に降りてるから早くこいよ」


 答えればドアを叩く音と怒鳴り声が止んだ。そして一言言い残すと、その言葉通り扉から離れて行くユーリの靴音が聞こえた。

 全く、世話焼きなのも考えものだな、なんて思いながらしぶしぶと体を起こす。

 うう、枕ちゃんまた後でね。


 ユーリが部屋に入ってくるではなくドアを叩いて私を起こしたのは互いの部屋に入るようになったらそのうち他の人と相部屋になった時にその癖が出てしまうと困るからという理由から。一人一部屋じゃないからね。

 ここにやってきた日に(連れてこられた日に)入っちゃダメよ!と口酸っぱく言われた。


 するとユーリは何故かその次の日から私をドアを叩いて起こすようになった。記念すべき初日に放った一言は『お前、部屋が分かれたからって起こされないと思うなよ!!』だ。全く、どうしてバレたのやら。


 家にいた時は物理的に叩き起こされていたからようやく満足いくまで寝れると思ったのに。


 私が自力で起きるようになるよりも早くドアが壊れるんじゃないだろうか。

 心配だわー。私、一緒に謝ってやんないからね。


 枕と布団をベッドに戻してから立ち上がり、伸びをする。


 んー、床で寝るのは慣れているけど起きる度に身体がバキバキいうんだよなあ。

 寝相が悪くてベッドから落ちるのは不可抗力なんだから体が痛くなるのは本当勘弁してほしい。


 備え付けの洗面台で顔を洗う。まだ朝は寒いこの時期、冷たい水は瞬時に頭を覚醒させてくれる。


 洗面所から戻り昨日のうちに用意しておいたシャツワンピに腕を通し、短パンを穿く。そして適当にベルトを腰に巻きつけた。ちょっとずり落ちてくるけど気にしない。どうせ後でユーリが直してくれるんだし。


 ドアの前で靴を履いて一階へ行くために階段を降りていれば食堂の方からいい香りがした。それに反応するように私のお腹の虫がぐうう、と音を鳴らす。それはもう盛大に。


「あれ、ユーリがいない……」


 そこまで広くもない食堂を見回すがどの席にもユーリはいなかった。先に教室に行っちゃったかな。


 ………まあいいか。


 私は配膳台から適当に食事を取り分ける。料理はパンやスープ、果物類のデザートが食べ放題形式で、その他のメインは既に皿に盛られて配膳台に置かれている。


「……」


 もくもくとパンを口に運びながら外に目を向けた。うん、今日もいい天気。


 この食堂は屋敷の一角から飛び出たような形をしており、四分の三の壁一面がガラス窓になっている。そして更に天井は全部ガラス窓という豪華さ。


 外から中は見えないようになっているんだけど、中からは外がよく見えるのでとても開放感ある造りになっていた。


 あ、鳥が飛んでる。あれって食べられるのかな………朝だけどお肉が食べたくなってきた。もぐもぐ。







「……」

「おはようユーリ」


 公爵邸に来て一ヶ月。


 教室に入れば私の姿を確認したユーリから溜息が漏れた。


 しかしそんなことは気にせず私が側に近付くと腰に巻いてあったベルトの道具入れから櫛を取り出し髪を梳かしてくれる。

 その手つきはもう慣れたもので、さっさと梳かし終えると次はシャツの襟を直し最後にベルトを締め直してくれた。


 これをぱぱっと一分もかからずにやってくれちゃうユーリは本当に手際と面倒見がいい。昔から私とジルバールの面倒を見てくれていたからか(見られている自覚はある)、それともそういう性分なのか。


「殿下おはよう」

「おはよう」


 ユーリの後ろの席に腰を下ろしている少年に挨拶を済ませる。無愛想にそう返す彼は私が「殿下」と呼んだように王子様である。


 ギュスターグ・オーギュステン・ビイア。この国の第二王子様。金の髪に緑色の瞳を持っていて、お話に出てくるような見た目なんだけどその性格は無愛想。お話の中のようにキラキラな笑顔を振りまいたりはしない。というかほぼほぼ無表情。言葉足らずな節があるけど本人に悪気がないのはこの二週間で理解してるし、けっこういい人だ。


 ユーリが私の姿を見て溜息を吐いたのはこの教室にいるのが身内だけじゃないから。私達しかいなかった時は溜息を吐くことなくテキパキと直してくれてたんだけど王子達がやって来た次の日の朝は頭を抱えてた。まあ直してもらったけど。


 もうお母さんだよね。一家に一人お世話係ユーリ君、てね。


 今日も相変わらず黒で統一されたカッチリとした服の王子様。似合ってはいるんだけどここには平民が二人と貴族様っていっても女男一人しかいないんだからもう少し肩の荷を下ろせばいいのになあ、と毎日思ってる。


 と、その時私の顔目掛けてチョークが勢いよく飛んできて、スコーン、とこぎみいい音を私の額と奏でた。額から机の上に落ちコロコロと転がったチョークは机から落ちる寸でのところで止まる。


「……」

「ああ、すみません。ついイラッときたもので」


 心の声でも読まれたのか、と疑ってしまうのも致し方がないだろう。だって口に出してないし。


 チョークを拾いに来た奴……こいつは私がもう二度と会いたくないと思っていた男である。あの図書館で初対面の私に向かって「先程のような呆けた顔をしていると不細工になりますよ」って言いやがったあの奴。

 小奇麗な身なりをしているとは思ったが本当に貴族、それもけっこうな大物だったとは。


 ヴァンサン・アルバンケール、それがこいつの名前。「剣の家系」の次男坊で、私の敵だ。


 二週間前の朝、ユーリと共に教室へ行くと見知らぬ男の子が二人いた。だが前日に女公爵様から「明日から王子様達も来るわよ〜」と言われていたので別段驚くこともなく済んだ。ちょっとワクワクしてたくらい。


 最初が肝心というし、これから六年間一緒に過ごすことになる仲間なんだから仲良くしよう、と思った私は自己紹介をしようとした。けれどなんとなく既視感を感じ、金髪少年の横に佇む黒髪の少年から目を離す事が出来なかった。


 どちらかが王子で、どちらかが他の家系の公爵子息。けれどどちらとも顔を合わせたのは今日が初めてのはず。


 同い年くらいの黒髪で貴族の、ましてや他の家系の男の子の知り合いなんていないし、と首を傾げながらその男の子をじっと見つめた。


 黒髪に今まで見た事がない恐ろしいほど整った顔。服装から女の子ではないことがかろうじて分かるがその中性的な顔はよく見なくても女の子に見えてしまう。

 ドレスでも着たら絶対男だって分からない……ん?黒髪黒目の中性的な顔の男………。


 いやいやそんな馬鹿な。この間の奴はどう見ても年上だった。あんなデカイ十二歳がいてたまるか。そうそう、あり得ないあり得ない。そういえばどことなく似てる様な気もするし……。あ、もしかしたらあいつの兄弟とかなんかかな。……それもなんか嫌だけど。でも他人の空似という可能性も捨てきれない。


 頭の中で一人自己完結しておきながらも眉間に皺を寄せてじろじろと自分を観察する私。すると男の子は何を思ったのかニッコリと綺麗な顔に綺麗な笑顔を浮かべて、こちらに向き直る。


 おお、笑い方さえそっくりだ。これはいよいよ血縁の線が濃くなってきたかな。


『そんな顔をしていたら今度こそ不細工になりますよ?』


 この言葉は今までの憶測を吹き飛ばすには充分な威力を持っていた。

 つまりその言葉を聞いて奴だ、と確信したのだ。

 血縁でも他人の空似でもなんでもない。正真正銘の本物。顔はいいが中身は最低の私が図書館で出会い、たった一回きりの対面で私の中でクズにまで成り下がったあの男だ。


 だからか、私はその言葉に怒るよりも先に純粋な疑問が口をついて出ていた。


『なんでチビになってるの!?』


 一瞬だが、その笑顔が凍ったのを私は見た。



 その日から彼らとは同じ教室で勉強を習い、共に過ごすことになったのだが、例のクズで女顔で初対面の女の子に向かって暴言を吐く最低クソ野郎と私がいがみ合う仲になるまでさほど時間はかからなかった。私としてもこんなに馬が合わない奴は初めてで、多分奴もそうなんじゃないかと思ってる。


 こいつが言うには変身魔法というもので十二歳の頃の姿をとっているから見た目がこの前と変わっているらしい。


 ご丁寧にもあのチビ発言が癪に障ったらしい女男は一度私の頭を叩きそれに怒って叩き返そうとした私の顔を片手でおさえ手の届かない距離を保ちながら説明してくれた。同い年の見た目なのに私よりも若干、本当にちょーっとだけ背が高いのがまたムカつく。


 なんでそんな変な事をしているのかとユーリが問えば『この子みたいな馬鹿で野生児なチビは周りに常に年上がいたら警戒してしまうでしょう?』と言っていた。

 そしてそれで『なるほど』と納得したユーリが意味わからん。


 よくうするに年下を萎縮させない為の配慮って事だそう。

 しかし言い方が何とかならないのか。


 まあ、でもよく分かったのは馬鹿にされた、ってことだった。取り敢えずその時は手が届かなかったので罵詈雑言で言い返しておいた。私の手が短くて届かなかったんじゃなくて、奴の腕が長すぎるから届かなかったのだ。そこのところを勘違いしてはいけない。


 そしたら『こら、辞めなさい』とユーリに私が注意されてしまった。理不尽。

 ちなみにこいつが私を野生児と呼ぶ理由だが、『言動がまるで野生児のようだから』『どう見ても野生児にしか見えないから』とかそのまんまの理由。

 ふざけてやがる。一回目ん玉か脳みそを入れ替えてきたほうが良いのではなかろうか。なんなら私がそれ等を引きずり出してやってもいい。村でも見た目だけはか弱そうで大人しそうな女の子だと(見た目だけというのも些か酷い言われようだが)言われていた私のどこに野性味が溢れているというのか。


 見た目だけはいいけど性格最悪な女の敵(勝手に決めた)だから女の子にはさぞモテないんだろう、と思っていたのに女公爵様に『いつ拝見してもお綺麗な姿のままですね。いえ、益々綺麗になっていくとは羨ましい限りです』とかなんとか言っていた時には誰だよお前!?とツッこんでしまった。私との態度の差。いやあんな気持ち悪い鳥肌が立つような言葉をかけられても困るけど!困るけども!


 腹が立ったので私は奴を女男と呼ぶことに決めた。これ以上こいつに似合う言葉もないと思う。我ながらいい仕事をしたよ。

 本人に向かって口に出すと頭蓋が割れそうになるけど。


 まあそんなこんなで女の敵から私の敵に立場を変えた奴は今勢いよくチョークが当たって赤くなっているであろう私の額をじっと見ている。

 反射で背を反らしそうになったがびびってると思われたくないのでなんとか踏ん張る。


 なんだ、と思っていたら「傷、治ってきたんですね」と呟いた。


「?それがどうかしたの?」

「ええ、重大な危機です。」


 なんだそれは。

 ごくりと喉が鳴る。


「せっかく面白い顔になっていたのに非常に残念ですね」

「……」


 本当に残念そうにその整った眉を下げながらそう言い残し、チョークを戻しに黒板の方へ向かっていく奴の背中に気がついたら叫んでいた。


「いつか絶対泣かしてやるこの女男!!」


 覚悟してろよ!


 瞬時にもう一回チョークが額に命中した。しかもさっきとまったく同じ場所。


 ユーリは我関せずとばかりに王子と本の話で盛り上がっていた。



次回五月二十九日二十一時更新です。

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