表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LAST SUMMER  作者: 坂道 陽
2日目
2/3

平成の次の元号って!?

翌日、朝目を覚ますと、なんだか周りからいい匂いがするので、思い返してみると、昨夜は茜が終始この布団の上にいたので、彼女の残り香の様だと納得した。しかし、よく目を開けて脇を見ると、そこには茜が立っていた。どおりでだ。

「ちょっと紫苑!早く起きないと遅刻するよ」

そういうと、茜は僕の上に被っている布団を剥がそうとして来た。これは不味い。僕は今すぐには布団を出られない。朝の男の性だった。

「ちょっと、ちょっと、あかねちゃん。ちょっと待って」

つい、昔からの癖であかねちゃんと呼んでしまった。しかし、茜は慣れっこなので、今更特に何も言っては来ないが、必死に布団を剥がしにかかってくる。昨日の事を根に持っているからなのか、時間的にホントにヤバイのかは謎だ。

「もう、子供みたいに駄々こねて無いで、早く~」

布団を剥がされたら、大変なことになってしまう。僕は、夏の習慣的で、ボクサーパンツ一丁で寝るていたので尚更タイミングが悪い。

「どちらかと言うと、大人の事情だからほっといてくれ」

「訳の分からない事言ってないで、早く、起きろ~!」

その瞬間茜は、勢いよく僕の被っていた毛布を奪い去った。そこには、パンツ一丁でテントを張った僕がいた。それをまじまじと見て、茜は目を丸くし、事態を把握した。

「キャ~~~~!」


その後、玄関で待たせておいた茜と一緒に、通学路を歩いていた。

「なんで、俺がお前にビンタを喰らわなきゃならないんだよ」

先ほどの悲鳴と共に、僕は思い切り平手打ちを食らったのだ。

「アンタが、変なもの見せるからでしょ?」

「ダメだって言ったのに、無理矢理見たくせに!」

あんな恥ずかしい姿を女の子に見られるなんて、もう死にたい気分だ。

「紫苑がちゃんと説明しないからでしょ?」

茜はまだ、ぷんぷんしている。

「なんて説明するんだよ!あの状況を」

「だから......なんて言うか......」

あの光景を頭の中でリピートしてしまったのか、茜は顔を赤くして黙ってしまった。

「だから、なんだよ?」

ちょっと虐めたくなってきた。

「だって、あんなにおっき......」

と言ってまた顔を赤らめた。

「茜、お前ってかわいい所あるな」

僕がそういうと、茜は、顔をクシャクシャにして僕の肩当たりを無言で、軽くポカポカ叩いてきた。

ふと、茜は左手首に巻いてある、赤い皮バンドの小ぶりな時計に目を落とした。

「あっ、こんなにゆっくり歩いてる場合じゃなかった!走るわよ」

そう行って、僕の手を握ると急に走り始めた。茜に引っ張られる形で走り出したので、一瞬、転びそうになってから、ダッシュし始めた。なかなかの全力ペースで走る。朝食を抜いた僕にはちょっとばかりキツいペースだった。

校門の前に着くと、二人は中越しになって息を整えた。

「ハァハァハァ……」

腕時計に目を落とすと、五分前だ。確かに、歩いていたら間に合わなかったかもしれない。中学生まではソフトボール部のエースだった茜の判断力に感心した。

「おはよう、朝から熱いわね」

そう言って声を掛けてきたのは、生徒会長の加奈だった。僕たちが到着した時、既に校門の内側に立っていた。

「あっ、おはよう。今朝はそこまで暑いって感じじゃないけど、全力で走ってきた僕たちは、かなり暑いよな?」

「そうね、紫苑が起きないから、ちょっと朝から無駄に汗かいたわ」

会話を聞いていた加奈が口を開いた。

「熱いのは、アナタたちの事よ。まさか、手を繋いで登校して来るなんて、驚いたわ」

「あぁ、あついあつい」

加奈は、わざとらしく、棒読みで言った。言われても仕方ない。確かに手を繋いでいたのは事実で、一番見られたくない相手に見られてしまった。

「嫉妬してんの?」「たまたまだよ!」

僕と茜は、同時に発言していた。おいおい、挑発しないでくれ。

「言うに事欠いて、まさか一緒に寝ていたの?」

やはり、茜の言った事をちゃんと聞いていた。

「そうよ!」「まさか!」

またもや同時に言ったせいで、僕の発言がかき消される。しかし、加奈は、毅然とした態度で

「そんな事より、目前で遅刻するわよ」

と、心のこもってないトーンで言った。まさか、軽蔑されたかもと、僕は内心穏やかではない。しかし、遅刻と聞いて焦ってしまった。

「早く行くわよ!」

と茜の一言で、その場から校舎まで一気に駆け出した。

下駄箱で一旦、上履きに履き替える。

「お前は、加奈に誤解されるような事を言うなよ」

先ほどの発言に対して、僕は異を唱えた。二人は、上履きを履くと、その先にある階段を一気に駆け上がった。僕たちの教室は4階だった。

階段を上がる最中に茜は

「だって、一緒に寝たじゃん」

と言った。そのまま、四階が見えてきた。

「バカ!それは昨日の事~!」

階段を上りきると、すぐ横の教室に僕らは滑り込んだ。間一髪。ギリギリ間に合った様だ。

三年五組、ここが僕たちの教室だ。ミステリー研究部の部員で、同じクラスなのは、茜の他にゴンがいる。

僕の席は、窓側から二列目の後ろから二番目。茜は、廊下側から二番目の前から三番目。ゴンは僕の後ろの席だ。

席に座ると、担任の逆井が入ってきた。おカッパ頭に色眼鏡をかけていて、独特のイントネーションで喋る先生だ。専門は世界史で、野球部の顧問をやっている為、いつもジャンパーを着ている。

逆井は入室するなり

「諸君、おはよ~う!今日も元気にハッスルしてるかい?」

と謎のテンションで皆に挨拶した。これが日課だった。

「では、ホームルームを開始する~よ!」

逆井が言うと、日直の北山が号令をかける。

「起立、礼、着席」

逆井は、普段から孫の手を持ち歩いている。背中をボリボリかくアレだ。孫の手の柄の部分には、ゴムのゴルフボールが付いていて、考え事をすると、ゴルフボールの部分で、自らの肩をトントンと叩いている。また、野球部の顧問をやっている為か、この孫の手をバットに見立てて素振りをしている。かなり変わったタイプの教師だ。逆井は、素振りをしながら、話を始めた。

「まず最初~に。昨日の職員会議で、本日から正式に通達す~る様決定が下った事案について話す。もう、噂にはなっているやもしれな~いが、本校の一年生の生徒が行方不明になっているという件だ。行方不明になっている生徒は1年4組の生徒で、小林達也君という生徒だ」

昨日、ゆき姉の歯切れ悪い反応を思い出した。逆井がここまで話しをすると、ひとりの生徒が挙手をしていた。学級委員の渡辺だ。

「なんだ?渡辺」

逆井が気づいて彼の方を見ると、渡辺は立ち上がり、話しを始めた。

「ちょっと気になったのですみません。その小林君は、いつから行方不明なんでしょうか?」

すると、逆井は手で座って良いという合図を送り、質問に答えた。

「3日前の、放課後からの様だ。当初、彼のご両親は、ただの夜遊びで翌日になればフラリと帰ってくるであろうと考え、事件性は無いと見ていたのだが、昨日になっても帰って来なかったため、学校と相談の上、捜索願を警察に出したという流れだ。なので、諸君も何か知っていることや、目撃した場合は、速やかに担任んであるところの私まで報告をお願いしたい」

すると、

「おぃ!」

と背中から小声で呼ぶ声が聞こえた。

僕の後ろの席のゴンだった。

「やっぱり、うわさ通りだったな」

そのままの小声で僕に向かって話しをしている。

「その様だな」

ホームルーム中なので、僕は半身になってゴンに返した。

「お前、昨日トンボと寝たのか?」

唐突にゴンが昨晩の話しを振って来たものだから

「バカ!そんなんじゃねぇよ!」

と普通のトーンで返してしまった。

静まり返っていた教室に僕の声が響いて、一瞬周囲がザワザワとした。それに気づいた逆井は、

「お前たち、何か知っているのか?」

と僕に向かって聞いて来た。

「いえ、なんでもありません」

僕は、仕方なく逆井に返した。そして、ゴンの方に振り返り、

「なんでその事知ってるんだよ!」

と今度は、ヒソヒソ声で話した。

「さっき教室に入る前に、お前たちのやり取りが聞こえて来たもんだから」

ゴンは小声で答えた。階段でのやりとりを聞かれていたらしい。壁に耳あり障子に目ありだ。あとで、ちゃんと弁明しておかなければ。しかし、なんで弁明すれば良いのだろうか。

そうこうしているうちに、逆井は諸々の話しを終え、ホームルームは終了した。

ホームルームと授業の間には小休止がある。すると、茜が僕の席に寄ってきた。

「ねぇねぇ。やっぱり誘拐かな?それともただの家出かな?」

僕とゴン二人に話を振ってきた。

「どうだろうな」

と僕が答えると

「もしかしたら、神隠しってやつかもよ」

とゴンが突拍子も無いことを言った。

「さすがに、この現代社会で神隠しはないだろ」

僕はそう答えた。

「いやいや、日本人の年間行方不明者の数知っているかい?」

と、いつになく真剣な面持ちでごんが言う。咄嗟に僕は

「う~ん。5000人くらい?」

と答えた。

「年間約8万人だそうだ。一日に換算すると毎日の様に200人以上の人々が居なくなっているんだそうだ」

「エライ数字だな」

「しかし、落ちを言ってしまえば、そのうち98パーセントくらいは発見されている」

ゴンの話を聞いて驚いた。

「じゃあ残りの2パーセントは?」

と茜が質問した。

「そうだ。残りの2パーセント。1700人ほどは、行方不明のままらしい」

「それでもそんなにいるのか?!あながち、神隠しって話も満更でもないのかもしれないな」

「それにしても、その一年生。早く見つかるといいね」

茜はそう言って少々心配している様な表情をしていた。

すると、一時限目の開始を伝えるチャイムがなった。今日の一時限目は、物理だった。


放課後、全ての授業が終わると、いつもの様に僕らは部室に集まっていた。

僕のクラスは、5時限目が体育の時間だったので、茜はまだ来てはいない。

それを見計らってか、ゴンがホームルームの話題をぶり返してきた。

「で、昨夜の話しを詳しく」

彼はそういうとなんだかニヤニヤしている。

「いや、あれは不可抗力というか、たまたま一緒にベットに横になっただけであって......」

中途半端に事実を述べたことを後悔した。

「ふぅ〜ん。たまたまねぇ。たまたま、一緒にベットには寝ないよなぁ。それで、たまたまそのタマタマを使ったワケ?」

つまらないダジャレを含めて、僕の下半身に目線を送ってきた。

「そんな事するはずないだろ!ちょっとした事故だよ!事故!」

するとそこへ、遅れてやって来た茜が入ってきた。

「なになに?さっきの行方不明のコの話?」

最後の事故の件だけが耳に入ったのか、今朝のホームルームでの話題を振ってきた。

「そうそう!もしかしたら、事故にでもあったのかもと話していたところなんだ」

とっさに僕は、話しをすり替えた。ゴンは、それを見て爆笑している。茜は、「なになに?何が可笑しいの?」と疑問に思っているようだ。

茜が来た事で、全員が揃ったので、昨日の議題の続きを話し合う事になった。今日は、ゆき姉は既に来ている。


「では、昨日の続きを始めましょう」

ゆき姉が、最初の仕切りをする。

「私、ちょっと調べて来たわ」

話しを最初に切り出したのは、マシリトこと鳥島だった。彼女は、インターネットで情報を収集して来た様だ。

「新しい元号に関する書き込みをしている人物は複数いるわ」

マシリトはそう続けて言った。僕も、そこまでは調査済みだったが、新たな情報があるかもしれないので、黙って聞くことにした。

「とりま、調べた情報をプリントアウトしたので、目を落としてちょうだい」

そういうと、白いプリンター用紙に文字が出力されたものを皆に配った。

「鳥島さん、さすがだわ」

ゆき姉は、マシリトの几帳面さと行動の素早さに対して敬意を表している。


用紙の内容はこうだ。

2013年10月頃出現

2058年から

未来人原田氏

安始


2015年3月頃出現

2047年から

未来から来たジジイ氏

次の次の元号は旺星


2015年8月頃出現

2038年から

無名

2024年から新安


2015年8月頃出現

2125年から

俺氏

昭和→平成→1つ飛んで平米→源西


2015年9月頃出現

2034年から

無名

平成が安迎


2015年11月頃出現

2066年から

埼玉未来人さん

タイムパラドックスが起こる為言えない


2016年2月頃出現

2041年から

2041年からのタイムリーパーさん

元号は「栄安」で2019年に変わる


2016年3月頃出現

2016年の並行世界から

並行世界から来たさん

彼の世界では、明治以降は明治ではなく、導郷どうごう空穏くうおん安流あんりゅう泰平たいへい


2016年5月頃出現

2116年から

首都直下型地震がいつ起こるか伝えるために来たさん

平成元年(1989)~平成35年(2023)、 安久元年(2024)~安久43年(2066)、 静天元年(2067)~静天48年(2116)


「ざっと調べたところ、未来から来たと語っている人物は9人。他にも居たのだけれど、信憑性があまりに低い人は省いているわ。ちなみに総勢60人近くの自称未来人がいたのよ」

とマシリトは付け加えた。

「えっ、こんなにいるの?意外なんだけど!」

そう言ったのは、茜だ。

「しかし、信憑性って意味じゃどれも五十歩百歩って感じもするな」

シャアの発言に、それ来たとばかりにマシリトは説明を始めた。

「そう焦らず、取り敢えずって言ったでしょ。まずは簡単に説明をしていくわ。では、上から順に、2013年10月頃にネット掲示板に現れた『未来人原田氏』 彼は2058年から公安庁の極秘任務によりタイムマシンで来たと言う事で。そしていくつかの発言の中で、平成の次の元号は『安始 』である事を明言しているわ。しかし、いつ変わるかまでは明言していない。次に、2015年3月頃に現れた『未来から来たジジイ氏』なる人物 。彼は、2047年の未来では70歳であったのだけれど、目が覚めたら38歳の頃の時代に戻っていたという事。彼の話では、次の次の元号は『旺星』になると言っているわ。注目すべき点は、私たちが求めている次の元号には言及していないというところ。次は、2015年8月頃に現れた人物。名称は無し。原発関連の任務で「2038年から来ました」と発言しているの。彼は、次の年号を『新安』と言っているわ。注目すべき点は、平成から新安になるのは2024年とのこと。次、2015年8月頃登場の『俺氏』。「俺未来から来たけど何か質問ある?」 という書き込みで始まった彼は、2125年というかなり先の未来から来たらしい。彼曰く、昭和、平成、1つ飛んで平米、源西という事。やはり、次の元号に対しては、何故かすっ飛ばしているの。次、2015年9月頃に現れた人物。名称は無名。 彼は、2034年に交通事故に遭い、時間が巻き戻って2015年9月に居たそうよ。彼のいた世界では、そもそも平成が安迎だったそうよ。もはや、タイムスリップではなく、別世界の住人ね。次にいくわ。2015年11月頃に現れた『埼玉未来人さん』。彼は、2066年から来たと言っているのだけれど、「元号を教えるとタイムパラドックスが起こる」ので教えられないということよ。ここまで来ると、いや、未来から来ている時点でタイムパラドックス起こっちゃってるから教えろよ!って突っ込みたくなるわね。次、2016年2月頃に出現の『2041年からのタイムリーパーさん』。彼は、 2041年に居たはずが、寝ていて目が覚めると2016年だったという話。彼の話では、元号は『栄安』で2019年に変わるという事よ。次、2016年3月頃登場の『並行世界から来たさん』。彼はそもそもタイムトラベルではなく、並行世界、つまるところパラレルワールドから来たと言っているのが特徴。彼の世界では同じ2016年でも元号が違っていて、向こうの世界では平成が『泰平』になっているとの事。私たちの世界では江戸時代以降は、明治、大正、昭和、平成だけれども、向こうの世界とやらでは、導郷どうごう空穏くうおん安流あんりゅう泰平たいへいだそうよ。そして最後、2016年5月頃に現れたのは、『首都直下型地震がいつ起こるか伝えるために来たさん』。彼は、元号の流れを、平成元年(1989)~平成35年(2023)、 安久元年(2024)~安久43年(2066)、 静天元年(2067)~静天48年(2116)と詳細に言ってはいるのだが、そもそも平成は30年で幕を閉じようという最中、ちょっと的外れかもしれないわね」

と一気にまくしたてて、マシリトの説明は終了した。

「これ、簡単に分類すると2種類に分類できるよな?」

そう言ったのは、ゴンだった。

「そう!そしてさらに分類もできるわ」

マシリトが返事をする。

「タイムトラベラーとパラレルワールドって事だよな」

僕はまず、2種類の分類を明確にする発言をした。

「そして、元号そのものに言及してるかしてないか、すでに的外れかって事ね」

茜がは得意げに解答を述べたのだった。

「じゃ、まとめるとこうだな」

シャアが、プリントされた紙にマーカーで印を付けたものを、机の中央にスッと差し出して続けた。

「ピンクのマーカーと、ブルーのマーカーは時間旅行者、オレンジのマーカーは並行世界の住人な。ちなみに、ブルーのマーカーは元号に言及していない者と、的外れな者をまとめてみた」

中央に置かれた用紙に目を落とすと、3色のマーカーが引かれている。

「ピンクなのは、2058年から来た『未来人原田氏』、文字通り2041年からの来た『2041年からのタイムリーパーさん』 だけね。オレンジは、2034年から来た『無名さん』とこちらも文字通りの『並行世界から来たさん』ね」

そう言ったのはゆき姉だ。無論、その他はブルーのマーカーが引いてある。

「ということは、『安始 』と『栄安』が有力って事になるのか?」

僕がそう言うと

「ネットの情報を鵜呑みのする、且つ彼らがタイムトラベラーという事を認めればって事が前提だけれどな」

そう言ったのはゴンだった。

一通り話がまとまったところで、

「ねぇみんな。お腹空かない?」

とゆき姉が言ったのだった。


僕らの通う区立飛鳥山高校は、東京23区のはずれにある共学高校だ。僕がこの高校に進学を決めた理由は進学率はさておき、家から徒歩圏内という事に加え、校則的なモノが皆無と言っていい程なく、何でもかんでも自由というほぼ放任主義に惹かれた事が大きい。学校側から言わせれば、全ての生徒を信じるという大きな思想を体現しているそうだ。


僕たちは、ゆき姉の提案で、学校から歩いて数分ほどの所にある、フレッシュバーガーという全国チェーン展開のファストフード店に場所を移していた。このハンバーガーチェーンはフレッシュとオーガニック食材を売りにしている為、メインのハンバーガーはさておき、サイドメニューから飲み物までも健康に良い。それに加えとても美味しいのだ。


食べ物やらの件


「では、続きを始めましょ」

場所を移す事を提案したゆき姉が仕切り直した。

「取り敢えず、元号が合っているのかも、タイムトラベラーなのか否かという問題も、元号が確定しないことには、実証が難しいということね」

そう言ったのはマシリトだった。

「それな」

僕たち一同は声を揃えて言った。

「俺も色々と調べたんだけど、また違った面白い記事を見つけたんだけれど」

とシャアが話を切り出した。

「どんな事?」

茜が食いつくと、シャアは話を続けた。

「昭和65年がある世界から来たって人物の話があるらしいんだ」

「今度は、過去に遡るのね」

ブレンドコーヒーを飲んでいたゆき姉が、持っていたコーヒーカップをコーヒーソーサーに戻すと微笑み、発言した。

「なんかそれ、聞いたことある!一時期、ニュースになってなかった?」

茜は意外や意外、過去のニュースを覚えていたようだ。

「確か、昭和は64年までだったよな?しかも、昭和64年自体は、たったの1週間しかなかったんじゃなかったったけ?」

そう言ったのはゴンだ。

「その通りよ。昭和64の1月7日、当時の天皇陛下であった昭和天皇が崩御された為に、即日皇太子明仁親王が皇位を継承し、第125代天皇(今上天皇)となったのよ。ちなみに不思議な事に、昭和元年も1週間しかなかったそうよ。大正15年12月25日、これも当時の天皇陛下である大正天皇崩御され、同日、当時の皇太子であった裕仁親王の践祚せんそを受け、直ちに改元の詔書を公布して昭和に即日改元し、1926年の最後の1週間だけが昭和元年となったの。」

とゆき姉が、史実を語った。

「1週間で始まり、1週間で終わったなんて、なんだか因果なモノを感じてしまうな」

僕は感じたままを口にしていた。

「そう、その因果な昭和という時代に、もしかしたら、次のもう一年があったかもしれないというのが、俺の見つけた話だ。先ほどトンボさんが言っていた通り、ニュースにもなっているので、世間が一時期騒然となった事件があったんだ」

そう前置きをするとシャアは、調べてきた事件とやらの内容を話し始めた。

「この事件は、2017年の1月に実際に起きた話なんだ。その日、北海道函館市のコンビニで偽の通貨を使用し、商品などを騙しとった疑いで1人の男が逮捕された。コンビニの店員は、当初普通に硬貨を受け取り、1500円の品に対し、8500円のお釣りを渡したそうだ」

「ちょっと待って!さっき硬貨って言った?」

そう言って話を遮ったのはマシリトだ。

「そうだよ」

さも、当たり前かの様にシャアは返した。

「そもそもおかしくない?それでなんでお釣りが8500円にもなるのよ」

マシリトの指摘はごもっともだった。日本の硬貨は、一円、五円、十円、五十円、百円、五百円の6種類だ。どんなに頭を使っても、逆立ちしても、お釣りが8500円になる硬貨なんて当然見当たらない。

「ご指摘の通り、その硬貨は一万円硬貨だったんだよ」

さらにゴンは返す。

「そんなの、そもそも論で、コンビニの店員がただ単に頭悪かっただけじゃないの?一万円玉なんてある訳ないじゃん」

そこへ茜が皆が思うところの疑問というものを口に出した。世の中には、これは常識だからと理解している人間と、あれっどっちだっけ?分からないけど、まぁいいかという人間、そして分からないことや疑問に思った事を口に出さずには要られない人間がいる。茜は、思ったことを口にせずには要られないタイプだ。彼女曰く「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」だそうだ。

「いいえ。一万円硬貨そのものは、存在しているわ」

ゆき姉が一万円硬貨の存在を肯定し、さらに続けた。

「天皇在位、オリンピック開催や万博開催の記念としてや震災復興事業など際に、一万円硬貨は発行されているのよ。記念硬貨として。ちなみに、金銭的価値はその名の通り、一万円。普通に一万円のお金として使用することが出来るわ。でも、発行枚数の少ない一万円硬貨の場合、その希少価値から5倍から8倍程度のプレミア価格で取引されたりもしているのも事実。普通に使用したら一万円、コレクター売買的には五万円以上の価値。そう考えたら、そうそう利用出来るものではないと考えるのが、一般的な感覚かもしれないわね。」

「へぇ」

皆、口を揃えて、口から漏れていた。

「その感覚からしてみれば、さっきのコンビニの店員が無能という話は、逆の見方になるね!むしろ、利用者の方が非常識というか、普通に『勿体ない』」

僕は、率直に感じた事を述べた。

「では閑話休題。話を元に戻していいかな?」

そう言うと、シャアはまた事件の続きを話し始めた。

「ではなぜ、一万円硬貨を使った男は逮捕されたのか?」

そこまで言うと、

「そっか、一万円硬貨は存在するから、偽物の硬貨を使ったって訳ではないのね」

とマシリトが言うと、さらにシャアは続けた

「いや、一万円硬貨は、結果論的には偽物という事で処理されている。しかし、問題なのは、そこに刻印されていた元号の昭和65年だった。昭和64年ならまだしも、存在しないはずの65年」

「そんなバレバレの偽物使うかな普通?」

茜が言った。

「まさに焦点はそこなんだ。ショウテンと言っても、天に召されたり、座布団が増えたりって事じゃないよ」

「知ってるよっ~~~~!!」

僕は大声でつい突っ込んでしまった。

「佐藤君、お店なんだから静かに」

ゆき姉は、周りのお客さんの人数があまり居ない事を確認してから、僕に注意を促した。

シャアは周りを無視して続ける

「その容疑者は、なぜそんな明らかに偽物と分かる硬貨を使用したのか?考えられる事は二つ。単純に頭が弱かった可能性とその硬貨が偽物ではない可能性」

「偽物ではないって事は、本物って事?それでは、逮捕された理由が見当たらないわよ」

茜がもっともな意見を言った。

「いや、その容疑者が昭和65年が存在する世界から来たとしたら、色々と辻褄が合うんだよ」

「??????」

一同が瞬時に黙った。

「パラレルワールドね」

そう口を開いたのはゆき姉だった。

「みんな、昨日の話を思い出して!時間旅行者以外に並行世界から来た可能性のある人間がいた事を」

ゆき姉はそう続けた。

「ネットの情報では、この硬貨はかなり精度が高く、使われている素材もかなり希少な金属で、日本銀行券が実際に発行している硬貨と遜色がないそうだ。さらに、その硬貨と全く同じものが利用された事件が、実は2012年の茨城県つくば市でも起こっていた。もっと言うと、オークションサイトや質問版などでも、同じものが2.3点登場していたことが分かった。そして、さっきのゆき姉の話の通り、この手の情報には必ず、『8分違いのパラレルワールド』に関する話が一緒に語られているんだ」

「8分違いのパラレルワールド?」

マシリトが言った。

「8分違いってのはつまり、1時間が52分とか、68分って事なのか?」

ゴンも疑問に感じた様子だ。

「いや、昨日の今日でまだその辺までは詳細には調べられてないよ」

シャアは首を振りながら、お手上げのポーズをした。

「なんだか興味深い話だな。ただのパラレルワールドではなく、具体的に8分違いって付くのが引っかかる」

僕がそう言うと、

「なんか、面白い話になって来たね」

と、茜は興奮気味に言った。

「昨日の話といい、並行世界って本当にあるのかしら?」

昨日、並行世界の可能性の話を持ち出したマシリトさえ、疑問を感じている。

「では、今日はこの辺にしましょうか。パラレルワールドについては、また明日みんなで調べてみましょう。余力があったら各自調べておいてちょうだい」

ゆき姉は時間を気にしつつ、本日の活動の終わりを告げた。僕は、隣にいる茜の腕時計に目を落とした。時刻は18:00を回っていた。


ゆき姉は、学校に車を止めっぱなしなので学校に戻るそうだ。僕たち部員もここで解散した。ゴンは、店の前に停めていたTW200に跨り「また明日な~!」と言い残して、颯爽と走り去って行った。シャアとマシリトは、駅の方角へ歩み、例の如く、僕と茜は方角が同じなので、来た道を若干戻る形で歩き出した。


「ねぇ」

茜が何か話そうとしている。昨日の事を考えてしまい、少々身構えてしまう。

「ん?なんだ」

それでもって出たのは、そんな素っ気ない返事だった。

「なんかさぁ、タイムトラベラーの可能性を模索する筈のテーマが、いつの間にやら、パラレルワールドの話になっていて不思議よね」

今日はちゃんとした話題だった。彼女から言わせれば、昨日の話題も真剣だっただろうから、ちゃんとしていないといったら語弊があるかもしれない。

「いや、不思議どころか、当然の流れだと僕は思っているけど」

「えっ、どうして?」

疑問に感じるのも普通の感覚かもしれないが、僕の考えは少々違う。

「タイムトラベルが出来ると仮定するだろ?」

「うんうん」

こうやって素直に聞いてくれる茜を見ると、なんだか可愛く思えてきてしまう。

「じゃあもし、もしもだよ、実際にこの現代にタイムトラベラーが来て、昨日のネットの書き込みの様に、何かしらの痕跡を残したとする。そうだなぁ、書き込みじゃ弱いから、例えば大穴が当たる馬券を知っていて、それを過去の自分に買わせる。そして大金を賭けて見事に当たったとする。そしてそのまま未来に戻ったら、どうなると思う?」

「え〜~っ、さらにめっちゃ大金持ちになってるんじゃない!」

茜はワクワクしながら答えた。

「もしかしたら、そうかもしれないし、そうではないかもしれない」

「えっ、なぜに?」

「茜はタイムパラドックスって分かるか?」

「知ってる知ってる!未来から過去に来て、過去の自分や親を殺したら、殺しに来るはずの自分もそもそも居なくなっちゃうじゃん。ってアレでしょ」

茜は話終わるとドヤ顔をしてみせる。

「よく出来ました」

僕は、茜のトレードマークとも言えるボーイッシュな茶髪の頭をクシャクシャと撫でた。

「ちょ......」

茜は、なんだか恥ずかしそうな、でも撫でられて気持ちよさそうな、そんな表情を浮かべた。

「パラレルワールドって概念はさ、そんなタイムパラドックスの矛盾点を補正する為に生まれた概念なんだよ。でも、僕は思うんだよね。そもそも未来や過去なんて変えられないんじゃないかって」

「それって、なんだか夢がないね」

茜はそう言うと、僕に軽蔑の眼差しを送った。

「しかしね。過去に戻って、本来と違う何かをした時点で、もう既に並行世界に分岐しちゃってる気がするんだよ。というか、過去に戻るって行為が、既に違う未来をつくる行為そのものだと思わないか?」

「おお!言われてみれば」

茜は、掌に拳をポンっとやって納得のポーズをした。

「それでさっきの話、例えば金儲けだったとしても、そのまま未来に戻ったらきっと元の世界な気がする」

「あれっ、でも過去の自分が手にした大金は?」

「過去の自分が存在している時点で、過去の自分に違う未来を与えて並行世界が生まれちゃってると思う」

「じゃあ、どうすればいいの?」

茜はちゃんと着いてきている。また、頭を撫でてやりたくなる。

「過去の自分を殺して、自分が成り代わって生きていくしかないな」

「こわっ」

茜はビクッとした素振りをした。

「でも、そうでもしないと未来を変える事が不可能ってこと?」

「結果、そう思う。」

「つまり、こう言いたいわけ?タイムトラベルすると、行き着くところはパラレルワールドになっちゃうって事」

「そう!それが言いたかった」

僕はまた、茜の頭をクシャクシャと撫でた。

「ちょっと、なによさっきから!」

しかし、満更でもない顔をしている。

「あれ?でも、のび太くんは、未来が変わったんだよね?」

「突然、ドラえもんの話かよ~~~!」

取り敢えず突っ込みつつ、流れ的にはおかしくはないので、話に乗ることにした。

「そうだな。ドラえもんの場合は、のび太くん自体の未来は変わってる事になってるよな」

「のび太くん自体のって、他にもしずかちゃんや、ジャイ子の未来も変わってるよ。未来をかえに来たセワシ君だって、貧乏な未来が変わったんでしょ?」

茜はドラえもんについては、謎に詳しい。

「でもさ、なんでセワシ君は未来が変わったのに健在なわけ?」

「えっ、あれっ、そう言えば!!」

「のび太くんのお嫁さんが、ジャイ子だろうとしずかちゃんであろうと、セワシ君はセワシ君だよな」

「アレってさ、結局のところ、未来ってそこまでは変わらないって事が言いたい気がするんだよね。茜は、東京駅から新宿駅に行くのに何線使う?」

突然の現実的な質問に戸惑うも、直ぐに答えが返ってきた。

「そりゃ勿論、中央線だよ。中央特快一択だよ!」

この答えは正解だ。一番早く着くルートだ。

「茜はせっかちという事な。しかし、山手線というルートが、内回りも外回りも存在していて、どれを使って行ってもたどり着く結果は同じだよね」

「せっかちは余計~~!でも、なんとなく理解したわ。中央線でも山手線でも新宿にたどり着くという結果は一緒という事ね。じゃあ、ジャイ子は総武線ルートね」

「なんでジャイ子は総武線なんだ?」

「一番手間のかかるルートでしょ?それでもって、漫画家だけに秋葉原を経由するなんてね」

茜はなかなか面白い発想をしている。

「なんにせよ、ドラえもんの世界観としては、セワシ君ありきで、タイムパラドックスやパラレルワールドにはなってないんだよね」

「つまり、大きな意味では、未来は変わってないって事なの?」

「そう、歴史の修正力が働くと言われているから、結果を変えることは出来ないという例えでもある。まあ、途中の小さな出来事は変わるかもしれないけどな」

「そっか、それであまりに大きく変えすぎるとパラレルワールドになっちゃうのね。つまりは結局のところ、タイムトラベルとパラレルワールドは、密接に関係しているって事なのね」

僕は再び茜の頭を、今までよりも強く撫でたのだった。

「ちょっと、さすがに痛い痛い!というか髪型グチャグチャ~!」

そんなこんなしているうちに、校門の前まで差し掛かった。すると、

「あら、やっぱり仲睦まじいのね」

と僕たちに向かって話し掛ける声がした。加奈だった。彼女は、ちょうど校門から出てきたところの様だ。

「こんな時間まで何やってたんだ?」

僕は、加奈に質問を投げかけた。

「ちょっと、生徒会の用が長引いてしまってね。それより、あなた達こそ、なぜこんな時間にこんなところでイチャついてるのかしら?」

それを言われて僕は、咄嗟に茜の頭から手を離した。

「そこのフレッシュバーガーで、部内会議していて、その帰りだよ」

と会議をファーストフードで行っていた事を話た。

「その説明では、イチャついていた理由まで含まれてないわよ」

いちいち突っかかる女だ。僕は仕方なしに

「パラレルワールドとドラえもんの話をしていて、茜が理解出来たから、頭を撫でていただけだよ。」

「ふぅ~ん。そう」

散々聞いておいて、素っ気ない返事だ。加奈は、元よりこういう性格なので僕はさして気にとめないが。

「なぁ~に?もしかして、妬いているわけ?」

例によって、茜は加奈には風当たりが厳しい。

「そっ、そんなんじゃないわよ」

ちょっと慌てた様子を見せた加奈に対して、なんだか期待をもってしまう僕がいた。

「ちょっと、そのパラレルワールドってのが気になっただけ。そんな事より、私も途中まで方角が一緒だから、ご一緒して構わないかしら?」

「ーーもちろん」

僕が即答したことに対して、茜は不満げな顔をしている。

という事で、僕たち3人は同じ方角に歩き出した。

「というか、あなた達の部活動って、一体全体何をやっているの?」

話しを切り出したのは加奈だった。

「その名の通り、ミステリーを研究しているのよ?知らなかった?」

ちょっと棘のある言い方で茜が答えた。

「ミステリー研究会って言うくらいだから、ミステリ小説なんかを題材にしているのかと思ってったわ」

加奈は、あまり僕たちの活動内容までは把握していなかった様だ。

「勿論、ミステリー小説も題材にする事もあるけど、最近はーー実際のミステリーを取り上げることが多いかな」

「それで、今回の題材がパラレルワールドって事なのね」

加奈の問いに、すぐ様答えたのは茜だ。

「いえ、それは違うわよ。本来の目的は、時間旅行者が存在しているかどうかってことなの。それで、行き着いた先がパラレルワールドだったって訳」

「ふ〜ん。で、タイムトラベラーってやつはいるのかしら?」

加奈は、並行世界よりも時間旅行者に興味を示した様だ。

「まだなんとも言えないね。アインシュタイン信者の僕としては、是非ともタイムトラベラーにお会いしてみたいところなんだけれど」

僕の願望を聞いた加奈は、

「でも、実際に時間旅行者がいたとしたら、気をつけないとダメよ。だって、目的もわからない相手ほど怖いものはないと思はない?何か凶悪な目的を持った人間かもしれなくってよ。わざわざ過去に来るくらいだから、何らかの理由がある訳でしょう?」

となんだか忠告めいた持論を展開した。確かに彼女の言うことも一理ある。未来から来た人間が必ずしも善者だとは限らない。

「ま、でも……実際に存在すればの話だけれどね」

と加奈は付け加えた。普通に考えたら、半信半疑な内容でもあるので、彼女の言いたいことも理解はできる。

「きっと居るもん。タイムトラベラーは!それでもってきっと誠実な人だと思うもん」

茜は根拠のない希望的観測で反論した。

「あら、夢があっていいわね。私の家は、この信号を右だから、この辺で失礼するわね」

そういって笑みを浮かべると、加奈は 右折して歩き出した。一瞬振り返って、こちら側に手を小さく降って来たので、僕は笑顔で手を振り返した。それを見ていた茜は、

「ちょっと、な〜にニヤニヤしてんのよ。気持ち悪い!」

と言って頰を膨らませた。茜は少々機嫌を悪くした様だ。


加奈と別れた交差点から、再び僕らは帰路に着いた。

「ま、でも彼女の言うことも一理あるわね。人間必ずしも善人と言うわけではないもんね」

「確かに、あまり考え無しに行動しないようには気をつけないとな。触らぬ神に祟りなしってやつだ」

「えっ、でも神様って訳ではないでしょ?」

「いやいや、物の例えだよ。しかし、タイムトラベルなんてーーある意味神をも超えた所業だと思うけどな」

「それもそうね。ねえ、今日も紫苑のお家に行ってもいいい?」

「別に構わないけど、何をするんだ?」

今日は、昨日と違って目的が見当たらない。

「また、いやらしいこと考えてるんでしょ?」

茜は僕のことを誤解しているに違いない。

「そんなこと考えても見なかったよ。まさかそれが目的かい?」

「そんな訳ないでしょ!ヘンタイ!」

言うに事欠いてヘンタイは傷付く。

「ゆき姉が言ってたでしょ?各自調べておいてって」

そう言うことか、合点がいった。

「じゃあさ、お前は一旦着替えてから来いよ」

「え、なんで?」

「いや、その短かくてヒラヒラしたスカートで居られるとなんだか落ち着かないんだよ」

茜の制服はスカートがとにかく短いので、腰掛けていたりするとその中身の方に目がいってしまいそうになるので、あまり直視出来ないのだ。

「ふ〜ん。私の可愛い私服姿が見たいのね」

「そういう事にしておくよ」

家の前に到着すると、茜は自宅の門を開けて

「じゃあ、10分くらいしたらすぐ行くね」

「用意が出来たら、勝手に玄関開けて入って来ていいよ」

また、母親に遭遇すると面倒なので、僕はそう指示をすることにした。

「おっけー」

そう言うと茜は玄関の方にスタスタを歩いて行った。



僕は、部屋に入ると、Tシャツと短パンに着替えた。

一応、おもてなしをする為にダイニングに行き、麦茶とお菓子を用意して直ぐに部屋に駆け上がった。幸い、母親は外出していて居ない様だった。


僕が部屋に入ってから、ちょうど10分が経った頃、部屋の扉がカチャリと音を立てて開いた。そして、なぜか体操着姿の茜が現れた。

「おっ、おまえ、何でそんなカッコで来てるんだよ~~~!!」

僕は、思わず大声を出してしまった。

「ちょっと、怒鳴らないでよ」

茜は不快そうな表情を浮かべ、腰に手を当てて自らの格好の言い訳を始めた。

「だって、紫苑がスカート履くなって言ったからじゃん。それでもってこれが私の夏の部屋着なんだから仕方ないじゃない!ちなみに寝巻きでもあるのよ。家に帰ってまで、私服に着替えるのも気が引けたので、これで来ちゃった」

「そんなエロい部屋着があるかよ!」

またも声のボリュームが自然と大きくなってしまった。

「体操着イコールエロいって発想そのものがエロい考え持ってるって事でしょ!どんな目で女子の体育の授業を眺めてるのよ」

「いや、僕が女子の体育の授業を眺めている前提で話をするな」

「もう一つ付け加えておくと、これは中学校時代に来ていた体操着なんだから、別に良くない?サイズ的には最近少し小さく感じるんだけどね」

確かに、茜の着ている体操服は、僕たちの中学校時代のそれだった。ちなみに、下はハーフパンツの体操着を来ている。僕たちの世代は原則的にブルマってモノは廃止になっているので、よく見るとそこまでのエロさは感じられない。

「そんな格好でウロウロしてたら、近所の人に変な目で見られるだろ!」

僕がそう言うと、茜は僕の方に人差し指を向けて来た。

「私の事を変な目でみている近所の人」

茜は僕を指さしたままそう言った。僕は、その指を上から握った。

「......わかった!わかった!仕方ないから、それで普通にしてろ」

「いや、だから普通にしてるわよ!」

茜は、変人扱いした僕に、なんだか腹を立てている様だ。

「さらに付け加えると、寝巻きなのでノーブラよ!」

「その情報いるのかよ!お前には羞恥心というものがないのか?」

「私なんて羞恥心が服を着て歩いているような人間よ。だから、あまりいやらしい目でわたしのノーブラおっぱいを見ちゃダメだからね!」

「おいおい、スカート姿はダメだとは言ったけれど、制服姿よりもむしろ色々とハードルが上がっちゃってるじゃないかよ!本末転倒、石が流れて木の葉が沈むって感じだよ」

僕はまた、大声でツッコミを入れてしまった。

「そぉ?私的にはかなりラフで、自然体なんだけどなぁ」

「ラフ過ぎる!それに、親が帰ってきたら、変に思われるだろ!」

「あら?もしかして、私たち二人っきりなの?コレってチャンスって言うんじゃない?」

「バカっ!どう考えてもピンチだよ!」

一通りのツッコミを入れ終わったところで、

「取り敢えず、そこに座ってくれ」

と言って、僕はテーブルの前の座布団を指さした。

「は~い!」

そう返事をすると、茜は腰を下ろした。体操着姿でノーブラの女子がそこはにいた。


僕は、テーブルの上にMacBook Airを開くと、茜の隣に座った。このMacBook Airは、つい2ヶ月ほど前に貯金をはたいて購入したものだ。高校生の僕からしたら、大層な買物だったので、手にした瞬間は喜びの余り1人でニヤニヤしてしまった程だ。それを見た茜は、

「あ~っ!いいな新しいの買ったんだね」

と大きなリアクションを見せてくれた。しかし、体操着姿の女子が肩が触れるほど近くに居るのは、なんとも落ち着かない気分だ。この体操着を見ていると、頭に「ノーブラ」という言葉が連呼されてしまう。

僕は、話に集中するしかないと思った。

「と、取り敢えず、8分違いのパラレルワールドについて調べてみよう」

茜は、僕が持ってきたお菓子の中から、キットカットを手に取り、封を切ると、中身を二つにわって食べ始めた。既に、リラックスしている様にみえる。キットカットを咥えたまま。

「うん」

とだけ返事をした。

僕は、インターネットブラウザを立ちあげると、検索窓に『8分違いのパラレルワールド』と入力し、検索ボタンをクリックした。

茜は僕の隣で、このラップトップの画面を覗き込んでいる。

「いっぱい出てきたね!」

画面に表示された検索結果のヒット一覧を見ると茜は言った。お互いの顔の距離が近いせいか、茜が少し動くだけで、ほのかにシャンプーの匂いがして来る。

「確かに、凄い数のヒット数だな」

僕がそう言うと、

「ねぇ、この記事見てみようよ」

と言って、ある記事を指さした。

『パラレルワールドは存在する!行った人の体験談と行く方法』というタイトルだ。僕は記事のリンクをクリックした。

「やっぱり、パラレルワールドってあるのかな?」

茜は、まだ内容を読む前に、期待に胸を膨らませている様だ。クリックして飛んだ先には、大きく分けて3つの内容が記されていた。

1. パラレルワールドに行った人の体験談

2. パラレルワールドに行く方法

3. パラレルワールドの実在の可能性

「なるほどね。こうやってまとまっていると、とてもわかりやすいな」

「実際に行った人の体験談ってホントかな?」

「とりあえず、上から見て行こう。」

僕は、上から順に音読していった。

「①被災地に出現したなんとも不思議な空間、2011年に発生した東日本大震災においてパラレルワールドに関する不思議な報告があったという記録が残っている。その日、避難を余儀なくされていた被災者数名は、行方不明者の方の捜索をしていた。捜索のため、津波によって荒野となった道に車を走らせていた際、突然濃い霧に一瞬包まれてしまった。車に乗っていた全員が光り輝きうねる霧の中で、とても奇妙な光景を目の当たりにしたという。それはビクトリア王朝と江戸時代が混ざり合ったような不思議な街並みだった。その街は沢山の人で溢れ、活気に満ちていた。被災地を走行していた筈が、突然別の世界に迷い込んでしまったように感じたという。しばらくして霧を抜けると。元居た被災地に戻っていたそうだ。これと同様の報告が、当時の被災地では多数あったという。」

僕が、最初の体験談を読み終えると、

「震災直後というあたり、ちょっと鳥肌が立っちゃうね。ビクトリア王朝と江戸時代が混ざり合った世界って、まるで絵に書いたようなパラレルワールドね。複数の人が同時に目撃しているって、かなりの信憑性じゃない?」

そう言って茜が身を乗り出して画面を覗き混んだ為、僕たちの距離はより一層近づいた。茜の胸元が気にになりつつも僕は続けた。

「②タイムスリップした男、これも同じく東日本大震災での体験談。とある夫婦は、他の報告者と同様の奇妙なパラレルワールドを目撃した。しかし、この報告が他と違っていた点は、夫が妻の目の前で、その謎の世界に引き込まれてしまったという点だ。妻の証言では、パラレルワールドと思しき空間を垣間見た瞬間に、夫がそのまま姿を消してしまったという。この男性の行方に関して非常に興味深い証言が存在している。警視庁勤務のある刑事の記憶によると、消えた夫と同姓同名の男が、1981年に警察署に駆け込んできていた。その男の話によれば、一度1960年の世界にたどり着き、再度パラレルワールドに引き込まれ、気が付くと今度は1981年に居たと説明している。当時の警察は男性の話をまともに取り合わなかったため、男性のその後の行方はわかっていない。」

「目の前で消えるって、これはもう確定でいいよね!後半の話は、なんか微妙な気もするけど」

茜は、今度は少し興奮気味に言った。僕は続ける。

「③待ち合わせ場所で会えない恋人、恋人との待ち合わせをしていた筈がパラレルワールドに迷い込んだという体験談。ある男性が恋人との待ち合わせをしていた時の事。時間を過ぎても彼女は現れず、彼女に電話をかけた。場所を聞くと、待ち合わせ場所のベンチに座っているという。勿論、彼も待ち合わせのベンチに座っていた。双方が相手が嘘を付いている思い、険悪なムードが漂った。そこで彼女はベンチの前を横切った人の恰好と性別さらには乗っていた自転車の特徴などを話した。男性は彼女が見たのと全く同じ特徴を寸分の狂いなくピッタリと言い当てた。互いに嘘を付いていないと感じた二人は自分たちが見ている光景を写真に撮りメールで交換することに。するとそこには時計の針や雲の形までそのままの同じ風景が写っていた。彼らは待ち合わせ場所を変えて何とか会おうと試みましたが結局、会う事は叶わなかった。一旦、諦めてその日はお互い帰る事にした。翌日、二人は何のこともなく普通に会うことが出来た。一体男性と女性のどちらがパラレルワールドに行っていたのだろうか?」

「どっちがどっちに居たんだろうね?しかし、携帯電話は通じるんだね」

茜は、核心をついた事を言っている。僕は、さらに続ける。

「④体調不良でパラレルワールドに行った男性、体調不良をきっかけにパラレルワールドを体験した話も存在している。ある男性が食事を終えて駅に向かっていたときのこと。彼は、お酒を飲んだ訳でもないのに、突然激しい吐き気に襲われた。突然の事で、男性はビルの陰に隠れてそのまま嘔吐してしまった。しばらくして気分が楽になった男性が周囲を見ると、何やら様子がおかしいことに気が付いたのだった。先ほどまで夜だったはずなのにいつの間にか昼になっていた。さらに街の看板は日本語で書かれてはいたが、字体があきらかに不自然でとても奇妙な街並みだった。その後、男性は再度吐き気に襲われて嘔吐してしまう。するといつの間にか夜に戻っており、街並みもいつもどおりになっていた。また、時間も最初に吐いてから数分程度しか経過していなかった。男性の体調不良はパラレルワールドとの干渉による影響だったのか?」

「また出た!奇妙な街並み。お酒飲んでなくても、薬物やってたとか、精神疾患だったとかも考えられるわね」

茜はことごとく否定的な意見になってきた。まあ、分からなくもないが。そして最後なので、僕は続けた。

「⑤パラレルワールドから来た女性、現行世界からパラレルワールドに行くのではなく、パラレルワールドから現行世界にやってきたと証言する女性の体験談も存在しています。その女性は現行世界よりも3年進んだ世界からやってきたといいます。ある日、女性は帰宅した夫の様子がおかしいことに気が付きます。夫は女性が見えていないかのように振る舞い、妻の問いかけにも答えないのです。さらに夫は女性の実家に電話かけ始め、女性が帰っていないかと尋ね始めました。うなだれた夫の様子はまるで行方不明になった妻を探しているようだったといいます。女性は泣きながら夫に抱き付きますが、信じられないことに彼女の体は幽霊のようにすり抜けてしまいました。気が付くと女性は知らない家にひとりで倒れていました。ふと鏡が目に入ると何故かひどく痩せており、少し若返っているような気がします。女性は外に出て警察署に助けを求め、気が付いたら知らない家に倒れていたと話しました。しかし、警察の調べでその家は女性が一人暮らしをしている家だということがわかったのです。また、夫とは結婚しておらず、数年前に恋人として別れていることもわかりました。現在、女性は実家の母とふたり暮らしをしながら精神科に通っているそうですが、以前の世界では生きていた父はすでに他界しており、妹は生まれてすらないことになっているといいます。」

「これはなんだかむかし、映画で見た事あるような話しね。シックス何とか…………。シックスセンス」

「ぼかさないのかよ~!」

体験談の章を読み終えると、僕なりの感想を言った。

「①の話は、茜が言っていた通り、やはり震災直後ってのが引っかかるよな。それと、これも君が指摘した通り、複数同時にって点も気になるよな」

「霧の向こうに、異世界が見えたって事だけど、これって別にパラレルワールドとは限らないかもしれないわね」

確かに、体験者はパラレルワールドとは言っているものの、実際に見たものが果たしてなんだったのかは分からない。

「どういう事?」

僕は茜の意見を聞くために投げかけた。

「う~ん。一種の集団催眠みたいな、もしかしたら、PTSDの一種なのかも」

「確かに、僕も震災直後は余震が怖くて眠れない時期があったな。地震が起きて逃げる時に、階段を下っていて揺れを感じていたんだけど、暫くは階段を下っているだけで、余震が来て揺れている様な錯覚が続いた事を思い出したよ」

小学1年生だった当時、震災が起きた際は、僕たちの住む東京都もかなりの揺れが起きたことを記憶している。

「それか、霧そのものが有毒なガスか何かで、それが周辺から漏れていたって事だって考えられるわ」

「なんだか、今日はとっても冴えてるな」

僕は、肩が触れるほど近くにいる茜のおでこを右手の人差し指でそっと押した。すると茜は、

「今日はは余計なの!」

と言って頬を膨らませた。

「②のケースだけど、これはもう既にタイトルからタイムスリップだと公言しているので、パラレルワールドというよりはむしろ、タイムトラベルという観点で見るべき話だよな」

「確かに!言われてみればそうね。目の前で消えたって事に気を取られていて、大事な事を見落としていたわ。でも、タイムトラベルもパラレルワールドも表裏一体みたいな事なんでしょ?」

茜は、下校途中に僕が話したことをしっかりと理解しているようだ。もしかしたら、僕が思っている以上に頭の回転は良いのかもしれない。

「そう、その通り。しかし、このケースは失踪した夫が帰ってきていない点が恐ろしい」

僕は、この体験談を読んで、実際に恐怖を感じた。パラレルワールドを覗いてみたいという好奇心はあるのだが、戻ってこれないとなったら話は別だ。

「まるで、神隠しにあった様な話ね」

神隠しと聞いて、学校でゴンが言っていた話を思い出した。

「③の場合、これは正にパラレルワールドと言っていいと思う。同じ場所に同じ時刻に居るにも関わらず、お互いを認識できないというのは、もはや別次元に居るとしか考えられないよな」

「まさか、彼女がすっぴんで化粧をしてなかったから気づかなかったとかいうオチじゃないよね?」

「さすがに彼女だったら化粧をして居なくてもわかるだろ」

「でも、女の化粧の力を舐めちゃだめだよ。それに、二人が長く付き合って居たとは限らないじゃん。例えば、前にあったのは夜中にナンパして出会って、そのままワンナイトだけの関係だったとしたら、気づかないというか気づけないなんて事もあったりして」

「ワンナイトってお前、よくそんな下世話なストーリーを思いつくな?でもさ、同じベンチに座ってたら、隣で景色を写メってたら気づきそうなもんだぞ!」

なんだか茜に論破されるのが嫌で必死に抵抗しているみたいな構図になってしまった。しかし、今日の茜は、まるで推理小説の探偵よろしくな洞察力だ。

「それだって、例えば、実際にはベンチなんてないけれど渋谷のハチ公前みたいな人が大勢いる場所とか、う〜ん。違うな。池袋の西口公園なんかだったら人がいっぱい居て、座るところも複数あったりしたらわからないわよ」

確かにそういう発想はなかった。

「お前はいつもそんなところでナンパ待ちでもしているのか?」

「バカ!ド、ドラマの情報よ」

咄嗟に茜は僕の腕にしがみついて来た。もう完全にぼくの腕は、茜の胸に埋もれてしまっている。体操着姿の幼馴染にこんな事をされては気が気じゃない。生唾を飲み込む音が聞こえないかを気にしてしまった。

「まあ、そういうことにしておいてやる。しかし、非現実的な事象もそうやって考えて行くと、意外と現実的な勘違いの可能性も否定は出来ないな。」

実際、僕自身は非科学的なものは否定したい方ではあるから茜の意見を推奨するのには賛成だ。

「でしょ。でしょ。」

茜は、今日一番の笑顔で、僕の腕に抱きついている。

「紫苑はさ、私がすっぴんでそんな状況で居たら見つける自信ある?」

茜は言った。

「そりゃ勿論!一体何年の付き合いがあると思っているんだ?というか、お前はいつも化粧なんかしてないだろ?」

「全然わかってないな〜。私だって薄〜く化粧くらいしてるんだから!ほら見て、薄くファンデーション塗ってるし、唇だってグロス塗ってるんだよ!」

そう言って、茜は唇を僕の目の前に突き出してくる。確かによく見ると、茜のちょっと薄い唇は、瑞々しい質感があってなんだか自然と引き込まれそうになった。

「わかった!わかったから!」

これ以上は、思春期の僕には堪えきれそうにない状況だったので、茜を引き離した。

「あっ、今私に欲情したでしょ?」

茜は、目を細めて、横目で僕を睨む。

「そんな事は決してない!次だ次!」

僕は、慌てて次を促した。

「④行くぞ!茜の意見を採用すると、お酒ではなく、薬によるモノの可能性は否定出来ないな」

「でしょ?薬物といっても、頭痛薬とか常備薬の可能性もあるし、それこそ覚醒剤でもやっていたら、それこそ幻覚くらい見てもおかしくないと思うのだけれど」

「お前は、薬物でもやってそうな物言いだな」

「んなわけないでしょう。こんな可憐な女子高生がそんなものやる理由が見あたらないわ。一応、ミステリー研究部の副部長ですから、ミステリー小説は一通り読んでるのよ」

確かに、忘れていたが、こう見えても僕たちはミステリー研究部の部長と副部長。ミステリー小説は嫌という程読んでいるので、少々の事なら、そのトリックや謎の解明パターンは頭に入っているつもりだった。なるほど、さっきから茜の鋭い観察眼は、そういうところからきていたのかと合点がいった。僕に引き剥がされた茜は、再びお菓子に手をつけ出した。じゃがりこの封を切ると、一本僕の口元に運んで来たので、それをくわえた。

「そうだったな。僕たちはミス研の部長と副部長だ。トリックじみたものの傾向ってやつは人一倍の引出しを持っているのかもしれないな。そう考えると、薬等の影響によって、幻覚を見たり、気分が悪くなって、結果熟睡してしまったりなんて事も考えられる」

「寝て起きたらなんてケースは夢か現か判断が曖昧になるものね」

寝ぼけてたなんて話はよく耳にする事だ。

「じゃあ最後の⑤の体験談についてな。茜が言った様に、シックスセンスのブルース・ウィリスみたいな事象だな。この女性はそもそも死んでいてって……そんな事あるか?物語的には面白いけど、それであればこの体験談を語った本人はどうやって語ったんだ?」

「そうよね。死人に口なしってのが本来よね」

茜は、自分が言ったことの矛盾点を素直に受け入れた。

「あとは、この女性が現在、精神科に通っているという点で、それはそれで辻褄が合うきもするな」

「でも、人と違う事を言っていると、変人扱いされてしまうのは民主主義の悪い所だわ」

僕も全くの同意見だった。唯一の意見を否定してしまえば、科学に進歩はなかっただろう。

「仮に女性の言う事が真実だとしたら、3年前からタイムスリップした挙句、別の未来という並行世界に移動してしまったということになる」

「なんだかとっても切ない話よね。夫も父も居ない世界に来てしまった挙句、精神疾患を疑われるなんて。私だったら耐えられない」

茜は今にも泣きそうな顔をしている。というか、泣いていた。彼女は、昔から感情移入しやすいタイプで、ちょっとした事で泣き笑いしてしまう節があった。僕は、茜の頭をそっと撫でた。すると、僕の胸に顔を押し当てて来たものだから、バランスを崩して倒れてしまった。

「ちょ、ダメだって......」

駄目なのは僕の下半身事情だった。そりゃそうだ。幼馴染とはいえ、体操着にノーブラの格好をした女の子が僕を押し倒したのだから。僕の腹の辺りには、柔らかい胸の感触があり、茜の腹部には僕の突起物が当たっている状態だ。

「ねぇ……」

茜はきっと気付いているはずだ。

「なんか、当たってるんだけど……ふぅん。今朝はビックリしちゃったけど、男の子ってこういう感じになるんだね」

茜は、僕にしがみついて言った。顔は胸に埋めている為、表情も真意も分からない。こういう時、健全な男子はどんな行動を取るべきなのだろうか。その時、茜の手が下の方に移動するのがわかった。

「ダメだ~~!」

途端に僕は茜の肩を掴んで、体制を起こした。

「意気地無し!」

茜は、そう言った。

「どうなってるか、今度はちゃんと見てあげようと思ったのに~」

そう言って茜は笑っている。完全に僕を弄んでいる。

「見てどうするんだよ?!」

僕は、頼りない声で茜に聞いた。

「むかしと比べてどのくらい成長したかを測ってあげようかと思って」

「僕のむかしを知らないだろ?」

「あら?知ってるわよ。小さい頃、一緒にお風呂入ってたことあるじゃない」

「そんなむかしの事覚えてないよ、おまえは覚えているのか?」

「覚えてるわよ。確か、このくら......」

彼女が自分の指を使って大きさを表そうとした手を僕は上から押さえつけた。一体、何指で表そうとしたのかは分からないが……。

「わかった、わかった!僕の如意棒を見せてやるよ」

そう僕が言ったとたん。

「あはははっ。言うに事欠いて、如意棒とは大きく出たわね!さっき私の腹部に当たっていたものは、そんな大層なものではなかったわよ」

そんな事を言われて、僕も息子も意気消沈してしまった。完全体では無いにせよ、全否定されて、もはや僕の方が泣きそうである。

「よしよし、意地悪してごめんね~」

茜は、僕の頭を撫でながらケラケラと笑っていた。まさに蛇の生殺しだった。

「おまえさぁ、僕を弄んで楽しいのか?」

前々から疑問に思っていた事を茜に聞いてみると。

「うん。ちょ~楽しい!!」

と即答されてしまった。いつか茜に襲われるという恐怖を感じたのだった。

「……で、①から⑤まで見てみて、どうだった?」

僕は、この辱められた感情を消すために話を戻した。

「そうね。最初は、決定的って思った体験談も、議論を重ねてみると、意外に論破出来なくもないのかな、なんて思ってしまう物ばかりってのが正直なところね」

「確かに、ありそうでないような、なさそうであるような。そんな話にも感じられるな」

僕は、少々曖昧な感想を述べたに過ぎなかった。

「あっ、でも。8分違いのパラレルワールドについてではなかったわね」

確かにそうだった。タイムトラベル的な話や、パラレルワールドであろう事象は語られているが、8分違いの話は無かった。そもそも、なぜ8分なんだろうか。7分でもなく、9分でもなく8分。8という数字に何か意味があるのだろうか。日本では、八は末広がりを意味し、縁起の良い、幸せを呼ぶ数字とされている。「八百万の神」など、無数を表す際にも用いられる程に人気の数字である。また、西洋では逆に不吉な数字とされ、八本足のタコは悪魔の化身と呼ばれる。その反面、ノアの方舟に乗った人間は8人だったことから聖書において8は「救い」を象徴する数として知られている。さらに、横に倒せば、インフィニティ、つまり無限を表す記号でもある為、侮れない数字である。

「僕はなぜ8分なのかが、色々と気になるな」

頭で考えていた事が、そのまま口に出ていた。

「私もそれは気になるけど、次のパラレルワールドに行く方法ってのも気にならない?」

茜に言われて、次のカテゴリーの『パラレルワールドに行く方法』というのがあった事に気付かされた。

「そうだったな。そっちを見ていこうか」

僕がそう言うと、今度は茜がMacBook Airのトラックパッドを操作し、次のページへのリンクをクリックした。するとそこには『パラレルワールドに行く方法』というタイトルが表示されていて、茜は音読し始めた。

「世間ではパラレルワールドに行く方法として有名なものがいくつか存在しています。これらは都市伝説として扱われており、オカルトの一部となっています。しかし、中には実際にパラレルワールドに行ったと証言する人もいるようです。ここではパラレルワールドに行く方法をご紹介します。くれぐれも実践は自己責任で。だってさ」

茜はそう言うとさらに読み進める。

「① 六芒星を使った方法、紙に文字を記入することでパラレルワールドに行けるとされている方法が存在します。まず5センチメートル四方の紙に大きく六芒星を描きます。そして六芒星の中に赤い文字で「飽きた」と記入します。この紙を手に持ったまま眠り、次の日目覚めたときに手の中の紙が無くなっていれば成功です。無くなった紙は自身の身代わりとして現行世界に残されており、代わりに自分がパラレルワールドに飛ばされているのだそうです。また、この方法は現行世界に飽きた人でなければパラレルワールドに行けないとされています。」

「なんだか、まるで魔術や呪いの類いの様な方法だな」

僕はそう言うと「確かに……」といって茜は、次を読み始めた。

「② 鏡を使った方法、異世界の色が強くなりますが、鏡を使ってパラレルワールドに行く方法も存在します。深夜の2時24分にお風呂場の鏡の前に向かって立ちます。そして手鏡をお風呂場の鏡に向けて持ち、鏡越しに手鏡の中を覗きます。するとそこにこの世の者でない何かが写るというのです。その何者かと目を合わせるとパラレルワールドに行くことができるといわれています。しかし、この方法はパラレルワールド意外にも何も存在しない「無の世界」に行く可能性があるとされています。うわぁ~!こわ~!何この『この世の者でない何か』って」

茜は、自分で読んで、自らツッコミを入れている。

「もはや、ホラーの領域になって来てないか?まあ、都市伝説なんてものは大概ホラーみたいなものか」

僕がそう言うと、

「見て見て、鳥肌が立ってきたんだけど」

と言って、自らの腕を僕に見せてきた。

「③特製ドリンクを使った方法、タイムスリップに近いイメージですが、過去のある時代に戻ることができるとされている方法があります。用意するものは戻りたい当時に使用していた物と蜂蜜10cc、牛乳10cc、水30ccを混ぜたドリンクです。まずはドリンクを枕元に用意して、過去に使用していた物を抱きながら眠ります。そして、午前3時30分に自然に目を覚まし、枕元のドリンクを飲み干して再度眠りにつきます。このときに時計や携帯電話のアラームを使って起きてはいけません。あくまでも自然に目が覚めないといけないといわれています。そして朝になって目覚めると過去の世界にタイムスリップしているのだそうです。パラレルワールドとタイムスリップの類似性は昔から指摘されています。タイムスリップに関しては関連記事にまとめています。何このドリンク、めちゃくちゃ不味そう。おぇ~って感じよね。半分水じゃん」

「午前3時30分に自然にって、もはや神がかってないと難しくないか?ドリンク飲むだけならともかく、この『自然に』って件で、めちゃくちゃハードル上がったな」

そんなやり取りをした後、茜は最後の項目を読み上げた。

「④エレベーターを使った方法、10階以上あるエレベーターを使った方法。まずはひとりでエレベーターに乗る。そして4階、2階、6階、2階、10階の順番で移動していきます。10階に着いたら今度は5階に移動します。すると女性が乗って来ますが、彼女には決して話しかけてはいけません。女性がエレベーターに乗り込んだら1階のボタンを押します。しかし、エレベーターは1階には向かわず10階に向かって上がっていきます。そして10階でエレベーターを降りるとパラレルワールドに行けるといわれています。この方法は5階の女性以外に人が乗ってくると成功しないといわれています。何この女性って、貞子?貞子なの~?こわ~!!」

「いや、それは流石に貞子な分けないだろ!わけの分からない恐ろしい女性イコール貞子という定義づけをやめろ」

「だって~!貞子しか想像出来ないんだけど~。あとさ、エレベーターの中に鏡があるじゃん。しかもよりによって全身鏡みたいなデカいやつ。あれも一人で夜中に乗る時とかめっちゃ怖いんだけど、なんなんだろう?」

「貞子の話はさておき、これが一番現実味あるような気もする。ちなみにエレベーターの中の鏡には意味があるんだよ。」

と僕が言うと、

「えっ?鏡に意味があるの?」

と茜は不思議そうな表情を浮かべた。

「エレベーターの中の大きな鏡はバリアフリーの一環なんだ。車椅子の人は前を向いたままエレベーターに乗り込むだろう。そして降りる時はどうしても後ろ向きに降りなくてはならない。そこであの大きな鏡が重要になってくるワケだ」

「鏡を見ながら後方を確認するのね」

「ご名答!ついでにもっと言うと、エレベーターのボタンで車椅子のマークが付いているボタンがあるんだが、見たことあるかい?」

「ああ、たまに間違って押しちゃう事あるんだけど、アレ押すと早くくるんじゃないの?」

「いやいや、そんなワケないだろう。それだったらみんなそのボタン押すじゃん」

「たしかに……」

「あのボタンはさっきの鏡と連動しているんだよ。エレベーターが2機以上設置してある場所では、車椅子用のボタンを押すと、必ず鏡付きのエレベーターが来るシステムになっているんだ」

「なんと。そう言う事だったのね。知ってみたら、まるで恐怖を感じる対象ではなかったって事ね。安心したわ。それにしても、紫苑は良くそんな事知ってるわね?」

「割と常識だと思っていたけれども」

僕は、得意げに言ってはみたものの、実は先日クイズ番組の問題で見た受け売りに過ぎなかった。

「エレベーターの話はさておき、なんだかどれも現実味は薄い気もするわ。それぞれの方法の出どころや根拠ってあるのかしら?」

と茜が言った。

「それに関しては調べてみる価値はありそうだな。後日、色々と調べてみるよ。それより、次のカテゴリのパラレルワールドの存在する可能性っての見てみようぜ」

僕は、最後のカテゴリが少し気になっていた。

「①複数の宇宙説、私たちの宇宙は138億年前に起こったビッグバンによって生まれたと言う考え方が一般的である。しかし、宇宙のインフレーションという概念を考え出したアラン・グースでさえ、「ビッグバン」という言葉は、「実際何が起こったのかまだわかっていないため、つねに暖昧さを抱えている」と言う。そんな中、最近の研究でビッグバンの前にもうひとつの宇宙が存在していた可能性もあるという。また、ビッグバンの起こるための条件がブラックホールの中であれば整うため、私たちの宇宙は他の宇宙のブラックホールの中に存在するのではないかとする説も存在している。これが事実であるとすれば私たちの宇宙にあるブラックホールの中にも別の宇宙が存在している可能性があり、この世に無数の宇宙があったとして不思議ではない。これらは量子レベルで干渉しあっているため、何かしらの影響でその境目が不安定になることもあり得るという。」

「う~ん。身近な現象だと分かりやすいんだけど、宇宙規模の話になると、まるで想像がつかないわ」

と言って茜はお手上げのポーズをとる。

「僕は、宇宙とかブラックホールに興味があるけど、確かにピンと来ないものはあるな。アインシュタインの唱えた相対性理論では、光より速いものは無いことになってるんだよ。しかし、ブラックホールってのは、そんな光さえも飲み込んでしまう天体とされているんだ」

「ビッグバンって宇宙の始まりってやつだよね?」

茜は言った。

「一応、そういう事になってる」

「一応って……それが事実なんでしょ?」

「いや、さっきの複数の宇宙説にもあったように、宇宙が出来る前にも、何かしらの宇宙的な存在があったのかもと言われているのは確かだ。」

「へぇ、そうなんだ。ビッグバンによって、この世界が誕生したんだと思ってた」

「ビッグバンによって宇宙が誕生したというのは今現在、最も可能性としては有力なんだけど。やっぱり、なんか引っかかるというか……。だってさ、まるでそれでは、創世記でいう所の天地創造と言ってる事が変わらないわけじゃん。宇宙物理学という科学を突き詰めて、導き出された結果が、まるで宗教的な答えでしたってのが、どうも腑に落ちないんだよな」

僕は、持論を展開した。

「138億年前に、何もないところから、急に爆発によって世界が、宇宙が、原子が生まれたって、なんだかとても都合のいい話ではあるわね。でも、なんでもかんでも説明出来なくてもいいんじゃない?その方がロマンチックというか、夢があるというか。私がお化けとか幽霊の類いに魅力を感じるのも、同じような理由かもしれないもの」

と茜は言った。

「それも一理あるな。しかし、僕としては鶏が先か卵が先かという問題はハッキリとしたいとは思うな。宇宙の原点を知るということは、僕たち人間のルーツを知るという事だと思うんだ」

「そんな事より、あなたがハッキリしなきゃいけない問題は、もっと身近にあると思うんだけどな」

茜がなにやら小声で言った。

「ん、どういう意味だ?」

「なんでもないわよ!」

何か怒ってる様だ。

「……複数宇宙説の場合、宇宙って言葉が、物理的な宇宙を指しているのか、次元的な宇宙を指しているのかが曖昧だよな。」

「多分、どちらの意味も含んでるんでしょ。イコールって意味だと思うわよ」

茜がいうことがとても説得力を帯びて感じた。

「つまり、パラレルワールドってのは、人類が科学で証明出来てないだけで、存在する可能性は極めて高いということだよな?」

「結果的にそうなるわね」

複数宇宙が事実であれば、パラレルワールドは存在する。そんな感じに意見はまとまった。

「ねぇ、②はなんて書いてあるの?」

「ああ、②は地球空洞説だよ」

僕はさらりと答えた。

「地下世界に別の世界がある的な?のび太と竜の騎士のやつだね」

「おまえな、ことある事にドラえもんで例えるな」

「だって、分かりやすいでしょ。というか伝わってるじゃん」

確かに伝わった。『のび太と竜の騎士』は、映画にもなった大長編ドラえもんの、地底人が存在したという話だ。茜は続けて、

「でも流石に地底世界は無理があるよね。パラレルワールドというか、単純に地球の謎的な話だものね」

「そうだな。それに地球の中心に向かえば向かうほど、マグマやマントルがあるだけで、とても人が住めるとは考えにくいよ」

僕は、知識の上での地球の構造を語った。

「センターオブジアースみたいに、地底に海とかあるかもよ」

茜は、またもSF映画を例に出した。

「海なんて、絶対に地熱で蒸発しちゃってるだろ」

「なんだ、夢がないな~」

茜は不服そうだ。

「ただし、緩歩動物かんぽどうぶつと言われる微生物の『クマムシ』は、150℃の高温から、凍えるような寒さや長期間の渇水、大量の放射線に耐えられるうえに、真空でも生き延びられる唯一の動物らしいよ」

僕は以前、本で読んだ『クマムシ』の話を持ち出した。

「なにそれ?あったかいんだから〜♪てやつ?」

「それは、芸人な!」

とりあえずツッコミを入れる。

「じゃあ、きっとそれが進化した人型とかが、地底に住んでのよ」

「『クマムシ』のビジュアル調べてみろよ」

僕は、茜に『クマムシ』を検索する様、促した。茜は、MacBook Airで開いているブラウザで、新規ウインドウを開いて、『クマムシ』を検索した。

「うゎ~!キモっ!熊とか虫とかいうから、どんな可愛いやつかと思いきや、クッソキモイじゃん!こんなのが進化したら、ただのエイリアンじゃん」

茜と僕は、進化した『クマムシ』を頭に描いた。

「だから言っただろ……。」

「なし、なし、地底世界はなし」

茜は、地球空洞説を無かったことにした。

「③は、茜の大好きな死後の世界説だよ」

僕は、MacBook Airのブラウザ画面を見ながら言った。

「お~!遂に来たわね!」

茜は、かなり嬉しそうだ。僕は画面読み上げた。

「私たちが死後の世界と呼んでいる場所がパラレルワールドだという説が存在している。現世の世界は、生きている人間の価値観によって定義されているが、生きている生命には認識できない次の段階の世界があるという。幽霊や精霊など私たちと住む世界が違うとされる存在は古くから目撃情報があり、科学がこれだけ進歩した現在においても完全に否定される程の証明はない。死後の世界が何かしらの影響で現行世界に干渉してきたとするのなら、幽霊はパラレルワールドの住人だということになる。」

「あれっ?、なんかこれって昨日紫苑が言っていた話に似ていない?」

「確かに、まさに昨日茜と話していた話に近いかもな。昨日の話の僕の持論では、幽体は虹のような存在という事だったけれど」

そう僕が言うと、茜は、

「でも、昨日の話で行くと、パラレルワールドと言うよりは、同じ世界に存在しているけれど、普段は認識していないという事よね」

と言った。

「確かにな。同じ次元に存在していると言う点では、パラレルワールドの定義とは反するかもしれないな」

「じゃあ、幽霊は存在するって事で、死後の世界説もなしよね」

という事で、死後の世界説は無しになった。

「おまえ、さっきから強引だな。異論はないけどさ」

時に強引なのが、茜の性格そのものでもある。

「じゃあさ、8分違いの世界について調べてみようよ」

茜はそう言うと、またブラウザの検索窓にキーワードを入力し始めた。

検索して出てきたサイトの気になる記事を、茜はクリックした。『8分違いの並行世界について』という内容だった。


そこに書かれていたのはこうだった。

我々の世界と8分違いの世界では、双方に建てられた建築物によって、偶然結ばれてしまうことがあるらしい。2つの世界を結んでいる時間軸の裂け目と、デザインされた建物空間が、まるでパズルのピースのようにピタリとはまってしまうと、双方の建物同士で次元を結んでしまうという不思議――。とりわけパティオ(中庭)を持つコンクリート打放しの集合住宅や、複雑に増築された繁華街の建物などが、異世界への扉となっているケースが多いそうだ。

僕と茜はこの記事を見終わると、互いに顔を見合わせた。

「建築物って事は、やっぱりエレベーターって可能性あるんじゃない?」

茜は興奮気味にそう言った。

「試してみる価値はあるかもしれないな」

僕は言った。

「明日、みんなに話してみようよ」

「だな。明日は土曜日か、部活は12:30集合だよな」

僕がそう言うと、

「今日はゆっくり寝れるわね。明日12:00過ぎに迎えに来るわね」

と茜は言った。通常、僕たち高校生にとって土曜日は休日だが、僕たちのミステリー研究部は、週2回の隔週で部活動を行っている。

「おう!宜しく!」

部屋の時計に目をやると、20;30になるところだった。

「いい時間だから、そろそろ帰るか?」

「そうね。私は寝巻きだから、このままお泊りでも良いのだけれど」

「いや、それは僕が良くない」

「わかりました〜!おとなしく帰るわよ。今度はちゃんと泊めてね」

「おう、一応考えてはおく」

「じゃあ、おやすみ〜!」

そういうと、茜は僕の部屋を後にした。

部屋の窓から玄関先を覗くと、玄関を出た茜がこちらを振り向き、僕に手を振った。

僕は右手を軽くあげて手を振った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ