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LAST SUMMER  作者: 坂道 陽
1日目
1/3

本駒込学園高校 ミステリー研究部

自分自身の目で見、

自分自身の心で感じる人は、

とても少ない。


アルベルト・アインシュタイン


「ねぇ、紫苑君。よくもまぁ、こんなところに居て暑くないわね?お嬢様育ちの私には、とてもじゃないけれど、耐えられない環境だわ」


 来て早々に、部室の温度環境の悪さについての文句を言っているのは、この学園の生徒会長、四月一日わたぬき加奈だ。


彼女は、僕が腰掛けている席の、さらに前にある長机の上で項垂れている。そして、自身の育ちの良さをなにやらアピールしている様だ。


「はい、はい。お嬢様育ちの生徒会長様にはさぞかし耐えられないでしょうね」


僕は、お気に入りのちょっと細めな黒縁メガネの位置を直しつつ、さり気なく皮肉を込めた敬語で返した。そしてさらに続けて


「それに我慢するしか仕方がないだろう。そもそもこの旧校舎自体に、何処にもエアコンが付いてないのだから」


と抗議の意味を込めて言ってやった。


異常気象なのか、近年では当たり前過ぎて異常が普通になっているとさえ言えるほどの暑さだ。そして初夏とはいえ、30℃に迫る気温の中、この部室にもエアコンが付いていない。


「えっ、まさかっ。まさか!まさか!まさか!未だにエアコンが旧校舎に付いてないのを、生徒会長である所の、私のせいにしてない?」


加奈は突然立ち上がって、軽く怒りを顕にした。


ここ私立本駒込学園高校の新校舎は、最近建て替わったばかり。その建て替えに伴い、この旧校舎にもエアコンの導入が決まっている。


そして、旧校舎へのエアコン導入を推し進めてくれたのは、他でもないーー目の前に居る生徒会長の加奈、その人だった。


「へいへい。生徒会長様々には感謝してますよ」


事実、感謝以外の何物でもない。しかし、面と向かって、感謝の意を示すのは少々照れくさいので、つい減らず口を叩いてしまう。


「もう、ホントに感謝してよねっ。もう少しの辛抱だから」

と言って、加奈は座り直すと足を組んで腕組をした。そして、なにやらブツクサと言っている。


「どちらかと言うと、辛抱できてないのは、お前の方じゃないのか?」

と小声で呟いた。


「な~んか言ったぁ?」

目をわざと細めて、僕の方を睨む。


加奈の耳にはしっかりと届いていた様だ。


「だいたい、ミス研がマイナーな部活だからって、部室に旧校舎を割当てた学校側に文句を言いたいよ」

僕は、宙を仰ぎながら言った。


「それもそうね。でも、ミステリー研究部って、実績も何もないのが事実でしょ。隣りの桜ヶ丘高校のミス研なんて、新人賞作家を輩出してるそうじゃない?それに、部長であるあなたが、何かしらアクションを起こしたらいい話だったんじゃない?」


「......」


返す言葉がない。

僕は、ミステリー研究部の部長だが、正直、部長らしい行動をした事がない。しかし、こんな加奈とのやり取りは嫌いじゃなかった。


成績優秀、優秀というか学年トップの成績。しかも、顔立ちは整っていて、美人。僕のタイプのロングの髪型。おまけに、至近距離にいるといい匂いがする。もう、これだけで男ってヤツは、ちょっと気になる存在に感じてしまうから不思議だ。加奈と仲良くなったのは、僕が部長を務めるようになって、部活動の予算会議などに出席する様になったのが切っ掛けだ。


「ちょっと、ちょっと、さっきから黙って聞いていれば......。ウチの紫苑をいじめないでくれます?」


部室の端っこで、黙々とパソコンで入力作業をしていた副部長の秋山 茜が腰に手を当てて僕達の方に近づいてきた。先程からの会話が作業しながらも耳に入っていたらしい。


この秋山茜は、僕の自宅の目の前に住んでいて、いわゆる幼馴染ってやつだ。加奈とは対照的なショートカットの髪型で、少々茶髪。性格は男勝りで、見た目的にも絵に書いたようなボーイッシュな女の子だ。このミステリー研究部も彼女に半ば強引に入れられた節がある。


「なによ。ウチのって、いやらしい。アンタの旦那がだらしないのは事実でしょ」


加奈は、手元にあったシャーペンを手に取るとペン回しをしながら、僕にダメ男のレッテルを貼った。


「だっ......だん......って。ただの幼馴染よ。お、さ、な、な、じ、み。それにウチの部長って意味だから!」


「とか言いながら、満更でもない感じなんじゃない」

と加奈は更に煽った。


「誰がこんな......」


「いい加減にしろって。それでもって、こんな......の先が気になるぞ」


一応、口を挟んでおく。


「ふん。部員じゃないのにしょっちゅう部室に来るけど、アナタこそ気があるんじゃないの?」


この手の会話は、僕のいない所で繰り広げてほしい。


「はぁ?私はわざわざ、書類を届けに来てあげたのよ!お客様よお客様!むしろ冷たいお飲み物でも出して貰いたいくらいだわ」


加奈はまた立ち上がり、反論した。椅子がガタリと音を立てて室内中に響いた。


この二人のやり取りは今に始まった事ではなく、日常茶飯事なので僕はあまり関与しない様にしている。所謂、犬猿の仲ってやつだ。何かと馬が合わない人達ってのは往々にして存在する。


「じゃあ、紫苑君。この書類に署名とサイン宜しくね」


前述のエアコン設置に関する書類を置いて、加奈は部屋を颯爽と出ていった。


「なんなのあのオンナ」


茜は、まだ腹の虫が収まらないらしい。加奈が居なくなってもまだプンプンしている。


「まぁたトンボと生徒会長がソルトの取り合いかい?モテる男も大変だねぇ」


加奈とすれ違いで入って来たのは、部員の杉山だった。トンボというのは茜のニックネーム。ソルトは僕の事だ。彼はあだ名を付けずにはいられないタイプの人間で、僕の親友と呼べる存在だ。ちなみに、秋山茜を略してアキアカネからトンボになってしまった。僕の場合は、佐藤紫苑から砂糖と塩みたいだからと言ってソルトになったらしい。彼の付けたニックネームのせいで、学年中の初対面の人からも

「ソルト君だよね?」

とか言われてしまう始末だ。


それで仕返しに僕も彼にドラゴンというニックネームを付けた。名前が杉山浩一郎だから、ドラゴンクエストの作曲家であるすぎやまこういちにちなんで命名した。しかし、残ながら部活内にしか浸透しなかった。彼曰く、ネーミングセンスが無いらしい。ドラゴンなんてカッコよすぎると。という事で、結果更に略してゴンと呼ぶ事になった。


「だって~、紫苑があのオンナにデレデレしてるし、あのオンナも紫苑に色目使うんだも~ん」


茜は、ちょっとぶりっ子を演じているのか、クネクネしながら謎の説明をしている。


「だってさ、色男」


とゴンは、敢えて突っ込まず、僕に振ってきた。もはや、話の論点がおかしくなってしまっているので、頭を抱えるしかない。


「学年イチモテる男に言われても、説得力ないんですけどぉ……」


と僕はゴンに嫌味っぽく言ってやった。


このゴンは目鼻立ちがしっかりしていて、見た目は金髪。更に単車乗り。高校生にとってのモテポイントを押さえている上に、色々と多彩多趣味で、とにかく学年で1番モテるのだ。興味を示さないのは、先程の生徒会長とこの部の部員くらいだ。補足しておくと、この高校はかなり校則が緩い。勿論、煙草やお酒、薬物や刺青など未成年である高校生にとって公序良俗に反する事は当然禁止されているが、その他は殆どの事が了承されている。僕の両親から言わせれば、所謂時代の流れってヤツだそうだ。ひと昔前の話を聞くと、この時代に生まれてよかったと心から思う。


「ミス研で1番モテるのは、ソルト君、君だよ」


ゴンは、僕の肩にポンッと手を置いた。


もう、この手の会話は終わりにしたかった。丁度、話を切り替えられる話題があった。


「そんなことはさておき、もうすぐだ。いよいよこの部室にもエアコンが入るぞ~!」


僕は珍しく声を張り上げて、両手の拳を高くあげて天を仰いだ。


それを聞いた、茜とゴンは目を合わせてから、

「うぉ〜!!」

と声をあげて三人で抱き合い喜んだ。


「なになに~?」


丁度、部室に入って来たシャアとマシリトにもエアコンの旨を説明すると、再び部員全員で抱き合い喜びを分かち合った。


シャアの名前は、赤井剛。二年生。マシリトの名前は、鳥島弘美。一年生。例によって、ゴンが付けたニックネームだ。ゴンは、無類のガンダム好きでもある。赤井は赤い、剛は強いという謎の連想ゲームをした結果、赤くて強いのは、ガンダムに登場する赤い彗星のシャアに辿り着いたらしい。


鳥島の場合は、単純にトリシマを逆さ読みしたのかと思いきや、少々違った。


ゴンが初めて鳥島という名前を耳にした瞬間からマシリトと言い出した。


「何故にマシリトなんだ?」


「鳥島と言ったら、かの有名なマシリト博士だろ。」


「アラレちゃんに出てくる、マッドサイエンティストのあれ?」


「当たり前じゃん」


ゴンは、さも当然の如く言い放った。


「マシリト博士は、当時担当編集だった鳥嶋和彦さんがモデルになってるワケ。それでもって、少年ジャンプの黄金期を築きあげて、編集長になった。更に集英社の常務取締役兼小学館集英社プロダクションの取締役を務めた、凄い人なんだぜ」


なるほど、漫画オタクを自称する僕でさえ知らなかった情報だ。ゴンは真のオタクかもしれない。


「って事で鳥島はマシリトに決定な」


ゴンの一言によって、鳥島はマシリトになった。前情報があると、なんだか凄いニックネームに感じてしまう。しかし、見た目は、おカッパ頭に、黒縁メガネなので、マシリト博士というか、アラレちゃんに登場する皿田きのこに似ている。



「ごめん。ごめん。職員会議が長引いて、遅くなっちゃった」


部活の顧問を勤める、ゆき姉がやって来た。


ゆき姉は、新任3年目の26歳で、何かと生徒との距離感が近いため、皆からはゆき姉と慕われる存在だ。走って来たのか、入口の前で前屈みになって一度呼吸を整えてから部室に入ってきた。


「一年生のコの失踪の件で?」


3日前から、学園中で噂になっている件を、敢えて聞いてみた。


「まぁ、そんなところ」


厳戒令が敷かれているのか、ゆき姉の返事は、煮え切らない反応だった。


本来なら、15:30には来ることになっているはずだったが、今現在の時刻は16:10分過ぎだ。


ゆき姉が来たことで、一応部活動としての体がなされる。僕達ミステリー研究部は、ミステリー小説が好きな事は当然なのだが、小説を書く事、ミステリー小説のトリックや伏線の回収の仕方を考察する事の他に、世の中の様々な事象を研究し、論文という型で成果をまとめるといった、割とちゃんとした活動が根底にある。毎週一人ずつ、各部員が得意とする(好きな)テーマを挙げ、その答えを探す事を目標としている。



「全員、揃ってるわね。先ずは、連絡事項というか報告から」


先程、皆で多いに喜んだエアコン設置についての時期や段取りについて、オフィシャルな情報の説明をされた。


「では、今週のテーマ担当は、部長の佐藤君だったわね」


今週のテーマ担当は、僕だった。


「今回のテーマは、次の元号について面白い記事を見つけたので、取り上げてみたいと思う」


「おお!珍しく、真面目な内容になりそうだな」


茶化して来たのは、例によってゴンだった。

取り敢えず、僕はそのまま続けた。


「昨年発表があった通り、天皇陛下の生前退位が決定し、今年で平成が最期の年になるのは、周知の通り」


「ねぇ、ねぇHey! Say! JUMPってどうなるのかな?」


茜が、ミーハー女子剥き出しの話題を挟む。


「それを言うなら、平成ノブシコブシですよ」


マシリトがニヤッとしながら言った。


僕はすかさずスルーを決め込んで続ける。


「気になるのは、次の元号が一体全体何になるかという事だ」


「それも、私は興味あるわ」


ゆき姉は、興味津々らしい。


「そこで、webで検索してだ。そろそろ候補が決まってるのか否かを調べたところ」


「実は、まるで決まっていないにも関わらず、いくつかの候補らしきものが出てくる出てくる」


皆、中々食いつきが良い。


「その候補って、ハッキリとしたソースはあるんでしょうか?」


シャアは、ハンカチで汗を拭きながら、質問を投げかけた。ぽっちゃり体型の彼には、中々の暑さのようだ。


「そこが問題なんだよ」


僕は、よし来たとばかりに話を続けた。


「ネット上で、候補として有力視されているのが、安始や安久と言われてもいるようだ」


「ちなみに、この資料を見て欲しい」


先程、出力しておいた紙を皆に配った。



(1.国民の理想としてふさわしいような良い意味を持つものであること

2.漢字2字であること

3.書きやすいこと

4.読みやすいこと

5.これまでに元号又は諡として用いられていないこと

6.俗用されていないこと


永29

天27

元27

治21

應20

)


「これは、1979年の大平内閣時代に定められた『元号選定手続き』と呼ばれるもので、この6項目を守る事が相応しいとされているらしい」


「こんな決まり事があるのね」


ゆき姉は、感心しているようだ。


「更に、頭文字。明治はM、大正はT、昭和はS、平成ならHと、書類なんかに生年月日を書く際に、アルファベット一文字で表すことがあるよな。」


「公的な書類でもたまにあるな。漢字一文字の場合とアルファベット一文字は、確かによく使われてる」

ゴンにも思い当たる節がある様だ。


「次の元号がもし、平〇だったら、色々とややこしいですね」


マシリトもコレに共感したようだ。


「そうなんだ。つまり、M、T、S、Hは必ず除外される可能性が高い」


「では、資料を上から見ていこう」


僕は、再び資料に目を通す様に促した。


「国民の理想としてふさわしいような良い意味を持つものであること。これは当然、当たり前なので、次。漢字2字であること、書きやすいこと、読みやすいこと。これもまぁ、当然だよな。」


「次の、これまでに元号又は諡として用いられていないこと。これに関しては、例えば中国やベトナムなんかも古今東西視野に入れて、入念に調べ上げるらしい」


「へぇ。平成とか、ありそうだけど無かったんですね」


シャアは、皆の思うところを代弁する発言を、汗を拭いながら述べた。


「たが、面白い事に、同じ漢字自体は使って良いみたいなんだ。過去の年号を見ていくと、『永』って漢字は29回も使われているんだ。」


「『永29とか天27』って書いてあるのは、歴代のベスト5って事なのね」


茜は、ようやく謎が解けたという顔をしている。

「そう。それらを踏まえて、先程の候補と呼ばれる安始や安久に話を戻すとしよう」


「安始も安久も、条件は満たしているという事なんですね」


マシリトは直ぐに理解したようだ。


「あれ?さっきも聞いたけど、結局のところソースはどうなんだい?ソルト?」


シャアは、やはり情報の出どころが気になるらしい。

「この話題の、僕の一番の興味はそこにあるんだ!」


僕は、チカラが入るとついついメガネの位置を直す仕草をしてしまう。


「この情報は、情報掲示板の2chに、生前退位発表よりも前に書き込まれたものなんだ。」


「えっ?」


何を言ってるんだという一同の目線が、僕の方へ瞬時に集まった。


「それは、つまりなんと言うか、ジョン・タイター的な」


「つまり、こういう事でしょうか?未来からの時間旅行者......」


マシリトは、理解が早い。


「そういう事だ」


ジョン・タイターとは、実際にアメリカで現れた自称タイムトラベラーだ。2000年にアメリカの大手掲示板サイトに突如現れ、自らを2036年からやって来たと謳った人物だ。


まあ、今となっては、彼の語ったその後の歴史にかなりの差異があり、信憑性は低いとされている。


「OK!十文字学園ミステリー研究部の題材として、相応しい内容になりそうね」


こうして、ゆき姉の許可が降り、明日から実際に情報集めをする事が決定し、本日の部活動は終了となった。


「じゃあ、私は職員室に用があるから、戸締まり宜しくね」


そう言うと、ゆき姉は部室を後にした。


「今回のテーマ、実に興味深いな。ソルト」


開口一番に、ゴンは今回のテーマを賞賛した。それにしても、相対性理論やらアインシュタインやらを愛するお前らしいな。

(さすが、親友は僕のことを理解している)


「私も面白いと思うよ。紫苑」


幼馴染の茜からも、ありがたいお言葉。


「前回の誰かさんのテーマ『ツチノコを探せ』は、流石に酷かったものね」


マシリトは、前回の企画者をさりげなくディスった。

「うわぁぁぁぁ!マシリトにディスられた~」


ゴンはしょぼんとしている。


「俺は、ツチノコ好きですよ」


シャアは謎のフォローを入れた。いや、この場合は、ただの個人的な感想なのかもしれない。


「では、サッサと片付けをして、出ましょう」


茜の副部長らしい一言で、僕達も部室を後にした。

旧校舎は木造なので、日が落ちると一転して、空気はひんやりとしてくる。更に、歩く度にギシギシなる廊下は、まるで何かが出そうな、そんな佇まいを含んでいた。


部室は3階にあるので、5人で校舎の入口まで向かって歩いてる。


「お化け出ないかな〜?妖怪いないかな〜?」


茜は、大の妖怪好きだ。ミス研ともなると、全員が割と冷めていて、怪異やら魑魅魍魎といった非科学的な存在を信じようともしない。いや、むしろ興味の対象でしかなく、お化けさん達も、まるで出て気がいというものを感じないだろう。


「そんな、大声出してたら、出るに出れないだろうよ」


僕は、お化けの気持ちを代弁してやった。


「そっか、そっか、じゃあ、みんな静かにね」

茜は、人差し指を口の前に立てた。

「動物の霊ってさ、化猫とか、化け狐とかな、特定の動物に限ってしかいかないのなんでなんだろう」

シャアは、さりげなく的を得た意見を言った。

「僕は、恐竜の幽霊を見たって話を聞かないのが不思議なくらいだよ」

僕も兼ねてからの持論を言ってみた。

「それは、やはり未練があるとかそういう問題じゃないの?」

マシリトは、真面目に返した。そうか、恐竜は未練という認識がないのか。

「犬は、ゾンビが定番だよなぁ」

シャアは、ゲーマーらしい意見を述べる。

「いや、人面犬がいるじゃん。」

「それに、シャア君。ゾンビは死んでないよ。アンデッドだからね」

ゴンの言ってる事がもっとも過ぎて、みんなで声を出して笑ってしまった。

そんなこんなしているうちに、校舎の入口に差し掛かり、それぞれが履物を靴に履き替えた。

部員は皆、歩いて通学しているが、ただ一人ゴンは単車で通っていた。旧校舎の奥に、ゴンのバイクを停めている駐輪場がある為、大抵の場合、ここで別れる事になる

「じゃあ、俺はここで。みんな気をつけて!また明日な」

「お前こそ気をつけろよ」

そんなやり取りをしていると、目の前に真っ赤なスポーツカーが、ボボンッ。ボボボッという野太いエキゾーストサウンドを鳴らしながら現れた。僕たちの目の前で停車すると、

オートウィンドウが下がり、そこから顔を出したのは、ゆき姉だった。

それを見て、ヒューと口笛を吹いたのはゴンだ。

「あなた達、寄り道しないで帰るのよ~」

それだけ言うと、ゆき姉の乗った赤いスポーツカーは、タイヤをキュキュキュッと言わせたかと思うと、ボゴンッというマフラーサウンドを奏で、あっという間に闇の中に消えていった。

これを見て興奮してしまったのは、モータースポーツ好きなゴンだ。

「いゃあ、やっぱりFDはかっけぇなぁ!見ただろ、あの野太いエキゾーストノートに、鬼のような加速!あの流線型のボディに、イカしたリトラクタブルライトが、theスポーツカーを物語ってるぜい」

「それをあんな、天然美女のゆき姉が乗ってるなんてさ、もうオレ、一生ついていきます」

そこにいた一同は、いつもの行動に、一生ついて行け!と心の中で呟くのだった。

ゴンは、ゆき姉の赤いRX7を見て、上機嫌になったのか、そのままルンルン気分で駐輪場に向かって行った。

「じゃあ、二人ともまた明日」

校門に差し掛かると、茜はシャアとマシリトに挨拶をした。校門を出て右手側に家があるのがシャアとマシリト。その逆が、僕と茜だ。

僕と彼女は近所なので、寄り道でもしない限り、いつも家の前までは二人で歩いている。家までの距離はざっと2km。徒歩で10分強といったところだ。

「ねぇ、紫苑ってさ四月一日さんのことどう思ってるの?」

藪から棒に、なんの脈絡もなく、茜はストレートに質問を投げかけて来た。

「どうって?」

「はい、質問に質問に返さない」

これは、逃げられない状況だ。

「友達かなぁ。そう、友達」

「ふぅん。じゃあ、好きって感情とか、そういう気持ちはないって事?」

更に、突っ込んだ質問で攻めてくる。女の子というのは、どうしてこんなに率直な意見を求めるのだろうか。

「いや、なんと言うか、見た目はタイプというか。髪型がタイプというか」

なんだか、煮え切らない答えを返してしまった。

「あっそ。やっぱりああいう見た目がタイプなんだ。だと思ってた。私みたいなショートカットは興味ないものね」

なんだ、なんだ怒ってるのか?

「いや、お前だってそれなりに......」

「そういうの要らない!そういうのが一番傷つくんだから」

話しを遮って、彼女はそう言ったまま立ち止まったまま、下を向いている。

(あれ?泣いてるのか?)

「......あかね?」

様子を伺いつつ、顔を覗き込んだ。

その瞬間、

「べ~!びっくりした?」

舌を出しながら、顔を上げたと思ったら、いつもの笑顔に戻っていた。

そのまま、僕を置いて歩きだし

「いいんじゃない?付き合っちゃえば」

茜の背中しか見えない僕からは、彼女の表情までは分からなかった。

慌てて、彼女の隣に追いつくと、

「はい。この話は終わり」

「それにしても、紫苑はタイムマシンとかタイムリープとか好きよね?」

突然、話を別の話にすり替えられた。僕的には、とっても好都合なのだが。折角、話が切り替わったので乗っかる事にした。

「まぁ、なんと言うか、男のロマンってヤツだな」

「はぁ?女の子にもロマンはあるんだから!そういうのを男尊女卑って言うのよ」

言ってる内容はキツイが、茜はケラケラ笑っていた。こんなやりとりが、僕と彼女の日常だ。

「そう言ってしまっては、そうなっちゃうけれども、そもそも相対性理論を唱えたアルベルト・アインシュタインは男だぜ」

「そういうのを屁理屈って言うのよ」

なんだか、嬉しそうに文句を返して来る。

「なんか、こう......科学的根拠に基づいているのに、未だ実証されていない事って、ワクワクするんだよな」

この手の内容を話すと、大概にして面倒臭がられる。特に、女の子には。

「なんだか、分かるような分からないようなだわ。しっかし、妖怪とか怪異の類にロマンを感じてしまう系美少女の私には、科学的根拠が無いからと、真っ向から否定されている気分だわ」

「さりげなく、自らを美少女と言ったな」

「あら?そういう時だけ、珍しくスルーしないのね?」

今のは、確実に要らない単語だったと思うのだが。

「間違ってはいないけど、不必要だった気がしたので、つい」

「でしょう。間違っていないのなら、確実にスルーするところよ」

「くそぅ......」

「うふふ。なんか、楽しくなっちゃった」

さっきまで落ち込んでたかと思っていたが、女心と秋の空ってやつか。なんにせよ、機嫌が戻ってよかった。

「ちなみに、幽霊や妖怪、魑魅魍魎だって、科学的根拠に基づいて立証出来る日が来るやもしれないんだぜ」

「えっ、そうなの?」

「量子力学の世界からすれば、物質の最初単位である事の量子は、見られている場合と見られていない場合で別の動きをする事が分かっているんだ」

「量子って、物理で出てくる水素とかヘリウムとかの電子ってヤツだよね?」

現在進行形で習ってる物理の問題なので、茜でも一応理解しているようだ。

「そう!その電子が問題な訳だ」

「何が問題なの?」

この話題に差し掛かったところで、ちょうど中間地点に当たる踏切に差し掛かった。遮断機を見る限り、左右両方から電車が通過するのを待たないといけないらしい。取り敢えず、僕は話を続けた。

「その電子ってヤツが実は、波であり粒子でもあるんだよ」

「ん?どういう事?」

「有名な量子力学の実験に、二重スリット実験って物があるんだ」

「ふむふむ」

彼女は、興味津々に耳を傾けてくれている。

それはそうだ。大好きな幽霊の話の解明に繋がるかもしれないのだから。

「実験の内容はこう」

「まずは、先ほどの電子が発射できる銃を用意する」

「銃ってピストルって事だよね?」

「その通り。そして、少し距離を取った場所に、縦に長細いスリットの空いた壁を用意するんだ」

僕は彼女の顔の前に、両手のひらをくっつけた状態で見せ、手のひら同士をお互いに少しだけ離して見せた。

「なるほど......」

理解出来ている様なので続けた。

「更に、そのスリットの先に大きな壁を建てる」

今度は、彼女の顔の前に左手を出して、親指以外の指はくっつけたまま見せて、目の前で中指と薬指を開いた。バルタン星人の手のようだ。それを縦にして見せた後に、少し距離を開けて右手も縦にして見せた。

「ふむふむ、なんとなく想像出来た」

状況を呑み込めているので、さらに続けようとしたところで、遮断機が上がった。とりあえず踏み切りを渡り終えてから話を続ける事にした。

「話をつづけると、スリットの向こう側に建てた壁には、電子が当たると反応する液体を塗っておくとする。さて、電子の銃からスリットに向かってマシンガンみたいにバババババッって電子を発射しまくったら、壁はどうなると思う?」

マシンガンのところで僕は、マシンガンを持つ仕草をして大袈裟に銃を乱射する素振りを見せた。

「えっ、銃ってピストルみたいなのじゃなくて、そんな感じのマシンガン的なヤツなの?」

「あっ」

僕は、持ってもいないマシンガンを後ろに隠す仕草をしてしまった。それを見て彼女は

「ぷっ」と吹き出していた。

「これは、連射するって事の例えで......こんな、乱れ打ちする感じじゃなくて……」

「わかってるよ。もう、そんなかわいい紫苑が好きよ」

なんだか取り乱してしまったが、謎に好きとか言われて、ちょっと赤くなってしまった。

「好きって、なんだよ」

「そのままよ、そのまま。好き、好き、大好き」

馬鹿にされてるのか本音なんだか、まるで僕には分からない。彼女は、「キャキャキャッ」と笑ったままだった。なので、冷静に話を戻すのに集中することにした。

「連射するけど、ピストルみたいなのでね。補足をしておくと、電子は大体真っ直ぐにしか飛ばないって事かな。」

「さっき、壁には塗料が塗ってあるって話はしたよね?では、その壁には、どんな模様が出来るでしょうか?」

ようやく、質問に漕ぎ着けた。

「わかった~!」

彼女は、さっき僕がやった両手のひらを前に出して、手と手に間を作って見せた。

「ご名答。物分りがが良いね」

彼女は、「でしょでしょ、学年3位の紫苑について行けるんだから」といって有頂天になっている。しかし、肝心なのはここからだ。

「では、さっきのスリットの壁にスリットが二本になったらどうなると思う?」

そう、質問すると僕は再びバルタン星人の手を彼女の前に差し出した。今度は、両手で。

ちょうど、この話をした時に、僕達は、互いの家の前まで来ていた。すると茜は、

「ねぇ、続きを紫苑の部屋で聞いてもいい?」

と提案してきた。幼い頃から、お互いの部屋を行き来して来たが、流石に高校生になってからは、年に数回あるかないかだ。しかも、そのほとんどは、勉強を教えてくれと言う内容だった。

「別に構わないけど」

特に断る理由もないし、深い時間でもないので、すんなり承諾する事にした。

僕の家の門塀を抜けると、全速力で駆け寄ってきたのは、わが家の愛犬「リッキー」だ。僕は、リッキーが向かって来る方に両手を広げて屈んだが、彼は僕の方ではなく、久しぶりに門を越えてきた茜に抱きついた。これには、少々嫉妬を覚えた。

「リッキー、最近ちょっと太ったんじゃない?」

茜は、彼の背中の毛を撫でながらリッキーに話しかけている。

「ねぇ!聞いてるの?」

どうやら、僕に言った言葉だったようだ。

「そうかな?そんなに変わってないように感じるけど」

「え~っ、絶対に太ったよ。余計なものを与えすぎなんじゃない?」

女の子というのは、何故に体重の増減をそこまでシビアに感じ取るのだろう。

「多分、うちの親父が甘やかしてるんだろうな」

リッキーを欲しがったのは、幼い頃の僕だが、今現在、一番面倒を見ているのは、僕の父だった。

「紫苑の犬でしょう?ちゃんと見てあげてよね」

そんなやり取りを済ませて、玄関を開けると、外でのやり取りを聞いていたのか、母親が玄関口に立っていた。

「おかえりなさい。今日は、茜ちゃんも一緒なのね」

僕の後から入ってきた茜を見るなり、母が言った。

「おばさん、お久しぶりです。お邪魔します」

茜は、母に元気よく挨拶を交わした。すると母は、僕の方に向かって

「紫苑、責任の取れなくなるようなことしちゃダメよ」

と言ってきた。

「なっ、何言ってんだよ」

僕は慌てて返した。

「おばさん、その時は、責任取ってもらうから大丈夫ですよぉ」

余計な返事を茜が返した。

「それなら、いいわ。ゆっくりしてってちょうだい。なんなら泊まって行く?」

「ゆっくりさせて貰いま~す」

玄関横の階段に足をかけ始めた僕の横で、要らないやり取りを展開している二人だった。

僕は、

「泊まるわけないだろ!」

と言い捨てて階段を駆け上がった。

「あら、残念ね」

と母の声が微かに聞こえた。

僕が階段を登ると、直ぐ後から茜も階段を登ってきた。僕は部屋に先に入って、デスクの椅子に腰掛けた。あとから入室して来た茜は、そのまま駆け足で僕のベッドにダイブした。

「おぃ!なにを」

思わず叫んでいた。僕の聖域に勝手に入られた気がしたからだ。

「いいじゃん、別に。ここしか空いてなかったんだもん」

「紫苑の匂いがする~」

うつ伏せになった茜は、何が楽しいのか、僕の枕に顔を埋めている。

「やめてくれ~」

僕はか細い声をあげた。

「だったら、無理矢理止めさせてみたら~?」

茜は、枕に埋めた顔をこちらに向けて、ニヤっと笑った。僕は少し苛立ちを覚えて、立ち上がると、ベッドの方に歩いていった。すると、

「まぁ、あなたたち、お取込み中だったかしら?」

と言って、開けっ放しの扉の傍に母親が立っていた。手には、お盆に乗せた、アイスコーヒーとお菓子が乗っている。

「いや~ん、紫苑に襲われる~」

茜は、ベッドの上でわざとジタバタし始めた。

「いや、まだなにも......」

と言った瞬間、ハッとした。

茜と母は目を互いに合わせると、

「まだって」

と声を合わせてニヤニヤした。

母は、

「飲み物はここに置いておくわよ。まだ、孫の顔は早いわよっ」

と言い残して、部屋を出て、階段を降りて行った。

「ふぅ」

と僕が言った瞬間、

「部屋の鍵閉めてもいいのよ~」

階段を降りたと思った母が再び顔を覗かせたので、思わず、ビクッとなった。

「うるさいっ!」

と僕が声を上げると、母は逃げる様に階段を降りて行った。母親のせいで、僕と茜に気まずい空気だけが残ってしまった。

すると、茜が口を開いた。

「私......紫苑とだったらいいよ」

そういうと、茜は咄嗟に仰向けになり、一瞬僕の方を見ると、目を閉じた。

僕は、顔面が真っ赤になるってこういう感じかと、初めて知った。

「えっ、じゃぁ」

僕は良心の呵責を感じつつ、震える手で、彼女の身体に触ろうとしたが、その途端

「エッチ!」

目を開いた茜は、そう呟くと

「私は、そんなに軽くないもん。て言うか、じゃあって何よ、じゃあって」

と言って頬を膨らまして見せた。

唖然としている僕を見て、突然笑顔になると

「冗談よ冗談。紫苑は女心が分かってないわね。さぁ、話の続きしよっ」

と言って身を起こして、伸びをした。これだから、女子ってやつはよく分からない。女心ってなんだよと心の中で叫んだ。エッチという言葉に、僕の下半身がピクリと反応してしまっていたた為、そのまま後ずさりして、先ほどの椅子に腰を下ろした。暫く、黙っていると

「それともエッチな事してからにする?」

と茜は、セクシーポーズを作って見せた。

「バカっ」

僕はそう言って、テーブルの上のグラスに手を伸ばした。まだ、若干手が震えていた。アイスコーヒーを、刺さっているストローで一口口に含むと、再びグラスをテーブルに戻した。

「紫苑とだったらってのはホントだよ」

と茜が話を突然戻した為に、

「ブーッ」

と口に含んだコーヒーを吹いてしまった。

「ちょっと~!きったなぁい」

二人は、目を合わせて腹を抱えて笑い転げた。時間にして2〜3分笑ったあと、僕は先ほどの話の続きを始めた。茜は、ベッドをソファ代わりにして、ちゃんと座り直している。

「さっきの話は、どこまでしたっけ?」

ホントは覚えているのだが、確認の為聞いてみた。茜は、顎に人探し指を当てて考える仕草をすると

「次は、スリットを2つにするってところだよね?」

話の内容を覚えているのを確認出来たので、続ける事にした。

「そう。スリットが二つの場合は、どうなると思う?」

茜も、アイスコーヒーを一口飲んでから、グラスをテーブルに戻すと、

「えっ単純に、2本の柱みたいになるんじゃないの?違うの?」

という自信なさげな回答を返してきた。

「不正解だ。」

「え~っ、やっぱり引っ掛け~?でもなんで?どうなるっていうの?」

「実は、無数の柱が出来るんだ。壁の中心には太い柱で、両端に向かうに連れて、細くなっていく。」

僕は、机に置いであったノートに、ペン立てに刺さっていたボールペンを1本取り、図にして見せた。すると茜は、

「全然意味不明なんだけど、なんでそうなるの?」

と、頭がこんがらかってしまった様だ。不正解だった為か、息を着きたくなったのか、茜はお菓子に手を出しはじめた。

「電子などの量子は、実は粒子であり、波動つまり波の様な状態でもあるんだ」

僕は何時になく真剣な面持ちで語った。

「ぷっ」

しかし、茜は何故か吹き出して笑った。

「ちょっと、言ってる意味がわからないんだけど。矛盾してるって言うか、科学と言うかまるで哲学の領域じゃん」

無理もない、僕も未だに同様の意見だ。

僕は、先ほど描いた図に、波の波紋を描いていき、波同士がぶつかり合うところにわかり易く点を打っていった。それを茜に見せて

「このスリットが海岸にある防波堤だと考えて、電子は波の波紋と考えるとわかりやすいんだが、波は、互いにぶつかり合った場所は力が強く、そうではない場所は弱くなる、こういう結果を干渉縞と呼ぶんだ」

茜は、身を乗り出して僕の描いた図をまじまじと覗き込んだ。

「で、結果としては、電子は波だったってオチなのね」

茜は、勝手に答えを決めてしまいそうだ。

「それが、そうじゃないんだ。さっき茜が言った様に、二本の柱になる場合があるんだ」

「だって、波だったら、こういう風になるんでしょ?」

さっきの図は茜の手元にあった。

「この実験の面白いところは、正にそこなんだ。」

僕は、思わずメガネの位置を直した。

「おかしいと気づいた、実験者が、色々な方法で観測をしたんだが、そもそもこの観測をするって行為が違いを生んでいたんだよ」

僕はニヤリとした。

「ちょっと待って、観測ってつまり、見られてるかどうかってことでしょ?量子には心でもあるの?」

茜はなかなか勘どころが良い。

「まさに、そういう事だ。物質の最小単位である量子レベルでも、まるで心を持っているかのような動きをする。これが、現在量子の特性として分かっている全てなんだよ」

「ふ~ん。なるほど。それじゃ、私たち全てが意識の集合体みたいだね」

茜は、母が持ってきたイチゴのポッキーをポキポキ食べながら言った。

「おっ!いいこと言うね〜」

思わず褒めたら、茜は嬉しそうにしている。

「心理学者ユングが提唱した言葉に、集合的無意識ってものがあるんだ」

「潜在意識みたいなもの?」

「潜在意識のその先にある、万物が持っている無意識ってところかな」

「おっと、なんだかちょっと、宗教じみて来たわね。科学的な物理の話をしていたのに、なんだか意外」

確かに、未知の領域に踏み込んでいくと、話は混沌としてくる気がする。

「話を一番最初の、霊的なところに戻そう」

茜は、ポカンとした表情をしていた。僕が先ほど、幽霊や妖怪、魑魅魍魎だって、科学的根拠に基づいて立証出来る日が来るやもしれないと言った事を忘れているようだ。

「あっ、そう言えば、幽霊を科学的に立証出来るとか最初に言ってたわね」

「前置きが長すぎて、すっかり忘れてた」

一応、彼女は覚えていた様だ。

「人が死んだとする、日本なら火葬するよな?」

「欧米は土葬が一般的よね?そもそも、なんで、埋葬が国や地域によって違うのかな」

これについて僕は、以前調べた事があった。

「それは、国や地域の問題ではなく、単純に宗教上の問題だよ。例えば、キリスト教やイスラム教、儒教などでは、土葬が一般的で、僕たち日本人は、神道と仏教徒が多い事になっているので、火葬というのが一般的なのだそうだ」

科学の話から、急に宗教の話題になっているのを考えると、なんだか妙な気分だ。

「多い事になっているってどういう事」

茜は、今度はカントリーマアムをパクパク食べている。僕は、ポケットからiPhoneを取り出して、日本人 宗教 割合と画像検索し、出てきた円グラフを茜に見せた。

「これを見れば分かると思うけど、割合から行くと、神道が約49%、仏教が約46%、キリスト教系が2%残りはその他になる様だよ」

茜は、僕の手からiPhoneを取り上げると、画面に目を落とした。

「へぇ。神道は神社ってことで、仏教がお寺ってことだよね?」

まぁ、確かに間違ってはいない。

「私の家って、仏教なのかな~?」

茜は、僕がこれから話そうとする内容の口火を切った。

「家じゃなくて、お前自身はどうなんだ?」

「......そんなの知らないわよ!そういう紫苑こそ、どうなのよ?」

問い詰めた訳でもないのに、何故か怒っているのか。

「ハッキリ言おう!無宗教だ。勿論、家族や家系の単位で考えれば、仏教という事になる。何故かって?一族のお墓がお寺にあるからさ」

僕は、メガネを直しつつ、ドヤ顔をして見せた。

「なぁ~んだ。ずるい!そう言えば良かったのね」

茜は、自分で自分のことが理解出来ていない事に苛立ちを感じたのかもしれない。

「だってさ、クリスマス祝うし、初詣は神社行っておみくじ引くじゃん。今年の初詣の時、紫苑が末吉で、私は大吉だったよね」

急に、年始早々から差をつけられた話をして来た。茜はやはり嬉しそうにしている。

「その通り、日本人ってその殆どが、無宗教らしい。茜の言うように、正月は神社で初詣。2月3日の節分は、神事がメインだったので、神道かと思いきや、今ではお寺でもイベントやるようだね。さらに、2月14日バレンタインデーにチョコレートをあげたりする。これは、元々キリスト教関連のイベントだよね。七夕も起源は中国みたいだけど、神事関連なので、神道寄り。お盆は、日本古来の祖霊信仰と仏教が融合した行事らしいよ。それから最近盛んになっているハロウィンも実はキリスト教のイベント。それから、さっき出てきたクリスマス。これ、イエス・キリストが降誕した日を祝う日だからね。」

「そうやって聞くと、私たち日本人は、一年中、色々な宗教に振り回されてるのか。むしろ沢山の宗教に感謝するべきとも言えるのね」

「茜は、結婚式はドレス着たい派?」

唐突に、結婚式の話を持ち出してしまって、ちょっと公開した。

「ちょっと紫苑。まだ付き合ってもいないのに、結婚式の話なんて、気が早いんだから~?」

やはり、こうなる。

「そういう事ではなくて」

なんだか、言い訳じみてしまう。

「そうね。やっぱり私はウェディングドレスを来て教会で......」

彼女はそこまで言って、やっと気づいた様だ。

「何故、教会が良いんだ?」

僕自身、疑問なので聞いてみた。すると、茜は、

「なんか、こう言っちゃうと教会に失礼かもしれないんだけど、見た目の問題かな。ウェディングドレス着たいから、教会になっちゃうというか」

何とも素直な意見だ。

「宗教に対して、なんの愛着もない、日本人ならではの意見だよね。きっと、欧米の人、特にクリスチャンが聞いたら、呆れるよね」

「たしかに~」

茜は、ちょっと落ち込んでしまった様だ。

「落ち込むことは無い。むしろ日本人的にはマジョリティ意見だと思うよ」

一応、フォローしておく事にした。

「そうよね。良かった~」

「そう!日本人としては普通、もはや無意識の領域でもあるかもしれないくらい」

「そこで、無意識の話?」

「いや、今のはたまたま」

かなり日本人の宗教についてで脱線してしまった。

「では、日本人の宗教についてはこれくらいにして、話を戻そう」

「なんだっけ?」

「土葬、火葬の話かな」

「あぁ、だいぶ脱線したわね」

茜はケラケラと笑っている。

「話の大筋としては、土葬でも火葬でもどっちでも良かったんだけどね」

「え~~~~~~っ」

茜は、とてつもなく大声を出した。

僕は、立ち上がると、茜の口を塞ぎ

「コラコラ、近所迷惑になるだろっ」

と、何故かこっちは小声になってしまった。

口を塞いでいた手を退けると、

「近所ってあたしん家じゃん」

とまたも大きな声で言い放ったので、

「両隣にも、家あるから~」

とまた、小声で抗議すると共に、茜の口を塞いだ。僕は、暫く気持ちを落ち着かせてから、話を続けた。

「つまり、何が言いたかったかと言うとだな。人間は死ぬと、土葬なり火葬なりで、身体を破壊してしまうという事だ。土葬の場合、棺桶に入れると腐敗には時間が掛かってしまうけどもね。ちなみに、キリスト教などが土葬するのは、キリスト教の最後の審判に際しての死者の復活の教理というものがある為、キリスト教会の伝統として火葬に否定的な見解があった事が背景にあるそうだ。さっきの宗教の話は、この事を言おうとしていた節があるんだけど、すっかり抜けていた」

という話を、一気にまくし立てた。

「まぁ、紫苑の言いたいことは理解したわ。人は死ぬと、早かれ遅かれ、肉体を失うということでしょう」

素晴らしき理解力。さすが幼なじみ。

「仮に、火葬された遺体の場合、焼かれて残るのは骨のみだが、焼いた肉体部分は、灰や塵となり空気中に少なからず漂って消えていってるんだと思うんだ」

「なんだか、食欲のなくなる様な話ね」

と言いながら、茜はさっきから、ハッピーターンに手を出しはじめている。僕も小腹が空いてきたので、カントリーマアムを手に取った。

「確かに。さらに話を戻すと、その灰や塵こそ、量子そのものか、それ以上の大きさの存在だと思わないか?」

「じゃあ幽霊の正体は、量子に宿った無意識ってこと?」

「そう!量子の特性は?」

「えっと、観測によって形が変わる!?」

茜は、興奮気味に答えた。

「ビンゴ!」

「だから、見えたり、見えなかったりってことだよね?」

「水って無色透明だけど、なんで認識できるんだと思う?」

僕は、今度は水を例にとって話を始めた。

「それは、光が反射しているからじゃないの?」

茜は正しい答えを導き出した。

「ご名答!つまり光って事は、光子だ」

「そこでさっきの二重スリット実験ね」

「おっ、解ってきたね。物体そのものも素粒子として2つの特性があるとする。さらに人間はモノの色を認識する事でそこで初めて物体を認識する。この二つが重なった瞬間しか認識出来ないまたは観測できない場合も存在するって事だ。」

僕は、そばに置いてあった赤いクッションを抱きかかえた。

「この赤いクッションは、なんで赤いかわかるか」

「は?そんなの赤い布で出来ているからに決まってるじゃん」

「いや、厳密にいうと、これそのものが赤い訳ではなくて、赤い光を反射する色で染められているというのが正しいんだ」

「えっ?赤い色を反射するって、赤い色の光なんてどこにもなくない?」

茜はポカンとした表情をしている。

「茜は、虹ってわかるよな?」

「ちょっと、バカにしないでよ。虹くらいわかるわよ!あの七色のアレでしょ?」

茜は、若干の苛立ちを露わにした。

「そのアレはなんで七色だと思う?」

「う〜ん。それはよくわからないかな」

茜は首を傾げて宙を仰いだ。

「物理学的には、虹は7色ではなく、連続する無限の色って事になるらしいのだけれど、あのアイザック・ニュートンが簡単に説明するために、当時神聖な数字とされていた7色にすることにしたそうだ。ニュートンが発見したのは、プリズムを通して太陽光を屈折させると、無色透明な光の中に七色の虹が存在する事だった。無論、雨上がりの虹もこの原理と同じ事が、雨上がりの水蒸気中に起こっているという事でしかないんだけれど。で、話を戻すと、僕たちが認識している色そのものは、この光の中のどの色を反射しているかによって起こっているという事なんだ」

僕がここまで説明すると、茜は、

「という事は、私が考えていた事と全くの逆だったて事ね。ふ〜ん、なるほど。それにしても、そのニュートンてリンゴのひとでしょ?」

「リンゴの人って……。まあ合ってはいるけどな。その通り、万有引力の法則を発見したあのニュートンだよ。話を戻すと、人間がモノを認識するって事はだ、つまりそこに光を反射する何かが存在しうるという事でしかない。」

「ということは、幽霊はつまり、虹みたいなモノって事よね」

「虹の場合は、水蒸気で光が屈折して見える。幽霊の場合は、そこに何かしらの目に見えない素粒子が存在し、且つ状態が粒子として観測された時に光が反射する事で認識出来る。そんなところかな。……まっ、これはあくまでも僕の持論に過ぎないけどね」

「ふぅ~ん。なんか、わかったような、わからないようなだけれど。もしもそれが解明されたら、面白いかもしれないわね」

茜は、この話題にかなり興味を持ったようだ。

「そもそも、この地球の70%は海なんだけれど、これだけ人類が文明や技術を進歩させても95%は未知の世界と言われているのは、聞いたことあるよな?」

「知ってる知ってる!海は、水圧のせいで、なかなか調査が難しいんだよね」

「そう、それと一緒で人類は、とても身近にあるのに、まだまだ理解していないものが、沢山あるんだよ、きっと」

「私たちみたいだねっ」

また、茜は哲学じみた事を言い出した。

「僕たちも、幼い頃から一緒にいて、家も近所だし、まぁ似ているかも知れないけど、僕は、茜のことを割と理解しているつもりだけどな」

「ふんだ。全然、私のこと理解してないクセに!海と一緒。95%も理解出来てないわよ!もっと、危険を犯してまで覗き込む探究心を持たなきゃ、深海の本当の深部までは、見えないんだから」

僕は、茜の意外な発言に唖然としてしまった。暫く、黙ってしまった。すると、

「まぁ、いいわ。今日はこの辺にしておいてあげる」

と言ってニコニコし始めた。やはり、まるで掴みどころのない感じだった。女の子ってのは、マリワナ海溝の様に、深くて、底なしの何かを持っているのかもしれない。

「じゃあ、そろそろ帰るか?」

「え~、めんどくさ~い。ここで寝ていく~」

そういうと、ベッドに横になってしまった。

また、始まった......。茜のこういう態度に、どう反応するべきかが分からない。

「はいはい、じゃあ一緒に寝るのか?」

「やだ、いやらしい。スケベ」

僕のベッドなのに......。

「紫苑は床で寝るの~」

そんな不条理な事を言っているので、

「そこは僕のベッドだ」

僕は、強引に茜の横に寝っ転がった。すると茜は「きゃっ」というと突然黙って、壁の方を向いてしまった。

「ちっちゃい頃、翌二人でこうやってお昼寝したよね。覚えてる?」

茜は、蚊の鳴くような小さな声で、背中越しに話しかけてきた。

「ああ......」

僕も同じようなトーンで返事をする。

「何時だったか、私のお気に入りのチャッピーを枕の下に入れてたら、何故かなくなっちゃった不思議な事あったよね」

「ああ......たしか、いつも茜が大事に抱えていたブタのぬいぐるみだったよな?」

僕は、茜の後頭部に話しかけている。

「ちがうよ!」

そういうと、彼女は突然クルリとこちら側に身体を向けたものだから、二人の目と目の距離は、僅か数センチという格好になってしまった。しかし、茜は動じずに続けた。

「チャッピーはクマさんだよ。私が毎日持ち歩いていたものだから、体は色あせてベージュっぽい色になっちゃったの。全体的にボロボロで、体のあちこちから綿がはみ出しちゃってた。鼻も取れちゃったから、お母さんに縫ってもらったんだけど、なんか不細工な顔になっちゃってね」

そういうと、チャッピーの顔を思い出したのか、クスクスと笑っている。さらに茜は続けた。

「でも、そんなチャッピーでも私にとっては、とても大切だったの。だからここでこうして紫苑とお昼寝する時には、無くさないように、チャッピーの体を枕の下に突っ込んでたんだ。結果、なくなっちゃったけど」

というと、とても悲しそうな、今にも泣きだしそうな顔になった。僕は自然と彼女の頭を撫でていた。

「ありがとう」

茜は、小声で言った。「僕は、幼い頃こうやって一緒に寝ていた事を思い出していた。そして、このベッドでこうしていると、なんだか狭く感じるほど、僕たちは大きくなったんだなと思い、目の前の茜の体をまじまじと見てしまった。すると、空いた制服のボタンの奥に、少しばかりの二つの膨らみを見つけてしまった」

「おぃ、コラ紫苑!心の声が出ちゃってるよ」

そう行って、茜は身体を起こして、僕の両頬を引っ張った。

「しまった。思いが、つい口に出て......」

「しかも、言うに事欠いて、少しばかりのとは失礼な!わたし、まあまあ、そこそこあるんだからね!」

自慢したいのか、謙遜したいのか。

「ぎょめぇんにゃしゃい」

僕は、シリアスに耐えきれず、ついギャグに走ってしまった。茜も元気になったみたいだし、めでたしめでたし。

ということで、茜は「私、もう帰る」と言って、僕の部屋から出ていったのだった。

数分後、僕のiPhoneには、茜からお礼のLINEが入っていた。

ありがとうってスタンプと「紫苑のスケベ」って言葉が。

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