ガクアジサイ
「弘美、今日は出掛けようか」
小学校から帰宅すると、珍しく家にいた父が冷蔵庫から牛乳パックを取り出しながら言った。早目の夕ご飯を済ませ、父が運転する車で私たち家族は夕暮れの街を走り抜けていく。高速を乗り継ぎ、すっかり暗くなったころ、私たちは山の中のお寺に辿り着いた。
「ほら、降りるわよ」
ウトウトしていた私は、母に揺さぶられて、目を擦りながら砂利の敷かれた地面に足をつけた。駐車場からお寺の門までの道沿いにはたくさんの屋台が並んでいて、夜だというのに人がいっぱいいた。
「今日はお祭りの日なの?」
「ふふふ。 もうすぐ分かるよ」
父は茶目っ気たっぷりに笑うと、迷子にならない様に私の手を引いた。明かりで照らされた石段を登り、大きな門の敷居を跨いだ先――。目の前に広がる光景に、幼い私は無邪気に声をあげた。
「うわあ、凄い!」
後から知ったのだが、そこは紫陽花で有名なお寺だった。山の傾斜を利用し、様々な種類の、色とりどりの花が、ライトアップされて暗闇の中から浮かび上がっていた。
「弘美、綺麗でしょ」
紫陽花を見るのは勿論、初めてでは無い。しかし、光の魔法は見るもの全てに輝きを与えている様だった。夜とはいえ梅雨入り前で、さらに人込みによる熱気もあり、辺りはムッとする程の気温だった。紫陽花の植えられた散歩道から見下ろせる位置には東屋が設けられており、そこではバイオリンとフルートの生演奏が行われていて、全てが相まって天国みたいに美しかった。
「今日、来てよかったね!」
それから私の中で、一番好きな花は紫陽花になった。




