第八話:禁断のレクリエーション
翌日、龍彦は学校へと登校した。
昨日の一件を腹を切って詫びようとした美里亞の説得に小一時間費やし、結局遅刻をしてしまったが。
一日休んだだけで同級生から酷く心配された。
風邪などでしばらく休んでいた生徒が久しぶりに登校すると、理由をわかっていてもあれやこれやと聞きたがるのが学生と言うもの。よって龍彦が教室に入る――それよりも前、校門で多くの女子生徒から質問攻めを受けている。
授業をする前からどっと疲れて、殆どを寝てすごした。本来ならばチョークを投げられて叩き起こされるのだが、そこは男子だけの特権。やんわりと起こされる。
さて、時間も相変わらず進んで、誰しもが待ち望んでいた昼休みの時間が訪れた。
食堂にてわいわいと友人達と談話しながら食事を楽しむ。
楽しむのだが……いやはや。
「相変わらず、この世界の恋愛小説はよぉわからんわ」
「ん? 何か言ったか龍彦」
「いんや何も。ただ面白い漫画があらへんなって思っとっただけや」
ただ、その内容と言うのが恋愛小説だから龍彦はまるで会話についていけない。
ファンタジーやバトル系統を好む彼にとって、恋愛小説は趣味思考の中に含まれていない。そのため適当に相槌を打つぐらいしかできなかった。
「面白いって……龍彦、お前も男なんだからもう少し趣味嗜好について考えた方がいいぞ? あんな暴力的なバトル漫画のどこが面白いんだ?」
「あ? なんやお前……俺の趣味を馬鹿にするんか?」
「別に馬鹿にしちゃいないけどさぁ。もう少し男の子らしくしろって俺は言いたいの」
「ふん。どうでもえぇわ」
「まったく……――だけど、俺もちゃんとした恋って言うのをしてみたいなぁ」
「それを言うなら僕もだよ。どこかにこう、強くて優しくて思わず頼っちゃう……そんな女性っていないのかなぁ」
「強さだけやったら、何人か紹介したるで?」
「いやだよ! どうせ郷田さんとか真宮先輩とかだろ!? 確かに暴力的な意味合いじゃ強いかもしれないけど、ガッツリ系はお断りだよ!」
「まっ、そらそうや」
「た、大変だ!」
食堂に男子生徒の一人が慌しく駆け込んできた。
何事かと全員が視線を彼へと向ける。
龍彦も従って男子生徒を見やる。何故かこっちに向かって走ってきている。
「て、龍彦どうしよう! 俺達このままじゃ女子にメチャクチャにされちまうよ!」
「は? どう言うこっちゃ?」
「こ、今月のレクリエーションなんだけど……今回は、女子と合同になったんだ」
男子生徒達は恐慌に陥った。
【聖アマトゥリス学園】では月に一度、レクリエーションを楽しむ時間を設けている。
勉強を忘れて更なる絆を深めることを目的としていて、古くから続く伝統だ。
そんな伝統でも、男女はきっちり分けられている。
過去、男女合同にしたところスキンシップと生じて強姦未遂を働いた女子生徒が原因である。
それが今、何故混同となったのか。男子生徒達が恐れるのも無理もない話だった。
一方龍彦は、一人口元を小さく緩めていた。
一部例外さえ除ければ男としてこれほど喜ばしいことはない。
今度こそ元男ではなく、生粋の女子との仲を強く深めたい。であればレクリエーションは絶好の機会なのだ。これを逃す手はない。
「えぇやないか。面白そうやんけ」
「お、お前正気か!? あの遥希や浅上、それに真宮先輩だって参加するんだぞ!?」
「あぁ、確かに厄介やな。せやけどレクリエーションの内容さえわかれば、いくらでも対策は練られる。ビビッとったらこっちの負けや。男やったら堂々としとったらえぇ」
「そ、それは女だったらの間違いでしょうに……」
「そんで? レクリエーションの内容自体は何なんや?」
「それは――」
「おい龍彦はいるか!?」
食堂の扉が荒々しく開放される。
男子生徒達が短い悲鳴を上げた。襲われる訳でもないのに、席を立って隅っこへと逃げる。
一人席に残って、龍彦は来訪者を見やる。
郷田遥希がいた。ニヤニヤと――本人はニコニコのつもりなんだろうが、龍彦にはまったく見えない――笑みを浮かべている。とても上機嫌だ。どうしてかは、わざわざ問うまでもなかろう。
「……女子生徒が入ってきたらアカンやろ」
「んな細かいことはいいんだよ! おい龍彦知ってるか? 今度のレクリエーションなんだけど――」
「今聞いたばっかりや。今回は女子と男子、合同でやるんやろ?」
「さすが耳が早いな。まぁ具体的な内容は発表されてないけど、合法的に龍彦と一緒になれるから楽しみだ」
「はいはい。とりあえず、お前もう帰れや。このまま先生にでも見つかったら参加資格失うかもしれへんで?」
「っと、それは盲点だった。それじゃあな龍彦! レクリエーションの日を楽しみにしてるぞ!」
嵐のように去っていった遥希。
食堂に平穏が再び訪れて――第二の嵐がやってきた。
「龍彦さんはこちらにいますか?」
「……真宮先輩」
「あら、お食事中でしたか。ですがこの胸の昂ぶりをどうしても抑えることができなくて……」
「どうせレクリエーションの件でしょ? ついさっき遥希も来て似たようなこと言ってましたよ」
「……またあの人ですか。まったく、何度言えば私の龍彦さんにちょっかいを出すのをやめてくれるのやら……」
「それ言うなら先輩もですよ?」
「まぁいいです。では龍彦さん、共にレクリエーションを楽しみましょうね」
にっこりと微笑んで去っていく衛。
ようやくこれで平穏が訪れたと男子生徒達が安堵の息をもらして――束の間。
二度あることは三度ある。程なくして第三の嵐が食堂を襲う。
「龍彦くんはいるかい?」
「……もう用件はわかっとるで悠。レクリエーションの件ならもう知っとるからな」
「昨日はあれだけ優しく接してくれたのに酷いじゃないか」
「やっかましいわ。俺の純情を弄んだ罪は大きいで……」
「し、失礼なこと言わないでよ! まだ龍彦くんには何にもしてないじゃないか!」
「まだっちゅうことはする予定あるかい……。まぁいいわ。レクリエーションのことならもうわかっとるから、早よ教室に帰れや」
「つれないなぁ、もう。でもレクリエーションは一緒に楽しもうね」
手を振りながら去っていく悠。
今度こそ平穏が訪れたと男子生徒達は安堵の息をもらし――結局何一つ解決していない現実に気付き、改めて恐慌に陥る。
どうしよう、転校しようか、いやいっそのこと登校拒否しようか――すっかり逃げ腰になっている男子生徒達を他所に龍彦は一人ほくそ笑む。
「あの三人はどうでもえぇけど……面白くなってきたやないか」
「全然面白くないよ……」
男子生徒達の士気は絶賛ダダ下がり中だ。
死んだ魚のような目をした級友達と今日の授業を終えて、いざ家に帰ろうとした矢先に館内放送が入る。
全校生徒は体育館に集まるように――恐らく【聖アマトゥリス学園】にいる生徒全員がその意図を察したことだろう。レクリエーションの一件だ、と。
意気消沈の男子生徒。
既に体育館に集まっている女子生徒達のテンションは異様なまでに高い。
全校生徒が揃ったところで、ステージの上に校長が立つ。齢四十でありながら二十代後半にしか見えない美貌を持つ、が未だ独り身だ。
《え~、全校生徒の諸君。今回集まってもらったのは他でもありません。既に知っているとおり、今月のレクリエーションについてですが男女合同で行うことになりました》
ブーイングコールを上げる男子生徒。
万来の喝采と歓声を校長に送る女子生徒。
相反する反応が上がる中で、校長が静粛を促す。
徐々に声も収まっていき、完全に静寂になったところで咳払いを一つ。校長が言葉を続ける。
《え~、男子生徒諸君が言いたいことはよくわかります。ですが何故今回男女合同で行うことになったか。それについては今回、とあるスポンサーが合コンをセッティング――あっ、いえ、男子生徒と清純な付き合いをしていきたいと強い要望と熱意があり、永らく行われてこなかった合同レクリエーションを復活させることにいたしました》
「って校長の奴お金……じゃなくて男で買収されてるじゃん!?」
「誰だよスポンサー!?」
男子生徒達から不満の声が一斉に上がる。
ふと、女子生徒達の方を見やる。
龍彦は目を大きく見開いて、それを呪うように凝視する。何故部外者であるお前がいるのか、と。
目が合う。【龍神館】館長、山南楓がにこにこと笑みを浮かべて手を振っていた。
少し遅れて、あぁ、どうやら彼女が原因であるらしい。龍彦は理解する。
女体化した世界でも【龍神館】の知名度は極めて高い。数多くの門下生がいるのであれば収入源も多く入ってくる。
以前は門前払いを受けた楓も、今回は金の力を使って正面玄関から堂々と入ったらしい。
ともあれ、なかなかいい仕事をしてくれたものだ。他の男子には申し訳ないが。
龍彦は楓にサムズアップを返す。
一瞬、驚いたような表情を浮かべて――楓が他の女子生徒を跳ね除けて駆け寄ってきた。
「うわああああああっ! りゅ、【龍神館】の館長がこっちに向かって来たああああああっ!」
「に、逃げろおおおおおっ!」
「ひぃっ! ど、どうか僕を性的な意味で食べないでください!」
男子生徒達の悲鳴が反響する。
突進してくる楓に対し、龍彦は巴投げを極めた。
綺麗な弧を描いて跳んでいく楓。偶然にも落下地点にいた男子生徒がクッションとなって彼女に傷はない。ないが、クッションとなった男子生徒の心に深い傷を負ってしまった。
「むっ……すまないな少年。だが私の心には既に刃崎龍彦と言う運命の男がいるのだ。お前の気持ちは受け取ることはできないが、いやなかなか私好みでかわいい顔をしているぞ」
「いや、俺のことは気にせずそいつでお願いしますわ」
勝手な解釈をされた挙句、勝手にフラれた男子生徒。
楓は楓で、胸板やら頬やらべたべたと不必要に触っていく。
憐れ、それしか言葉が見つからない。白目を剥いて気絶している彼に龍彦は黙祷を捧げた。
《そ、そんな訳だから今回は合同でレクリエーションを行いたいと思います。そ、それでは山南さん、どうぞ》
「うむ」
マイクを受け取った楓が静かに口を開く。
《え~知ってのとおり、私は【龍神館】の館長を務めている山南楓だ。今回のレクリエーションは私が企画し校長先生に提案した。では肝心の内容についてだが――男女合同によるスポーツ大会を行いたいと思う》
「何や、意外に普通の内容やな。俺はてっきり……」
「ど、どんなことを考えてたんだ?」
友人からの問いに龍彦は答えない。答えられる訳がなかった。
露出度の高い衣装を着せられて奉仕させられる喫茶や、際どい衣装を着てローションたっぷりの中レスリングをさせられたりなど、彼らの心にトラウマを残しかねない妄想をしていたことを。
逆に女子にお願いしたらあっさりやってくれるかも、と思ったところで楓の声に意識は現実へと連れ戻される。
《何故スポーツ大会なのか。理由としては至って簡単だ――スポーツとは男性も女性も関係なく、誰しもが汗水を流しながら楽しんで行えるからだ。近年に入りスポーツに関心を持たない子が数多く出ているとも聞く。よって【聖アマトゥリス学園】に通う君達にはスポーツの楽しさをもう一度再認識してもらいつつ、更なる絆の発展に繋がればと思い今回私が校長先生に協力を申し出た次第だ》
「……言ってることは真面目やな」
「う、うん。でも、ちょっと不気味な感じがするのは、俺の気のせいかな……」
「多分……いや、何でもあらへん」
《さて、では肝心の内容についてだが――それは当日に改めて説明したいと思う。それでは全校生徒の諸君、当日までにしっかりと体調管理をしておくように》
楓の話が終わる。
マイクが再び校長の手に渡る。
楓考案のレクリエーションの日時と注意事項について語っている。
だが、果たしてその言葉を何人が聞いているのやら。
全員だ。龍彦ただ一人を残して、絶望に打ちひしがれている男子生徒らの耳には一切届いていない。一方で女子生徒らは対極の反応を見せている。
恋と性欲に燃える乙女達のヤる気は十分のようだ。
「ふん……まぁ、俺は楽しませてもらうで」
ぎらぎらと目を輝かせて品定めを始めている女子生徒達を横目に、龍彦は小さく不敵な笑みを浮かべた。