第六話:裏切り恋歌
日が山の向こうへと沈んでいく。
青かった空は茜色へと移り変わり、カラスの鳴き声が夕刻を知らせる。
放課後となった。
今日の授業を終えた生徒達は各々目的のために活動する。
ある者は部活に行き、ある者はそのまま遊びに出掛ける。
そして男子生徒はと言うと、性的被害から守るためのボディーガードの迎えを教室で待っていた。龍彦もその内の一人であるわけなのだが、このまま何もせずすごすと言うのは、どうも勿体無い。
龍彦の冒険はまだ終わっていない。
まだまだ見ていない場所はたくさんある。
湧き立つ好奇心を満たすため、友人達を残して龍彦は一人教室を後にする。
誰かが制止したような、気がしたけれどきっと気のせいだろう。
「また張り込んでるんかい」
放課後だと言うのに、連絡通路の向こうで女子生徒達が待機している。
昼休みに比べればまだ少ないが。活気だけならば先にも劣っていない。
幸い、遥希や衛の姿は見られない。それどころか、昼休みに出会ったあの美少女の姿が混じっている。
ならば。彼女らの元へ行く他あるまい。
龍彦は連絡通路を通って女子生徒達の下へと向かう。
きゃあきゃあと飛び跳ねて喜ぶ女子生徒達。
俺は今ものすごくモテている。その事実が気分を高揚させてくるが――今は抑えろ。
「よぉ、さっきぶりやな」
「あ、うん! 今日のお昼休みはありがとうね龍彦くん!」
「おう、気にすんなや。あれぐらいやったらいつでも手伝ったる」
「そ、それでね龍彦くん。今日、この後なんだけど……予定ってあるかな?」
「予定?」
わざとらしく聞き返す。
言葉の意味がわからないほど、刃崎龍彦と言う男は鈍感ではない。
誘っているのだ。
何に――そんなものデートに決まっているだろう。龍彦じゃ心の中で何度もガッツポーズを取った。彼女が誰かは知らないけれど、念願の美少女とのデートがようやく叶う。
「予定やったら特にあらへんで」
「じゃ、じゃあよかったら家に来ない!? 今日のお礼とかしたいし、それにボクの家に面白いものいっぱいあるよ?」
「ほ~ん、そりゃ面白そうやな。よっしゃ! そんじゃお邪魔させてもらおかな」
瞬間、周りからどよめきが起こった。
男子生徒が家に遊びにくる。ありふれた内容だが、どうやら男女比率の狂った世界では驚愕に値にする出来事に匹敵するらしい。誘った当の本人ですら、目を丸く見開いて口をぽかんと開けている。
誘っておいて当事者が驚くとはこれいかに。
でもかわいいから許すことにする。
「い、いいの?」
「おいおい、そっちから誘ってきて何で疑問系やねん。都合が悪いっちゅうなら外でも構わへんで。それか俺の家でもえぇかもしれへんな」
もうすぐ美里亞が迎えにくる。
車にさえ乗ってしまえば、外部からの妨害を受ける心配もない。
万が一、公衆面前で襲撃してこようものなら男性保護法に則って豚箱行きだ。
あまりにもリスクが高い真似を、女性達が出るとは考えにくい。
よって車にさえ乗り込んでしまえば勝利は確定なのだ。
「た、龍彦くんのお家!? じゃ、じゃあ是非ともそっちに行かせてください!」
「わ、わかったら土下座とかせんといてくれや。俺が何や強要させてるみたいやろ」
「あ、うんゴメンね龍彦くん!」
「気にしとらんし構わへんで。でもその前に、少しだけ寄りたい場所があるんやけどえぇか?」
「龍彦くんが行くところなら、どこだってついていくよ!」
「決まりやな。せやったら善は急げや」
信じられない、抜け駆けされた、寝取られた――これについては妄言にもほどがあるが――などと、残された女子生徒達が落胆の感情を酷く顔に浮かばせる。うら若き乙女の柔肌が、一気にやつれるほどショックだったようだ。
自分がその引き金になってしまったと考えると――言いようの無い興奮が芽生えてくる。
――アカン……何や、癖になってしまいそうや。
元の世界の話でよくある、周囲を翻弄する女性のような気分だ。それが悪くないと思ってしまえる自分は、いつからこんなにも性格が捻くれてしまったのやら。
まぁ、反省する気などさらさらないのだが。龍彦はほくそ笑んだ。
興奮した面持ちの女子生徒を連れて――そうそう。
ふと思い出して、龍彦は尋ねる。
「そう言えば、その……俺、お前のことなんて呼んだらいい?」
「え? どうしたの急に」
「いや、その……なんて言えばいいやろうか。こないして女子と二人で遊ぶのって初めてやから、妙に緊張してきおってな。学校とプライベートの呼び方を分けた方がえぇかなぁって思ったんや」
我ながらなんて間抜けなことを口走ってしまったのだろう。龍彦は内心で激しく後悔した。
彼女の名前を知らないから教えてくださいと、ひょっとすると単刀直入に言った方がよかったかもしれない。下手な嘘を吐いたおかけで、件の美少女は不可思議そうに小首をひねってしまっている。
失敗だったか。
「くすっ。龍彦くんって面白いこと言う人なんだね。新たな一面を見つけちゃった」
「あ、あはは……」
「そうねぇ。じゃあ龍彦くんにはボクのことは悠でいいよ」
「悠か。せやったらこれから悠って呼ばせてもらうわな」
「うん! 何度でも呼んでくれていいからね龍彦くん」
何気ない会話を楽しむ龍彦の頬は完全に緩み切っていた。
最早、かっこいい男とは程遠い。今の彼を言い表すならば、だらしないの一言に尽きよう。女性から見れば一瞬で燃え盛る恋に氷河期が訪れる。
幸いなのは、悠がまるで気にしていない様子であることだ。そればかりか、うっとりとした表情で見つめすらいる。
デレデレとする龍彦。一方で熱を帯びた眼差しを絶えず向ける悠。
そして。
「お、着いた着いた。ここに来たかったんや」
「え? ここに来たかったの?」
「せや」
怪訝そうな眼差しを向ける悠を他所に、龍彦の目は輝いている。
木製の扉をゆっくりと開く。
等間隔に設けられた長椅子。奥の祭壇に一直線に敷かれた赤いカーペット。
聖母とイエスと思わしき男性が描かれたステンドグラスの窓が、外から差し込む夕日を浴びて地面にその姿を浮かび上がらせている。
一切の穢れを浄化する神聖な内観は正に聖域。
「龍彦くんが教会に来たかったなんて、ちょっと意外かも」
「そりゃな……」
別に神様を信じているわけでもないし、そもそも信仰すらしていない。
一応の宗教である仏教ですらも無関心なのだ。
それでも訪れたのには、龍彦なりの理由がある。
教会とは、一般の建造物にはない神聖さが醸し出されている――とは、龍彦の持論だ。
中世ではもちろんのこと。ファンタジーを題材とする二次創作でも、教会とは必要不可欠な存在と言えよう。
普段訪れない場所に加え、ファンタジー世界に足を踏み入れているかのような気持ちになれることから、龍彦の男心はくすぶられる。
「……そうだ。ねぇねぇ龍彦くん、ちょっとこっちに来て」
「あ? あ、あぁ……」
悠に手を引かれる。
祭壇まで連れてきて何をするのか――と言う疑問は、女子に手を握られていると言う事実によって瞬時に掻き消される。
女子特有の柔らかくて優しいぬくもりが伝わってくる。
歩く度に靡く翡翠色の髪からは甘い香りがした。
――幸せやわ……。
完全に頬を緩め切って――龍彦は祭壇の前に立たされる。
対面には悠が立っている。頬がほんのりと赤い。
何度も深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとしている。ぶつぶつと何かを呟いているが、よく聞き取れない。
やがて、意を決した面持ちで見つめてくる。
先ほどよりも頬が紅潮していた。
「あ、あのね龍彦くん!」
「お、おう。なんや?」
「ボ、ボクとその――」
「おいお前ら、こんなところで何やってるんだ……?」
望まぬ来訪者が現れる。
郷田遥希が仁王立ちしていた。
両腕を組み、鋭い眼光で美少女を見据えている。
とてもよく知る顔だ。戦いの最中、彼が本気で潰すと思った相手に向ける戦士の貌だ。
女体化しても気迫は変わっていないらしい。だからこそ向けられるべき相手が自分でないことに、龍彦は焦りを見せる。
男でも誰しもが喧嘩ができるようにできていない。
草食動物と言う言葉が相応しいぐらい、世の中には心優しいすぎる男もいる。
従って悠が、遥希と戦えるだけの人間とはとても思えない。
だから守る。女を守るのは男の役目であるし、気に入った女子とのデートを成功させる義務が龍彦にはある。
悠を庇うようにして、龍彦は遥希と対峙する。
「そこをどけよ龍彦。私はそいつに用があるんだ」
「用があるだけやったら、そないに殺気剥き出す必要あらへんやろ。どんな理由かは知らんが、この子には指一本触れさえへんで」
「……どうしてお前はそう、女を守るために強くあろうとするのかな」
「それが俺の流儀やからや。来るっちゅうんなら相手になったるで、遥希」
「……ならお前に聞く。二人で何をやってるんだ?」
「そんなもんデートに決まっとるやないか。そんなもんぐらい見りゃわかるやろ」
「デデデ、デート!? ど、どうして私を誘ってくれないの!? ねぇどうして!?」
「いや知らんがな」
素のまま問い詰めてくる遥希を龍彦は聞き流す。
誘うも何も、遥希をデートの相手に選ぶ気が龍彦にない。
元男であることが悪いのだ。恨むのならば並行世界にいる男の自分を恨むがいい。
「とにかくこれから俺はこの子と……悠とデートしてる最中なんや。邪魔しんといてくれるか遥希」
「そ、そんな……私、こんなにも龍彦のことが大好きなんだよ! 私なら他の女から龍彦を守ることができる! 龍彦のことを幸せにしてあげられる! だから……!」
「そらどうも。せやけど俺はお前の気持ちには答えられへん――堪忍してや」
力なく膝から崩れ落ちる遥希。龍彦はばつが悪そうに頬をぽりぽりと掻く。
好きだった女が他の男を連れていて挙句フラれた時の傷は、当事者にしか理解できない。
そう言う意味では、龍彦も当事者に該当される。
好きだった女子生徒に告白するも暴力的な部分が気に入らないと、フラれた経験が龍彦にはある。あるからこそ、遥希への対応に僅かながらも罪悪感が芽生えていた。
――さすがに、ちょっとは言葉を選ぶべきやったかな……。
両膝を着き、顔を俯かせたまま遥希は動こうとしない。
扉からこっそりと様子を窺っている取り巻き達も心配した面持ちだ。
小さかった罪悪感がどんどん大きくなっていくのを感じた龍彦は、小さな溜息を一つこぼす。
「……なぁ遥希」
静かに口を開く。
同時――遥希がすうっと立ち上がった。
項垂れていた顔がゆっくりと上げられる。
龍彦は短い悲鳴を上げる。上げるなと言う方が無理だった。
暴力的な男でも、彼の瞳はいつもぎらぎらと宝石のように輝いていた。
美少女になっても相変わらずの輝きが瞳に宿っている。
今はその瞳に輝きは宿っていない。
あるのは深遠の闇か。ハイライトは仕事を放棄して電源を切った。
覗けばまるで吸い込まれてしまいそうなほど、彼女の瞳はどす黒い。
そうでありながら笑っているから、龍彦は恐怖を感じずにはいられなかった。
「……もういいや。私も皆みたいに我慢しなきゃよかったのよ。そうしたら龍彦も今頃私のものになってくれてたわ! そうよそうに違いないわ!」
「遥希……お前!」
「じゃあ龍彦、私もう我慢しないからね? このまま皆が見ている前でメチャクチャにしてあげる。私のじゃなきゃ満足できないようにしてあげるからね?」
「あ、姉御……本当にいいんですか?」
「いいわよ――あぁ、いいぞ。最初に龍彦を抑えつけられた奴は私の二番目にシていい」
「やった! 今の言葉、忘れないでくださいよ姉御!」
取り巻きたちがぞろぞろと教会に入ってきた。
学校内だから昨晩のように堂々と鉄パイプなどで武装はしていない。
ポケットから金属が取り出された。
指に嵌めて使われるそれはメリケンサックである。
携帯性にも優れているし安価で手に入る武器だ。
それならばポケットや鞄の中に入れていてもまず見つかるまい。
「学校内やのに、随分危ないもん持っとるやんか――退学する覚悟はできとんのかいな?」
「これは龍彦、お前を守るためでもあるんだよ」
「は? どう言うこっちゃ」
「……おい浅上悠、お前どんなトリック使ったか知らないが、龍彦に手を出すなんざいい度胸してるじゃねぇか。あぁ?」
「あ、浅上悠……やて!?」
龍彦はその名前の人物を知っていた。
浅上悠――名門校に通うエリートでありながら武器収集及び改造を趣味とする。
更に改造した武器の精度を調べるため、夜な夜な出歩いては不良などで実験を行う危険な思考の持ち主でもある。
最強の喧嘩師と言う、余計な異名のせいで龍彦も彼と遭遇してしまった。
幸い返り討ちにして事なきを得たものの、その日から最高の実験体として日々狙われる羽目となってしまった。
龍彦は驚愕に見開いた眼で悠――浅上悠を呪うように見やる。
お前が本当にあの浅上悠なのか、と。
それに応えるかのように、彼女の両手に見知った物が袖口から姿を見せた。
金剛と雷電――ダイヤモンドを素材に高圧電流を流せる機能を兼ね備えた、無駄に技術と経費がつぎ込まれた二本の特殊警棒。
浅上悠を象徴する代物と言って過言ではない。
因みに値段を付けると高校生の小遣いはもちろん、サラリーマンの年収では買えないとんでも価格らしい。
それはさておき。
「……遥希。ボクのことを悠って呼んだら許さないって言ったはずだよ?」
刹那、空気ががらりと変わった。
よく知った気が辺りに満ちていく。
龍彦は卒倒しそうになって――辛うじて意識を現実へと繋ぎ留める。
彼女は間違いなく、浅上悠本人だ。その事実を受け入れてしまったからこそ、込みあがってくる激しい後悔と嘔気に龍彦は悶え苦しむ。
元男に気を許してデートにも誘ったのだから、当然精神的ダメージは大きい。
もしこのまま遥希に言われず家に連れ込んでいたら、と考えて――ぞっとする。
と言うより。
――あ、あれは反則やろ……。
龍彦の知る浅上悠は根暗な男だった。
常に白衣を纏い、近寄り難い雰囲気を醸し出していた。
その印象をがらりと変えて、浅上悠として同じ学校に通っている。
果たして、誰がこうなると予測できたか。きっと、誰にもできない。
ましてや闘気まで抑えられていては、さすがの龍彦も成す術がなかった。
「遥希……君は本当に喧嘩を売るのが上手だね。本当に君と言う存在はボクをイライラさせてくれるよ」
「私が知るか。だいたいお前の本名が私の名前と被ってるから悪いんだろうが」
「本当に自分勝手な人間だね君は――ボクの名前は悠だって言ってるだろ!」
刃崎龍彦の好敵手である浅上悠は女扱いされることを極端に嫌う。
見た目が中性的なこともあって、悠と言う字が“はるか”とも読めることから女扱いをして馬鹿にすると、彼は憤怒の炎を燃え上がらせて標的を滅多打ちにする。
あべこべとなっている世界の彼……いや、彼女は逆に男の子扱いされることが禁句となっているらしい。
いやいやいや、それよりも。
「マ、マジで学校で殺り合うとか正気かお前ら!?」
学校を舞台に激しく戦いを繰り広げられるアニメやゲームはたくさんある。
現実でそんなことをしてしまえば良くて退学、最悪危険物所持やら傷害致死やらで逮捕は確実だ。
男に不貞を働いていないだけマシだが――結局のところ、二人は若くして人生を棒に振ろうとしている。その事実に変わりはない。
「君のせいですべてが台無しだよ! せっかく龍彦くんと良い雰囲気になれていたのに!」
「はっ! お前なんかに龍彦を好き勝手にさせてたまるかって言うんだ! 龍彦は私の男だからな――お前らこいつをやっちまえ!」
怒号が教会に響き渡る。
神聖な場所が一瞬にして戦場と化した。
メリケンサックを装着した女子生徒達が悠に襲い掛かる。
二本の金属棒が迎え撃つ。空中で飛燕の如く縦横無尽に駆け、さながら舞のような体捌きで敵手を迎え撃つ。
喧嘩慣れしている龍彦ですら、悠の顔面攻撃には思わず目を背ける。
「私のかわいい子分達をいじめてんじゃねーぞ!」
遥希が剛腕ならぬ細腕を振るう。
大振りで素人丸出しな攻撃だ。避けてくれと相手に言っているのも同じ。
かと言って防御に回れば、その者は彼女の膂力の前にひれ伏すことになる。
空振りしたフックが、天井を支える柱の一本を粉砕した。
生身の人間が受ければ致命傷は免れない。
「君の攻撃は本当に大雑把だね。そんな性格だから男にモテないんだよ!」
「お前だって武器の改造に一人ニヤニヤしてるくせして偉そうなんだよ!」
「なんだって言えばいいさ! ボクが武器を改造するのはすべて龍彦くんを守るためさ。彼はとても魅力的な男性だからね。だからボクが守ってあげるんだ――君みたいなクズでバカですぐ暴力に走ることしかできない、憐れな女達からね!」
「異議ありです!」
「げぇっ! 真宮先輩!?」
新手の乱入者が教会へと現われる。
わざわざ壁に大きな入り口を作らなくともよかっただろうに。
そして木刀でそれを成してしまった真宮衛が怪物であると、改めて認識せねばなるまい。
「龍彦さんの気配がしたので後を付けてみれば……やはり今ここで貴女達には消えてもらう必要があるみたいですね!」
「どいつもこいつもマジでウゼェんだよ……さっさと死ねやゴラァッ!! 雷塵撃!」
「それはこっちの台詞だよ! 二打・双殺魂!」
「龍彦さんは誰にも渡さない! 真宮流、陽之太刀――浅打!」
三者、実に身勝手な主張をぶつけ合っては技をぶつけ合う。
長椅子が吹き飛び、ステンドグラスは割れて、床が大きく破損する。
それだけの衝撃波を発生させる両者は――はて、本当に人間なのだろうか。今更ながらそんなことを、ふと思う。
それはそうとして。
「げっへっへ……そんな訳だから覚悟してよ刃崎くぅん。できるだけ優しくするからさ」
目の前から迫り来る性に飢えた獣共を、龍彦はなんとかしなければならない。
数は六人。全員がメリケンサックで武装している。
男相手に暴力を振るってくるとは考えにくい。
だが、のんびりともしてられない。龍彦は女子生徒達へと向かって駆け出す。
そして、跳躍。高らかに宙を跳び、唖然とする女子生徒の肩を踏み台にして更に跳躍する。
「わ、私を踏み台にした!?」
「付き合ってられるか!」
出入り口で着地し、間髪要れず走り出す。
「あ、待ってよ龍彦くん!」
「うっさいわボケ! 俺の気持ちを裏切りよって……ちくしょおおおおおおっ!」
向こうからすれば完全な逆恨みだ。迷惑にも程がある。
しかし、龍彦は言わずにはいられなかった。
かわいらしい女子生徒だと思って浮かれていたら元男で天敵の一人だった。とても笑い話にはできない。
教会を飛び出して、龍彦は一直線に校門前に向かう。
校門の前に美里亞の姿があった。
そのまま控えていたリムジンに飛び込む。
「ど、どうされたのですか龍彦さま!? そんなに慌てられて、何かあったのですか!?」
「さっさと出してください……マジで頼みます」
「まさか……わかりました。至急、【聖アマトゥリス学園】から離脱します!」
エンジンが唸りをあげる。
そして爆発する勢いでリムジンが発進した。
遠ざかっていく【聖アマトゥリス学園】。
その姿が完全に見えなくなる直前――件の女子生徒二名の姿が視界に入った。
とうとう、込み上がる嘔気に耐えられず龍彦は窓の向こうに盛大に吐瀉物をぶちまけた。