最終話:Goodbye my world.Hello,new world
これにて本編は終了です。
あとがぎまで読んでねw
雲ひとつない快晴の空。
青一色に染め上げられた中を太陽が浮かんでいる。
燦燦と輝く暖かな陽射しを浴びて小鳥達が優雅に泳いでいる。
開いたままの窓から吹く緩やかな風。
頬を優しく撫で上げられたのを切っ掛けに、龍彦は窓を見やる。
その向こう、がやがやと人々の活気で賑わう町の様子が広がっていた。
慌しく交差点を行き交い、道路を忙しなく自動車が走り抜ける。どこにでもありふれた日本の光景。見ていて別段面白くもないし、あっと驚くような発見もない。
平和だ。それはとても素晴らしいことなんだろう。
天友会壊滅――朝刊の一面にデカデカと掲載された事件が世間に知らされてから、今日で早“一週間”が経過する。その間で刃崎龍彦の人生はがらりと変わった。
その一つと言うのが――。
「おはよう龍彦!」
「お、おう。おはようさん遥希」
「今日もいい天気だね! それじゃあ今日も一緒に校舎まで行こうよ」
「わ、わかっとるっちゅうねん。わかっとるからグイグイ馬鹿力で引っ張んなや!」
刃崎龍彦と【ライトニング】のリーダー、郷田遥希の電撃交際――交際するからと言う理由で【ライトニング】は解散し、それに猛反発した部下達……大方おこぼれをもらえないからだろうが――は世間を大きく揺るがせた……かどうかはさておき。
少なくとも【聖アマトゥリス学園】を初めとし、彼の周りにいる友人知人恋人候補だったけどアブれた人達には凄まじい衝撃を与えたことは間違いない。
例を挙げると美里亜は色々と拗れて強姦未遂を働き勤め先で再教育を受けている。惜しい人をなくした、色んな意味で。
天友会を壊滅させた後、龍彦は貞操と世界の存亡を懸けて遥希と死闘を演じた。
男と女、性別を越えた本気の素手喧嘩の末に、勝利したのが彼女だからこそ刃崎龍彦は存在している。崩壊を免れた夢世界が一つの現実世界として今日も時計の針を刻み続けている。
それはそうとして。
「ねぇ龍彦、もうあそこの痛みは治まったの?」
「……治まったと思うか?」
「まだなの? 正直もう我慢できないんだけど」
「お前……どんだけ性欲に餓えとんねん。つーかこっちの身にもなれや!」
「だってぇ……」
ヤりすぎが原因だと医師から診断されるほど痛む下半身の愚息と、気を失ってから遥希と融合、もしくはドッキングされていた事実に、後に龍彦が盛大に嘔吐して丸一日心身の養生に務めたのは、通るべき結末であったと言えよう。
因みに今も病院から貰った軟膏を塗布して生活している。しばらく性行為ができなくなって、現在絶賛欲求不満中な遥希だが、少しでも触れれば痛む龍彦にしてみれば堪ったものではない。
生理中で彼女とできずにムラムラする男性のような彼女だが、貞操観念やら性的欲求が逆転している世界観なので致し方ないのだが、当事者にしてみれば迷惑極まりない話だった。
ともあれ刃崎龍彦は第二の人生を手に入れた。
引き換えに彼は元の世界に戻る権利、そして童貞を引き換えに差し出した。
それはそうとして。
「それよかお前、いつもの口調はどこに行ってしもたんや。すっかり素の喋り方が定着ししとるやんけ」
「龍彦が彼氏になってくれたからこっちの喋り方をすることにしたの」
「さよか。まぁ俺としても変に男口調で話しかけられるよりかはこっちの方がえぇわ」
「うん! ねぇねぇ今日学校終わったらさ、遊びにいってもいい?」
「アカン言うても来るくせによう言うわ――茶菓子ぐらいは出したるわ」
「やった!」
「はぁ……なぁんでこないなことに巻き込まれたんやろうなぁ俺は」
「あら、私はお似合いのカップルだと思うけど?」
「雅美……」
警戒心を剥き出して元【ライトニング】のボスとしてメンチを切る遥希をとりあえずステイさせて、龍彦は来須雅美を見やる。
既に当事者はこの世におらず、されど世界の崩壊を防ごうとした来須雅美の残留思念は役目を終えたと言うのに【聖アマトゥリス学園】の制服を纏っているのは何故だろう。
「私が色々と手引きはしたけど晴れて二人はゴールイン。私としても大変喜ばしいことだわ」
「ふん、お前のせいでこっちは色々と大変やねん。それより今まで姿消しとったのにいきなり出てきた挙句、何でウチの学校の制服なんか着とるんや?」
「あら、私だって学生よ? それなら制服を着るのは当然じゃない?」
「はん、よぉ言うわ。それよりお前、いつまでもこの世に留まっとってえぇんかい」
「それはつまり、私にさっさと消えろってことなのかしら?」
「別にそないなこと言うとる訳と違う。ただお前はもう既にこの世におらん存在や――このままずっと現界しとることができるんか?」
「ご心配なく。私は確かに来須雅美が自分にとって都合のいい友人として生み出された架空の存在。存在意義も彼女の残留思念を受け継いだだけにすぎなかったけれど、貴方が管理者となってくれたことで一つの生命体として生きる権限を手に入れた。だからこの世界を自由に、悔いのないように精一杯人間として生きるわ」
「ふっ……そうか。せやったらせっかくもらった命、大事に使いや」
「当然よ。それじゃあ私も龍彦の彼女になろうかしら?」
「やめとき、今もお前に飛び掛かろうとしとる遥希に殺されるで?」
「冗談よ。でも彼女達はそうでもないみたいだけどね」
「彼女達? あぁアイツらかいな。せやったら問題あらへん。今もまぁ、色々と越えていかなアカン課題はぎょうさんあるけど、俺にはもう遥希っちゅう女が――」
「この世界に敷かれている法律のこと忘れたの?」
法律……はて何のことやら。雅美の言葉に憶えがない訳ではない。わかっている、わかってはいるが現実を直視したくない龍彦は明後日の方を見やりながら大して上手くもない口笛を吹いて白を切る。因みに曲はグリーンスリーブス、イギリス民謡だ。
「現実逃避も結構だけど、いずれ直視しないといけない現実よ? まぁ貴方がそうやって逃げていても彼女達からやってくるでしょうけど」
「言うなや……わかっとるからせめて今は思い出したくないんや」
「あっそ。それじゃあ私は先に教室に行ってるからねお二人さん。乳繰り合うのも結構だけど学生なんだから勉学に励みなさいよね」
それだけ言い残して、パタパタと走り去っていく雅美。
遠ざかっていく彼女の後姿を見送りながら、龍彦は溜息を吐いた。それはもう盛大に、腹の底に溜まりに溜まった負の感情すべてを吐き出すかのように吐いた。
登校前から気分が優れないし今日は早退しようかな、なんて口に出したものならもれなく遥希までついてくるが、本当に体調が優れないので早退するべく龍彦は踵を返す。
「おはようございます龍彦さん」
不動明王が行く手を遮っていた。
にっこりと笑う衛だが、作り笑いであるのは確認するまでもない。
今日は腰に大小揃って刀が携えられている。多分両方とも真剣だろう。
「お、おはようございます真宮先輩……」
「校舎はあちらですよ? さぁ行きましょうか」
「ちょ、ちょっとそんな引っ張らんでも一人で歩けますから……!」
「おい私の男に気安く触ってんじゃねぇよ」
絶賛不機嫌中の遥希が間に割って入った。
名のある不良も裸足で逃げ出してしまいそうな眼光を向ける遥希。
一方、衛は平然とした態度を崩さない。
崩さないが大刀の方を鞘から少し抜いては納めたりとしている行動を見やれば、彼女もまた絶賛不機嫌中だ。かっちん、かっちん、と鯉口を叩く音が嫌にうるさい。
「あら、いたんですか郷田さん」
「あぁいたよ。いいか衛、龍彦はこの私を選んだんだ。もうお前らがちょっかい出してもいい男じゃねぇんだよ」
「何をほざくかと思えば……。確かに貴方は龍彦さんの初めての人となりました。龍彦さんが自らの意思を持って選んだのでしたら私はとやかく言うつもりはありませんえぇ、だって私はできる女ですから、でもやっぱりちょっと言えかなりムカついて仕方がないんですよですから郷田さん貴女を今から斬ってもいいですかいいですね、斬って私が龍彦さんの隣を頂きますので」
「はっ! 寝言は寝て言えや衛……誰に向かって口聞いてるんだ? あ?」
早口で捲くし立てとうとう大刀を抜いた衛。
陽光を浴びた白刃がぎらりと怪しく輝き、それを見た生徒達は一斉に校舎へと向かって走り出す。そのまま教師に知らせてくれ、と言う願いはきっと届きそうもない。
対する遥希も拳の骨を鳴らして臨戦態勢だ。ごきっ、ごきっ、と今日はいつもより多めになっている。
「ってちょい待てや二人とも! 何で殺気剥き出しにしとるねん!」
「では龍彦さん、私と一試合して頂けないでしょうか? 聞けば自分と勝負をして勝ったなら好きにしていいと言うことなんですよね? 一夫多妻制と言う法律が敷かれているのであれば龍彦さんは少なくとも後四人の相手を見つけなければなりません。ですから残りの枠に私が入っても問題はありませんよね?」
「真宮君の言う通りだ!」
「今回ばかりはボクも同意見かな」
ぞろぞろと件の二人も加わる。
片方はともかくとして、もう一人は不法侵入しているのにどうしてそんなにも堂々としていれらるのか、龍彦は不思議でならなかった。
ともあれ、面倒なことになった。
女三人が集まって姦しい、とは言うが彼女達の場合は血みどろの争いが起こる。
それを止めるのは誰か、と問うような愚か者はおるまい。全ての原因が刃崎龍彦と言う男にあるのだから、この争いを納めるのもまた彼の役目にある。
当の本人である龍彦としては、今すぐにでも全速力で逃げ出したかったが。
「ふざけんな! 他の女が龍彦との子を産むぐらいなら私がその分産んでやる!」
「いや、それは多分無理やと思うで遥希」
「その役目、私が担います。ですので郷田さん、貴女は安心して他の男を見つけていいですよ」
「いやいや、健全かつ大人の肉体を持つ私こそ刃崎くんの子をたくさん産むに相応しいとは思わないか?」
「科学の力があったら無限に龍彦くんの赤ちゃん、産んであげられるから……ふふふ」
「上等、なら戦争だ。全員歯ぁ食いしばれやゴラァッ!!」
遂にバトルロアイヤルが始まった、始まってしまった。
拳が、白刃が、特殊警棒が、空中で忙しなく交差しては耳を劈く衝撃音を奏でる。
整っていた中庭は粗地と化し、それを見た校長が悲鳴を上げて気絶し、生徒達の悲鳴が校舎の方から聞こえてきたりと【聖アマトゥリス学園】は混沌と化した。
「ホンマに、俺はとんでもない奴らに好かれてしもたな……」
これから先自分はどんな人生を歩んでいくのか。後何回嘔吐する羽目になるだろう、いつになったら彼女らに身体が適応してくれるだろう。
不安だ、不安しかない。
けれどもまぁ、少なくとも退屈はしないだろう。
激戦地区の真っ只中にて龍彦は苦笑いを小さく浮べた。