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昨日の好敵手は今日の恋人候補!?  作者: 龍威ユウ
第一章:あべこべ世界
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第十一話:ギブ&テイク=天国

 

 鉛色の雲が空を覆っている。

 時刻は午前十時丁度。眠りから覚めた人々が活動している時間帯にも関わらず、太陽が遮られているせいで町はどんよりとしている。

 それがまるで、【聖アマトゥリス学園】の男子生徒全員の心境を表しているようだと、他人事のように龍彦は思う。


 青春真っ只中にいる若人とは思えぬほど、彼らの肌はやつれている。

 何故彼らは喜ばないのか、と尋ねるだけ無粋であることを龍彦は理解していた。

 問題となった男女合同レクリエーション――その開催日をとうとう迎えてしまったのだ。

 今か今かと始まるのを待っている女子生徒と、脅えた様子で震えている男子生徒。

 両者の反応は見事なまでに対極的で、女子生徒と同様の反応を示す龍彦を男子生徒らは怪訝そうに見つめるのも無理はない。


 レクリエーションと言う名目のもと、身体に触れるのは女子生徒達だけではない。

 元の世界であれば龍彦は即刻退学を言い渡され、最悪痴漢行為として逮捕も考えられる。

 だが、すべてが逆転しているこの世界で彼を裁くものはいない。女の胸を触ってよろこべば、世の女性達はかわいく見える。 

 一部例外を除けば、今回のレクリエーションは男である龍彦にすれば天国にも等しい。

 好きなだけ女子のおっぱいを触ってやるげへへ、と言わんばかりにうごめく指に他の男子達からの視線はとても冷たい。

 最悪と最高、きれいに分かれた感情が入り混じる中でついにレクリエーションの開始が告げられる。


「それではただいまよりレクリエーションを行いたいと思う。あくまでレクリエーションだからそんなに堅苦しく考えなくていいぞ。互いの絆を深め合うのが最大の目的だからな」


「それが他の奴らにとってトラウマになるかもしれへんってことが何でわからへんのかなぁあの人は」


「それではルールを説明する、と言っても既に皆も察しているだろうが」


 楓の指摘通り、【聖アマトゥリス学園】の生徒達は一様に空手着を着ている。

 今回のレクリエーションは主催者だけに空手を題材としている。

 となれば当然空手道着を着用するわけなのだが、全員が全員持っていることなどまずありえない。

そこは【龍神館】。金ならばいくらでもあるので、学園一つぐらいの道着を用意することなど造作もない。


「うぅ……なんかスース―するなぁ」


「こんなに肌を露出するなんて聞いてないぞ……」


「いや肌露出て……お前らシャツしっかり着込んでるやんけ」


「龍彦の方がおかしいんだよ! だいたい何でシャツも何も着けてないんだよ!」


「だっていらんし」


 元の価値観から言えば、下着を着用するのは女性であって男性は基本素肌の上に纏っている。

 空手や柔道のような激しいスポーツはどうしても道着が乱れるが、肌を見られたところで格闘家達は闘うことを決して止めようとしない。

 だからと、ここでも元の価値観を出してしまえば龍彦は立派な変態扱いを受ける。

もっとも学園内での刃崎龍彦(はざきたつひこ)は、誰しもが似非売男(ビッチ)と認定されているし、そのことを当事者である彼は何も知らない。


「それにしても……今回のレクリエーションいろんな意味で刺激すぎるわ」


 男子が下着を着用すれば、女子は下着を着用しない。

 もし帯が外れて道着が乱れれば。その時龍彦は女性を象徴するおっぱいを拝むこととなる。

 それこそが今の龍彦を突き動かす原動力であり、彼の渇きに応えて指も動く。わきわきと、とても忙しない。

 さぁまだか。まだ始まらないのか。龍彦は冷静を装いつつ、始まりの合図をひたすら待ち続ける。


「それではルール説明の前にまずは準備運動も兼ねて基本動作を教える。体操の隊形に開け!」


 楓の号令の元、準備運動が始まる。

 基本的なストレッチから柔軟体操に始まり、空手の基本技となる正拳突きや回し蹴りをひとしきり練習したところで――ついに天国と地獄、両方の饗宴が始まりを告げた。

 準備運動後のプログラムは日本の柔術や合気道の稽古形態が一つ、乱取り。

 自由に技を掛け合う稽古法であるのだが、山南楓(やまなみかえで)企画の乱取りは本来の意味を逸脱している。


「じゃあ普段あまり仲良くできていない者の組んで好きなようにやってみろ。ただし本気でやらないようにな。皆で楽しい時を共にすごすことが目的であることを忘れないように」


「うわっ! ちょっと胸触らないでよ!」


「触ってないわよ。ただ中段正拳突きを打ち込んだだけじゃない」


「今明らかにグーじゃなかったじゃないか!」


「私だって素人なんだから失敗して当然でしょ?」


「早速あちこちで苦情とか悲鳴が上がっとるな……」


 好きなように打ち合え。楓の一言より女子生徒達が瞬く間に本性を剥き出した。

 男子生徒への配慮として、女子生徒にはフィンガーグローブの装着が義務付けられた。

 殴れば衝撃緩和剤にて相手にも、自分の拳にも伝わるダメージをはるかに軽減させる。男子生徒への恐怖心を和らげるために配布されたのだろうが、最初から彼女達に殴る気などない。

 殴る振りをして男の身体に触れる。とにかく触れる。ひたすら触れる。

 目先の欲望に取り付かれた女子達はもう止まらない。

 ギリギリ訴えられない程度に欲望を抑えつつ、レクリエーションを心から楽しんでいる。


「た、龍彦……助けて……」


「まぁ頑張れや。大丈夫大丈夫、別に死ぬわけちゃうねんし」


「他人事だと思って!」


「他人事やしな。さてと、それじゃ俺も行くでぇえ!」


 龍彦が地を掛ける。

 近くにいた女子生徒に狙いを定める。

 E……いや、Fぐらいだろうか。揉み甲斐がありそうな巨乳だ。

 軽く握った拳を鋭く打ち出す。彼の正拳(パンチ)は速さこそあれど人を倒すのに必要な力がまるで込められていない。

 結果ぽすっと小さな音を鳴らして、龍彦の拳は女子生徒の胸に受け止められた。


――や、柔らかい……!


 拳越しに伝わってくる感触に、龍彦はだらしなく頬を緩める。


「ふふん、そんなへなちょこパンチじゃ効かないわよ」


「せやったらドンドン行くで!」


 左右のおっぱいをサンドバックに見立てて、龍彦は両の拳で触れ続ける。

 時折、当ってからしばらく拳で弄ったり、わざと大振りな鉤突き(フック)を打って道着を肌蹴させたりと、己の欲に従い続けた。


 ぽろりと巨乳が揺れ、それを恥ずかしがることもなく露出したまま女子生徒達が絡んでくる。

 俺はとても幸せだ。同じことを考えている女子生徒のからのセクハラ攻撃をいなしながら、龍彦は沈思する。

 合法的に女子の裸体を見て、更に大胆に触れる。

 言葉だけにすれば完全な性犯罪者で逮捕待ったなしだが、龍彦を咎める者はこの世界には存在しない。

 逆に積極的に関わろうとする彼を、世の女性達は快く思ってすらいる有様だ。


「幸せや……」


 やっていることは男として非常に最低だが、今の龍彦に罪悪感の三文字は存在しない。

 そんな幸せの真っ只中にいる彼を、絶望へと引き摺り下ろす者がいる。

 それは暴走する一人の男に世界が差し向けた抑止力か。

 否。彼女もまた己の欲望を優先させた獣にすぎない。

 ただ結果論で言えば、胸ばかり触っている龍彦の動きをぴたりと止めさせた。


 気だるそうに龍彦はそれを見やる。

 ぽすぽすとフィンガーグローブを装着した拳を打ち合わせた遥希がいた。

 頬を紅潮させ、はぁはぁと呼吸を乱す姿はとても妖艶だ。

 だからと言って龍彦の心に影響が及ぼされることもなく、彼の表情に宿る嫌悪感は見る見る内に濃くなっていくばかりだった。


「おい龍彦、次は私とやろうぜ!」


「却下や」


「な、何でだよ!」


「何でお前とやらなアカンねん。他の相手見つけてやれや」


「お前と私の仲じゃねーか!」


「そんな仲俺は知らんな」


「う~……私と一緒にしようよ龍彦! お泊りさせてくれるほど親密な関係になったのにあんまりだよ!」


「お前素が出てるで? 後その話は外ですんな言うたやろ!」


 衛達に自慢しようとした遥希を龍彦は必死に引きとめる。

 万が一彼女達に知られれば、血みどろの戦いが起こるのは明らかだ。

 他の女子生徒達もきっと黙ってはいない。


「あのパンツ……大事に保管してあるからね」


「いや聞いとらへんし! てかそんな情報聞きとうもなかったわ! 大体お前、一度は洗ったんやろうな!?」


「……さぁ龍彦! 私と組み手しよ!」


「おい待てやお前。お前まさかとは思うけど……いや、もうえぇわ――ったく……わかったわかった。ほな、ちょっとだけやからな」


「さっすが龍彦! それじゃあ、行くぞ!」


 遥希が先の先を取った。

 繰り出される右正拳突き、ではなく掌低――指を立てられたそれは虎爪と呼ばれる手形だ――を龍彦は払い間合いを取る。

 絶えず繰り出される掌低、掌低、掌低。

 フィンガーグローブを装着しているのだから、当てる場所と力加減さえ気を付けさえすれば、彼女が掌低に切り替える必要など初めからない。

 そうしないのは、やはり遥希も異性の肉体に触れたいのだ。

 であれば、殆ど感触が伝わらない正拳よりも掌低の方がまだ触ることも撫でることもできる。


「おいどうした龍彦! お前も遠慮せずに攻めてきたらどうだ!」


「そんな気ぃ起きひんわ」


 それをいなし、龍彦は間合いを取る。

 どうしても遥希の胸を触りたい、と言う気持ちが湧いてこなかった。


「もうそろそろいいやろう。ホレ、もうしまいや遥希」  


「おいおい、まだ始めたばかりだろ?」


「ちょっとだけって言うたやろ? もうおしまいや」


「ようやく終わりましたか。ではここは私が――」


「却下ですわ真宮先輩。て言うかどっから出てきはったんですか?」


「じゃあボクが龍彦くんの――」


「お前もやっちゅうねん。大体なんで当たり前のように警棒装備しとんねん!」


「ならば――」


「却下! アンタは監督側でしょ!?」


 次から次へと来る対戦希望者を龍彦はばっさばっさと斬り捨てる。

 楓に対しては三文字以上の発言を許さないほど徹底的だ。特に彼女だけに強く当る理由は龍彦にはない。強いて言うなれば、なんとなくと言う何とも曖昧な答えだった。

 それはさておき。


「別に俺やのうてもえぇやろ。たまには他の奴等と絡めや」


「私は龍彦さん一筋ですので」


「それならボクもだよ」


「うむ! 龍彦くんほどメチャクチャにしてやりたいと思える男はいないからな!」


「ウッッッッザ!! とにかくや、俺は今お前らとやるつもりは更々ないで」


「う~む、では仕方ない。そろそろ休憩を挟むとしよう」


 乱取りが終わる。

 一旦男子、女子と分かれて集合する。

 孤軍奮闘から辛うじて帰還した男子生徒達は、一様に泣いていた。

 それはもう、しくしくと。脱水症状を引き起こすんじゃないかって龍彦が心配するぐらい、ぼろぼろと大粒の涙を流していた。

 やめたい、家に帰りたい、と各々が思いを口にしている。

 一方、女子生徒達はと言うと――。


「やっべぇ。私男子の胸思いっきり見ちゃった」


「甘いわねぇ。私なんか胸思いっきり触ってやったわよ。こうパンチをする瞬間に道着の中に滑り込ませてね」


「マ、マジで!?」


「アンタらお子ちゃまね~。アタシはね、股間に触ってやったわ――偶然だったけれどね」


「う、嘘!」


 己の戦果を自慢し合っていた。

 称賛の喝采と嫉妬の眼差しを互いに送り合う。まるで意味がわからない。


「龍彦……僕、もうお婿に行けないよ。元から行きたくもないけど」


「どんまいってしか言い様がないわ」


「あれ? 龍彦どこに行くんだ?」


「手洗いや手洗い。ちょっと時間掛かるかもしれへんしもし時間になっても戻ってこんかったら楓さんに言うといて」


 対極的な反応が巻き起こる小休止を利用して、龍彦は体育館を離れた。

 尿意など最初からない。授業が始まる前にとうに済ませている。

 ならば便意か。それもない。朝から快便でお腹はすっきりだ。

 生命が持つ自然現象以外、男だからこそ持つモノを発散するべく龍彦はトイレへと急いだ。


 今の彼は立派に男として成っていた。

 何が、と彼に問うような愚鈍者は一人もおるまい。

 女子ならばともかく、彼と同じ男であれば言葉にせずとも察せる。察せなくてはならないのだから。


 龍彦は女子の胸をこれでもかと堪能した。

 上下に揺れる光景を脳裏にしっかりと焼き付け、多種多様の感触を一人ずつ丁寧に揉んで確認した。

 であれば、男として反応してしまうのは必然である。

だが、もし。

感じてしまっていることを女子に知られれば、龍彦は瞬く間に肉欲獣と化した彼女達に襲われる。

 それでは授業中、何の為に煩悩を振り払い続けたのか。

すべてが水泡に帰すよりも早く、格技場から一番近いトイレを目指して龍彦は駆ける。


「うぅ~トイレトイレ」


 目の前にトイレが見えてきた。

 トイレに駆け込む。

 駆け込もうとして――


「こんにちは」


 一人の女子生徒によって呼び止められた。

 最悪のタイミングだ。龍彦は若干前かがみになりつつ、女子生徒を見やる。

 金色の髪をツインテールにした彼女もまた、例外にもれず美少女だ。

 そして遥希達のように知っている気の持ち主ではない。

 しかし悠のような前例がある。油断はできない。


「お疲れ様。龍彦君が組手してる姿、とっても素敵だったわ」


「せ、せやろか? そう言われると嬉しいもんやな」


「ふふふ、ところでトイレに行こうとしてたけどお腹が痛いの?」


「えっ!? えぇっと、まぁそんなところや。せやからちょっとそこどいてくれんか?」


「ふ~ん、そうなんだ。それじゃあ私が治る呪文を唱えてあげよっか?」


「い、いや別に呪文はいらへんしそんなもんで収まら――」


「ねぇ龍彦君。あべこべの世界は楽しい? 楽しいわよね、だって沢山の女の子達が龍彦君に絡んでくるんだから」


「なっ……」


 龍彦は驚愕に目を丸く見開く。

 彼女の宣言通り、いきり勃っていた龍彦が持つ男の象徴も大人しくなった。

 それを見てくすくすと忍び笑いをする少女。だが、今の龍彦に羞恥心を感じるだけの余裕はない。

 何故、目の前の少女はここがあべこべの世界だと認知しているのだろうか。

 いや、それよりもだ。まず彼女に問わねばならぬことがある。


「お前、何者(なにモン)なんや!?」


「知りたい? それじゃあ一つ、私とゲームをしない?」


「ゲーム……やと?」


 怪訝そうに少女を見つめる龍彦。

 対する少女はにやりと、不敵な笑みを浮かべ返した。


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