第一話:最強の喧嘩師
今回の主人公は関西弁です。
作者である私も関西地方なので、喋り方は私自身の喋り方をそっくりそのままトレースしちゃってたりしますw
どう言う訳か、その少年は荒くれ者達に絡まれていた。
彼の話す関西弁が気に入らないから――もし、そうだとするのならば差別だと関西弁を話す人間は憤慨せねばなるまい。
現に少年の周りには関西弁を喋る者が少なからずいるわけだし、彼らも同じく標的にされねばならない。
だがいつも狙われるのは少年ただ一人であって、他の関西人が狙われることはなかった。
少年の右目が緋色であることが気に入らないからか――これについては、生まれもっての体質としか言い様がない。
虹彩異色症――左右、あるいは片方の瞳の虹彩の一部が変色する形質のこと。特殊な症状であり全国にも虹彩異色症を患った人間は実在する。
アニメや漫画では珍しくないのだが、特殊な症例だけに中二病設定のレッテルを貼られがちだ。
では彼もそうなのか、と問われれば答えは否。
少年は至って平凡であり、俺はダークフレイムマスターだわっはっは、と中二病を患ったことは一度としてない。もしそんなことをしてしまった日には、黒歴史として少年の心に消えぬ傷を与えていたことだろう。
ではやはり、単純に異なる瞳の色が気に入らないのか――だとするとそれは立派な差別であり、少年には軽蔑した輩を訴えられる権利が与えられよう。
だが今までそうしなかったのは、全て少年が自分で解決しているからに他ならない。
雲ひとつない快晴。
燦燦と輝く太陽の下を、小鳥達が優雅に泳いでいる。
露出した肌を優しく撫で上げる風は心地良く、程よい温かさは安らかな眠りへと誘う。
まさにお出掛け日和と言って相応しいロケーションの中――肉を弾く鈍い音と悲鳴が上がった。
「まったく……どいつもこいつも、なんでいつも喧嘩吹っ掛けてきよんねん!」
学生服を着た少年が愚痴を吐いた。
固く握り締められた右拳にべったりと付着した血が、彼が殴ったことを物語っている。
少年の視線の先に、その殴られた相手が大の字になって倒れていた。ピクピクと痙攣して言葉を発さないが、とりあえず生きている。
警察が来たら立派な傷害罪として少年が逮捕されるのは火を見るよりも明らかだ。
例えそれが、瞳の色が気に入らないんだよお前、といきなり絡んできて持っていたジュースを叩き落された挙句ローキックを打ち込んできたからと言っても。
腹が立って顔面にパンチを二発、鳩尾に膝蹴りを五発、とどめと言わんばかりに胴回し回転蹴りを浴びせた時点で立派な過剰防衛だ。
けれども俺は誓って殺しはやってません本当です、と主張したところで相手を再起不能にさせた少年が向かうべき先は留置所、その後は少年院の人生お先真っ暗コースは確定である。
となれば、少年が取るべき行動は一つしかない。
「クソッ! 相変わらずこう言う時になると人が沢山来よるな……」
ざわざわとざわめく野次馬達に溜息を一つこぼして、少年は静かにその場から立ち去る。
要するに、逃げるが勝ちである。幸いにもボコボコにしてやった相手は近隣で暴れ回る不良であり周囲の住民もほとほと困っていたぐらいだ。
そう言う意味では少年は皆を救ったヒーローとなる。
だが悲しいかな。やりすぎてしまったらヒーローではなく犯罪者になってしまうのが今の世の中。国家権力の犬が来る前にすたこらさっさだぜ、と少年は逃亡を図る。
「待ちたまえ。今日こそ私との勝負、君に受けてもらうぞ」
龍彦の前に一人の挑戦者が立ちはだかる。
武道着を纏った男だ。身長は差ほど高くなく、整った顔立ちは中性的だ。化粧を施し着飾れば、誰も彼が男だとは思うまい。
そんな優男と言う言葉が的確であろう彼の右手には、一振りの木刀が握られていた。
「ちっ! またアンタかいな……えぇ加減にしてくれへんか? 俺にはアンタと闘り合う気はないって言うてるはずやで?」
「君になくても私にはある!」
「ちょっと待てよ。それならオレだってコイツには用があるぜ」
「うむ! 彼には是非我が道場の名を知らしめる為にここで敗北してももらわねばならん!」
「それ言うなら、僕もね」
ぞろぞろと男達が集まってくる。
屈強な肉体の大男、空手着を纏った中年の男性、白昼堂々両手に警棒を携えた少年。
一言で総称するならば、危険人物と呼べる彼らに少年は素早く踵を返す。
そして、力強く地を蹴り上げた。
即ち、敵前逃亡を図ったのである。
「むっ! またも逃げるか!」
「普通に逃げるわ!」
これが彼――刃崎龍彦の日常風景でもあり、今もっとも悩んでいる事案でもあった。
関西出身である刃崎龍彦は一人東京の学校に転校した。
何かと口うるさい両親からの卒業、加えて大都会の東京に行けば楽しいことがたくさん待っていると言う憧れから上京したものの。
龍彦に待ち受けていたのは、憧れとはまるで異なる人生だった。
関西弁を馬鹿にされ、虹彩異色症であることを中二病と罵られ続け、いじめの標的にされることも度々あった。
よろしい、ならば戦争だ。馬鹿にした奴等に神に変わって俺が鉄槌を下してやる。いじめの加害者及び関係者にこの刃崎龍彦一切容赦せん。
知識で馬鹿にされるのならば勉強にひたすら打ち込んだ。
暴力を振るってくるならば、勝てるように身体を鍛えて、時には武術の通信教育などなど。使えそうなものはなんでもつかった。
山の中で出会い、色々と技やら秘技を教えてくれたあの天狗面の大男は今頃どうしているだろう。彼のことだから変わらず元気にしていると思う。多分。
結果、龍彦が学校でいじめられることはなくなった。
なくなったが――今度は学校外にも広がり、まるで知らない相手からも喧嘩を売られるようになった。
学校の不良から町のギャング、はては極道関係の人間や武術家など。
結局、勝気な性格が災いし龍彦は彼らにもきついお灸を据えて二度と歯向かえないようにした。
そんな生活をし続けてしまったが故に、龍彦は孤独となった。
「ったく……なんで俺がこないな目に遭わなあかんねん」
最強の喧嘩師、なんて不名誉を与えられてから龍彦は女の子と無縁の生活を送るようになった。
私強い男が好きなのキャー、と言うのはすべて己が抱いた幻だったのだ。
血に染まった拳に女は惚れてくれない。逆に来るのは血に飢えた荒くれ者共。
最強の喧嘩師を倒して俺が最強の称号を頂く、と身勝手な喧嘩を売られる毎日。
そこでつい買ってしまうから、龍彦は修羅の道を歩かされ、女の子が余計に離れていく。
いっそ負けてしまおうか、と思ってやられたフリをしてみたものの、何故かあっさりと見抜かれてやり直しを要求され失敗する始末。
相手の攻撃が当る前よりも倒れてしまうのが原因だったらしい。それについて龍彦は深く反省している。でも二度と使えないので忘れることにした。
最初の段階で負けておけばよかったのか、と今更ながらに後悔するも時既に遅し。
後悔先に立たず――偉大なる先人が残した諺を身を以て理解しながら、龍彦は帰路に着く。
「はぁ……今更このキャラ変えんのも無理やろうなぁ」
一人愚痴をこぼす。
こぼして、不意に何かが龍彦の足元に舞い落ちる。
一枚の紙だ。正方形状の、どこにでもある真っ白な紙。
黒の六芒星の中央には赤いマジックペンで【飽きた】と書かれている。
「なんや、この紙」
小首をひねりつつ、龍彦は紙を拾い上げる。
何かの呪術的なものなのか。オカルト方面の知識が疎い彼が紙の正体についてわかるはずもなく。
きっと、オカルト好きな誰かの落し物だろうと言うことで納得した。
納得して紙を破り捨ててやろうとして――
「待ちやがれ龍彦!!」
怒号にも似た男の叫び声に龍彦はがっくりと肩を落とす。
げんなりとした顔で声がした方を見やる。
暴走するダンプカーの如く、地面を強く蹴り上げて向かってくる一人の大男がいた。
直撃すれば本物のダンプカーを軽く破壊してしまいそうな勢いが怖い。それ以前にむさ苦しい大男が全速力かつ必死の形相で浮かべて向かってきたら誰しも恐怖を抱こう。
「げっ! ったく追い掛けてくんなや!」
「ふざけんな! まだお前と俺との決着は着いてねーんだよ! 今日こそ俺がお前に勝つ」
「その台詞、何度目やと思ってるねん……えぇ加減諦めえや」
「俺に諦めるって文字はねえんだよ。それより龍彦、お前忘れちゃいねえだろうな?」
「あん?」
「俺が勝ったらお前を好きにしてもいい……忘れたなんて言わないよな?」
「あ~……忘れた――言うても通じひんわな。あぁ憶えとるで。俺に勝つことができたら好きにせえやってな」
「安心したぜ、これで心置きなくお前をヤれる」
舌なめずりの仕方が妙にいやらしい。
ヤると言った言葉にも何故か違うニュアンスで聞こえたのは、きっと自分の気のせいだろう。
そう思うことして、さて。
「覚悟はいいよな?」
「はっ、やれるもんなら……やってみろや」
拳を握り締めて龍彦は戦闘態勢に入った。
同じく敵手も拳を構える。
幾度となく繰り返してきた二人のやり取りを、今日ばかりは見守る者は誰一人としていない。まるでこれより始まる戦いに邪魔はしまいと空気を呼んだかの如く、辺り一帯を静寂が包み込んだ。
「行くぞ龍彦ぉおおおおおおっ!!」
「かかってこいやは――」
「あ、危ねえ龍彦!!」
「は?」
次の瞬間、龍彦の身体が宙高くに打ち上げられる。
鋭い衝撃と浮遊感が身体中に走った。
宙に待っていると理解した時、視界に映し出されていた光景がぐるりと大きく回転した。
あぁ、と龍彦は納得する。
逆さまになった光景の中で走り去っていく一台の軽トラが映った。
どうやら俺はひき逃げに見舞われたらしい。
どしゃり、と身体がコンクリートの地面に叩き付けられる。
悲鳴があちこちで上がる。今まで誰もいなかったのにどこにいたのやら、などと思いつつも辺りを観察する。
見やれば酷く嘔吐している者もおれば、酷ければ気を失った者すらもいる。
彼らの反応から考察する。
きっと自分の身体は今、とんでもないことになっているに違いない。
だとすると目の前で必死に何かを叫んでいる好敵手は……いやさすがと言うべきか。取り乱してはいるものの一般人のように取り乱したりしていない。
――俺……死ぬんかなぁ……。
人間、いつどこで死ぬかなんてわからない。
例えまだ十代前半だからと言っても、若くして死ぬ人間はたくさんいる。
今回は自分がその若くして死んでしまう命だっただけのことだ。
それにしても。
なんて惨めな死に方なんだろう。龍彦は自嘲気味に小さく、弱々しく笑う。
人間、死ぬとわかれば恐怖を抱く。
何故なら死とは未知の領域だから。
天国や地獄は本当に存在しているのか。仮に存在するとして天国に召されるだけの善行を生前に積めてきただろうか。地獄とはどんな恐ろしい場所なのか。
すべてがわからないから恐怖を抱き、人間は生きることに執着する。
しかし龍彦は反対に、死を受け入れていた。
望まずして最強の称号を与えられ、女の子はどんどん離れていき、むさくるしい男達から喧嘩を売られる。
そんな毎日から脱却できるのなら。
死ぬこともまぁ、悪くないかもしれない。そう思えた。
――次に生まれ変われるんやったら……今度こそモテモテな人生がえぇなぁ……。
来世に僅かな期待を寄せて、龍彦は静かに目を閉じた。