ピザのデリバリーをお願いしたんですけど?
「あの、ピザのデリバリーをお願いしたんですけど?」
そう、財布を持って玄関口の扉を開けた先に居る僕の目の前の眩い光を放つような美人に向かって問いかけた。
今はまだ、一月。
雪でも積もろうかという気温は平野部のこの地域さえも冷え込みという魔の手からは逃れられない。
にもかかわず彼女の格好がホットパンツにファーコート。
名前と裏腹な明らかに防寒性能を無視した足回りに理性をつかさどる脳のシナプスが焼ききれそうになるが、ハッと我に返る。
ここまで長々しく話して誤解も何も無いのだろうが、僕が欲しているのは食欲だし、頼んだのはピザのデリバリーのはずだ。
「少し待ってて」と扉を閉めて電話の発進履歴に燦然さんぜんと輝くピザ屋の文字は僕がお気に入り登録をしているぐらいそこに電話をかけているという事実と、今回も間違いなく掛けたという事実を示している。
「まだー?」
と声を掛けられて、ふと彼女がとても寒そうな格好をしていることを思い出した。
おそらく部屋を間違えて来たんだろうと思い、声を掛けようともう一度扉を開けた。
すると彼女はいまだその格好のまま走り去っていくバイクに向かって「ばーい」と手を振っていた。
振り返る彼女の手には僕のデリバリーしたピザ。
降っていた手には食べかけの切れ端がちらりと見える。
そう、彼女は食べているのだ、ピザを。
僕のピザを。
「ちょっと!?なにひとんちのデリバリーしたピザ、勝手に食ってるんですか!?」
彼女の持つピザを奪い去って蓋を開けた。
中にはいっていたのは一切れずつ等間隔に間が空いた四切れのピザ。
クォーターのピザは全種類満遍なく食べられていたのだ。
僕が唖然としてピザの中身を見ている時、彼女はするりと僕の間を抜けて部屋の中へ入ってゆく。
気づいた時には完全に彼女は部屋の中だった。
「ちょっとちょっちょっと!?」
声にならない声で部屋の中へかけていくと彼女は散らかった僕の部屋で早くもくつろいでいた。
焦りながらも彼女をざっと眺めてみると、やはりというかなぜかと言うべきか。
どうみてもとても魅力的な女性にしか見えない。
彼女はソファーに寝転がり、足を組み、両手も広げて猫のように体を伸ばしている。
目線の先に揺れるシルクのように滑らかな金色の髪。
毛先だけ薄く緑がかっているが、それが非現実的な美しさを強調している。
ホットパンツから伸びる肉感的な太ももが蛍光灯の光を反射するほど白く、しかしすらっと伸びている。
僕は飲み込んだ生唾が食欲から来るものだったとごまかすように手元のカウンターにある飲みかけのコーラを飲み干した。
体を伸ばしきった彼女は次になにやらきょろきょろと探し物をしているようにあたりを見回した。
僕が注文に使ったデリバリー用のチラシを見つけるとぱっと表情は変わり、「ここ!ここ!」とユビを指し示した。
あまりに小さすぎて文字かどうか判別の付かない黒い点を見てハテナを浮かべると、彼女がどこからとも無くとんでもない倍率のルーペを渡してきた。
四苦八苦しながら呼んでみると、そこにはとんでもないことが書いてあった。
「デリバリー限定!
全国で先着一名様だけにピザの妖精デリーちゃんをデリバリー!
チラシにかいてあるメニューをすべてデリバリーで注文した彼女居ない暦=年齢の童貞男子を――
私たちは、待っているっ!!!」
「余計なお世話じゃい!!!」
僕は怒りのあまりチラシを握りつぶして地面にたたきつけた。
「と、言うわけで私、デリバリーピザの妖精、デリー。短い間ですがよろしくお願いしますね?ご主人様?」
一方のデリバリーピザの妖精ことデリーちゃんは悪戯な笑みを余裕たっぷりに浮かべそういったのだった。
◇◆◇◆◇◆
あれから2、3時間、一旦部屋の掃除と頭の掃除をいっぺんにしながら彼女に色々聞いてみた。
どうやら妖精とは九十九神的なサムシングらしく、デリバリーピザの妖精ことデリーちゃんはそんななかの一人(一柱?)らしい。
デリバリーピザって…限定しすぎじゃね?
そんな感じで目の前の太腿光るエロティックな少女もといデリーちゃんと会話しながらじっくり観察してみる。
既に外套であるふっわふわのファーコートな脱いでおり、ガードの緩そうなTシャツをアメリカンに着こなしている。
健康的な肉感のありそうな二の腕と驚異的な胸囲のあるバストに目を奪われそうになるので視線を顔に持っていっても、整いすぎた顔立ちについているふっくら光る唇が完全に僕を誘惑してくるようにしか見えない。
目と目が合わさると彼女は小悪魔のように微笑を浮かべ、ウィンクを送ってくる。
あ、ワザとだな。
正直、誘惑に飲まれるだけというのは悔しいのであんまり女の子受けしないオタ知識を披露して煙に巻くことにする。
とはいってもアニメでもミリタリーでも中途半端な知識しかない僕はどちらかというと機械とかを触ったりするのに興味があり、静岡は浜松にあるYから始まる某企業名はバイクや楽器など僕が好きなものしかないものなので僕のテンションがすこぶる上がるのだと一般人ドン引き上等の会話を仕掛けたのだった。
しかし、エロスの申し子ことデリーちゃん、こんなコミュ症系メカオタ男子の舌戦にも難なく乗りこなし、そんな会話の中でさえ「バイクはアメリカンクルーザータイプの響くアイドリングがさいっこうにイイッ!」とか「楽器ならベースが大好きっ!お腹の奥の奥までを響かせてイかないと気持ちよくなれないわっ」と下半身に悪影響な台詞をブッコンでくるのだ。
僕の主観だけど彼女はNHKでもっともお世話になった人の多い女子小学生を超える逸材なんじゃないかとおもう。
全然、煙に巻けなかった。
オッフェンバックの天国と地獄運動会のあれをBGMにしたような会話をしばらくしていると、時間が思ったより立っていたことに気づいた。
小腹がすいたなとボンヤリ思っているとどうやらそれは彼女も同じらしく、よどみない手つきで僕の携帯電話を操作し始めた。
「ん…?ちょっ…ちょっと!?」
すかざず、奪い返すと画面にはお気に入り登録されたピザ屋の電話番号。
まさかとは思ったが彼女はまたピザ屋でデリバリーを頼もうとしていたのか。
「おなかすいたんじゃないの?ご飯たべよーよ?」
霞が掛かったソプラノボイス。脳みそ蕩けちゃよ!と理性が飛んで素っ頓狂なことを言ってしまいそうになるぐらい彼女はその声色も官能的であった。
頭の中で「ズガガガガガーン」と雷の落ちる音が聞こえるが、そこは歯を食いしばって耐える。
がんばれ、僕の理性。
「流石に同じものを食べ続けるのもどうかとっ…思うっ!」
正直、「うーんそうだねーピザ食べようねー」とか彼女の進めるままピザを食べ続けると見も心もピザに犯されてしまいそうな気がする。
ピザっピザって。
なので、全身から食欲と睡眠欲以外の3大欲求を刺激してくるような彼女の誘惑に耐えながらなんとか言葉を捻り出した。
ここまでで、動じすぎじゃね?と思っている諸君、よく考えてみたまえ。
金髪美人のボンッキュッボンのネーちゃんがありえない位、エロい仕草をしながらこっちを誘惑してくるんだぞ?
平常心でいるのは無理だ。
少なくとも僕は無理だった。
そんな彼女が自分のアピールポイントを熟知したような仕草で首をかしげながら
「(デリバリー)しないの?」
と言ってきた。
僕はその瞬間、今までの気持ちが嘘の様に穏やかな気持ちになった。
ミント味のガムのCMのお兄さんみたいな爽やかさとRPGで最近はやっているクールな賢者をたして3を掛けた様な表情で僕はこう返した。
「 ええ、デリバリーはしませんけど?」
◇◆◇◆◇◆
「ねーねーどこいくー?」
そう言いながらあの豊満な双丘を俺に押し付けながら腕を組んでくれる彼女は正に地上に舞い降りた天使。
いや、妖精か。
一方、僕のほうはというとさえないを全身で表現した男。
普通男子。
巷ではこういう客観的に釣り合ってないカップルを「美女と野獣」と例えるそうだが、野獣とか肉食でワイルドな感じじゃないんだよなぁ僕…
正直、草食系ですらハングリーさで負けている僕はいいとこ「草」、辺りが関の山だと思う。
例えるならせいぜい「美女と野草」だな。
そんな「ぼくのかんがえたさいきょうのびしょうじょ」とデート。というこの分不相応な幸せを存分に堪能しつつ、彼女に行き先を提案してみる。
「とりあえず、デリーちゃんはピザは好きなんだよね?」
「うん、大好き!」
「お、おう…なら、石釜で焼いたイタリアンのピザを食べに行くのはどう?」
あまりイタリアンが好きではないのか彼女は「ノンノン」と指を揺らしながら首を横に振った。
「ご主人様?イタリアはピザじゃないんだよ?」
「あれ、イタリアンは好きじゃなかった?」
「イタリアの場合は「ピザ」じゃなくて「ピッツァ」だよっ、ご主人様」
どうやらお気に召さないのは僕のピザの発音らしい。
どうでも良いけど彼女の「ピッツァ」の発音はPの部分がとてもエロイと感じるのは僕だけでないはずだ。
現に彼女の「ピッツァ」の発音をした瞬間、周りの彼女に見とれていた男達はビクンと肩を跳ね上げて、そそくさとその場を去って行ったのだ。
「でも、「ピザ」も「ピッツァ」も両方、大好き!ね?つれてって?ご主人様?」
上目遣いでそう聞いてくる彼女がかわいすぎたので一瞬、抱きしめてしまいそうになったがここは町の往来。はやる気持ちをぐぐぐっと抑えてなんとか
「ああ、それじゃあ向かおうか」
と袖を引く彼女を背に振り向きながら声を絞り出した。
道中で「ピザ?」「ピッツァ」などデリバリーピザの妖精直伝の発音講座をしつつ向かった僕のお気に入りの店は彼女に対してもなかなかに好評だった。
語彙力の少ない僕に言わせて見れば「具が少ないけどなんかうまいピザを焼くお店」なんだけど、彼女に言わせて見れば石釜の熱の均等がどうのこうのとかトマトとチーズの品種がどうのこうのとか色々感動するところがあるらしい。
彼女が「このピザはイタリア産の若い白ワインがよくアッビナメントすると思う」なんていうから適当なイタリアのワインを頼んだら本当においしくてびっくりした。
どうやらデリバリーにはイタリアンなタイプのものも扱っているそうで、彼女はそういうピザ周りの知識だけは万全に持っているらしい。
食事は本当に楽しく進み、デリバリーピザの妖精の彼女とはやはりというかピザの話で盛り上がった。
彼女がとうとう、3食ピザを食べ続けるためのローテーション!とか作り始めたところで流石に
「 正直、3食ピザはキツイんですけど!? 」
と冗談交じりで彼女に言ったら、彼女は少しの間、目を丸くしてから「むむむ」と顔に手を付けて考え込む仕草をはじめた。
かまって欲しいのか余りにチラチラとこっちを向くもんだから僕も少し笑ってしまって
「考えてる振り、バレバレだよ」
と丁寧に突っ込みを入れてあげた。
食事も終わり帰宅途中、彼女の「本当においしかったね」と何度も件のお店の話をしているときの表情は廃退的で煽情的な小悪魔のそれではなく、とても純粋で愛らしいものであった。
しかし、僕が
「今度はピザ以外にも色々なお店につれてってあげるよ。おいしいものは他にもあるんだからね」
といった時、彼女は
「ほんと!?」
と大きくキラキラと目を輝かせた後すぐに、ハッと気が付いた表情を浮かべたのに気づいた。
その後ごまかすように
「ご主人様?ピザよりおいしいものなんか無いんじゃないかなー?」
と最初に会った時のような笑みを浮かべたのを見て、「これはなんかあるな」と思案しながら家路へと向かうのであった。
◇◆◇◆◇◆
家路に着くまでにも彼女とは色々話した。
彼女のような妖精ははこの人間世界に来る、というより正しくは「特定の条件を満たすと自然発生する」ものらしい。
生まれるまではボンヤリとその辺を漂っている霧のような感覚で、生まれてきた瞬間になんとなく「ああ、この人がご主人様なんだな」と納得するものらしい。
僕も彼女を一目見た時から「なんて我が儘ボディの我が儘ガールだ!」と上半身にも下半身にも憤りを覚えたものだが、最初の「ご主人様」の発言から今の今までそのことにまったく違和感を覚えなかったのは所謂自然の摂理というものなのかもしれない。
巷の科学者を馬鹿にするわけではないが、つまり「かわいいは作れる!(物理)」といった話なのだろう。
そんなアーメン、ハレルヤ、ピーナッツバター(ピーナッツバター?)。
まさにAMG(こんな訳し方はないよ!)!!といった彼女は現在、その類い稀ない美貌の恩顔を少し曇らして表面上は可愛く愛らしく、時々思い出したかのように妖艶な雰囲気を身にまとって僕と談笑している。
――しかし…
率直に言って、見ていて痛ましく思えてくる。
僅か半日しか一緒にいない彼女だが、その身に何かあるのは一目瞭然で完全に彼女の虜になってしまった僕としてはとてもつらい。
会話はいつしか口数が少なくなってしまってついには完全に途絶えてしまった。
決して短くない時間、静寂が訪れる。
どれぐらい時間がたっただろうか。
言い出そうかという顔を繰り返す彼女が僕に助けを求めている様に感じたので、僕は彼女をそっと抱き寄せた。
ビクンと彼女は体を強張らせたが、次第に落ち着いてきたのか僕に少しづつ体を預けるように力を抜いてきてくれた。
僕の心音と彼女の心音が同じぐらいのスピードになるほど落ち着いたころ、僕は彼女に頭で合図を送った。
「大丈夫、ちゃんと聞いているから」と。
それからしばらくした後、彼女はぽつぽつと己の胸の内を話し始めた。
「妖精が人間世界に入れる時間は思いの強さに比例するの…」
「うん」
「私が言うのもなんだけど…デリバリーピザの妖精なんてニッチ過ぎるものなんて人間世界に入れて1日位なの…」
この時、僕は彼女が最初にやけに享楽的で扇情的だったことを思い出す。
刹那しか生きれない彼女にとってあの態度はむしろ当然のことだったのかもしれない。
「ご主人様、私今日とっても楽しかったの…こんな日が毎日続けばいいな…って思ってしまうほど…」
彼女の肩が震える。
「ごしゅじんさまぁ…わたし、消えたくないよぉ…」
僕は言いようのない喪失感に襲われた。
彼女は今日、消える。
そんな当たり前の事を嗚咽を漏らす彼女に触れて、初めて実感できたのだ。
たかが一日にも満たないような僅かな時間に恋に落ちたことを人は笑うかもしれない。
それも相手がピザデリバリーの妖精とは字面だけ見たらもはやギャグだ。
しかし、ローマの休日だって24時間の恋物語だ。
僕は一日限りでも思いが通じ合った事が悲恋で嘆く事を塗りつぶしてしまうほどに嬉しかった。
「あのさ、デリーちゃん。聞いてくれるかい?」
僕は彼女に改めて思いを伝えるべく彼女の肩を抱えたまま姿勢を正した。
「もう、気づいているかもしれないけど僕はもう君に夢中なんだ」
「うん…知ってた…というかご主人様の心の声、ずっと聞こえてた…」
…なんですと!?まさか色々色事で妄想まっピンクだった事が筒抜けだったって事ですか!?
「うん、実はそうなの…」
そういいながら涙は引っ込んだのか赤目のデリーちゃんはてへっっと可愛らしく舌を突き出した。
「それじゃぁ…これから俺がしようと思っていることもわかるね…?」
「うん…」
僕と彼女の唇は互いの言葉を交わすまでもなく交わったのであった。
「ああ、君と逢えてよかったよ。」
僕はそういって彼女と交じり合っていく。
その日の夜はまるでお互いの気持ちを確かめ合う神聖な儀式のようであった。
僕の意識は消え行く彼女を見送りながら暗く沈みこんでいった。
いうまでもないかも知れないが念のために言うと彼女との相性は最高だった。(気持ちが)繋がり合ってるって最高だね。
◇◆◇◆◇◆
朝、目が覚めて、その小さなシングルベッドの上で目が覚めた俺は腕の中に彼女がいないことに気が付いた。
狐につままれたのかと一瞬思ったがふとリネンに残った彼女の香りが昨日が確かに会った事を僕に語りかけていた。
ついさっきまでいた様な気配すらある彼女の抜け殻は僕を現実に引き戻し、憔悴させる。
僕はあわてて時計を見た。
時間は午前十時。
休日でもお店は十分空いている時間だ。
再び、彼女と会いたくて、いつも使うピザ屋で昨日と同じメニューを注文する。
しかし、30分たって鳴らされたチャイムの音は祝福を告げる鐘の音ではなく、僕の世界の終わりを告げる7つのラッパの音だった。
そうか、と僕は思っても居ない納得の言葉を一人呟きながら僕の人生を変えた彼女に思いをはせる。
御伽噺ではキスでどうにかなったりするもんだけど現実はそう、甘いものではないらしい。
妖精がいるぐらいならどうにかしてくれないかと神様を恨みそうになるけど、そもそもそんな不思議なことがなければ彼女とも出会えなかったのだから恨むのもきっと筋違いなんだろう。
「デリーちゃんに…会いたいなぁ…」
「私もですよ…ご主人様…」
呟いた先の返事に僕は驚いて声の主へと向きなおす。
そこに立っていたのは間違いなく、――デリーちゃんだった。
涙を溜めながら微笑を浮かべて佇んでいる彼女は天使のように美しかった。
「どうして…デリーちゃんは…消えたんじゃ…」
「それはねご主人様…「特定の条件」ですよ」
「「特定の条件」?…まさかっ!?」
「そう、口付けを交わして結ばれた妖精である私が居なくなっても一緒にいたいと強く思い続けたご主人様が再び私を呼び戻そうとすることが条件で再び私が生まれた…って神様が言ってたよ?」
僕は歓喜のあまりチラシを握りつぶして地面に放り投げた。
そして彼女を抱きとめて再び、口付けを交わす。
名残惜しそうに唇が離れた後、彼女は住まいを正し、三つ指を付いてこういった。
「と、言うわけで私、貴方の妖精、デリー。不束者ですがよろしくお願いしますね?ご主人様?」