クリスマスの夜に
~~~~~クリスマスの夜に~~~~~
ガタンゴトンガタンゴトンと大きな音を立てながら、僕の乗っている電車は小さな駅のホームを通りすぎてゆく。今日は12月18日、僕が通っている高校の終業式の日である。電車の窓から外を見ると、街はクリスマス仕様にイルミネーションがつけられている途中である。まあ年齢=彼女いない歴の僕、月神蒼にはあまり関係のないことなのだが………。外を見るのを止めて電車内をみる。少し早い時間に登校しているので同じ高校の生徒は少ない。サラリーマンや楽しそうにお喋りをしている女性たち、幸せそうに見つめ合っているカップルなど車内には様々な人がいる。ふと向かい側に目が止まる。そこにはきれいな黒のロングヘアーの女の子が座っていた。僕と同じ制服を着ているが今日初めて着るかのように全然馴染んでいない。リボンや鞄の色が僕らの学年カラーなので同じ学年なのだろうが全く見覚えがない。
「霧橋、霧橋です。お降りのさいはお足元にご注意ください」
気づいたら降りなければならない駅に着いていた。降りようとしてふとその少女の方を見てみると全く降りる気配がない。どうしようか一瞬悩んだ後、僕は声をかけることにした。
「あの、僕たちの降りる駅、ここなんだけど……」
「………はっ!!」
どうやら寝ていたらしい。その少女はあわてて立ち上がると、すみません、ありがとうございます、と一礼してそそくさと電車を降りていった。
「何だったんだ今の……」
立ち尽くしていると電車のドアが閉まってしまった。
「あ、」
降りられなかった僕を乗せて、電車は次の駅へと走って行くのだった。
次の駅から元の駅まで戻ってから歩くこと15分、僕はようやく学校に着くことができた。下駄箱で上履きに履き替えて自分の教室に向かう。北側3階の1番隅、ここが僕のクラスだ。思いがけないことがあっていつもより遅い時間なので、教室内はザワザワとしていた。クラスメイトに挨拶をしながら自分の席につく。窓側の一番後ろ、窓から景色を見れてさらに寝やすい、まさに最高の席だ。
「おっはよ~!!蒼、今日は遅かったね」
「ゆきか、おはよう、まあいろいろあってな」
隣の席から元気よく話しかけてきたのは坂白ゆき。幼稚園からの仲で小、中、高と全部クラスが同じ、まさに腐れ縁。にこにこしていた顔を疑問の表情に変えて、
「いろいろってなに?」
と聞いてきた。別に隠すことでもないので僕は、今朝あったことの一部始終を簡単にゆきに話した。
「ということがあったんだよ」
話が終わるとゆきはなぜか不機嫌そうになった。頬をプクーっと膨らませてこちらをにらんでいる。
「へぇ~、じゃあ蒼はその可愛い女の子に見とれて電車を乗り過ごした訳ね」
「ちょっと待て、僕は可愛かったなんて一言も言ってないぞ?」
「じゃあどうだったの?」
電車での光景を思い出す。黒のロングヘアーに着慣れていない制服、顔はあんまり見ていないのでぼやっとしか覚えていないが……
「あんまり覚えていないけど、可愛い方だったと思うぞ?」
そう答えたとたんにゆきの表情が泣きそうな顔になる。心情に応じて表情もコロコロ変わる、忙しい奴だ。
「どうしたんだよ、そんな顔して」
「べ、別に!!ふつうの顔だし!!」
次は怒った表情になる。本当に急がしそうだ。
「な、なに怒ってるんだよ」
「別に怒ってないし、可愛くなくてごめんなさいね!!」
いきなり突拍子もないことを言ってきた。確かに電車の中で見た人を可愛い方だ、とは言ったがそれはうろ覚えだし、そもそもなぜそのせりふが出てくるのかがわからない。
「何でそんな話になるんだよ」
「蒼がきれいな女の人を見て鼻の下を伸ばしてたから」
「いや、伸ばしてないし、だいたい何でゆきが可愛くないってことになるんだよ」
「だって事実だし……」
「それ嫌味になるぞ?僕はゆきのこと可愛くないと思ったことないぞ?」
ゆきは普通に可愛い方だ。中、高と彼氏は居なかったものの、なかなかモテていたはずだ。急に黙りになったゆきの方を見てみると、顔を真っ赤にしてうつむいている。
「顔赤いけど大丈夫か??」
心配したのにもかかわらずベシっと僕の腕をたたくとギリっとぼくを睨みつけて、
「もう、知らない!!」
と席についてしまった。周りを見るとみんなニヤニヤしながらこちらを見ている。
「ホント、何なんだよ……」
「ほら座れ~、HR始めるぞー」
ガラガラっと教室の前のドアが開いて先生が入ってくる。HR中に隣を見るとゆきと目が合うが、すぐにぷいっとそっぽを向かれてしまう。
「月神、これが終わったらちょっと前に来い」
「え?」
いきなり名前を呼ばれて顔を前に戻すと、先生がこちらをにらんでいる。どうやら話を聞いていないのがバレたらしい。クスクスッとクラスから笑いが漏れる。
「はい、じゃあ体育館に向かってくれ、月神はちょっとこい」
皆が教室から出ていく中、僕はとぼとぼ先生の元に行く。最初怖い顔をしていた先生は僕が前につくとフゥーっとため息をついて、
「この間休んだときの資料を渡すから帰りのホームルームが終わった後で、職員室に来なさい」
「あ、はい、分かりました」
怒られなかったことにホッとしたのも束の間、出席簿が頭の上に落ちてきた。ゴツっと音がする。
「って!!」
「あと人の話はちゃんと聞くように、おまえホームルーム中上の空になってただろ、ボーッとして、寝不足か?」
「いえ、そういうわけではないんですが……」
注意しながらも心配してくれる先生。実際寝不足ではなくゆきの機嫌の取り方を考えていただけなので少し胸が痛い。この際、先生も女なので先生に答えてもらうのもありだろう。
「先生、先生は怒ったときに何をもらったら機嫌が直りますか?」
「それは坂白のことか?」
ニヤニヤしながら先生は聞いてくる。嘘をつく理由もないのではい、と首を縦に振るとハハハハッと先生は大笑いしだした。ひとしきり笑った後で僕の肩に手をおくと、
「他の人ならともかく、坂白なら大丈夫だろ。ちょっとすれば自分から話しかけてくるさ。それでもって言うならちょっといいプリンでも買ってやんなよ」
と言って僕を連れて体育館へと向かうのだった。
「え~、2学期も終わりその学年で過ごすのも残すところ後3学期だけとなってしまいました。3年生の諸君は自分の志望校に向け、追い込みの時期となって………」
先生に連れられて遅れて式に参加した僕は、自分のクラスの場所ではなく先生の隣で校長先生の話を聞いていた。長い校長先生の話はまだ続く。
「受験に成功するためにも休息は必要不可欠です。なのでクリスマスとお正月は受験のことはさっぱり忘れて、良い休息をとって下さい。ちなみに学校で勉強したくても25日と1、2、3日は学校開いてないので、来ても無駄ですよー、それでは良いお年を」
クリスマスは先生たちも休みなのか、と思いながらボーっと聞き流しているとまたしても隣から出席簿が降ってきた。
「って」
「人の話はちゃんと聞け」
「聞いてましたよ。先生たちもクリスマスと年末年始は休みなんですよね。先生、今年こそは予定あるんですか?」
僕がそう聞いたとたんに先生はグハッといいながらその場に崩れ落ちる。そして僕を見上げると、
「別に予定がない訳じゃないし。七面鳥とホールのクリスマスケーキ頼んだし。ビールも飲むし……」
と言った。誰と、とは言わないのでやはり1人なのだろう。
「1人で食べきれるんですか??」
「3日たって食べきれなかったら冷凍保存する」
何で頼んでみたのだろうと思いつつ先生に手を貸す。先生は僕の手を掴んで立ち上がり、ついた埃を払うとギリッと僕をにらみつけた。
「リア充は爆発すればいいんだ」
「いや、僕も彼女なんていないですから……」
そんなやりとりをしているうちに終業式が終わり、僕は一足先に体育館を後にした。階段を下りて一階の購買に向かう。おばちゃんにプリンを頼むと教室に帰る。自分の席につくとほっと一息つくことができた。
「蒼、あの………」
先生の言った通り、ゆきは自分から話しかけてきた。ゆきはか細い声で続ける。
「さっきは、その……ごめん」
「いや、僕もなんか怒らせたみたいでごめんな。これ、ちょっとした詫びの品」
そう言ってさっき買ってきたプリンを渡すと、ゆきは目をキラキラさせてそれを受け取った。
「ありがと蒼、どうしたの?今日はなんか気が利くじゃん」
「まあ人生の大大先輩にいいアドバイスをもらったからな」
そう言った矢先に背後からすごいオーラを感じる。後ろを振り返ると同時に頭にすごい衝撃が走る。
「っっっっっ!!」
痛すぎて声にならない。机に突っ伏して痛みに耐えていると、すごいドスのきいた声が耳元で聞こえてきた。
「誰が大大大先輩だって?」
僕が言ったのよりも大が1つ多いのだが今はそんなこと気にしている余裕はない。
「い、いえ、僕は美人のお姉さんと言いました」
「そうか、なら聞き間違いだな」
そう言って先生は鼻歌を歌いながら、教壇に向かって歩いていった。僕は先生に彼氏がいない理由の一辺をかいま見た気がした。
「そんじゃ解散、冬休みだからってハメはずしすぎんなよ~。よいお年を~」
先生の言葉でホームルームが終わりゆきと別れた後、僕は職員室へと向かった。職員室のドアをガラガラと開ける。
「失礼します」
「ああ、月神か。えーっと、これが休んでたときの資料だ」
「ありがとうございます」
机の上にはたくさんの資料がのっていた。
「これからだれか来るんですか?」
「それはな……」
「失礼します」
先生の言葉を遮るようにして職員室に入ってきたのは、今朝電車でみたあの女の子だった。
「君は今朝の………」
「あ、あのときは起こしていただいてありがとうございました」
「なんだ、2人とも面識があったのか」
先生が不思議そうにこちらを見ている。ええ、まあ、と曖昧な返事をしていると先生の顔がいたずらをする時の子供のような顔になっていた。
「月神、この後の予定は?」
「特にありませんけど…」
すごくイヤな予感がする。
「ならこの子の学校案内を頼む、うちのクラスに転校してくるんだし今のうちに仲良くしておくのもいいだろう」
「僕はいいですけど、彼女の意見はどうなんですか?」
僕は先生の隣に立つ女の子を見た。ゆきには可愛かったと思う、と言ったがそのレベルではなかった。よく見るとすごくきれいな顔立ちをしている。
「君もそれでいいかい?」
「はい。彼が迷惑ではないのでしたら」
はっと我にかえるともう僕が学校案内する事が決まっていた。
「というわけだから月神、学校案内よろしく頼む。一通り終わったら2人ともかえっていいからな。そんじゃ、よろしく〜」
先生はヒラヒラと僕らに手を振ると、職員室の奥に消えていった。お互いに顔を見合わせる。
「とりあえず職員室出ようか」
「そ、そうですね」
そうしてこれからのことに不安を抱きながらも、職員室を後にするのだった。
台所からは母さんの料理している音が、リビングからは姉がテレビを見ている音が聞こえてくる。どれも日常的なこと。しかしこの音の中にシャワーの音が聞こえてくる。うちは4人家族で父さんはまだ帰ってきてないのでうちの家族でない人が入っている。それは紛れもなく僕のクラスメイト(予定)なのだが……。何でこんなことが起きているのか、それは3時間前に遡らなければならない…………
~~~~~3時間前~~~~~
職員室を出るとふーっと息を吐く、職員室はなぜだか緊張してしまう。隣からもふーっと音が聞こえて来たので隣をみると彼女も同じ気持ちだったのか、目が合うとフフフとほほえんでいる。
「自己紹介がまだだったね。僕の名前は月神蒼。よろしく」
そう言って右手を差し出す。相手もその手を握り返してくる。
「私は泉アリアと言います。こちらこそよろしくお願いします月神君」
「敬語使わなくていいよ、泉さん同い年だし僕も使わないからさ、あと呼び方はあおでいいよ」
「それじゃあお言葉に甘えて、私のこともアリアでいいよ。私もあおって呼ぶから」
「そしたら決まりだな。じゃあまずは一階に降りてから上に上がる感じで行くか」
「了解であります、あお隊長どの」
「うむ、いい返事だアリア小隊長」
お互いに顔を見合わせて笑いあう。さっき知り合ったばかりなのにずっと知っているかのようなやりとりだ。おかげで2人の間にあった緊張感はどこかに消えて、普通に話せるようになった。
「まずは特別教室からかな。ここは物理室、実験とかで使うことが多いよ。ただ先生たちに見つからずに校舎内に入りたいときとかにも使うかな」
「どゆこと??」
「これ生徒内では有名なんだけど、外から見て左から3つ目の窓の鍵がかからないようになってるんだ」
「へ~、じゃああおはここつかったことあるの??」
「いや、まだないな」
「何だ、つまんないの」
会話をしながらアリアを見るが、本当に楽しそうに話をする。
「よし、じゃあ次にいきますか」
「おー!」
こんな調子で学校案内をしてもすぐに終わる訳もなく、全部が終わる頃には開始から2時間もたっていた。お日様も山の向こうに沈んでしまった。
「だいぶ遅くなちゃったな、そろそろ帰るか」
「だね~、あおはどのあたりに住んでるの??」
「差永市の嚆矢区だよ。アリアは??」
「私もそのあたりなんだ。一緒に帰ろうよ」
僕も言おうとしていたのだが家が割
と近いことにうれしさを覚えてしまう。
「いいぞ、帰り道のベストスポットも教えてやる」
するとアリアの顔に疑問の表情が見える。
「え、電車で帰るんじゃないの?」
「いや、帰りは歩いた方がいいんだ。電車はこの時間混むから」
「なるほど」
アリアは体を僕が目指している方向に変えて
「はやくいこ!!」
と言った。アリアの隣に並んで歩き始める。
「まあこっちの方がうまい店とか結構あって買い物にも便利なんだよ」
僕がそう言うとアリアはプッと吹き出した。
「どうしたんだよ」
「いや、さっき電車が混むからって言ったけどこっちがメインでしょ」
実際はその通りなのだがここまで笑われると少々意地悪したくなってしまう。
「ならアリアは買い食いはしないわけだな。隣でめちゃくちゃいい匂いがするもの食ってやる」
「それはひどいよ……」
アリアはハァ…っとため息をついて肩を落とす。
「うそうそ、そんなに落ち込むなって」
「ならお詫びとして全部あおの奢りね!!」
アリアはニカッと笑うと早く早くとせかしてくる。
「夕食前だからそんなに買わないからな」
そう言って僕はアリアとたわいもないことをしゃべりながら家を目指して歩くのだった。その後のことを少し、アリアはコロッケと肉まんとたこセンを食べた。もちろん僕の金で………。家まで後10分ぐらいのところでポツ、ポツ、と雨が降り始め、10秒後すごい勢いで大粒の雨が降ってきた。
「アリアの家はまだあるのか?」
「まだ先だよ」
お互いに走りながら大声で話す。そうじゃないと声が聞き取れないくらいの大雨だった。この時期の雨はすこぶる冷たく、このままだと風邪をひいてしまう。
「うちで雨宿りしていくか?」
「いいの??」
「大丈夫!!」
そう叫びつつ、高校に入ってから家にきたのはゆきのほかにいないことを思い出した。まあ何とかなるだろうと思いつつ、
「ちょっとスピード上げるぞ」
そう言ってアリアと僕は後少しのところにある僕の家を目指して走るのだった。
「「はぁ、はぁ、はぁ」」
僕の家の前につくと、僕とアリアは肩で息をして呼吸を整えていた。雨で重くなった冬服は想像以上に体力を奪う。
「たぶんタオルぐらいは貸せると思う。風邪ひくからふいた方がいいだろ」
「ありがと」
鍵を開けてアリアを家の中に入れる。暖房が効いているのでなるべく早く家に入った方がいいだろう。
「どうぞ」
「おじゃまします。あ、あったかい」
外は寒いうえに雨で濡れているのだ。うちの中は特に暖かく感じるだろう。
「蒼~、急な雨だけど大丈夫だった~?ってえ??」
リビングから顔を出した母さんは一瞬固まったが、次の瞬間僕たちの前まで出てくると、
「あらいらっしゃい。蒼のお友達さん??ようこそ~。こんなに濡れっちゃって、お風呂わいてるから入って入って!!風邪ひいちゃうし」
と僕らがなにを言うまもなくそうまくしあげた。母さんに腕を引っ張られてつれていかれるアリアを見ながら、僕は玄関に立ち尽くすのであった。
そうして今、この状態になっているのである。
「あがりました!!お風呂貸していただきありがとうございます」
「いえいえ、翠の服が合ってよかったわ」
翠とは僕の姉、月神翠のことだ。2つ上の高校3年生。指定校推薦で大学が決まっている。のでダラダラしているのだ。姉はクルっと振り返ると、
「いやいや、そんな可愛い子に着られて、服も本望だって」
と言って笑っている。
「着ていた服は今洗濯してるから待ってね。そうだ!!よければご飯食べていかない?」
「あの、ええっと………ごちそうになります」
もうどうにでもなれ、と思いながら僕は風呂に向かうのだった。
「「ごちそうさまでした」」
僕は立ってアリアの分と自分の食器を下げるとゴム手袋を付けて皿を洗い始める。するとアリアが隣にやってきて、
「なんかごめんね、突然押しかけたうえに………」
と謝ってきた。
「気にしなくていいよ、こっちこそごめんな。強引な母親でさ。めんどくさかったら断って貰って大丈夫だから」
「ううん、いいお母さんじゃん。それより何か手伝えることない??」
「それじゃあそこのタオルで洗い終わった食器拭いて貰ってもいい?」
「了解!!」
アリアはびしっと敬礼すると黙々と作業にとりかかる。2人でやったのでいつもよりも短時間で終わることができた。
「ありがとう、手伝ってくれたおかげでだいぶ楽になったよ」
「こっちこそごちそうになったし………。雨、ぜんぜん止まないね」
窓の外を見ると降り続けている雨はさらに勢いを増しているようだ。雷の音も聞こえてくる。
「帰れるかな…………」
アリアは心配そうに窓の外を眺めている。その時、母さんが台所に顔を覗かせて
「アリアちゃん、今日泊まっていく?」
と、とんでもないことを口に出した。
「あなたの親御さんさえよければうちは大丈夫だけど……」
アリアがどうしようと言う目でこちらを見てくる。
「母さん、アリア困ってるだろ」
「でもこの雨じゃ帰れないだろうし……」
確かにこの雨では車を動かすのも困難だろう。アリアの方を見ると、申し訳なさそうな顔をしている。
「イヤじゃなかったら別にいいよ、部屋も余ってるし。うちの親が言い出したことだしさ」
そう言うとアリアは一瞬悩むそぶりを見せた後、
「ちょっと電話してみます」
と言って台所を出て行った。1~2分くらいするとアリアは戻ってきて、
「うちの親から話があるそうです」
とうちの親に携帯を渡す。うちの親はそれを受け取ると話を始め、はい、わかりました、それでは明日、などと言って電話を切った。
「それでアリアの家族は何って?」
そう質問すると、母さんはにやにやしながら振り向きグットマークをした。
「明日迎えにくるそうよ、ってことでアリアちゃんはうちにお泊まり決定!!早速準備しなきゃ。アリアちゃんは蒼のベッド使えばいいとして、蒼がどこで寝るかよね……」
「僕はソファーあるからいいよ。なら早速…」
僕がベッドを整えに行こうとしたところで後ろから服が引っ張られる。振り返るとアリアが焦ったような顔をしていた。
「どうしたんだ??」
「いや、どうしたんだ、じゃないよ!!なんであおがソファーで私がベッドなのよ。ふつう逆でしょ!?」
「いや、女の子をソファーでねかせられるかよ」
そう言ってもアリアは、でも…、と首を縦に振らない。
「もしかして僕のベッドで寝るのはイヤか?」
「そうじゃなくて………」
申し訳なさそうな瞳を僕に向けると、無言で訴えてくる。困って、ん~と唸っているとアリアの頭の上に母さんが手を置き、
「蒼に甘えておいていいのよ、この子がこんなに妥協する事なんて滅多にないんだから」
といきなり恥ずかしいことを暴露された。
「ちょっと、母さん!!」
「なによ、照れてるの?可愛いんだから」
そう言って今度は僕の頭をくしゃくしゃと撫でてくる。
「ほんとにやめろって!!」
これ以上変なことを言われないように抵抗していると、隣からクククと笑い声が聞こえてくる。見るとアリアが一生懸命に笑いをこらえようとしている。
「それではお言葉に甘えさせていただきます」
その言葉を聞いて僕はベッドの準備に取りかかるのであった。
~~~~~次の日~~~~~
目が覚めると見慣れない天井があった。なぜだろうと思いつつ、僕の部屋ではアリアが寝ていることをおもいだした。起きあがって時計をみてみると7時30分、冬休みにしては早い目覚めだ。もう一回寝ようと横になったとき、トントンと階段を下りてくる音が聞こえた。むくっと起きあがってリビングの入り口をみていると、現れたのはパジャマ姿のアリアだった。
「あ、あお起きてたんだ。おはよう」
「おはようアリア、今起きたんだ」
挨拶をするとソファーから起きあがる。伸びをして、台所を見るとアリアがごそごそ何かやっている。どうしたのかと見ていると目があって、
「台所のもの勝手につかってもいい?朝ご飯作ろうと思ってるんだけど……」
と言ってきた。僕も台所に向かいながら腕をまくる。
「僕も一緒にやるよ」
「ほんと?ありがと!!」
そう言ってアリアは笑顔を向けてくる。そこで少し鼓動が高鳴ったのは秘密である。2人で朝ご飯を作っていると母さんと姉ちゃんが降りてきた。
「おはよ、晴れてよかったね」
「アリアちゃん、蒼、おはよう、いい匂いね」
早速2人で作った朝ご飯をダイニングのテーブルに並べる。僕とアリアが席に着くと、朝ご飯が始まる。ものの10分で食べ終わると、お茶を入れて一息つく。
「母さん、アリアの親はいつ来るんだ?」
「それはね……」
母さんが答えようとしたその時玄関のチャイムが鳴った。
「はーい、今行きまーす」
抜けた声で母は返事をすると、そのまま立ち上がって玄関へと向かう。アリアの方をみるとどことなく寂しそうな顔をしている。
「アリア、どうかしたのか?」
僕が呼びかけるとアリアはハッと顔を上げてへへへ、と苦笑いを浮かべた。
「いや、こうしてみんなでわいわいやったのって久しぶりだったからちょっと寂しくて……」
「なるほどな」
僕は立ち上がってアリアの目の前に行く。顔を上げたアリアの頭に手を置くと、くしゃくしゃと頭をなでる。
「んなずっとあえない訳じゃないだろ、いつでも遊びに来いよ」
「………うん!!ありがと」
ようやくアリアの顔に笑顔が戻ったところで、リビングに母さんが戻ってくる。後ろには見慣れない人もいる。
「お母さん」
「アリア、ご迷惑をおかけしてないでしょうね」
整った顔立ちはアリアににているが、つり目にきつい性格なのは似ていない。アリアのお母さんの言葉はまだ続く。
「うちのアリアがご迷惑をおかけしました」
深々と頭を下げているアリアのお母さんを見て、うちの親はあわてている。
「いえいえ、本当にすごくいい子で、家事も手伝ってくれて。今朝は蒼と一緒に朝食まで作ってくれたんですよ」
そこまで言うとようやくアリアのお母さんは、ならいいのですがといって顔をあげた。
「明日から1週間家で1人なので少し心配していたんですがこれなら問題なさそうですね」
笑顔でさらっとすごいことを言うアリアのお母さん。さっきのアリアの寂しげな表情の理由がわかったような気がした。
「あの………」
「アリアちゃん、もう一週間預からせてもらえませんかね」
僕の言いたいことを先に言ってしまったのは母さんだった。アリアは目を見開いている。
「しかしそれはそちらに迷惑がかかるのではないですか?寝床とかも………」
「それなら私の部屋を使ってもらっていいですよ。私これから1週間旅行でいませんし」
アリアのお母さんの言葉を遮ったのは姉ちゃんだった。手には大きなキャリーバックを持っている。どうやらもう出発するようだ。
「あら、もう行くの??」
「うん、タクシー代わり呼んだから送りはいいよ。じゃあ行ってきます、アリアちゃんも楽しんでいってね」
そう言ってヒラヒラと手を振るととたとたと行ってしまった。コホンとアリアのお母さんは咳払いをすると、
「それではお願いします。アリアもそれでいいかしら」
「ありがと、お母さん!!」
アリアは子犬のように喜んでいた。しっぽが付いていたら千切れてるかもしれない。それでは荷物を持ってきますから、と言ってアリアのお母さんは帰っていった。
「よかったなアリア」
「うん!!あおもこれから1週間よろしくね!!」
顔を見合わせてお互いに笑う。ただ僕はこの時はまだ知らなかった。僕らの悲しい結末を………・。
冷蔵庫が空になったのはアリアが泊まり始めてから2日後、12月21日のことだった。そこまでもった冷蔵庫もすごいと思うのだが、それよりもすごいのは場所もわからないのに1人で買い物に行こうとしていた僕の隣で歩いているアリアだ。
「ごめんね、ここでも迷惑かけちゃって」
「気にすんなよ、迷ったりしたら大変だろ??今晩は回鍋肉らしいからそれの材料を買ってくればいいらしいしな」
するとアリアは表情に疑問を浮かべた。
「明日とかはどうするの??」
「それは今母さんが車で大型スーパーに行ってるよ。まとめ買いはスーパーの方が楽だからな」
アリアはなるほど、と頷くと昨日みたテレビの話やゲームの話を始めた。話しているうちに商店街についてしまった。アリアにここの説明をしながら八百屋と肉屋で買い物を済ませると帰路につく。
「あおはここの人たちと仲がいいんだね。行くとこ行くとこでサービスしてもらってたし」
「そりゃあ小さいときからここにはお世話になってるからな。店主とかはほとんど知り合いだよ」
などとたわいもないことを話しながら帰っていると、後ろから馴染みのある声が聞こえてきた。
「あれ、蒼じゃん」
「ゆき。終業式ぶりだな、どこかにお出かけの帰りか?」
会ったゆきの格好はおしゃれそのものだった。
「学校の友達と遊びに行った帰り。それよりその隣の人は………」
ゆきの視線の先にはきょとんとした顔をしたアリアがたっている。
「あぁ、ゆきは初対面だったな、この子は泉アリア。3学期から僕らのクラスに転校してくるらしい。終業式の日に職員室でたまたま会ってそこで仲良くなったんだ。で、こっちが坂白ゆき。同じクラスのクラスメイト兼幼稚園から同じの腐れ縁」
僕の紹介に不満があるのかゆきは僕をじっとにらみつけている。
「な、なんだよ」
「腐れ縁じゃなくて幼なじみでいいでしょ」
「いや、幼なじみではないだろ。家が隣にある訳じゃないんだし」
ゆきはぽかんと口をあけている。そしてはっと現実に戻ってくるとあわてたように
「蒼、幼なじみの定義はなんだと思う??」
と聞いてきた。聞かれたら答えるしかないので、
「幼稚園ぐらいからの知り合いで家が隣。だな」
と答えるとハハハハと笑い出した。隣ではアリアも笑いを堪えている。
「バカね、家は隣じゃなくてもいいのよ。ほら、名探偵コナソでもそうでしょ?」
「確かに、でもそんなに笑わなくてもいいだろ」
「だって高校1年にもなってっっっ!!ハライタイっっっっっ」
「はいはい、僕たち忙しいからまたな」
笑っているゆきをおいて帰ろうとすると、後ろから服を掴まれる。
「ちょっと、その子は結局誰なのよ」
「だから言っただろ??この子は泉アリア。3学期から……」
「そうじゃなくって!!」
アリアは涙目になっている。
「何でその子と蒼が一緒にいるのよ!!」
「何でってそりゃ一緒にむぐっっ」
答えようとするとアリアが口を塞いできた。
「わ、私が頼んだんです。ここら辺に住んでいて知り合いはあおだけなので。それでは失礼します」
アリアは慌ててそう言うと、僕の腕をひいて急いでその場を後にした。不満そうな顔をしたゆきをおいて…。ぐいぐい進んでいくアリア、止めないと道に迷いそうだ。
「ちょっとアリア、まてって」
アリアはハッと立ち止まるとごめん、と言って手を離した。
「いや、別にいいんだけど何であんなこと言ったんだよ」
アリアはびっくりしたように目を見開いた。
「まさかあお、気づいてないの??」
「気づくってなにに?」
アリアはポカーンと口を開けている。
「どうした」
「私ちょっとゆきちゃんのところにいってくる。あおはここから動かないでね」
さっさっと道を戻っていくアリアの背中を見ながら僕はその場から動けなかった。10分ぐらいたつとアリアが戻ってきた。ニヤニヤしながら………。
「なにしてたんだよ」
「ゆきちゃんに連絡先聞きにいったの」
仲がよくなって何よりだがなんか釈然とせず、スキップをしながらついてきているアリアを見るのだった。
それから数日は特になにがあるわけでもなく、だらだらと過ごした。ただ1つだけ悩みができた。それは……
「あお~、今日ゆきの家に遊びに行ってくるね!!」
アリアは僕にニッコリ笑顔を見せると出かけていった。僕の脈は速くなり、顔も赤くなっていく。そう、これが僕の悩みである。アリアが笑顔を見せてくれると胸が締め付けられる様に苦しくなり、脈も速く顔が赤くなるのだ。
「蒼、今日24日でしょ?買いものにでも行ってきたら??ずっと家にこもってるのもなんだし」
母さんは掃除機をかけながらはなしてくる。今は11時なので今から家を出たらちょっと遠くのショッピングモールまでいけるだろう。
「それじゃあ行くかな、母さんは何か買ってきてほしいものとかある??」
「いや、母さんは特にないから大丈夫よ」
「分かった。クリスマスプレゼントは毎年恒例のハンカチでいいよね、それじゃぁ行ってきます」
そういって僕は駅に向かって家を出るのだった。
電車に揺られて約30分、その駅から歩いて10分、僕は目的地のショッピングモールに着いた。ここには駄菓子屋からアクセサリーショップまでありとあらゆるものがそろっている。いつも家族にクリスマスプレゼントとして買っているのはハンカチなので、僕はハンカチの売っている2階に急いだ。2階のハンカチコーナーにはたくさんの柄や種類があってどれも目移りしてしまう。母さんと姉ちゃん、父さんの分を買って帰ろうとしたときにアリアの分を買っていないのに気がついた。周りを見渡すとアクセサリーショップがあるのでそこに入ってみる。適当にショウィンドウの中を見ていると1つ僕の目に留まるものがあった。三日月がモチーフにされているブレスレット、隠れているようにしている猫も可愛い。値段も周りのと比べてお手頃価格だ。
「何か気になる商品がありましたか??」
声をかけられて振り向くと、店員さんがにこにこしながら立っていた。
「そうですね、結構悩んでいて」
「プレゼントされるかたはどのような方ですか?」
と店員さんが聞いてきたのでアリアのそのままを話した。僕が話している間店員さんは優しい目でこちらを見ていて、僕が話し終わるとそれでしたら、と言って5つほど見繕ってくれた。そこには僕の目に留まったブレスレットはなく、う~んと悩んでいると僕は何でこんなことをしているんだと思った。いつもならさっきのようにさっさと選んでしまうのに何をこんなに悩んでいるのだろうか。値段が値段だからだろうか、それとも………渡す相手がアリアだからだろうか。僕の頭の中はモヤモヤにつつまれて、何ともいえない気持ちだった………。
そんなもやもやした気持ちを引きずったまま、僕は家についた。
「ただいまー」
「あお、おかえり」
帰った家の中からいい匂いが漂ってくる。母さんが台所から顔を覗かせてニヤニヤしている。
「今日の夜ご飯楽しみにしてなさい」
「なんだよいきなり…」
母さんの横をすり抜けてダイニングに入った僕が見たものは………エプロン姿で料理をしているアリアの姿だった。アリアは料理に集中しているのか、僕が見ていることに気づく様子はない。
「アリアちゃん、可愛いわよね!!」
母さんの言葉ではっと現実に戻ってくる。
「じーっと見てたけど見とれちゃった?」
「う、うるさい!!着替えてくる!!」
顔を真っ赤にしながら、僕は自分の部屋に上がっていった。そして夕食。出された料理は肉じゃが、味噌汁、白米、漬け物、そしてサラダだった。アリアが作った料理は肉じゃがと味噌汁だろう。肉じゃがに手を伸ばして口に運ぶ。優しく甘い風味が口の中に広がる。しっかりと煮詰まっていてお世辞抜きで美味しい。何処か懐かしい味がする。
「どぉ?しっかり出来てるかな」
「あぁ、ちゃんと煮詰まっていて、ジャガイモにも味染み込んでて美味しいよ。味付けもなんか懐かしい感じがする」
「そっか、ならよかった」
僕の手は止まらず、パクパクと食べていく。ずっとニコニコしていたアリアが食べようとしていた時、ポロっと箸が落ちてしまった。拾おうとしゃがみこむと、同じく拾おうとしていたアリアと目があう。僕はずっとアリアから目を離せずにいた。アリアも僕から目をそらすことはなかった。しばらくそのまま時間が止まる。
「お2人さんいつまでそうやって見つめあっているのかしら」
母さんの声でハッと現実に戻ってくる。アリアに箸を渡して自分の席に戻りながら、僕は自分の気持ちに気がついてしまった。いや、もしかしたら気がつかないフリをしていただけかもしれない。
『僕はアリアが好きだ』
その気持ちが分かったからといってどうなる、ということはない。3学期からアリアは同じ学校、同じクラスになるので告白のチャンスはいくらでもあるだろう。しかし僕は今の関係が壊れるのが嫌だった。だからこの気持ちがばれないように、僕はこの気持ちを隠すことにした。のだが………
「あお、この漬け物美味しいね」
そう言ってニコッと笑うアリアの笑顔を見てドキッとしてしまう。僕はこのまま隠し通すことができるのだろうか………。
そして次の日、クリスマス当日。僕はクリスマスの飾りに追われていた。何故か、それは今日の朝母さんの言った
「今年はクリスマスパーティーやるわよ」
と言う言葉のせいだった。それにアリアが賛成し、僕は倉庫の奥にしまってあった飾りを取り出しこうしてせっせと仕事をしている訳である。クリスマスパーティーをすると決まった時、母さんが僕めがけてウインクしたのにはどんな意図があったのだろうか……
「あお、手が止まってるよ。そんなんじゃ夜までに終わらないよ」
折り紙で輪っかを作っていたアリアからクレームが入る。
「ご、ごめん」
僕は椅子の上に立つと飾り付けを再開する。せっせと作業していると輪っかの長さが足りなくなってしまった。
「アリア、輪っか足りなくなったんだけど…」
「あ、今持っていくね〜」
そう言ってトタトタ走ってくると、作っていた輪っかをくっつける。
「はい、補充したよ!」
「ありがと、後僕の机の2段目の引き出しに入ってるものとってきて」
「OK!!」
2つ言葉で返事をすると、アリアはリビングから出ていった。1分も経たないうちにアリアはリビングに戻ってきた。手には小さな箱を持っている。
「これなに?」
「開けてみなよ」
首を傾げながら箱を開けていたアリアは目を輝かせて、うわー!っと声をあげた。箱にはあのブレスレットが入っている。
「あお、このブレスレットは??」
「今日クリスマスだろ??だから僕からのクリスマスプレゼント」
嬉しそうな顔をしてたアリアはだんだんと表情を曇らせていく。
「どうした??」
「私、あおになんにも買ってない…」
「いいよそんなのは。それよりもつけてみてよ」
「でも………」
「いいから、アリアが喜んでくれることがプレゼントだから」
アリアは最初は渋々だったが、ブレスレットを付けたとたんに満面の笑みになった。
「ありがとう!!ずっと大事にするよ」
そう言ってブレスレットを付けた右手を胸に抱きながら笑顔を見せるアリアを見て、やっぱり好きだなと思ってしまう。
「アリア、あのさ……」
「ん?何?」
「いや、なんでもない。さっさとやっちゃおうぜ!!」
首を傾げているアリアに背を向けて、僕は作業に戻った。真っ赤になった顔を隠すために……。
作業が終わった頃には18時をまわっていた。
「お疲れ様、後は料理だけだな。……アリアは今日料理するのか?」
僕は昨日見たアリアのエプロン姿を思いだしながら聞いた。しかしアリアからの返事はない。
「アリア??」
「う、うん……。あ、今日先生に呼び出されてるんだった!!ちょっと学校行ってくるね!!」
ぼーっとしていたらしいアリアは僕の言葉に適当に返事をすると、ぱっとリビングから出ていった。ちょっとして玄関から出ていく音がする。
「先生も物好きだな、クリスマスに学校呼び出すなんて、予定なさすぎだろ………」
そんなことを言いながらリビングで待っていると、ふと校長の言葉を思い出した。ガバッと起きて階段を上がる。
「アリア!!」
バンっと部屋の扉を開けるとそこにはアリアの荷物がなかった。机の上に手紙が置いてあるのを見つけると、急いで封を切る。1回深呼吸をするとその手紙に目を落とした。
「 あおへ
これを読んでるってことはもう私はその家に居ないってことだよね。突然こんなこと言われても分からないと思うから順番に説明していきます。まず私は月からきたの。急で驚いてるだろうけど本当だよ??昔から家では私と妹とで派閥争いをしててね、今年になってから家に神様からの縁談がきたの。家としては万々歳なんだけど妹がまだ14歳で結婚できないの。そうしたら必然的に私が受けなきゃいけないんだけど……、私はそんなの嫌だった。結婚は互いに好きあった人としたかったから。だから無理を言って地球に降りてきたの。『本当の愛』を知るために。説明するとこんなものなんだね。私が帰るのはあお、あなたを好きになってしまったからなの。出会ったのは1週間前だったけど、私の中ではすっごく濃い1週間だった。私が帰ったら誰も私のことを覚えていないと思う。事実を知たあなたは覚えているかもしれないけど……。大丈夫、たった1週間だからすぐに忘れられる。今までありがとあお。私、好きになったのがあおで良かった。さよなら
ありあ」
手紙を読み終わると同時に、僕はコートをつかんで部屋を飛び出していた。ドタドタと階段を下りて玄関へと向かう。靴を履いているときに母さんが台所から顔を出した。
「あら、どこに行くの??」
「ちょっと学校まで行ってくる」
「そう、行ってらっしゃい」
母の声を背中で聞きながら僕は学校めがけて全力で走り始めた。
「はっはっはっはっ」
あれから25分、僕の体力は限界に近づいていた。ただどんなに足がもつれようとも手がしびれてきても肺がつぶれそうなほど痛んでも僕が足を止めることはなかった。胸に秘めていようと思ったあの気持ち、アリアの笑顔をみるたびにこぼれそうになる言葉、3学期以降があるからと後回しにしていたこと、そのすべてが今の僕を動かしている源だった。そこからさらに15分ほど走ると目的地の学校が見えてくる。正門は鍵がかかっていて入れないので隣にある業者用の小さな門から中に足を踏み入れる。校長先生のいっていた通り先生たちは全員帰ったのだろう、校舎は不気味なくらい人気がなかった。1階にある物理室に向かう。思った通り左から3つ目の扉が少しだけ開いていた。そこから校舎内に入る。物理室を出るとそこには薄暗い廊下が広がっていた。そして耳が痛くなるような静寂の中に1つだけすすり泣く音が聞こえてくる。
「アリア……」
そこにアリアはいた。見たこともないような服を着て体操座りで座っている。足音で気がついたのか顔を上げてこちらをみる。
「何であおがここにいるの?」
目をまん丸にして驚いているアリアをよそに僕はその場に崩れ落ち、流れる涙を止めることが出来なかった。
「何で勝手にいなくなるんだよ、まだいいたいことも僕の気持ちも伝えてないのに…。3学期からこの学校に通うんだろ??後2年間半一緒に学校生活送るんじゃなかったのかよ。今からクリスマスパーティーしようってときに何なんだよあの手紙は!!アリアがいなくなったら僕は、僕は……」
地面に両手をつく。ボタボタと落ちる僕の涙が容赦なく廊下の床を濡らしていく。
「頼むから僕の前から消えないでくれよ、お願いだから………」
アリアはなにも言わずにただ僕を見守っていた。どのくらいそうしていたのだろうか、二人の間の静寂を破ったのは今まで口を閉ざしていたアリアだった。
「あおは何も悲しまなくていいんだよ。これは私が勝手にしたことなんだから。私が月に帰ればすべてもとどうりになるから。だからあおはこのまま帰って?」
「アリアはこの後どうなるんだよ」
言いたいことは違うことなのに口が勝手に言葉を発してしまう。しかしそれに答えたのはアリアではなかった。
「アリア様には至急、月に帰ってきてもらいます」
後ろを振り返ると30代くらいの女の人が立っていた。その人はまるでおとぎ話に出てくるお着きの人のような雰囲気を出していた。その人の言葉はまだ続く。
「ただでさえ婚約を延長された上にこんなふざけたことまでして………、早く帰って頂かなければ神様にも愛想をつかされてしまいます」
「ちょっと待ってくれ、そのしゃべり方だとすでにアリアと神様の婚約は決まっている感じになるんだが…」
俺は固まっている頭を賢明に働かせてようやく言葉を作り上げる。
「はい、その通りです。この縁談が持ちかけられた時点で、アリア様の意志にほぼ関係なく神様との婚約が決まっていました。今回地球にこれたのは、せめてものというアリア様のご両親の慈悲です」
「どうしてもアリアは月に帰らなきゃいけないのか?」
「先ほど申し上げました通りです」
「それは本人が嫌がっていてもか?」
「はい」
その答えを聞いた僕はその場で正座をすると頭を地面につけた。
「………なんのつもりですか」
「アリアを見逃して下さい。僕は1週間ですが隣で彼女のことを見てきました。ドジでちょっと我が儘で、でもいい部分もたくさんあって……、その笑顔を守りたいと思いました。このまま月に帰ってもその幸せが守られるとは思いません。ですから……」
「黙りなさい」
にらまれると同時に息が出来なくなる。
「あ、、が、、」
「黙って聞いていれば、人間風情が調子に乗るのもたいがいにしていただきたい。神様と結婚出来るのにこれ以上の幸せがあると思っているのですか」
「あおに手を出さないで!!」
アリアが僕に駆け寄った途端に呼吸が出来るようになる。
「げほっっげほっっっっっ」
情けないと思った。アリアの気持ちを知っていて何も出来ずにただやられただけの自分を情けないと思った。
「アリア様、そろそろ」
「あと5分ちょうだい」
「分かりました。ただ5分後には強制的に月に帰って頂きます」
そういって女の人はフッと姿を消した。知らず知らずのうちに涙がこぼれてくる。
「ごめん、アリア。僕何にも出来なくて、何もしてあげられなくて、アリアの気持ち分かってたのに、止められなかった…………。ごめん、ごめん……」
「ありがとう、私はうれしかったよ、あおがああやって言ってくれたこと。本当にうれしかったんだよ?だから……」
「でも!!」
僕は流れている涙を拭うことも隠すこともせずにアリアの方をみた。
「でも僕は何にも出来なかったんだ!!アリアをかばうことも、守ることも、自分の気持ちを言うことだって出来なかったんだ………」
「気持ちって??」
「僕、僕はずっと、ずっと…」
その先を言葉にしたくても、何かがつっかえているかのように、言葉が出てこない。するとアリアの体が光源の様に光り出した。
「おわかれ、だね………」
「ずっとアリアのことが!!」
その時フワッと甘い香りが僕を包み込んだ。
「ありがとう、もし次に会えたらその先の言葉を聞かせてね」
抱きしめられたのだと気づいたのはそのせりふを聞いたときだった。アリアの声はまだ続く。
「あの日私に話しかけてくれてありがとう。学校を案内してくれてありがとう、家に泊めてくれてありがとう。そして………」
そこでいったん言葉が切れてアリアの体が離れる。そうして僕の顔を両手で包み込み、流れ続けている涙を親指で拭うとにっこり笑った。
「私のためにこんなにも泣いてくれてありがとう。メリークリスマスあお、大好きだよ、さよなら」
唇にとてつもなく柔らかい感触があった後、フッと人の気配が消える。目の前には真っ暗な廊下があるだけでアリアの姿はどこにもなかった………。
僕は自分のベットの上に腰を下ろして座っていた。あの後アリアを探すために学校中を駆けめぐり、警備員に捕まったのだ。それからのことはあまり覚えていない。気がつくと車の中にいて、親が心配そうにこちらを見ていたのだ。衝撃的だったのはその後親が言った言葉、
「あお、アリアって子を探してたみたいだけど……その子誰?」
だった。僕の淡い期待がぶち破られたこの時、僕は認めたくなかったあの手紙の内容を認めざるおえなくなった。そうして今、こうしてなにもする気が起きずにただ座っているだけなのである。手紙にはたった一週間、すぐに忘れられると書いてあったが、そんなことが無理だというのはアリアにも分かっていたはずだ。月光を遮っていた雲が消え、暗かった部屋が照らされる。すると家を出たときには無かった小さな箱が机の上に置いてあった。その下には手紙が置いてあった。表には見慣れた文字で『あおへ』、差出人は『アリアより』となっている。はっと意識が覚醒し、慌てて手紙の封を切る。そこにはただ一言、
「私のこと、忘れないでね」
と書いてあった。
「うぅぅぅ………」
僕は手紙を胸に抱き、ひたすらに泣いた。この一文にアリアの気持ちが全部詰まっている様だった。そして手紙の下に
「P.S.クリスマスプレゼントだよ、きっとにあうはずだよ!!」
と書いてあった。僕はあふれる涙を拭うと机の上の小さな箱に手を伸ばした……。
ーーーーー5年後ーーーーー
「蒼~、おはよ」
「ゆき、おはよう」
あれから5年、僕は無事に大学に合格して大学生となった。ゆきも僕と同じ学部学科を受けて合格。にこにこしているゆきがふと首を傾げた。
「そういえば、蒼ってずっとそのネックレスつけてるよね」
「ああ、これか?似合ってるだろ」
そういって首もとから見えているネックレスを手に取る。これが5年前、アリアから貰ったクリスマスプレゼントだった。あの時から風呂以外の時は肌身はなさず持ち歩いている。あれからちょうど5年がたった。あの時ふつうに3学期が始まり、先生やゆき、僕の家族でさえも誰も彼女のことを覚えている人はいなかった。ただ僕は忘れない。彼女と過ごしたたった一週間のかけがえのない時間とそれを終わらせたクリスマスの夜を………。
「蒼、どうしたの??」
はっと我に返る。すでに講義室の前にいた。どうやらオートパイロット状態だった様だ。
「いや、何でもないよ」
そう言って講義室の扉に手をかけると、後ろから服が引っ張られる。見るとゆきが僕の服を引っ張って何か言いたそうな顔をしている。
「ん、どうした?」
問いかけるとごにょごにょと言葉を濁して下を向いてしまう。首を傾げていると、急に頭を左右にブンブン振って、
「今日の同窓会、一緒にいこ!!」
と言った。
「ごめん、僕今日の同窓会には行かないんだ」
「そ、そうなんだ、ならしかたないな!!講義始まっちゃうから早くいこ」
と言って僕の横を通り過ぎて講義室に入っていった。通り過ぎる際に「あおのばか」と聞こえたのは気のせいだろう。
講義が終わり、家に帰る途中で冷蔵庫になにも入ってないのを思い出した。
「夕飯の材料でも買って帰るか」
僕はいつもより1つ前の駅で降りると、大型のスーパーに足を向けた。スーパーに向かっている途中で考え事をしていたせいか、女の人にぶつかってしまった。女の人のバックが落ちて中身が飛び出してしまう。
「すみません、考え事をしていたもので」
「いえ、こちらこそ」
黙々と荷物を拾っていると女の人の左手に見覚えのあるブレスレットがつけてあった。はっと顔を上げて相手を確認する。視界がぼやける。僕は人目があるのにもかかわらず相手を引き寄せて抱きしめていた。相手もいやがらずに僕の頭をなで続ける。
「あの時の続きを聞かせてよ」
「ずっと、ずっと好きだったよ、5年前のあの日からずっと………」
僕はあの日言えなかった台詞をようやく言葉にすることができた。相手も涙声になりながら、
「私も。ずっと会いたかった……。これからはずっと一緒にいようね」
と僕を抱きしめた。晴れていた空は雲がかかり、さんさんと雪が降ってきた。まるで5年の歳月をへて送られた月からのクリスマスプレゼントを神が祝ってくれている様だった。
ーーーENDーーー
読んでいただきありがとうございます!!
※1月19日 誤字脱字と少しの文修正しました!!