第二話 初めが肝心
「へ……っ?だ、ダメだよ!類ちゃん倒れたんだから、ちゃんと休まないと……!」
「大丈夫、気分が悪いとかじゃないし多分寝不足だっただけだから。こんだけ寝たらもう全然へーき、むしろ私に行かせて百合愛はお兄ちゃんとデートでもしておいでよ」
焦りすぎて捲し立てるように言った私に、百合愛は目をぱちくりさせている。ごめんね、でも私にはかなり重要な事だから。
「で、でも……私が頼まれたのに類ちゃんに任せるなんて」
「私は良いの……折角付き合えたんだから、ね?」
そう言う私に、百合愛も思うところがあったらしい。
付き合ってから一週間しか経ってないといっても 、片思いに関しては十年、出逢ってからなら十五年。初めが肝心なのは、私もだけど百合愛も同じ。ここで受け身に回るとこれからの関係性が男女交際ではなく幼馴染みのそれと変わらない物になってしまいかねない。
「それは……そうだけど、でも」
「百合愛、私はね、百合愛とお兄ちゃんには幸せになって欲しい」
モゴモゴとハッキリしない口調に泳ぐ目。かなり心が揺らいでいるらしい。
畳み掛ける様に私は百合愛の手を軽く握ってそう言った。
「百合愛になら、お兄ちゃんを渡してもいいって思った。百合愛だけ。百合愛以外だったら嫌だけど、百合愛なら……お兄ちゃんの好きな人が百合愛で良かったって思ってる」
これは納得させる為の嘘では無く、私の本心だ。
何故なら前世でゲームをした時から、私のイチオシは七人の攻略対象の誰でもなく、攻略対象外である白浜扇で、彼が攻略出来ないと知って以降ゲームをしなくなったくらいに私は彼が好きだった。
実は彼が百合愛に片思いするのはゲームと同じであり、彼は妹の私と同じく当て馬としてゲームに登場する。
傷付いたヒロインを案じながらも彼女が幸せなら……とヒロインを送り出す姿。自分の気持ちに気付かず頼ってくるヒロインを、傷付きながらもそれを隠して優しくする姿。時には厳しい言葉をかけでもヒロインを攻略対象に向かわせる姿。
攻略対象よりも余程私の胸をときめかせたのものだ。健気で一途で正しく優しいイケメンとか惚れるしかないだろう。
だからこそ、記憶が戻った今兄の恋路をあっさり終わらせられる何て絶対にダメ、絶対に。
「だから、二人の恋を応援したいの。私は本当に大丈夫だし、心配かけた事も自分で謝りたいから……ね?」
「……本当に、大丈夫?」
「うん、寝たらスッキリしたよ」
「……じゃあ……お願い、出来る?」
「勿論!」
勝った……!!
自分の責務を放棄したと感じているのか、苦しそうな表情を浮かべる百合愛には申し訳ないけど私は今凄く嬉しい。本当にごめん、罪悪感なんか感じる必要は無いからそんな顔しないで。
「それじゃ月花堂君には私から言っておくから、百合愛はそのまま校門の所でお兄ちゃん待ってなよ。もうすぐ来ると思うし」
「う、うん……あの、類ちゃん、本当に──」
「月花堂君を待たせてるんだよね?急がなきゃ。百合愛、また明日ね!」
「へ?あ、うん、またね!!」
百合愛の気が変わらない内に……私は急いでベッドから下りると手を振って保健室を出た。