第一話 思い出しました。
前世とは、ある人生を起点として、それより前の人生のことを指す。うぃき先生参照。字の意味くらいは私でも理解出来る。小学校を無事に卒業しているのだから漢字だって危なげなく書く事が出来る。
しかし私にとって前世とは、一番身近なもので前世占い。その結果は外国の貴族だとか既に地図から消えた国の町娘だとか、人間ですらない犬や猫、下手したらバッタや蟷螂なんて多種多様。占いじゃなくてただの当てずっぽうだろうと思わせる、話のネタにして笑う位が関の山。因みに私はオーストラリアのコアラでした。人間じゃなかったけど、まぁまぁな結果だと自負していた。
だがしかし。私の前世はオーストラリアのコアラでも、外国の貴族なんて立派な物でもなく、現代日本に生まれた平凡なアラサー手前の一般女性だったらしい。
平凡な両親から生まれ、二つ下の妹がいる四人家族。家族構成も経済水準も普通。思春期反抗期を超え恋愛経験も少ないながら無くもない、事故って死ぬ半年前までは彼氏も居た。フラれたけど。
特色があったとすれば、大のゲームだった事くらいのだろうか。大好きすぎて死因になるくらいに。
妹が乙女ゲームをこよなく愛していたのに対して私はアクション系が大好きだった。狩りゲーのガチ勢として飽く無き追求を続け、歩きスマホならぬ歩きゲームの末事故ってぽっくり。自業自得すぎて泣きたくなる、黒歴史どころじゃない。相手には土下座しても足りないが、最早どうにもなら無いので忘れよう。
まぁ、前世の私の話はこのくらいにして。はっきり言って思い出しても仕方の無いことだ。前世の事だと認識した上で思い出した記憶だが客観視出来すぎて他人の人生を覗き見した程度の感想しかない。ある意味自分の事ではあるから恐ろしく感情移入は出来るけど、それだけ。
問題は、現世の私の生を受けた世界の方で。
『Week*Love』と言う乙女ゲームの世界に転生しました。言葉にすると何とも現実味の無い、それこそ乙女ゲームの設定みたいだが紛れもない現実である。
名前は白浜類。ポジションとしてはヒロインである麗崎百合愛の友人であり、攻略対象によっては味方になったりちょっとしたハードルになったり、ルートによって色々だ。と言っても、表では友人面をしながら裏ではヒロインをいじめる典型的な悪女等ではなく、喧嘩や修羅場はあれどハッピーエンドであれば最後は仲直りする程度のゴタゴタを持ち込むくらいだけど。
しかし乙女ゲーム『Week*Love』はあくまでもバーチャルの創造物。現実である今とは少し違う所がある。
ゲームでは高校で出会った設定になっているが、今の私と百合愛は赤ん坊の頃から幼馴染みだ。幼稚園から始まって今の今まで共に過ごしてきた一番の親友。
ゲームではクールで口数少ない感じだった白浜類だが、記憶が戻る前でも前世は影響していたらしい。今の私はクールでも何でもない、ただのマイペースな一般女子だ。
そして最後。私にはゲームにも脇役として登場する兄がいる。それを踏まえて、一番の変化点なのだが。
私の兄、白浜扇とヒロインである麗崎百合愛は付き合っている。
恋人として。彼氏彼女として。男女の恋愛として。兄と百合愛はつい一週間前から付き合っている。勘違いでも間違いでもない、私が十年かかって必死にくっ付けたのだから。
そう、十年。私の兄と百合愛も幼馴染みだが、二人して初恋同士と言う純愛。幼馴染みと言う関係だからと言うのもあるが、何よりも二人ともが恐ろしく鈍い。まず本人に恋愛感情を自覚させる事から始まり、四苦八苦しながら何とか兄から告白させたのが、一週間前。
そして今日発覚した、百合愛が『Week*Love』のヒロインであると言う事実。
つまりこのままいけば、百合愛が兄と別れて攻略対象の誰かとくっついてしまう……何て事も有り得る訳で──
「そんなの困る!!」
「ひゃ……っ!」
「……え?」
「びっくりした……大丈夫?」
勢いよく起き上がった私に可愛らしい声と表情を向ける、美少女。
肩で切り揃えられた、柔らかに波打つ金髪。甘い雰囲気のたれ目はサファイアの様な碧色で、髪と同じ金色の睫毛が隙間無く縁取っている。
名が体を表すとはこの事で、百合の清純さを擬人化したらきっと彼女になるだろう。
麗崎百合愛。私の幼馴染みでこのゲームのヒロイン。
「……類ちゃん?」
「っ……あぁ、うん、大丈夫」
「良かった……類ちゃん、いきなり倒れるんだもん。朝は全然元気そうだったのに、心配したんだから」
「私も倒れるとは思ってなかったよ……」
不安そうにこっちを見る視線には申し訳ないけどまさか『前世の記憶が戻っちゃって』なんて言えるわけがない。仮に言ったとして、別の意味で心配されるのが落ちだ。保健室じゃなく病院送りにされる。
「お兄ちゃんに連絡したら迎えに来てくれるって言ってたから、もう少しで来ると思うよ」
「え?お兄ちゃん、今日大学……」
「もう放課後だよ。サークルは休むってさ」
「えっ!?」
百合愛の言葉に慌てて窓の外を見るとジャージを着た人達がちらほら。サッカーだったり野球だったり、ハードルの準備をしていたりする所を見ると体育の授業では無く、百合愛の言う通り放課後の部活動らしい。
私が倒れたのは朝のHRの筈だったんだけど……何時間寝てたんだろう。そりゃあ心配もするよ。
「月花堂君も心配してたよ。自分の来た日に倒れるなんてーって」
「ふへ……っ?」
変な声が出た。全く身構えて居なかった所に攻略対象の名前は心臓に悪い。
「……?」
「いや、何でもない……そっか、月花堂君にも悪い事したね」
「怒ったりはしてなかったし、優しそうだから大丈夫だよ。後で私からも言っとくし」
「ありがとう」
……ん?後で?
「今日この後校内を月花堂君に案内する事になってるの。この学校広いし、特別教室も多いでしょ?」
イベント来たー!!!!
叫ばなかった私を誰か誉めて下さい。表情には出たかもしれないけど、声に出さなかっただけでも大したものだと思う。
今百合愛が言ったのは『Week*Love』における最初のイベントだ。月花堂響谷の好感度に関わる、でもそこまで重要ではないイベント。
乙女ゲームには一人の攻略対象の好感度を上げると他の攻略対象の好感度が下がる、といったイベントや選択肢も有る。しかし今回のは月花堂の好感度が上がる選択肢でも他の攻略対象の好感度は下がらない。簡単に言うと小手調べの様な、仮にここで月花堂の好感度が上がらなくてもこの先いくらでも挽回出来る。その程度の軽ーいイベント。
だがしかし、私にとっては軽ーく受け止めたら足元を掬われかねない重要なイベントだ。何事も最初が肝心、しかも私のゲームの知識はかなり薄いのだ。
もしこれがきっかけで原作の流れになり、百合愛とお兄ちゃんが別れるような事になったら私の十年の苦労はどうなる。
水の泡、なんてふざけろ。
「百合愛」
「ん?なぁに?」
「それ、私がやるから百合愛はお兄ちゃんと一緒に帰りなよ」
乙女ゲーム?攻略対象?知ったことか。
前世の私にとって、ここはゲームの世界でも、今の私には紛れもない現実。
百合愛とお兄ちゃんの恋は、そして何より私の十年の苦労は、誰にも壊させてなるものか!