魚の復讐
「……い。お、……ろ。起きろ!」
「うーん?」
私はうるさい怒鳴り声に起こされた。
目を開けると、最初に飛び込んできたのは白。
どこまでも続く白。
それ以外、何もなかった。
「何これ……」
「やっと起きたか」
私は声がする方を見る。
そこには私の両手いっぱいにあまりそうなほどの巨大な魚がいた。
「魚!」
私は巨大な魚に飛びかかる。
「うおっ!」
私に捕まる前に、魚はスイッと泳いで避けた。
「逃がすか!」
「ちょ」
私は魚が逃げた先にまた掴みかかりに行く。
しかし、魚は捕まる寸前に、すり抜けるようにして逃げてしまった。
「待て!」
「なっ」
私は魚を追いかける。
「逃げるな!」
「やめっ」
何度も捕獲に失敗し、魚は私の手の届かない高さまで上がってしまった。
「下りてこい!」
私はジャンプして手を伸ばすが、やっぱり魚には届きそうもない。
「何すんだ野蛮人!」
「あなたを捕まえて料理するのよ! お姉ちゃんに食べさせて元気にするの!」
こんなに大きな魚なら、お姉ちゃんを元気にすることも出来るはずだ。
「ひいいいぃぃぃ」
私の言葉を聞いたとたん、魚はさらに上に行ってしまった。
「た、確かに俺様は希少な魚で、食べれば健康になると言われているが、食べられてたまるか!」
魚はだいぶ上の方で泳ぎ回っている。
下りてくる気配はない。
これでは絶対に届かない。
しかたがないので、私はここがどこなのか知るために辺りを見回す。
本当に何もない。
真っ白な場所だった。
白すぎて少し目がチカチカする。
「ここどこ? 私どうしちゃったの?」
「お前は死んだんだよ」
「は?」
私は声が聞こえた上の方を見る。
魚が私の手の届かないギリギリまで下りて来ていた。
「お前は死んだんだ」
「何を言って……」
「覚えてないか? 湖で溺れたんだ」
私は思い出そうと、頭の中を探る。
「湖……。溺れて……。」
視界いっぱいの水。
息が出来ない苦しさ。
水が身体の中に押し寄せる痛さ。
「思い出した……。私、溺れたんだ……」
「やーっと思い出したか」
貧乏はいつでも死と隣り合わせで、私は大人になれずに死ぬかもしれない覚悟はあった。
でも、こんなことで死んでしまうなんて……。
「きききき! ザマアザマア!」
魚が歯をむき出して笑う。
何あれ。
私は魚の態度にイラッとした。
「お前は湖を荒らした」
「何のこと?」
「お前は俺様の同胞を連れて行った」
もしかして魚釣りのことだろうか?
あそこの湖は穴場だから、よく釣りをして魚を獲っていた。
貧乏な我が家の素晴らしいメイン食材の一つだった。
「あの湖は俺様のテリトリーだ。俺様の同胞を連れて行った。お前にその復讐をしてやる!」
復讐……?
魚は物騒なことを言い出した。
「復讐だ! 復讐だ!」
魚はまた泳ぎ回る。
今度は嬉しくてたまらないという風に。
「お前の魂を天に行く前に奪ってやった。俺様には特殊な力がある。生きている間に使えるのは一度きり。それをお前に使ってやる!」
「は? 何それ」
わけが分からない。
「俺様はお前を転生させる」
「転生? どういうこと?」
「お前は生まれ直すんだ」
「はぁ?」
ますますわけが分からない。
「しかも、モンスターに!」
「モンスター?」
「俺様の力では鯉のモンスターにするのが精一杯だがそれでいい。数多の命を奪ったお前に、弱肉強食の世界を味合わせてやる。俺様たちの生きる苦労を思いしれ!」
そう魚が叫ぶと同時に、辺りは真っ暗になった。
何も見えない。
何これ?
ん?
声が出ない!
必死に声を出そうとしても、口からは空気が漏れるだけだった。
どうなってるの!
「ククク。聞こえるか?」
あの魚の声だ。
どこかから魚の声だけが聞こえてきた。
「お前の転生先にはもっとも過酷な場所を選んでやった。モンスターだらけの湖だ。お前みたいな貧弱なやつなら数時間ともたずに喰われるだろうな。キシシシ! 見られないのが残念だ!」
魚の声は少しも残念そうではなく、喜んでいるように聞こえた。
「さあ! 生まれるがいい! 貧弱なるモンスターよ!」
それを最後に、魚の声は聞こえなくなった。
私には暗闇だけが残った。




