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レディ・マーセナリー  作者: 加持響也
命の代償
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4章 命の代償(4)

「リサ! お前の仕業か!」


 今にも噛みつかんばかりの勢いで恫喝されたが、リサは動じなかった。

 もとより戦う覚悟は決めている。

 むしろ心強い味方が背中を押してくれたことで、心身に一本鉄芯が入ったような心地だ。

 だが、かといって無駄に血を流すつもりもない。


「いえ、私は何もしていません。ヤン様にご確認ください」


 グイードがきっと振り返ると、やはり無表情のままのヤンは静かに頷いた。

 別れ際のモニカとのやりとりを、彼ははっきりと耳にしている。

 策略に長けたヤンであるが、こういう場面でつまらない嘘をつく男ではない。


「……じゃあ何か? 連中が勝手に俺の屋敷まで殴り込みにきたってわけか? ならよお、俺もそのつもりで出迎えなきゃならねえなあ」


 モニカが何かしらの行動に出ることは、容易に予測できた。

 仮に来るな、と言っても彼女は助けに来ただろう。リサが逆の立場でも、間違いなく同じことをする。


「おい、傭兵どもは何て言ってやがるんだ?」


 部屋に入ってきた二人の子分に、グイードが尋ねる。

 二人は躊躇するように互いに顔を見合わせたが、


「構わねえ。あいつらの言葉を、一言一句違えずにそのまんま伝えろ。ここまでぞろぞろガン首揃えて現れたからにはよお、当然俺に言いてえことがあるんだろ?」


 促されると、一人が額から汗を垂らしながらおずおずと答えた。


「はい……あの、『白雪』が……『リサには指一本触れていないだろうな? 迎えに来た。さっさと引き渡せ。あのバカも一緒だ』と……ええ、そう言ってやがるんで……」


 怒りで顔を強張らせていたグイードであったが、子分の答えを聞くと豪快に笑った。


「こいつは面白ぇ! 随分と愛されているじゃねえか、リサ! まるでお姫様を助けにきた王子様だな!」


 もちろん誰も、彼の哄笑に続く者はいない。

 リサだけが、いかにもモニカらしい言い回しだと苦笑を浮かべただけだ。


(ホント、小細工のできない人ですね……そこが彼女の魅力でもありますが)


 子分たちによれば、他にもディノや『カモメの歌声亭』にたむろする傭兵仲間が完全武装で駆けつけてきたらしい。

 もちろん誰一人抜刀してはいないが、殺気立った子分たちを前にして舐めた態度を取り続けているということだ。


(まったくあの人たちは……)


 ディノが息巻く姿が目に浮かぶようだ。

 恐らく他の連中も、リサのことを案じる気持ちが半分、残り半分はお祭り気分なのだろう。

 基本的には損得勘定を最優先で考えるのが傭兵というものだが、揉め事が起きればとりあえず顔を出しておく、という者が大半だ。

『人斬りグイード』を敵に回しては当然ただでは済まないが、いざとなれば敵対するアーシュラに与するか、他の区へ逃げてしまえばいい、程度に思っているのかもしれない。


(あるいは、私がどう始末をつけるのか、特等席で見物という腹かもしれませんね)


 それでも、彼らが来てくれたことはありがたい。

 これでもう、密室で片付けられる問題ではなくなったのだ。

 リサにもバドにも迂闊には手出しできまい。万が一グイードが武力に訴えようとしても、ヤンが止めるだろう。


(そう、大きな抗争に備えての戦力増強がこの一件の狙いなのですからね……)


 ここで戦うとなれば、計画が灰燼に帰すどころか、大幅な戦力低下を招いてしまう。

 それに現在は停戦中のアーシュラも黙ってはいないだろう。

 何より組織とグイードを重んじる彼が、そんな愚を犯すはずがない。

 理と利に聡く、いざとなればいくらでも泥をかぶることができる男だ――リサはそう信じていた。

 ヤンに目を向けると、氷のような表情にわずかながら苛立ちと焦りが見て取れる。


「グイード様、どうかお座りください。お話を続けましょう」


 好機とみて、リサは穏やかな口調で語りかけた。全員の視線が一斉にリサに向けられる。


「……おう、そうだな。先に言っておくがな、あいつらが来ようが何をしようが俺には関係ねえ。お前さんがどう落とし前をつけるつもりなのか、教えてもらおうじゃねえか」


 予想よりも遥かに早く、グイードは落ち着きを取り戻した様子だ。

 さすがに踏んだ場数が違う。一瞬で静と動を切り替えられる人物だ。


「問題なのは、バドが元締の……グイード様の名を公然と貶めたことでございますよね?」


「ああ、そうさ。それだけは、金じゃ絶対に解決できねえ問題だよ。あの野郎がいくら頭を下げたって駄目さ。それに、心の底から反省して、素直に謝るようなタマでもねえだろ?」


 形だけの謝罪など意味がない、というのはリサも同感だった。

 だが、だからといってグイードの軍門に下らせ、使い捨ての駒にさせるわけにはいかない。


「大事なのは『誠意』って奴さ。だが、あの野郎には道理が通じねえ。だから、師匠であるお前さんが代わりに『誠意』を示すってのが筋じゃねえかって話なんだよ」


「……元締の愛人にでもなれと?」


 冗談めかして答えると、さすがに意表を突かれたらしい表情を見せた。

 取り囲む護衛たちが一斉に息を呑む。この女、この期に及んで何をほざくのかと呆れたことだろう。


「ぶっははははっ! そりゃあいい、今日のお前さんの話の中じゃ、一番魅力的な提案だぜ。明日はみんな、その話題で持ち切りだろうな!」


 カラカラとひとしきり笑った後、グイードが真剣な顔に戻った。

 重い沈黙が場を支配する。誰もがリサの次の言葉を待っていた。


「では、落とし前をつけましょう。ですが、私には、グイード様の名誉に如何ほどの値を付ければよいのか、正直なところ想像すらできません」


「難しい話じゃねえよ、リサ。俺たちの世界じゃ、メンツってもんが一番大事なのさ。堅気の人間や、お前たち傭兵にとっちゃくだらねえことだと思うかもしれねえが、命に等しいと言ってもいいぜ。だからそいつに泥を塗ったなら、てめえの命で贖うしかねえ。そういうもんだ」


「名を汚した代償は命で償う、ということですね」


 グイードが深々と頷くのを確認し、リサはすうっと息を吐いた。

 いよいよここからが、ギリギリの綱渡りになる。

 グイードとヤン、この二人の人物を自分が見誤っていたとしたら、この場でリサもバドも死ぬだろう。

 しかし、やるしかない。死地において活路を見出すには、前に踏みこむしかないのだ。


「グイード様には遠く及びませんが、私にもメンツというものがあります」


「傭兵としてのメンツか?」


「いえ、武に生きる者の矜持と言った方が正確かもしれません」


「……ほう」


 グイードの目が細くなり、鋭い光を放つ。

 背後に控えるヤンが一瞬身を固くするのが目に入った。

 恐らく二人には、リサが次に何を言い出すのか想像できたのだろう。


「グイード様も私同様、武侠の世界に生きる御方です。武人同士が衝突し、お互いに譲れないとなった場合、金銭や言葉だけで解決できないことも当然ございますよね? 私は頭を下げる気はありませんし、グイード様も一歩も退けない……そうなれば……」


 グイードが笑った。歓喜と狂気を孕んだ、危険で凄絶な笑みだった。


「どうすりゃあいいって思うんだい、リサ?」


「簡単です。傷つけられた武名は、武をもって取り戻すのが筋ではありませんか?」


「くく、くくく……。お前、本気か?」


「はい。不詳の弟子に代わり、この私がお相手致しましょう」


 眼前で闘気を隠そうともしない『人斬りグイード』に対し、リサは堂々と宣言した。


(続く)

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