2章 追う者と追われる者(1)
「リサの考えがさっぱり分からん。なぜだ、なぜあんなバカを弟子にした?」
「モニカ、あんまり人のことをバカバカ言うものじゃないわよ」
「だが、間違いなくあいつはバカだろう? 違うか?」
真顔で問われると、自信をもって否定できることではなかった。
少なくともバドは賢いとは言い難いし、普通か愚かかで線引きするならば確実に後者の部類に入ってしまうだろう。
粗暴な面は、若者ゆえの直情径行と弁護できなくもない。
だが、たとえ齢を重ねたとしてもあの性格――物事を深く考えず、感情のままに突っ走る性格が――変わるようにも思えなかった。
(いえ、むしろ長生きできるかどうかが心配だわ……)
溜め息をつき、どんよりと曇った空を眺める。
朝から嫌な感じの空模様だった。
夕方辺りには、一雨来るかもしれない。
リサとモニカは、東南区の人気店『赤速亭』の前でロッテを待っていた。
例の仇討ちの一件で、彼女にこの店のパスタを奢る約束をしていたのだ。
モニカは全く関係ないのだが、どうやらロッテは余計な口を滑らせてしまったらしく、
「それなら私も行く」
と言って付いてきてしまったのだった。
「お待たせしました~。あれ、白雪ちゃんも来ちゃったの?」
到着早々、ロッテが不要な一言を口にした。
情報屋としては口が堅い彼女だが、親しい相手との雑談、ことにモニカ相手となると舌が回りやすくなる傾向があった。
恐らくは、生真面目な彼女を揶揄うのが楽しくて仕方ないのだろう。
「うるさい。来ちゃったとは何だ。まるで私が来てはいけないみたいではないか」
「そんなこと言ってないよ~。ただ、二人に奢るなんてリサお姉さまは太っ腹だな~って」
「リサに奢ってもらうつもりなどない。私はただ、この店のパスタが食べたかっただけだ」
「なぁんだ、じゃあテーブルは別でもいい?」
「駄目だ!」
「はいはい、中に入るわよ。喧嘩するなら、私一人でお昼にしますからね?」
くだらない言い争いを止めると、客でごった返す店内に入った。
ほぼ満席に近かったが、リサたちはあらかじめ隅の席を予約していた。
店を取り仕切るアルバおばさんに挨拶し、各々注文を済ませる。
やがて熱々のパスタが運ばれてくると、三人とも一心不乱に食べ始めた。
せっかく女三人集まっての昼食なのだから、もう少し優雅に食べるべきだと思われるかもしれない。
だが、この店はそういう食事向きのいわゆる『お上品な』店ではないのだ。
港湾労働者や市場の行商人がここに集まるのは、とにかく安くてボリュームがあって、なおかつ美味いためだ。
大皿に盛られた料理を、冷めないうちに、肉が硬くならないうちに夢中になって食べるのが、この店の暗黙のルールであった。
ガーリックをたっぷりと効かせたパスタを口に運び、新鮮な魚介類の煮込みに舌鼓を打ち、厚切りの牛肉を頬張る。
とてもお喋りに興じる余裕などない。
全ての皿を綺麗に平らげたところで、食後のお茶が運ばれてきた。
三人ともに満足しきった顔で溜め息をつく。
たっぷりの御馳走と格闘した後の、熱い茶が胃袋に優しかった。
「……で、南区の様子はどうだったの?」
落ち着いたところで話を切り出した。
ロッテが周囲にさりげなく目を配る。昼食時が過ぎ、店内はだいぶ空席ができていた。
「そうですねぇ、まあ予想通りというか何というか」
苦笑するロッテに、そっと銀貨を渡す。
モニカが何か言いたげな表情を浮かべたが、
「是非聞かせて欲しいわね。過去をどうこう言うつもりはないけれど、弟子については色々と知っておきたいし」
真剣な表情のリサを見て、口を閉ざした。
「南区では、そこそこ名の知れた『殴り屋』だったようですよ」
「殴り屋? 何だそれは。頭の悪そうな商売だな」
リサは以前、そういう稼業があると聞いたことがあった。
依頼主から金を受け取り、その要望に応じて標的を痛めつけるという仕事だ。
ただ一発殴り飛ばすだけということもあれば、腕一本折ったり半殺しにしたりすることもあるらしい。
言ってみれば『殺さない殺し屋』のようなものだ。
傭兵稼業の自分たちが偉そうに言えたものではないが、真っ当な商売とは言えまい。
それに、殺し屋と違い、相手からの報復も想定しなくてはいけなくなる。
モニカの言う通り、確かに賢い仕事とは言えないだろう。
「どこの組織にも属さないで、好き放題に暴れ回っていたのだとか。で、稼いだお金はパーっと使っちゃうし、脳天気な性格なんで人気はあったみたいですよ」
酒場で見知らぬ客にまで大盤振る舞いするバド――容易に想像のつく光景だった。
人懐こいところがあるので、好かれていたであろうというのも納得できる。
年上に可愛がられるやんちゃ坊主、といったところだろう。
もっとも、粗暴な若者が傍若無人に暴れるのを苦々しげに思う者も多いはずだ。
もちろん、直接被害にあった者たちから相当な恨みを買っているのも間違いない。
「それでまぁ、あんまりやりすぎちゃったおかげで、南区には居られなくなったらしくて」
「具体的には?」
「ご存じの通り、南区は小さな勢力がひしめき合って、いつもなんやかんやと小競り合いをしている状態でして。で、あのバドさんは何も考えないで頼まれるままに仕事をしていたもので……結局、気が付いたら周りが敵だらけになっちゃたんだとか」
「アホだな。アホそのものだ」
モニカの評価は辛辣そのものだが、これはさすがにリサも擁護できなかった。
後ろ盾もなく暴れた末、八方塞がりになる――裏社会で立ち回るのに、一番やってはいけないパターンだ。
というよりも、普通はそうはならないものなのだが。
「それで東南区に逃げてきたってわけね。で、この間の連中は彼を追ってきたと」
「ええ、それと、金銭絡みのトラブルもあるみたいですね」
いざという時のために貯えをするタイプには到底見えない。
ただでさえ、裏社会での揉め事の大半は金銭が原因なのだ。
「あの連中もバドさんと同類というか……要するに、どこにも属さないで金次第で荒事を請け負うって輩です。今の南区には、そういうのがうじゃうじゃいるんですよ」
「グイード様かアーシュラ様が乗り込んだら、一掃してしまいそうね?」
軽い冗談のつもりだったが、にわかにロッテが眉をしかめた。
「リサお姉さま。そのお話、わりとシャレになっていませんよ」
「動きがあるの?」
声を潜めたロッテに合わせ、リサも小声で尋ねた。
どうやら、例の噂レベルの話が彼女にとっての『商品』に昇格したようだ。
「グイード様が、ここ最近兵隊を集めているんですよ」
「アーシュラ様は?」
東南区の裏社会を分ける、二つの勢力――『人斬り』グイードと『宵闇の女王』アーシュラ。
現在は、両者間における表立った争いはないが、リサが帝都を訪れる以前には大きな抗争があったと聞いている。
グイードが戦力の増強を図れば、アーシュラも当然動きを見せるはずだ。
「目立った動きはないですね。もちろん、警戒はしてるようですけど」
「むしろ喜んでそうね、アーシュラ様の場合」
「いいじゃないか、リサ。仕事が増える」
モニカの言い分は傭兵としてはもっともなのだが、リサ個人としては、抗争は避けてもらいたいところだった。
平穏な世の中でも、それなりに仕事はあるのだから。
「どうもグイード様は、北区の大元締に備えているんじゃないか……というのが、私の読みなんですけれど。大元締のことはご存知ですよね?」
帝都の裏社会に関わる者で、北区の大元締を知らない者はいないだろう。
それまで北区は三人の元締が分け合っていたが、そこに数名の仲間とともに旗揚げし、わずか一年半ほどで一つにまとめ上げた大人物だ。
武力だけではなく、相当に頭も切れ、人を束ねる魅力のある男だと言われている。
その大元締が北区統一後、他区にまで手を伸ばし始めているらしい。
「実際、東北区も西北区も半分ぐらい大元締の息がかかっているようです」
「着々と勢力拡大に動いている、ということね。東南区はだいぶ後回しにするでしょうけど」
グイードの強さも尋常ではないが、何しろアーシュラは吸血鬼だ。
どれだけ力のある大元締とはいえ、迂闊に手を出すわけにはいかないだろう。
「それは甘いですよ、リサお姉さま。東北区を獲ったら、港が使えるようになりますから。いきなり東南区に攻めてくる可能性だってありますし……」
「なるほど。グイード様からしたら、今のうちに準備を整えておかなければ間に合わなくなるかもしれないってことね」
「ええ。あるいは、集めた兵隊を東北区で大元締に抵抗する勢力の支援に、なんてこともあり得ますね」
東北区には、先だっての件で大変世話になった元締のザイツがいる。
豪放磊落を絵に描いたような人物で、大元締相手にも恐らく一歩も退いたりしないだろう。
グイードの援護を得られれば、大元締の勢力を食い止めることができるかもしれない。
もっとも、それに絡んで東南区に火種が飛んでくることもあるだろうが。
(もしくはグイード様、南区に手を伸ばすつもりかも知れないわね……)
膠着状態のアーシュラを倒すよりも、小勢力が小競り合いをしている南区に進出して利権を得る方が賢明かもしれない。
グイードの懐刀、『人喰い』ヤンが考えそうな案だった。
「ま、抗争だけじゃないと思いますけれどね。ほら、これから忙しくなるじゃないですか」
「秋の収穫祭か!」
モニカが珍しく弾んだ声を上げた。
心なしか、白い肌に朱が差しているようにもいるようにも見える。
こう見えて、実はお祭りなどが好きなのかもしれない。
収穫祭は年に一度の大きな行事だ。
三日間、帝都全体で数多くの華やかなイベントが開催される。
元締たちにとっては絶好の稼ぎ時でもあるし、彼らの権威を高める機会でもあった。
保安隊も当然警備にあたるが、何しろ大きな行事のため、彼らだけでは街の治安を守り切れない。
そこでこの期間に限り、元締たちにも警備への協力を要請するのだ。
自分の縄張りを収めきれれば、街の人間の信頼を得ることができるし、逆に騒動が起きてしまっては元締としての面目が立たなくなる。
グイードはそのための人員を集めている、という見方もできるだろう。
「ともかく気を付けてください、リサお姉さま。バドさん、言っちゃ悪いですが、やっぱり相当な厄種ですからね」
真顔で心配され、リサは大きく溜め息をついた。
いくら気を付けていても、彼は自分の想像もつかないような厄介事をひょっこり抱え込んできそうだったからだ。
(続く)




