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レディ・マーセナリー  作者: 加持響也
命の代償
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1章 暴れ熊の馴らし方(4)

正面の男に、紫電流杖術表芸の一・雷破。胸骨の真下に鋭い突きを入れる。

「ぐほっ!」

 思い切りよく踏み込んだ一撃に、髭面の男が後方へ吹き飛んだ。

 昨日の喧嘩の際には見かけなかった男だった。

 が、所詮は同じ穴の狢、容赦なく叩きのめして問題はないだろう。


 リサの奇襲に、男たちが一瞬立ちすくむ。

 昨日の四人組に加え、もう一人がっちりとした体格の南方人がいた。

 今、倒した男も含めて全部で六人。

 囲まれたら厳しい人数だ。

 もちろん、そう易々と囲まれたりはしない。


 態勢を整えさせる暇は与えたくない。

 リサは真っ直ぐに、右手の小柄な男に向かった。

 バドを刺した男だ。

 昨日と同じように、短刀を構えている。

 得意な武器なのかもしれないが、不意を突かれて棒立ちでは意味がない。


「てっ!」

 紫電流杖術表芸の六・水晶割。

 手の甲を真上から強かに打ち据え、短刀を叩き落とす。

 同時に、体重を乗せた前蹴りを腹に入れた。

 口から吐瀉物を撒き散らしながら、ゴロゴロと転がっていく。

 それを横に跳んで避けた小太りの男が、縄を巻いた棍棒を振りかぶった。


 リサは静かに構えて正対しつつ、他の三人に素早く目を走らせた。

 弓やクロスボウで武装している者はいない。長柄物もない。

 間合いだけなら、リサが一番有利だ。


「退きなさい! すぐに私の仲間が来るわよ!」

 凛とした声で告げた。

 リサの目的は、彼らを全滅させることではない。

 何よりも、バドとグウェンの身を守ることだ。

 彼我の戦力差を鑑みれば、撤退させるだけで十分だ。

 いくら腕のいい外科医がすぐ近くにいるとはいえ、無駄に怪我を負いたくはない。


 そのためには、彼らを怖気づかせる必要がある。

 ここでもし侮られたら、嵩にかかって襲ってくるだろう。

 男たちは、互いにチラチラと意向を確かめ合っているようだ。

 なかなか動こうとはしない。

 だが、時間が稼げれば、それはそれでリサにとっては有利な状況になる。

 診療所の奥に行かせたロッテは、恐らく裏口から抜け道に出て、誰かを呼びに行ったに違いない。

 抜け道は大人一人が抜けるには狭すぎるが、小柄で敏捷な彼女なら苦も無く駆け抜けているだろう。


(……ふむ、どうやら最初の髭男がリーダー格のようね)

 男たちの動揺しきった目が、悶絶している髭面に何度も向けられている。

 この集団の行動の決定権は、彼にあると思われる。


「手遅れになりますよ? 保安隊が来ても、貴方たちには都合が悪いでしょう?」


 男たちの額に、じわじわと汗が滲み出ている。

 リサは気を抜くことなく、少しでも隙があれば襲いかかる構えだった。

 ここで一網打尽にできれば、それに越したことはない。

 だが、あまり欲をかけば痛い目に遭うことも十分分かっていた。


「……ここで退けば、追ったりはしませんよ。ただ、この診療所には金輪際近づかないことですね。二度も助ける程、私はお人好しではありませんし」


 淡々とした口調で、逃げ道を提示する。

 一番膂力のありそうな南方人が、苦しげに息をする髭面に肩を貸した。

 リサがなおも動かない様子を確認すると、

「くそっ、覚えてろよ!」

 こういう場合の定番中の定番の捨て台詞を残し、男たちは小路を走り去っていった。


(そりゃまあ、もちろん覚えておきますけれどね。脳天気に忘れるようでは、この世界では生きていけませんから)

 好むと好まざるとに関わらず、人の恨みを買うのが傭兵稼業だ。

 名前はともかく、相手の顔だけは絶対に忘れてはいけない、と傭兵の師匠からも教わっている。


 彼らが去ったのを確認し、一息ついたところで、


「お前さんが暴れるところ、久々に見たなあ。いやまあ、素人のあたしから見ても、大したもんだよ」


 背後からグウェンが声をかけてきた。

 まだ寝足りなかったようで、しきりに欠伸をしている。


「お休みのところ、失礼したしました。先生、それにしても『暴れる』という言い回しはどうかと思いますけれど」


「いいよ、あたしの眠りを邪魔しに来たのは、あいつらの方なんだから。しかしお前さんも、どうでもいいことにいちいちこだわるねぇ」

 ニヤニヤと笑う彼女の後ろで、


「……す、すげえ……」


 寝台から身体を起こしたバドが、リサを感心しきった表情で見つめていた。

 どうやら、一連の立ち回りを目の当たりにしていたらしい。

 彼の眼差しには、リサの武勇に対する純粋な尊敬の念が込められているようだ。

 何と答えてよいか分からず、リサは曖昧に笑って目線を外した。


「なーにを照れてんだよ、リサ。で、ほれ、お前は怪我人なんだからな。おとなしく寝てろっての、このバカたれが」


 グウェンにどやしつけられ、バドがしぶしぶ寝台に戻る。

 だが、チラチラと何度も、名残惜しそうにリサの方へ視線を飛ばしてきた。

 彼の目に宿る光の強さに、リサは何となくむず痒さを感じると同時に、一抹の不安を覚えずにはいられなかった。


 そして、例のごとく『嫌な予感』というものは見事に的中するのであった。


(続く)


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