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レディ・マーセナリー  作者: 加持響也
命の代償
27/51

序章 からみ酒に辟易

『リサの眠れない一日』の続編です。

チャンの仇討ちの一件から数日後の話になります。


※中~短編の予定です。

 序章 からみ酒に辟易す


「リサ、リサはひどい、あんまりら。リサはあらひのことなんか、信用れきらいと思っれたのか? ひろい、ひろいのら……」

「だからこうして謝っているじゃないの。私は、貴女のことを信頼できる仲間だと思っているわ。お互い、何度も助け合ってきているでしょ? ただ今回の件は……」

「たら、なんら? なんれ、アンや……いや、アンはいい。許ふ。アンは優ひいからな。れもれも、なんれあのロッテには教えれて、あらひが知らないんら?」


 小柄な少女が、ブツブツと呟きながら目の前のコップに赤葡萄酒を注ぐ。

 色白の肌は完全に真っ赤に染まっていた。

 潤んだ切れ長の目を茫洋と彷徨わせつつも、コップの縁ギリギリまで注いでボトルを置く。

「酒は命の水」と豪語する北方人だけに、一滴もこぼしたりはしない。酩酊していてもさすが、と褒めるべきか否か。

「それは……」

 言いかけて、リサは溜め息をついた。一体何回、このやりとりを続けなければならないのか。


「それはなんら? うう、もう、リサなんか嫌いなのら……。いや、あらひはリサが好きらが、リサはあらひなんか嫌いなのら。もう、腹が立つから今夜は呑む、とことん呑むのら」

(いや、もうそう言ってから何杯目よ……。いくら何でも呑みすぎじゃないの?)

 そう思ったが、口には出さなかった。言えばさらに彼女の機嫌が悪くなるだけだからだ。

 少女は、なおもリサをブツブツと非難しつつ盃を傾ける。

 その見た目と、現在のベロベロに酔っ払っている姿からは想像しがたいが、彼女――モニカはリサの傭兵仲間の一人であった。


 モニカは仲間内では『白雪』の通り名で呼ばれている。

 肌の白さと、頬の横で綺麗に切り揃えた白金色の髪が由来であるが、それに加えて「雪のように冷たい、クールな女」という意味合いも含まれていた。

 確かに、彼女はクールだった。どんな困難な状況に陥っても、顔色一つ変えず的確に対処する。

 得物は組み立て式のクロスボウで、百発百中の腕前だ。持ち前の敏捷さを利した、短刀での戦いも得意としている。吹き矢や暗器の扱いも上手い。


 彼女と出会ったのは、リサが帝都に渡った一ヶ月ほど後のことであった。

 当時のモニカは本当に無愛想で、必要な時以外はろくに口もきいてくれなかったが、何度か仕事をする内に親しくなり、今ではリサの傍を離れる時の方が少ない程だ。

 その様子は仲間内でも、「リサの妹分」と揶揄されるぐらいで、

(私を慕ってくれるのは、嬉しいんだけれどねえ……)

 リサとしては嬉しい反面、少々困ったところもある。今の状況が、まさにそれだ。


 モニカが不機嫌なのは、先日のリサの『仇討ち』が原因だった。

 暗躍していた誘拐師一味を退治し、捕われていた少女たちを救出した一件は、すぐに東南区中に知れ渡った。

 顔と名前が広まるのは、傭兵としてはプラス面ばかりとは言えないが、それも致し方ないとリサは腹をくくっていた。


 だが――、

「リサ、どうして私に教えてくれなかったのだ?」

 モニカの怒りの度合いは、彼女にも想像以上であった。

 リサが誘拐師たちと戦っていた頃、彼女は他の仲間たちと共に、隊商の護衛で帝都を離れていた。

 事情があってリサはその依頼を請けなかったのだが、

「私の知らないところで、仇討ちをするためだったのか?」

 などと、モニカは邪推する有様だ。

 その件は仇討ちとは全く関係ない、と言い訳しても聞く耳を持ってくれない。

 それに何より、リサが「父の仇を探している」ということを、自分に教えてくれなかったことが腹立たしくてならないらしい。


(……信頼していない、というわけではなかったんだけれどねえ……)

 あくまでも個人的な問題なので、巻き込みたくなかったというのが本音であった。

 親友のアンには話したが、それは彼女がこの件に首を突っ込むような人間ではないからであるし、ロッテに教えたのは彼女が口の堅い情報屋で、仇のチャンを探し出すには必要だっただからだ。

 モニカを軽んじるような気持ちは、少なくともリサには無い。


 しかし、もう何を言ってもモニカは許してくれそうになかった。

 仕方なく、夕刻から夜更けまで『カモメの歌声亭』で延々と彼女の非難を浴びながらこうして呑んでいるというわけだった。


 日頃は無口なモニカであるが、酒が入ると途端に饒舌になる。

 陽気な酒で、しかも恐ろしく強い。

 小さな身体の一体どこに入るのか、というぐらいグビグビと呑む。

 それにしても、今夜の彼女はいささか呑みすぎであるが。


「そんなに気にすンなよ、白雪ちゃん。おいらだって知らなかったンだぜ?」

「うるはい、バカ犬。バカ犬は知らなくて当然なのら。バカ犬はバカらから、リサが教えるわけないのら、そうらろ、リサ?」

 リサの正面に座る赤毛の男が口を挟んだが、モニカは口を尖らせて罵ると、隣にいるリサの肩にグリグリと頭を押しつけてきた。

 どうしようもない酔態だが、リサはもうさせるがままだ。


「あはは、そっか、おいらは確かにバカだからな~。なンだよリサ、それで教えてくれなかったってのかよ~。おーい姉ちゃん、お代わりくれやー」

「……貴方まで便乗してこないでくださいよ、ディノ。あと、貴方の分は奢りませんからね」

 楽しげに笑いながらビールを豪快に飲み干す、屈強な身体つきの男をたしなめた。


 彼の名はディノ。モニカと同じく、傭兵仲間だ。

 帝都に着いて最初に知り合った傭兵なので、付き合いはモニカよりも少しだけ長い。

 西方出身らしいが、本人の弁によれば、

「親父もお袋も、色々なとこの血が混じってンだよね。だから自分が何人かなンて、考えたこともねえな! まあ、おいらはおいらだよ、そンだけのことさ」

 とのことである。

 もちろん、傭兵という職業には血筋も何も関係ないので、誰一人気にする者などいない。


 ディノはその勇猛さから、『港通りの狂犬』と呼ばれている。

 その名の通り、噛みつく相手を選ばないのが難点であるが、間違いなく腕は立つ。

 特に乱戦における強さは、

(恐らく、今ここにたむろしている傭兵の中でも一番ね)

 と、リサも認めているほどだ。


 普段は陽気な性格だが、いざ戦いとなれば果敢に突撃し、背中の二本の両刃剣を振り回し、縦横無尽に暴れ回る。顔を含めた全身に残る傷痕は、派手な戦歴の代償だ。

 豪胆そのものといったディノであるが、義理堅い男なのでリサは信頼している。

 彼もモニカと共に、例の仇討ちの際には隊商の護衛についていた。

 もし二人がいれば、誘拐師一味との戦いも違った展開になっていただろう。

(それを言っても仕方ないし、上手くいったかどうかはまた別問題ですけれどね)

 過ぎたことは考えない、それが傭兵の流儀だ。


「おっ、白雪ちゃん、もうお眠かい?」

 ディノがニヤニヤと笑ってからかうが、モニカは何も答えなかった。

 リサの肩に額をあてたまま、ピクリとも動かない。

 右手にしっかりと握ったままのコップはすでに空っぽだった。


「……やれやれ、しょうがないわねえ。ほら、ベッドで寝るわよ、モニカ」

「ふわぁい……」

 呆れ顔で彼女の肩に腕を回して立ち上がると、もう立っていることも困難なのか、ぐったりとリサに身体を預けてくる。

 別のテーブル席とカウンターで呑んでいた傭兵仲間が、

「どうした白雪ぃ? まだ夜は長ぇぞぉ!」

「おいおい、まーたお前さんはお姉ちゃんに甘えてんのかよ!」

 などと口々に囃したててきた。

 日頃は無口でおっかない彼女、揶揄できる機会はそうそうないのであるが、当人の耳には恐らく届いていまい。


「おいらも肩を貸そうか?」

「ありがとう。でも大丈夫よ、ディノ。この娘、軽いから」

 膝の後ろに手を回し、そのまま抱き上げる。

 酔客どもがここぞとばかりに口笛を吹くが、無視して階段を上がり始めた。


 こうなることは予想ができていたので、あらかじめ店のマスターに言って二階の部屋を借りてある。

 階上では娼婦たちが仕事の真っ最中であるが、奥の角部屋なのでそれほど気にはならないだろう。

 そもそもモニカの今の様子では、多少の物音では目を覚ましそうにもない。


 革鎧を脱がせて下着一枚にしたモニカを、ベッドに横たえる。

 かすかな寝息を立てて眠る姿からは、戦闘時の沈着冷静な彼女は想像もできなかった。

 一仕事終えたところで、ベッドの端に腰掛ける。溜め息を一つ。

(……ちょっと、呑み足りないわね)

 モニカが潰れることを想定し、セーブしながら呑んでいた。

 さらに、彼女に気を遣っていたのであまり呑んだ気にならなかったということもある。


(よし、もう少し呑んでから寝ることにしますか!)

 リサの定宿の老婆には、今夜は帰らないという旨を伝達済みだ。

 しばらくは仕事のあてもないので、多少の朝寝坊は問題ない。

 酔い潰れるほど呑む気は無いが、やはり酒は説教されながらではなく、楽しく嗜むべきであろう。


 そう決めて腰を上げたところで、窓の外から一際大きな喧騒が聞こえてきた。

(やれやれ、また喧嘩ですか)

 真夜中のこの界隈では、別段珍しいことでもなかった。

 荒っぽい気質の港街・東南区、しかも傭兵や腕自慢の荷役夫が夜ごと集まる歓楽街だ。

 この手の揉め事は日常茶飯事である。


――これが後の大騒動のきっかけになろうとは、この時のリサは露ほども考えていなかった。


(続く)


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