3章 その一撃に全てを懸けて(1)
屋敷の離れにある物置小屋。
男の一人が奥の棚を動かし、そこの床板を上げる。
先頭の男が持つランプの灯りだけを頼りに急な階段を降りた先が、件の地下室だった。
初夏だというのに肌が粟立つほど寒い。
裸同然のリサには耐え難い環境だった。
男がランプを机の上に置く。
リサもようやく目が慣れ、室内の全貌を確認することができた。
一目見た感じでは、元々は酒蔵だったようだ。
だが、もはやここに芳醇な葡萄酒の香りなどは微塵も残されていない。
石造りの広い部屋の片隅に、いくつかの小さな人影があった。
しきりにすすり泣く声。
誘拐師どもに拐われた子供たちだった。
(可哀想に……こんな真っ暗闇の中にずっと居たのね……)
年の頃は五歳から八歳くらいだろうか。
いずれも黒髪だが、肌の色からするとマオと同じ東南諸島系と、リサの同郷である東方諸島系の子どもたちのようだ。
五人、お互いに身を寄せ合うようにして、床に敷かれた藁の上に座っている。
(もしかしたら、あれがマオのお姉さん?)
他の子たちが一様に俯いたままの中、ただ一人こちらに向けて顔を上げている少女がいた。
張りのある浅黒い肌が、僅かな灯りの中で美しく輝く。
大きな黒い瞳には、意志の強そうな光が宿っていた。
(多分、この子ですね)
どことなくマオの面影がある。
また、窮地で咄嗟に妹を救ったということも、利発で勇敢そうな彼女を見ると納得ができる。
「おらっ、ボケっとしてンじゃねえよ!」
そんなことを考えていたら、レダに力いっぱい突き飛ばされてしまった。
鎖で縛られたままなので、受け身が取れない。
正面から床にキスすることだけは避けられたが、左頬から耳にかけて強かに擦ってしまった。
(顔に傷つけたら、値が下がるんじゃなかったかしら?)
そんな軽口を返してやりたかったが、それならとばかりに腹を蹴られても困るので自重した。
だいたいこの連中に、淑女に対する適切な取り扱いを期待するほうが間違っている。
「おい、お前はこっちに来な!」
レダがずかずかと少女たちに近づいていく。
一斉に悲鳴をあげる少女たちを「うるせえ!」と恫喝した。
悲鳴がピタリと止む。
泣いても誰も助けてはくれないということ、声を出せばそれだけ痛い目に遭うということを思い知らされているのだろう。
思わず歯噛みしたが、今はどうすることもできない。
「おら、さっさと立て!」
レダが先程の少女――マオの姉――の細い腕を掴んで強引に引き寄せた。
少女は抵抗しようと試みたが、大人と子どもでは力の差は歴然であった。
「へっ、良かったな、お前。御頭がお気に召したらしいぜ?」
「可愛がってくださるらしいからな、楽しみにしてなよ」
(くっ! こんなことになるとは……)
この展開は予想外だった。
子供を誘拐し、奴隷市場で売り飛ばす悪辣な連中とは認識していた。
だが、まさか首領自らがそういう変態的な性癖の持ち主とまでは考えていなかった。
(こうなったら、やっぱり援軍を待ってはいられないですね)
このまま翌朝まで全員が監禁されるというのであれば、問題はない。
だが、このままでは、マオの姉が穢されてしまう。
それだけは、絶対に許せなかった。
「おとなしくしてなよ! 明日には楽しい場所に連れてってやるからな!」
レダが下卑た笑い声を上げながら、ドカドカという足音高く階段を上がっていくのが聞こえた。
リサは苦しい態勢のまま、身体を捻って男たちに素早く目を走らせる。
(これだ!)
もう関心がないとばかりに、リサには目も向けない男たちが大半だった。
だがその中で、二人だけこちらにじっと視線を浴びせている者がいた。
どちらも若い。
わずかな灯りに照らされるリサの剥き出しになった太ももの辺りや、腰から尻のライン、そして胸元を舐めるように見つめている。
色々と想像すると気分が悪くなりそうだったが、ここは我慢のしどころだ。
身体をわざとくねらせ、瞳に涙を浮かべてそいつらの顔をちらちらと窺う。
男たちは一瞬戸惑ったような顔を浮かべたが、やがて名残惜しげにしながらも階段を上がっていった。
リサを哀れに思って灯りはそのままにしてくれるかもと少しだけ期待したが、それはあっさりと裏切られ、地下室は漆黒の闇に包まれた。
その後聴こえてきたゴソゴソという音から察するに、入口の上にちゃんと棚を戻したようだ。
さすがにそこまでバカな連中ではなかったらしい。
これで完全に脱出不可能だ。
(ま、それはさすがに想定済みですけれどね)
餌はまいた。
獲物がそれに喰いつくかどうか、それは定かではない。
だがリサは、己の直感と演技力、そして連中の下衆な性根を信じることにした。
(続く)