2章 たった一つの危険な橋(2)
「いや、別にあたしはアーシュラ様を嫌いじゃないですよ、ええホントですって、でもでも、あの方にお願いするって、それはちょっと無謀というか何というか、あんまりあたしとしてはオススメしたくないなー、なんて。え、何でだって? いやその、ええっと、それ、あたしの口から言わせるつもりですかぁ!?」
落ち着きなく話し続けるロッテを引き連れ、アーシュラの屋敷を目指す。
陽はさらに高くなり、日差しは容赦なく石畳を照りつけてくる。
時折海から吹く風が、唯一の救いだ。
ロッテはなおもブツブツと文句を言い続けているが、本気で引き止めようとは思っていないようだ。
しかも、頼んでもいないのに後ろからのこのことついてきている。
商店が立ち並ぶ大通りから小道――俗に『親不孝通り』などと呼ばれている道だ――を一本入ると、そこはもう別世界の入口だった。
風に乗って、ほのかに安物の化粧の香りが漂ってくる。
夜ともなれば、これがむせ返るような匂いになるのだが、さすがに昼日中はそれほどでもない。
粗末な造りの小屋がひしめき合っている。
娼館街の、ちょうど端の辺りだ。
豪華絢爛な大店とは違い、蓮っ葉な娼婦たちが一人で客をとっている。
かつてのリサにとってはまるで縁がなかったが、この稼業を始めてからはむしろ飯のタネになるような話の転がっている地域である。
この時間、大半の娼婦たちは就寝中だが、洗濯や炊事をしている者もいて、リサに挨拶をしてくる。
後は、用心棒兼世話係の若衆と上納金の回収と折衝をする女衒たち、それに客引きと管理をする遣り手婆たち。
誰もが気だるそうにしているのは、この暑さのせいだろう。
埃が舞う小道を抜けて大通りに出ると、景色がまた一変した。
東西を貫く蓮華大通りの両端にある大手門。そこから娼館がずらりと並んでいる。
整備の行き届いた石畳の通りの中央には水路が流れ、潅木と色とりどりの花々が植えられてあった。
娼館の造りも煉瓦造りのものだけではなく、バリエーションに富んでいる。
初めてここを訪れた者は、まず間違いなくこの絢爛豪華な風景に息を呑み、足を止めることだろう。
帝都に数ある色街でも、東南区のそれは最も華やかであると言われている。
(まあ私、他の色街に行ったことがないから比較しようがありませんけれどね)
この一帯を牛耳る元締・アーシュラは、以前こんなことをリサに語っていた。
「ここはね、男たちに夢を売る場所なのよ。だから現実を忘れてしまうような、そんな演出をしなければいけないの。建物も、道も、流れる空気も、全てね」
ロッテの話によれば、これほどまでに魅惑的な場所になったのはアーシュラが取り仕切るようになったからだという。
それまでは、
「ひどいもんでしたよ。働いてるお姐さんたちも、病気でバタバタ倒れてましたし」
という有様だったそうだ。
それもつい、二年ほど前の話らしい。
「その頃はグイードの元締が先代から後を継いだばかりで、東南区もメチャメチャだったんですよ。小さな勢力がひしめきあって、年がら年中争ってばっかりでして」
この色街の利権も、三つの勢力が奪い合っていたらしい。
刃傷沙汰も絶えず、当然ながら遊びに来るような客も今よりずっと少なかったそうだ。
そこに登場したのがアーシュラであった。
ある夜、数人の手下を引き連れてふらりとこの地区を訪れた彼女は、一軒の娼館を買収した。
そしてそれから、ケタ違いの財力であれよあれよという間に一帯を制圧してしまったという。
「そりゃもうみんなビックリですよ。一体どこからあんな金銀財宝を持ってきたのかって」
在るところには在る、ということだろうか。
だが、以前からこの地域を縄張りにしていた連中がこれを黙って見過ごすわけもなかった。
「まあそれも、全員残らず叩き潰しちゃったんですけどね、アーシュラ樣が」
当時のアーシュラは財力こそあるものの、従えている手下はごく少数だった。
しかし、彼女を暴力と恫喝で屈服させようと考えていた連中の末路は、悲惨を極めた。
ある夜明けに『誰が誰かの見分けもつけられないような死体の山』が大手門の外にうずたかく積まれて以来、誰一人この界隈で彼女に逆らう者はいなくなった。
美しくも残虐な暴力の化身、アーシュラ。
彼女の異名は『宵闇の女王』だ。
堅気の人間はもとより、リサのような傭兵であっても、できることなら関わり合いになりたくない存在である。
そんな彼女の元を訪れ、助勢を願い出る。
しかも、事前に約束を取りつけているわけでもない。
ロッテに正気を疑われるのも無理のない話だ。
(理屈ではそうなんですけれどね、無理を承知でいかなきゃならない時もあるってことです)
それにリサには勝算もあった。
どのようにアーシュラと交渉を行うか――頭の中でそのプランを練りつつ、彼女の屋敷に歩を進める。
「リサちゃんから逢いに来てくれるなんてね、今日はいったいどういう風の吹き回し?」
「ご無沙汰しております、アーシュラ樣。ご尊顔を拝謁したいのは山々なのですが……」
「はいはい、お世辞や時候の挨拶、それと長ったらしい口上は結構よ。私がその手の言葉に飽き飽きしているのはよく知っているでしょ?」
まずい。のっけから先方のペースに呑まれそうになってしまっている。
それにしても、リサのことを『リサちゃん』なんて呼ぶのは、この帝都では宿屋の老婆とこのアーシュラくらいである。
無論、老婆のように気軽に付き合える相手ではない。
「ウフ、そんな固くならなくてもいいのよ? お茶でも飲んでゆっくりしてちょうだいな」
アーシュラが艶然と笑い、手にした銀煙管から紫煙を吐く。
葉に特殊な香料が混ぜられているのであろう、甘ったるい香りが漂ってきた。
銀煙管は羅宇に象嵌細工の施された、いかにも高価そうな品だ。
マホガニー製の洒落た造りのソファに肢体を預けているアーシュラは、割と御機嫌な様子であった。
しかし、くつろげと言われて、素直にはいそうですかという気分には到底なれない。
「でもラッキーねぇ、リサちゃん。この時間に私が起きてるなんて、珍しいことなのに」
約束もなしに訪れたリサだったが、アーシュラはまるでそれを事前に予測していたかのようにあっさりと面会を許してくれた。
「いえ、きっとアーシュラ様はお目覚め中と思っておりましたから」
「ふうん? それはどうして?」
東南区のみならず、王都中の人間から『宵闇の女王』と恐れられる彼女は、その名の通り日が沈む頃に目覚め、夜明けと共に眠りにつくという噂であった。
雪のような白い肌を、漆黒の闇を連想させるドレスで包んでいる。
ドレスは様々な宝石類で飾り付けられ、夜空に浮かぶ星のように煌めいていた。
銀色に輝くストレートの長い髪。
紅玉の如き瞳には、強く妖しい光を秘めていた。
見つめられるだけで、その光にこちらの魂を奪われてしまうような錯覚すら感じる。
完璧なまでに整った美貌に加え、生まれつき備わった威厳。
対峙するだけで、尋常ならざる緊張を強いられる相手だ。
(その上、その気になれば一撃で相手を葬れるほどの戦闘力、ね)
実際に彼女が戦っている姿は、リサも見たことがない。
情報通のロッテですら、彼女がどれだけの力を持つか、見当すらつかないと語る。
戦った者の大半が彼女に命を奪われるか、あるいは彼女に服従し、口を固く閉ざすからだ。
そんな相手が目の前にいる。
ソファのすぐ隣に座るロッテが、彼女らしくもなくガチガチに緊張しているのも無理からぬ話だ。
むしろ、この状況で平常心を保っていられるリサの方がおかしいのだろう。
「グイード様の件ですよ」
「ああ、そうね、ウフフ。亡霊どもが朝から地上を歩くなんて、世も末よねえ」
楽しそうに笑い、肩をすくめるアーシュラ。思わず、
(吸血鬼が昼間から傭兵とお茶を楽しんでいるってのも、相当おかしな話ですけれどね)
そんな軽口を叩きたくなったが、場が文字通り凍りつくジョークなので自重した。
『宵闇の女王』こと、アーシュラ。
彼女の正体は吸血鬼だ。
といっても、実際に彼女が告白したわけではないし、ましてや面と向かって吸血鬼呼ばわりする命知らずもいない――いたかもしれないが、今は冷たい土の下にいるはずだ。
だが、王都の裏社会では有名な話である。
グイードのような元締やロッテのような情報屋は勿論、スリの少年や屑拾いの老人ですら知っている。
聖書によれば、人間が神によって生を授かった存在であるのと同様、彼女たち吸血鬼は悪魔によって生み出されたものなのだという。
アンほど信心深くはないが、リサもアーシュラを知ってから神の存在を信じるようになった。
何しろ、悪魔の下僕がいるのだ。
悪魔がいれば、神もいるのだろう、きっと。
(もっとも神様は色々とお忙しくて、あまり私の手助けはしてくれなそうですけれどね)
少なくともアーシュラの逆鱗に触れたときに、眩い光と共にこの場に降臨してはくださらないはずだ。
であるからして、ここは細心の注意を払って接しなければならない。
「で、リサちゃん。今日は一体何の用なの? 勿論、あなたはいつでも大歓迎だけれどね。世間話をしに来たってわけでもないのでしょ? 亡霊どもと関係のあること?」
紅い瞳が好奇の色で輝いている。
これはいい兆候だ。
リサとしては、退屈されては困る。
何をどう気に入ったのかは分からないが、アーシュラは出会った時からずっと自分に興味を抱いている。部下にならないかと誘われたこともあった。
(ただでさえ今日は、引く手数多ですけれどねえ)
嫁になれとか保安隊員になれとか、本気度の差こそあれ随分と人気者だ。
もっとも、今の自分はそれどころではないのだが。
リサはこれまでの経緯を話した。
父のこと、仇を追って海を渡ったこと、傭兵として暗黒街で働きながらずっとチャンを探し続けていたこと、そしてついに奴の姿を捉えたこと。
アーシュラは終始口元に笑みを浮かべたまま、リサの話に聞き入っていた。
「なるほどねぇ。つまりリサちゃんがこの王都で女だてらに傭兵稼業なんてやっているのは、そのチャンとかいう男を探し出すためだったってわけ?」
とりあえず、ちゃんと話を聞いてくれてはいたようだ。
リサが頷くと、
「ウフフ、面白いわね。それにしても水臭いわぁ。それならそうと、もっと早く言ってくれたら良かったのにぃ」
「申し訳ありません。私事にアーシュラ様のお手を煩わせるわけにはいきませんから」
「ん、まあいいわ。で、何でまた私なの? グイードを頼ればいいじゃないの。あいつなら、あなたの頼みを断ったりはしないでしょ?」
やはり一筋縄ではいかない相手だ。
きっちりと、こちらの痛いところを突いてくる。
リサが一瞬眉を寄せると、
「分かってるわよぉ。ウフフ、『亡霊』の件が引っ掛かるんでしょ?」
煙管から細い煙を吐き出すその表情は、とても愉快そうだった。
理由など最初から分かっていたのだろう。
ただ単にリサの困った顔が見たかっただけなのだ。
(まったく、困った御方ですね。まあ、だからこそこちらも交渉の余地があるのですが)
彼女とグイード以外に、元締と呼ばれる人間のことはほとんど知らないが、聞いた話では概ね二つのタイプに分かれるという。
仁義を重んじる昔気質の元締と、組織の利益を優先する現代風の元締だ。
グイードはどちらかといえば前者で、アーシュラはどちらにも属さないタイプとリサは踏んでいた。
「さすがにアーシュラ樣はお見通しですね」
「当然よ。で、私に何をして欲しいのかしら? それによって、私があなたに代償として求めるものも随分変わってくるわけだけど」
いよいよ本題に入った。
彼女はただでは動かない。
彼女を動かすに値する『何か』を、リサも差し出さなければならないのだ。
「場合によっては、一件落着の後にずうっと私の傍に侍ってもらうことになるわよ?」
それは断固願い下げの要求だ。
吸血鬼の下僕になれば永遠の若さを得られるとも言われるが、その代わり人としての全てを失うことになるという。
それでは死んだも同然だ。
何より、アンの手料理を二度と味わえなくなるのは勘弁であった。
「アーシュラ樣にお願いしたいのは、私の建てた計画にご助力いただくことです」
リサは今日、これから始める一連の計画について順を追って説明した。
それは、隣に控えるロッテが唖然とした顔で硬直してしまうほど、危険な計画だった。
この計画はアーシュラの屋敷を訪れる道すがら練った、即席のものだ。
穴も多く、リサ自身が負う危険も尋常なものではない。
だが、保安隊と『亡霊』を出し抜いてチャンと接触するにはこれしか思いつかなかった。
そしてそれを実行するには、アーシュラとロッテの協力が絶対に必要だった。
目的を果たすために必要とあれば、どんなことでもする。
それが傭兵の、リサの流儀だ。
計画を全て話し終えると、アーシュラはにんまりと笑みを浮かべた。
「面白いわあ、ウフフ。リサちゃんは慎重に事を運ぶ人間だと思っていたけど、今回はまた随分と大胆ねえ。それとも、こっちがあなたの本性なのかしら?」
「どうでしょう、私にも分かりません。もちろん、時間があればもっと安全で確実な道を選びたいところですが。それが叶わないなら、危険な綱渡りもやむを得ないと心得ています」
正直な思いだった。
アンがもし耳にしたら、身を挺してでも止めに入っただろう。
彼女を悲しませたり、心配させたりはしたくなかった。
しかし、リサは神に仕える純朴な下僕でも、利益を第一に考える商人でも、法を厳格に守る保安隊員でもない。
リサは戦士――戦う人間だ。
命を危険に晒すことを、恐れたりはしない。
「いいわあ、その眼。不退転の決意を秘めた眼ね。ゾクゾクするわぁ。うふ、協力してもいいわよ? 当然、そこまで決めているからには、この私に何を差し出すかも覚悟の上でしょうね?」
アーシュラの協力を取り付ける、という第一段階はクリアーできた。
問題はもう一つ残っている。
ある意味、こちらの方が遥かに厄介だった。
彼女に、何を代償として支払うか――。
(やるしかないわね。ロッテ、ゴメン。ちょっと怖い思いをしてもらうわ)
リサは大きく息を吸った。上手くいく、という自信はある。
だが、もし自分が目の前にいる彼女を――この美しい吸血鬼アーシュラの本性を見誤っていれば、全てが終わりだ。
仇討ちを果たせないどころではなく、死体が川辺で発見されるか、血を吸われて意思を持たぬ忠実な下僕とされてしまうだろう。
「私がアーシュラ様にご提供できるのは……」
紅蓮の瞳が、期待を秘めて輝いている。
臆することなく真直ぐに見つめ返し、無理やり笑顔を作った。
「娯楽、ですよ」
「え?」「へ?」
意外な言葉に、アーシュラとロッテの声が重なった。
「面白いじゃないですか」
「何が?」
「吸血鬼が人間の――しかも女だてらに傭兵稼業の小娘の、『仇討ち』を手助けするなんて」
「あ、あばばばばば、り、リサさん!?」
吸血鬼、という一言にロッテが激しく動揺して止めに入ろうとしたが、身体が動かなかったようだ。
当のアーシュラは――笑顔のまま、凍りついていた。
「芝居小屋でもこんなお話、聞いたことありませんよね? 物語の世界ですら、誰も思い描かない、ましてや現実では誰もやろうとしないことをするなんて、こんなに面白いことはないと思いませんか?」
アーシュラは一言も語らず、煙管を脇に置いた。
ロッテが息を呑む。
もしアーシュラがその気になれば、リサの首は胴体と永遠に離別することになるだろう。
一対一の闘いになれば、まず勝ち目はない。
「娯楽、ねえ……」
「そうです。私は父の仇を追って海を渡りました。そしてアーシュラ様は、何よりも『娯楽』を求めて、この帝都にいらっしゃったのではありませんか?」
吸血鬼は、人里離れた古城や廃墟を根城とするという。
そんな彼女が、なぜわざわざ帝都に居を構え、しかも暗黒街の元締として君臨する道を選んだのか。それをリサは常々考えていた。
ただ人の生き血を欲するというだけならば、何も好き好んで元締になる必要などないだろう。
また、俗世の金や地位を望んでいるわけでもないはずだ。
永遠の生を持つ者が、それらに価値など見出さすとは思えない。
あるいは戦いを求めて、ということもあるかもしれない。
だが、それもまた彼女にとっては『娯楽』の一つに過ぎないとリサは考えていた。
常闇の世界から生まれ、永遠の刻を彷徨する吸血鬼という存在。
彼女たちにとって、一体何が最も苦痛なのか――?
それはきっと、『退屈』に違いない。
何しろ、死すべき運命の人の子ですら、生に飽きることがある。
死から遠い存在である彼女たちならば、尚更だ。
大半の吸血鬼はそれを己の宿命と悟り、ただ漫然と過ごすのであろう。
しかし、アーシュラはあえて人の世界に積極的に関わりを求めてきた。
己の退屈を紛らわせてくれることを、人という不可解な生き物に期待して。
(……というのも、まあ私の推測に過ぎないですけれどね)
そんなアーシュラを動かすには『娯楽』――それもありきたりではない、とっておきのもの――を提供するのが一番だと考えたのだ。
危険な賭けだ。
だが、勝算は充分にある。
後はただ、放ったコインが表と出るか裏と出るか、その運命の瞬間を待つだけであった。
「ウフフ、この私を面と向かって『吸血鬼』呼ばわりして、今も生きているのはあの人斬りバカのグイード、ただ一人しかいないのよ?」
「私が二人目になってはいけませんか?」
あくまでも穏やかな口調ながら、言下に冷たく鋭利な刃物を潜ませたアーシュラの言葉。
それにもリサは臆せず堂々と答えた。
言葉の脅しに屈するような者を、彼女は面白がったりはしない。
凡庸な反応は、ただ彼女を退屈させてしまうだけだ。
「く、くくくくく……」
リサから視線を外したアーシュラが、ややうつむき加減で忍び笑いを洩らした。
「上出来よ、リサちゃん。これまで色々な人間と関わってきたけれど、これほど私を笑わせてくれたのは、あなたが初めてだわ」
「それは光栄ですね、アーシュラ様」
傭兵稼業に疲れたら、旅芸人に鞍替えするのもいいかもしれない。
吸血鬼もお墨付きの旅芸人など、大陸広しといえども自分ぐらいであろう。
「それに、これほどまでに私をちゃんと理解してくれたのも、あなたが最初よ。そう、あなたの言う通り。私はね、何よりも『楽しみたくて』この帝都に来たの」
今まで一度も見たことのないような、屈託のない満面の笑顔だった。
もしかしたら、彼女が本心をさらけ出したのは、これが初めてだったのかもしれない。
「私の力を利用しようと目論む人間はたくさんいるけれどね、ここまで捨て身で来る者は数少ないわ。しかもあなたは、決して自分を『捨てて』なんかいない。私を動かせると確信した上で、命を賭けてきたのよね?」
その問いにリサは、ただすっと笑みを浮かべて答えた。
やはり彼女は全てお見通しだ。
絶対に大丈夫、とは思っていなかった。
ただ、己の目的を達成するためには避けて通れない道であると共に、命を賭けるに値する勝負だと腹をくくっていた。
「ウフフ、ますます気に入ったわ、リサちゃん。いいわよ、そのプランに乗ってあげても」
リサは感謝の言葉を述べ、頭を深く垂れた。
危険な橋を渡りきったことに安堵の溜め息を漏らしてしまいそうだったが、今日はまだまだ越えなければならない難所がいくつもある。
ここで気を抜いて、お茶を飲んでいる場合ではなかった。
「それでは元締、御手配の程、よろしくお願いいたします」
(続く)