マフィア
それ以来、背中が痛くてたまらなくなる瞬間があり、そんな時は人気のない所で痛みに耐えるしかなかった。
その日の戦闘訓練の最中も、こっそりと運動場から抜け出して人気のない校舎の壁に手をついて痛みをやり過ごしていた。
よっぽど父に、あの男の事を話して解決策を一緒に思案して貰いたかったが……。
『どんな理由であれ、見られてしまったお前の責任だ――』
その言葉が脳裏を過り、父を目の前にすると不思議と言葉にならなかった。
何とも説明し辛い事だったし、何より慣れぬ痛みの所為とはいえ、人前で号泣してしまった事を知られるのは単純に嫌だった。
「シニアン」
背後から声がして、ジェルは振り返る。
「トール……」
気まずい空気が漂う。
痣が見られていないのは良いものの、確実にトールはジェルの事を女性だと誤解していた。
「その……色々と悪かった」
罰が悪そうなトール。
「いや。ドアを叩いてくれて助かった」
あの時、トールが来てくれなかったら、今頃どうなっていた事か。
どういう意図があったのかは分からないが、あの時のトールが助けようとしてくれていたのは事実だった。
「気分、悪いのか?」
「ああ……」
「保健室、連れていってやろうか?」
顔を横に振ると、トールは溜息をついた。
「あの男、お前を探しているらしいぞ」
「っ……」
あの男――と聞いてジェルが息を詰めると、トールは目を伏せた。
「裏の世界では有名なマフィアの幹部らしい。城の近くに寝床があるみたいだから、暫く城には近づくな」
「……わかった」
「じゃあな。もうすぐお前の番だぞ」
意外と優しいトールの背中を見つめて、ジェルは途方にくれた。
あの時の事を思い出すだけでズキズキと背中が痛みを増す。
ジェルは眉間に深い皺を寄せたまま運動場へと戻った。
「おい、顔色悪いぞ」
開口一番にブレイドが指摘してくる。
「大丈夫だ」
そう答えるが、とても剣を振るうような余力などない。
「次、シニアンとバリス!」
教師の声が響いて、ジェルは浅く溜息をついた。
対戦相手はトールの取り巻きの一人で、先日ジェルの身体を押さえつけてきた背の高いニケ・バリスという少年だった。
無難に切り結ぶものの、やはりジェルの攻撃は精彩を欠いた。
しかし、ニケもまた手を抜いているのか、互角の戦いにも見えた。
結局、ニケが勝ったのだが。
「無理するな」
去り際にニケは小さな声で囁いてくる。
ジェルは、呆然とニケの後ろ姿を目で追った。