お忍び
クレイは、とても綺麗で儚い少女ジュリアを見送ると、城の門番に話しかけた。
「やあ、テリー」
テリーと呼ばれた、先ほどの若い門番は驚愕した様子で駆け寄る。
「クレイル王子!」
「やめてくれよ。この格好の時は庶民のクレイだって言ったろう?」
「クレイ……さん。どうしたんですか? こんな所に」
「さっき可愛い女の子がここに立ち寄らなかった?」
「ええ。伝言を頼まれまして」
「伝言って?」
「ブレイド王子宛です」
「ブレイドに?」
「今日、ご友人がお見えになる予定だったのですが、体調不良のため来られなくなったと」
「それって、もしかしてジェル・シニアンって子?」
「よくご存知で」
「そう。ありがとう……」
クレイ、もといクレイルは顎に手をあてると、思案気にリーゼルの家に戻って報告する。
「届けてきたよ。お兄さんと今後の事を相談してみるってさ」
「そう。それなら心配ないわね。ありがとう、クレイ」
「いいんだよ。僕、ちょっと用事を思い出したから……明日また来るね。リーゼル」
「わかったわ」
クレイルはリーゼルを抱きしめると、耳元で囁く。
「君が底抜けにお人好しなのはわかっているけど。いい加減、危険な事に首を突っ込まないでくれない?」
未だクレイルは、ジュリアという少女の事を疑っていた。
リーゼルはこれまでも人の良さにつけこまれて、困った人を装った底意地の悪い連中に何度も騙されているのだ。
今回も、そうでないとは言い切れない。
何よりジュリアの言っている事は、何故だか胡散臭く聞こえるのだ。
彼女が暴漢に襲われて、深く傷ついているのは本当だろう。
むしろ、こちらが感じているよりも事態は深刻かもしれない。
しかし、その他の……例えば兄の事だとか――が嘘に聞こえてしまうのだ。
これはクレイルの勘であり、確証はないのだが、幼少の頃より培った経験に基づく貴重な才能でもあった。
「仕方ないでしょう。あの子、放っておけなかったんだもの。あなたもよ?」
「はいはい」
苦笑したクレイルは、すぐに城へ戻って着替え等をし、やがて弟の部屋に赴く。
「何か用? 兄さん」
ブレイドは心なしか、つまらなそうに尋ねてきた。
「さっき門の所で、お前の友達の妹さんに会ったんだよ」
「妹?」
「ジェルって子の妹さん。とっても美人だね」
クレイルが笑むと、ブレイドは表情をキツくしてクレイルに食いついてきた。
「ジェルは一人っ子だぜ? 妹に会ったって、本当か? どういう事だ」
「……」
「どういう事だ。兄さん!」
他ならぬ弟から、底知れぬ迫力を感じてクレイルは息をつめた、その時。
「ブレイド王子。ご学友がお見えです」
従者の一人がやってきて恭しく頭を下げた。
ブレイドは、とある人物を思い浮かべて首をかしげる。
「学友だって? 名前は?」
しかし、従者が告げたのは別の人物の名前だった。
「エブリア・トール様。トール卿のご子息です。何でも急ぎの用があるとの事」
「急ぎの用だって? また、つまらない政界の話かな?」
ブレイドが訝しんだ時、クレイルが冷静に言葉を紡ぐ。
「いいから話を聞いてみよう。胸騒ぎがする……貴重な情報のはずだ」
兄の勘は、悪い事ほど良く当たる。
「通せ」
ブレイドは鋭く命令を下した。