救いの手
どこをどう走ったのか定かではないものの、人気のないゴミ捨て場の近くにきた所で限界が来て座り込む。
何だか色々な事が一気に起こった気がしたが、何もかもが、どうでもよくなるくらいに疲れ果てていた。
「どうしたの、あなた。その格好」
声をかけてきたのは柔和な顔をした十代後半の若い女性で、酷く疲れた様子で涙ぐむジェルの姿を見咎めて絶句した。
「何でも、ありません……」
ジェルが悲鳴をあげる身体に鞭をうって立ち去ろうとした時、思いのほか強い力で引き寄せられる。
「こっちへ来て!」
その女性は有無を言わさず、ジェルを近くの小さな家に押し込んでドアに鍵をかける。
「ここは私の家よ。誰にやられたの?」
「……」
怖い顔をした女性に問われるが、それよりも何か羽織るものが欲しかった。
酷く痛む背中を庇って壁に寄り添い、胸を庇って破けた衣類を所在投げに抱え、溢れる涙を拭う気力すらないジェルを見て、何かを察したのか、その女性はジェルを促して小さな浴室に連れてくる。
「手伝いましょうか?」
「いいえ……」
惰性で風呂場を借りる事になり、汗だくの身体を清めると、少しばかり気分がスッキリした。
浴室の傍で待機していた女性は、声をかけてくる。
「着替え、置いておくわ」
脱衣所に置いてあったのは、陽の香りのするタオルと、厚手のワンピース等だった。
ピンクの花柄ワンピースは驚くほど身体にピッタリで。
ビジュアル的には、どこからどう見ても女の子だった。
居間に戻ったジェルに笑いかけてくる女性。
「その服、捨てようと思ってたものだけど。良かったらあげるわ」
「ありがとうございます……」
「私、リーゼルっていうの。あなたの名前は?」
リーゼルと名乗る親切なその女性は、テーブルの椅子を引いてくれる。
テーブルの上には暖かい紅茶が淹れてあり、促されて一口飲むと甘過ぎる程だったが、それが逆に気分を和らげてくれた。
「……ジュリアです……」
腹や足、特に背中が痛んで時折、顔をしかめつつ、咄嗟に思いついたその名前を名乗るジェル。
女性と思われているのならば、いっそ、そのままの方がいいと判断する。
リーゼルはジェルの乱れた髪を梳いてくれ、長い前髪を両脇でピン留めし、乾いた唇にグロスまで塗ってくれる。
「ジュリア。自警団まで一緒に行きましょう」
「一人で、大丈夫です」
「そう……?」
「この服……貰ってしまってかまいませんか?」
「ええ。でも、一人で本当に大丈夫?」
リーゼルが心配そうに顔を覗き込んできた時、ドアが叩かれる。
「どなた?」
僅かに緊張した面持ちのリーゼルが声をかけると、ドアの向こうから青年の声が聞こえてきた。
「僕だよ。リーゼル」
「名を名乗りなさい」
「え? クレイだけど……」
リーゼルは安心した様子でドアを開けた。
「どうしたの? お客さん?」
戸惑った様子で入ってきたのは、人の良さそうな灰褐色の髪と緑色の瞳を持つ青年で、潤んだ瞳のジェルを見つめて首を傾げる。
「暴漢よ。それらしい男、見なかった?」
「え……暴漢?」
青年はチラリと俯き加減のジェルを伺い、ジェルの足元に落ちている破れた衣服を見つめた。
「大丈夫。いなかったよ」
「そう……」
「僕が自警団……ジョージに知らせて来ようか?」
クレイの提案に驚いたジェルは、慌てる。
「もう大丈夫です。自分で知らせますから。リーゼルさん……お邪魔しました」
衣服を掴んで、そのまま去ろうとした時、リーゼルは紙袋を持たせてくれた。
「くれぐれも気をつけてね」
「何から何まで……ありがとうございました」
一礼してジェルは自分の身体を守るように両腕を掴みつつ、痛む足を引きずって家を後にする。
「リーゼル。一体、どういう事?」
二人きりになった後、クレイは眉間に皺を寄せた。
「風呂を貸して、古着をあげただけ、か……」
事情を聞いて渋い顔をするクレイ。
一方、リーぜルは足元に落ちていた物を拾った。
「あら? これって……ジュリアのかしら?」
ヴェリオンの紋章の入った財布を見つめるリーゼル。
「まさか……でも、僕が返してくるよ。君は危ないから、ここにいて」
「ええ。お願いね」
リーゼルは、心配そうにクレイを見送った。