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天使の歌声  作者: 紅凛
序章
2/50

回想



 ヴェリオン武術大会。

 それは数百年続く由緒正しきヴェリオン学園の伝統的な催し物であり、学年ごとの試合で上位三位以内に入ると特別な栄誉を受けられる。

 ということで、生徒や、その親ににとっては死に物狂いで上位を目指さねばならない一大イベントだった。

 特に、このヴェリオン学園という所は特殊な学校で、多くの貴族や大富豪などの子息が集まっており、生徒は勿論、親もまた勝敗に一喜一憂していた。

 ただしジェルは、貴族や騎士や商人の子供と違って身分格差のあるヴェリオンの中でもそれらが影響しない父子家庭であり、父親が放任主義な事も手伝って、特に思い入れのない行事でもあった。


「後で美味しいって評判のお弁当買って持っていくよ」


 そんな感じで父に送り出された事から鑑みて、もしかしたら父は運動会か何かと勘違いしていたかもしれない。

 父は幼少より神官職につくために特別教育されてきたらしく、世間一般の教育に疎かった。

 それでいてジェルに神官職を勧めてくる事もなかったので、自然と近所の同世代が憧れていたヴェリオンを何となく志願したのだが、かつての地元の友人達は皆ヴェリオンを受けるも落ちてしまっていた。

 ジェル自身は独りでも困る事なく過ごせる質なので、それでも一向に構わなかったが、それでも賑やかだった以前の学校と比べると非常に地味な学生生活といえた。


「ありがとうございました」

「ご家族の所まで送っていこうか?」

「大丈夫です。助かりました!」


 迷子になったという女の子を闘技場まで送ったジェルは、笑顔の少女を見送ると、父との待ち合わせ場所へと急いだ。


「ふむ。随分、本格的なんだな」


 昼に様子を見に来た父は、円形状の巨大な建物の中心に鎮座する四角い闘技場を見つめて、のんびりと感想を述べた。


「で、ジェルは今のところ何番目なのかな?」


 美味しい弁当をつつきながら、とても端正な顔立ちの美しく若い――まだ兄とも呼べそうな父アルジェは質問してくる。


「次の試合に勝ったら学年で三位」

「ふーん。それって凄いのかい?」

「さあ……?」


 当事者ながらジェルもまた首を傾げた。


「とにかく頑張っておいで。大怪我だけはするなよ?」

「ああ。わかっている」


 こうして気負いなく三位決定戦に挑んだのだが、相手は何とブレイド・ヴェリオンだった。

 それはヴェリオンの常識が未だ理解できていなかったジェルですら知っている有名人で、この国の第三王子である。

 入学してから三ヶ月も経っているが同じクラスなのに会話した事はなく、いつも取り巻き達に囲まれているのが印象的だった。

 闘技場の上に立つと、早速ブレイドは握手を求めてくる。


「宜しく。おれが何者であろうとも手加減無用だからな?」

「よろしく」


 口許に笑みをはりつけながらも、何故かブレイドは挑戦的な眼光でジェルを睨みつけてくる。

 その時のブレイドは何故か酷く怒っていたようで、常に眉間に皺を寄せていた。


「始め!」


 やがて審判である担任の声が響き、試合が始まる。


「たあ!」


 ブレイドは初めから全力で剣を振るってきた。

 格闘技と剣術の見極めが、この大会の本来の目的であると認識していたジェルは、相手が王子だろうが何だろうが構わず、全力には全力で応えた。

 力はブレイドの方が遥かに上なので、仕方なくジェルは技で応酬する。

 剣の切り結びで対峙した時に、ブレイドはニヤリと笑んだ。


「お前……本気だな?」


 お互いの剣を持つ腕がブルブルと震えているのがわかる。


「手加減無用と言ったのは、お前だろう?」

「そうだ!」


 実に晴れ晴れとした表情でブレイドは言い放ち、鋭い剣先を向けてくる。

 激しい応戦の結果、僅差でブレイドが勝利した。

 肩当てを粉砕されたので、誰もが目に見える形での勝利だった。


「勝者! ブレイド・ヴェリオン!」


 担任が肩で息をしているブレイドの腕を上げると、会場内は異様な熱気に包まれる。

 こうして自動的にジェルは四位に決定した。


「待ちなさい、君。怪我の治療は?」

「かすり傷なので……」


 肩を少しばかり負傷してしまったジェルだったが、医療班の静止をきかずにその場を後にした。

 どうせ三位より下は表彰台に上ることはないのだし、怪我の治療のついでに水浴びをするつもりで浴場へと足を向ける。


「ジェル。大丈夫かい?」


 どうやって探し当てたのか、廊下の途中で父が駆けてくる。


「ああ、平気さ」

「そうか。私は、これから仕事に戻るけど」

「わかった」

「よく頑張ったな」


 父に頭を撫でられて、ジェルは嫌そうに顔をしかめる。


「子供じゃないんだから……」

「まだ十四歳で成人まで後一年もある。十分、子供だ。じゃ、行ってくる」


 父を見送って、当初の予定通りに浴場のシャワーブースにやってくると、案の定、人気がなかった。

 安心して一番奥の個室を占領し、汗を流していると。


「ジェル・シニアン?」


 唐突に背後のドアが開いた。


「……っ……」


 ――そういえば施錠し忘れた。


 驚いて振り返ってしまったジェルと、同じく驚いたブレイドの瞳がカチ合う。


「出ていけ!」

「……失礼っ」


 ジェルが叫ぶと、ブレイドは慌てた様子でドアを閉めた。

 青い顔でジェルは呆然とその場に立ち尽くした。

 蛇口から流れる水の音が遠ざかる。

 不意に父の言葉が頭を反芻した。


『決して、誰にも見られてはいけないよ?』


 手早く着替えを済ませたジェルがシャワー室の扉を開けると、傍のベンチにどっかりと座り込んだブレイドがチラリと視線を投げてきた。


「何か、見たか?」


 憮然とした表情でジェルが言うと、ブレイドは眉間に皺を寄せる。


「何かって……」

「誰にも言うな」

「お前……?」

「いいから。誰にも言うな。忘れてくれ」

「わかった。すまない。怪我をしていたと聞いたから……」


 ブレイドの手に救急箱があるのを見て、ジェルは肩を竦めた。


「ありがとう」


 礼を述べてブレイドの隣りに座る。

 ジェルは救急箱から粘着テープを取り出して肌着を脱いだ。

 サラシが顕になるが、既に中身を見られているのだし、隠す意味もない。


「おれがやろう」


 何故かブレイドは呆れたような口調で粘着テープを奪い取り、些か乱暴に左肩の僅かな傷口の治療をしてくれた。


「ジェル。お前、強いなぁ」

「……それ嫌味か?」


 この事を切っ掛けに、ブレイドは何かとジェルに声をかけてくるようになった。

 この時の大会で学年優勝したのは勿論、何故か憮然とした表情のブレイドだった。





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