☆お初のお仕事
まだ先生が数人しか来ていない朝の職員室。そんな職員室に私と狼くんは先生に呼び出されて来ていた。
「はい。これ、頼むよー」
先生は明らかに多すぎる大量の紙を私に渡した。自分で言うのもあれだけど、か弱い女の子にこんな量の紙を渡したら危ないとか考えなかったのですか?
隣に狼くんもいるんですけど、狼くんの方が私よりもか弱い男の子に見えたのですか?だったら、私が筋肉たっぷり女の子みたいじゃないですか。
って、大体この紙は何に使うんですか?
と、心の中では先生に対しての言葉がポンポン出てくるっていうのに実際出てきたのは「は、はい」という焦った言葉だけだった。
「……大丈夫か?」
私の後ろに立っている狼くんが小さな声で聞いてくれた。勿論大丈夫だよ!と、言いたいところだけどやせ我慢でも言えないこの状況で何も返事をしなかった。
「代表だからしっかりしろよー」
俺の仕事がなくなるから楽なんだよなー。げひゃひゃーっと先生は下品に笑いながら、職員室から出ようとする私達に手を振った。
「頑張ります」
私は胸を張ろうとしたが大量の紙を持っているせいで、叶わなかった。その奮闘の一部始終を狼くんに見られていて少し恥ずかしかった。
「……」
「あ、これは席決めのための紙だから。仲良く決めれるんだったらどんな使い方をしても良いぞー」
職員室に響き渡る位の大きな声で、先生は言った。席決めだけだったら、こんなに紙必要ありませんよね?という疑問は自分の中で消化しておいた。
「分かりました」
「……」
「じゃあ、頼んだぞ」
「はい。失礼しましたー」
「……っしたー」
私は失礼ながらも小さいけれど、狼くんが『失礼しました』と言えたことに感動を覚えていた。
「さて、どうしよう。狼くんは席決めの良い方法ない?」
「とりあえず代表初日から仕事を課す担任を殴る」
「何の解決法にもなってないよー」
「俺がすっきりする」
私は冗談だと思って笑っていたが、狼くんにはそうじゃないらしく黙って机の上に乗せられた大量の紙を睨んでいた。
「だろうね。で、何かない?」
「……俺の席は凛子さんと隣になれればどこでも良い。他の奴等は知らねー」
「また一番後ろの席ってこと?身長低いから黒板見えないんだよなー」
狼くんは一瞬目を丸くしてから、小さくため息をついた。
「…はぁ。分かってないな。凛子さんはチビだからね」
「チビで何が悪いっ!」
「……開き直った」
「別に、事実だもの。一番前の席になりたいなー」
今の様に一番後ろだと背伸びをしたり、首をあげたりしないといけないから大変なの。その分、一番前だと先生に見られやすい欠点はあるが背伸びをする必要はない。しかし。
「それはダメだ」
狼くんは首を振った。
「何で?」
「俺が凛子さんの隣に座れない」
「別に良いじゃない」
「……え?」
狼くんが衝撃的な顔で私を見る。…え?何で?捨て犬の様な寂しそうで悲しそうな顔で私を見ているのは何で?私がそんな表情をさせる位酷いことを言ったの?
「狼くんが一番前の席に座っても良いじゃないの」
「……おお」
狼くんは目を大きくさせて私を見た。今度は全く変わって喜びに満ちた顔になった。表情がすぐに変わって面白いね、と言ったら怒られると思ったから流石に言わなかった。
「話がそれたね。で、どうしようか」
「……席決めのことか」
「そうそう」
「その紙に番号書いて切れば良いんじゃねーの?そんで、クジ方式で適当に引いてもらって」
「なるほど!良いと思うっ」
「なら良かった」
狼くんはふわりと、優しく目を細めた。ん。やっぱり私は狼くんのその表情が好きだ。
「じゃ作業しよっか。私はクジを作るから、狼くんはこの紙に席と番号書いて。できるだけランダムにね」
「了解」
狼くんと私は頷いて作業に移った。私はA4の紙に数字を人数分書いて適当に切ってから、中を見えないように畳んで出来上がり。
狼くんは席の並びを決めてランダムに番号を書いていくだけで、狼くんの作業の方が簡単だったようで狼くんは暇を持て余していた。
「凛子さん不器用」
「うるさいなぁ」
「料理は上手なのに」
もっと、バカにされるんだと思っていた。だから、そのつもりで反撃しようと思っていたら予想外の優しい誉め言葉が返ってきてすぐに返答できなかった。
「……ありがとう」
「……どういたしまして」
どうしよう。狼くんが変に素直なせいで変な空気が流れてしまった。けれど現在、早い朝の教室なので私達以外誰もいない。
ううう。誰か来てよ。狼くん相手に気まずいと感じるのは初めてだ。何故か顔が熱いし、嫌だよー。
「あ、おはよー」
朝練があるために早く学校に来る救世主、加奈が登場した。だから、つい「おはよ!」と、かけよってしまった。
荷物を下ろしながら加奈は「今日も早いねー」と、豪快に笑った。
「でしょ。委員の仕事でね」
「お!手伝うよ」
「部活は大丈夫なの?」
「んー大丈夫、大丈夫。一日位出なくたって何ともならないって」
けれどちらりと狼くんを見てからの加奈の言葉は一変した。
「今日、って言うか、ついさっきから部活に行かなくちゃいけない気がしてきた」と小声で言った。
「な、何で!?部活行かないんじゃなかったの?」
「お二人さんをお邪魔したら悪いかなーって」
ああ、そういうことね。気を使ってくれてたのか。でも、「そんなことないよ」と答えつつ加奈を教室へ。
「いやいや。ホントに……って押すなよー」
「えへへー」
一瞬だけど、加奈が教室に入った時。狼くんは苦虫を噛み潰した様な渋い顔をした。あの表情の意味は分かるけど、私はあえて触れなかった。
「褒めてないから」
びしり。加奈様の正拳をくらった。
ってことで加奈も入れて三人で作業することになった。おりおり、かきかき作業はどんどん進んで行く。
「三人でやったら早いねー」
「そりゃね。作業する腕の本数が増えたからね」
加奈はせせら笑い言った。確かに4本から6本に増えたけども、腕が増えたという表現より人数が増えたという表現の方が良いと思う。
「何か言い方気持ち悪い……」
「本当のことでしょ」
「まあ、確かに。確かにそうだけども」
「ほら、手が止まってるよ」
「お母さん、ごめんなさい。今やります」
「誰がお母さんよ」
ぺしっと叩かれた。加奈は手が早いなぁー。と、ぶつぶつ文句を言ったら更に叩かれると思ったから聞こえない様に喉の奥で潰した。
「だって作業が早いんだもん。あれ、もう終わってるの?」
「うん。折るだけだからすぐ終わるわよ」
加奈は出来上がった紙をヒラヒラあげた。加奈が作った席替えの紙より私の紙の方が少ないのは一目瞭然だった。
「は、はや。狼くんも終わってる!」
まさか狼くんは私を置いていかないだろうと余裕を持って出来上がって積み上げられた紙を見るとやはり私のよりも多くて、自分の仕事は終わっていて私の仕事を手伝っていた。
「……凛子さんが遅いんだよ」
「そ、そんなことぉ……」
ない。なんて言えないから語尾をもにょもにょと小さく誤魔化した。
「はい。手を動かして。俺も手伝うから」
「加奈がお母さんなら、狼くんはお父さんだねー」
ふにゃっと笑うと狼くんは紙から目を離さずに現実を突きつける。
「俺の子供ならもっとデカイ」
「遠回しにチビって言ってない?」
「気のせい」
「き、気のせいか。なるほど」
「納得するのね」
と、加奈が笑った。狼くんも鼻を鳴らして笑う。笑うというよりは嘲笑うに近いけど。
「終わったー!」
「お疲れ様……って凛子はほとんど作業してないでしょ」
加奈が呆れた顔で私を見た。
「いや、頑張った……多分」
「エライエライ(棒読み)」
「気持ちがこもってない気がするっ!」
「凛子さん。この紙纏めて置いておくから」
「ん。ありがと」
「ねぇ、凛子……」
「なあに?って、え?」
加奈に制服を引かれて強制的に教室から出た。さすが体育会系の部活に属してるだけあるなあ。力が強い!じゃなくて。
「意外と……話すんだね」
狼くんに声が届かない様な場所まで移動したというのに、更に小さな声で言ったから最初は聞き取れなかった。
「えっと、狼くんが?」
「うん。もっと怖い人かと思ってたけど、何か意外」
「本当っ?うわーっ!嬉しいなー」
頬がニヤニヤ緩んでしまった。学級代表になった効果がもう現れたんだ。ああ、嬉しいな。
「ふふふ。自分の事じゃないのに」
「狼くんの事だから。ありがとう、加奈」
「感謝されることじゃないよ。あんたが側にいれる理由分かった気がするの」
「そう言ってくれるだけで嬉しいの。今日は、手伝ってくれてありがとね」
「うん」
加奈は朗らかに笑った。
話を終えて走って狼くんの元へ行くと、狼くんは不思議そうな顔をした。私はそれを分かってたけど気にとめずに大きな声で言った。
「良かったね!」
当然のことのように何のことか分からない狼くんは首を傾げながら笑ってくれた。
「ああ」
嬉しい。嬉しい。嬉しい。やっぱり、代表になって良かった。と初日から実感した。