反抗期ですかね
家に着いてもまだ狼くんは、何故かむくれていた。
「何かあったの?」
「……凛子さんがチビだからだ」
狼くんはそっぽを向きながら小さく唸る様に言った。私はまあ、身長は小さいけどチビじゃないもの。
「さっきからそればっかり。泣くよ?」
「……すまん」
狼くんは私の冗談を本気ととったのか申し訳なさそうに謝った。そ、そんな本気では泣かないよ。それに怒ってないし……と、思わず慌てる。
「いや、冗談だよ……?」
「……凛子さんは」
「ん?」
「凛子さんは幸せですか?」
「何それ?」
「そのまんまの意味で」
「……幸せだねー」
「何で」
問い詰める様な言い方で、さっきまでそっぽを向いていたはずなのに私との距離をつめた。あ、そんな近づかれると恥ずかしいな。
「毎日平和だし、平凡だし。皆とも仲良くやっていけてるし。学校も楽しいしね。何よりも狼くんにご飯を作ったら<ごちそうさま>って笑顔で言われるのが嬉しいかな?」
「ふぅん」
狼くんは唇を尖らせてそっぽを向いた。みるみると耳が赤くなるのが分かる。この距離だったらそっぽを向いても隠せないよ。熱いの?それとも、風邪?
「そっか。うん、そうだよな」
狼くんは天井に向かって頷いた。……幻覚、幻聴?この症状は、やっぱり。重度の風邪だ。頭までおかしくなってるに違いない。
「これが、狼くんの聞きたかったこと?」
唇に当てていた手をおろして狼くんを見ると狼くんは天井を仰ぎながら返事をした。
「んーまぁ、うん」
「はっきりしないなぁ」
「……凛子さんは本当に鈍感だ」
「そうだよね。よく、言われる」
加奈にも言われたし、お母さんにも言われたし、お姉ちゃんにも言われたし、狼くんに言われるのはしょっちゅうだし……って、私ってこんなに鈍感って言われたことあるなんて知らなかった。
しかも、鈍感って言われても何で鈍感と言われるのか理由が分かってないところが鈍感と呼ばれる原因なのかもしれない。
「……いつも自分の事は置いて人のことばかり見て、助けて。だから、自分が見えないんだ」
「……それって悪いの?」
「……まあ。もっと自己中心的な人間になって良いんだってこと」
「そうゆうこと」
「そーゆこと」
狼くんの額に手を当てた。そして余った手は自分の額に。
「うむ。熱があるね」
狼くんのうっすらと赤かった頬は更に紅潮していく。あら、危ない。どんどん体温が上昇していってる。これも風邪の症状?
「何してるの?」
「いやね、あの狼くんがやけに真面目な事を言うから変だな。風邪引いてるのかなって思って」
はぁっと狼くんが深いため息をついて自身の口角を上げた。皮肉を言う時の表情だったから少し身構えた。
「流石だ」
と、狼くんは諦めたように首を振った。それは褒め言葉なのに、狼くんの態度だとそうとは捉えられない。
「ん?」
「でも、俺は凛子さんのそんな所も……」
「そんなところ?」
「何でもねぇ」
「そこまで言ったんだから言ってよー。気になるじゃん。言っちゃった方がすっきりすることだってあるんだよ?」
「今の凛子さんに言ったって通じないし、すっきりする結果にならないかも知れないから言わない」
「なっ、私がバカだと言ってるの?」
「ああ……まあ、そんなところ」
「何でそんなまっすぐした目で見るのよー」
「腹減った」
「むっ、話反らしたな……目線は反らさないけどね」
怒ったフリをして、プンプンと言いながら頬を膨らませると狼くんはそれを一瞥してもう一度。
「腹減った」
無視する訳でもなくスルーするのは精神的にキツいからやめて欲しいなぁ。
「もう、じゃあ作ってくるからその後今の話の続きをしようね」
「ああ。出来たら、な」
最近の狼くんは変だ。きっと成長期なんだと思う。お姉ちゃんも高校生の頃はお母さんと喧嘩した時に毎回、「成長期だから仕方がないのよ!」と怒鳴っていた。だから、成長期は仕方がない不思議なことが起こるのだと思ってた。
なら、成長に良さそうな料理が必要だよね……えっと。何だろう。私が成長期のお姉ちゃんによく作った料理は……
「あっ!」
今日は懐かしい、あの料理を作ってみようと思う。
狼くんがテーブルに並べられた料理を見ている。それはそれは不思議な面持ちで。
「凛子さん……」
「なぁに?」
え、何?上手だねって?そんなの分かってるよー。と頬を押さえると本気で心配している目で私を見てきて少し寂しくなった。
「凛子さんに何があったんだ?」
「何もないよ?むしろ、あるのは狼くんじゃない。そんな不思議な顔してどうしたの?」
そんなに変なものを出してしまったのかな?と、テーブルに並べられた料理を見返してみる。
普通のお粥、ツナ入りのお粥、卵粥、ネギ粥、生姜肉粥等々。うん。普通に成長期のお姉ちゃんに出してた料理だ。
「どうしたもこうしたも……粥だらけで俺を何にしたい?」
「狼くんを元気にしようとしたの」
「また何か変なこと考えたんだねー」
狼くんは深いため息をつきながらも軽く笑った。でもそのため息は本気で嫌がっている感じはしなくて、どこか喜んでいる様に感じた。
「えへへ」
「……頂きます」
「どうぞ~」
粥って消化に良いから風邪にも良いし、肉も入っているから精力もつく。なんとも凄い食べ物じゃないか。
こりゃ、今の状態の狼くんに最適だね。と、うんうん頷いた。狼くんの痛い眼差しは後頭部でキャッチしたが、受け流す方向で落ち着いた。
「ご馳走様でした」
「ん」
すると狼くんは食器を下げずにそのまま私を見た。
「何?」
止まる狼くんを見て、私が首を傾げるのと同時に狼くんは口を開いた。
「美味しかった。ごちそうさま」
がちんっ。と、そんな効果音がなりそうな堅苦しい笑顔。必死で作ろうと頑張ったみたいだけど、うまく作れてなくて少し怖かった。でも、それが凄く可愛らしい。
笑顔を見てると急に胸が締め付けられた様に暖かくなって、私の頬まで熱くなってしまった。
でも狼くんは恥ずかしかったのか、赤くなった顔を手で押さえてすぐに席を立ってしまった。
狼くんの後ろ姿を眺めながらやっと気がついた。さっき私が言った幸せと感じることをやろうとしてくれていたんだ、と。
私を幸せにさせようとわざわざ慣れない笑顔を見せようとしてくれていたんだと分かると、なんだか無性に狼くんを撫で回したくなった。
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